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第三十六幕

「その手があったか。どうなんだ、エリファス? ウィノラが言うように〈ダイモーン〉をこの道具に封じ込めることは可能なのか?」


 一呼吸分の間を置いた後、エリファスは〈シレルタ〉を眺めながら口を開く。


「理論上は可能だと思う。だけど絶対に成功する保障はないよ」


「そんなことはどうでもいい。出来るのか? それとも出来ないのか?」


「出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。何せ半分に割れちゃっているからね。正直、どんな作用が起こるか……」


「だが、やってみないことにはわからない。そうなんだな?」


 エリファスは弱々しく頷いた。


「ならば決行あるのみだ」


 善は急げとばかりに宗鉄、エリファス、ウィノラの三人は顔を突き合わせる。


  そしてドゥルガーから〈ダイモーン〉を引き離し、〈シレルタ〉に封印するまでの策を簡潔に話し合った。


やがて三人は自分の役目を理解し、同時に相手との呼吸を合わせるために大きく深呼吸をして気息を整える。


  このとき、宗鉄はふと自分が持っている鉄砲を見た。


  今立てた策では鉄砲は一度きりしか使えない。


いや、使おうと思えば使えるが暢気に次の玉を装填している暇がないのだ。


  この策は刻と何よりも互いの機を合わせることが重要。


だからこそ、この場で最大限の攻撃力を有する鉄砲であろうとも時間がかかることは省く。


 だが、もしもの場合はこいつがある。


 宗鉄は鉄砲から自分の腰に差されている脇差に視線を移した。 


「どうしたの? ソーテツ。表情が暗いよ。もしかして怖気ついた?」


 頭上から降り注ぐエリファスの皮肉を宗鉄は手を払って一蹴した。


「気合を入れていただけだ。それよりも――」


 宗鉄はエリファスからウィノイラに顔を向け、鋭い視線を飛ばす。


「頼むぞ、ウィノラ。この策の要はお前だ」


 ウィノラはふっと苦笑した。


「わたしではない。わたしたちだろ?」


 口の端を吊り上げたウィノラを見て、宗鉄は「そうだったな」と頷いた。


 直後、宗鉄は木片の隙間からドゥルガーを見やった。


  てっきり先ほどまでと同じく広場内を彷徨っていると思ったが、ドゥルガーは足を縺れさせながら住居が密集している方向へ歩き出していた。


どうやら多くの人間の気配を本能で感じたのだろう。


  宗鉄はドゥルガーから視線を外すと、住居が密集している方向に視線を向けた。


  するとそこには木造式の建物、またはテルピと呼ばれる布張り小屋の影から広場を覗き見ている多数の人間がいるではないか。


しかもその大半は女や子供たちである。


広場で無残にも殺された男たちの家族かもしれない。


  だとすると、もはや一刻の猶予もなかった。


 ドゥルガーに取り憑いている〈ダイモーン〉が視界に捉えた生物を無差別に攻撃しているのならば、建物の影に隠れて様子を見ている人間たちなどは格好の的だ。


 案の定、ドゥルガーの身体に異変が起こった。


  広場の中央付近で歩みを止めたドゥルガーが右手に持っていた長大の弓矢を水平に構え始めたのだ。


しかもすでに金属製の矢は番えられ、篝火の炎に照らされて夕陽の如き茜色に染まっていた。


 次の瞬間、宗鉄は崩壊した見張り櫓の影から一気に飛び出した。


 まず先手を打つのは宗鉄の役目である。 


 わざと激しく音を鳴らすように走り、宗鉄はドゥルガーの意識をこちらに向ける。


それが功を成したのかドゥルガーは首を柔軟に動かして宗鉄を見た。


 ドゥルガーと視線を交錯させつつ、宗鉄は立ち止まることなく走り続けた。


鉄砲を持ったまま走るのには必要以上に技術と体力が要る。


けれども宗鉄はドゥルガーの気を引くために懸命に両足を動かす。


「グウキルハンガナハラコッ!」


 やがて宗鉄がドゥルガーの背中が丸見えになる位置に到着すると、ドゥルガーの口からは聞き慣れない言語が高らかに発せられた。


これは自分の近くにエリファスがいないためだろう。それも仕方がない。


エリファスもウィノラも今頃はすでに策を実行するために動き始めているはずだ。


 ならば、自分は自分の役目を果たすのみ。宗鉄は履いていた草履が砂煙を上げるほど急激に立ち止まるや否や、鉄砲を水平に構えて巣口をドゥルガーに向けた。


 するとドゥルガーは一瞬だが身体を強張らせ、ゆっくりと長大の弓矢を宗鉄に差し向け始めた。


 物ノ怪とはいえ鉄砲で攻撃されることは苦手なのだろうか。


玉の素材自体は鉛なので物ノ怪を払い除ける力はないはずだが、もしかすると鉄砲に組み込まれている鉄の材質をその身に受けた玉を通して感じ取っているのかもしれない。


 だとしたら好都合だ。


宗鉄は元目当と先目当を一直線上に結ぶと、寸分の狂いもなく巣口をドゥルガーに合わせた。


銃床に右頬を密着させ、必中させる確率を上げるために左目は薄っすらと閉じる。


 続いて宗鉄は踊り狂っていた心臓の鼓動を鎮めるため、真冬の澄み切った江戸湾を脳裏に思い浮かべながら明鏡止水の境地に意識を落としていく。


  台木は筋肉、筒は骨。元目当と先目当は両の瞳であり、複雑怪奇なカラクリ部分は内腑に相当する。


そして血の代わりに火薬と鉛玉を内部に流し込み、すべての準備が整ったら躊躇なく引金を引いて相手を撃ち倒す。


  それが今だった。


宗鉄は十間先にいるドゥルガー目掛けて引金を引き絞った。


  火薬の爆発によって射出された鉛玉は、ドゥルガーの右腕の付け根に見事命中。


それによりドゥルガーの右腕は明後日の方向へ向けられた。


  と言うことは宗鉄に照準が合わせられていた弓矢は大きく外れることになる。


現にドゥルガーが射った弓矢は夜空に向かって放たれ、やがて空中で猛々しく爆発した。


  その爆風で広場の半分が砂塵に包まれたとき、すでに宗鉄の役目は終了していた。


 宗鉄の正確無比な射撃により照準を大きく狂わされたドゥルガーは、左右の色が違う瞳を宗鉄に差し向けた。


続いて左足に取りつけられた矢筒から矢を取り出し、長大な弓矢に番えようと動き始める。


〈ダイモーン〉かドゥルガーのどちらかの意識かはわからなかったが、弓撃の邪魔をされたことが相当に腹立たしかったのだろう。


集落の人間たちよりも先に宗鉄を始末するという気配が宗鉄の場所までじわじわと伝わってきた。


  だが、宗鉄は別段慌てる素振りを見せなかった。


「ガッ!」


 それは矢を番えたドゥルガーが驚異的な腕力で弦を引き絞った瞬間、ドゥルガーの口からは明らかに驚愕の声が漏れたからだ。


 無理もない。


宗鉄に全意識を向けていたこともあったが、それ以上に自分の影の中から人間が飛び出してくれば誰であろうと身体が硬直するだろう。


 それが物ノ怪に取り憑かれた死人であったとしてもである。


「おおおおおおお――――ッ!」


 喉が擦り切れるほどの雄叫びを上げながら、影の中から飛び出したウィノラは右手に握った〈シレルタ〉をドゥルガーの後頭部に叩きつけた。


 ドゥルガーはぷっつりと糸が切れた人形のように前のめりに倒れた。


〈シレルタ〉で取り憑かれた生物の頭部を叩く。


たったそれだけの行為で数十人の人間や集落の一部を崩壊させた魔人が永遠の眠りについたのだ。


 何と呆気ない。


指一本たりとも動かす気配がないドゥルガーを眺めながらそう思った宗鉄だったが、それでも武人である宗鉄には戦いとは力量が高い者同士ほど一瞬で決着がつくことをよく知っていた。


 目の前に広がる光景がその証だ。宗鉄は鉄砲を掲げてウィノラに声をかける。


「よくやった、ウィノラ! あとはエリファスに任せてお前は――」


 とそこまで言いかけたとき、宗鉄の視界には不可解な光景が飛び込んできた。


地面にうつ伏せで倒れているドゥルガーの背中から何か黒い塊が出てきたのである。


 左右に振り子のようにゆらゆらと揺れ動き、目も鼻も口すらもない姿はもはや面妖としか言いようがない。


今まで出遭ってきたどんな物ノ怪よりも不気味である。


(あれが〈ダイモーン〉とやらか……)


 前もってエリファスから聞いていたとはいえ、こうして直に見るとその力量の凄まじさが嫌でも肌に伝わってくる。


「ウィノラ! 早く〈シレルタ〉をエリファスに投げ渡してその場から離れろ! ぐずぐずしていると今度はお前が取り憑かれるぞ!」


 こくりとウィノラが頷く姿を確認すると、宗鉄は頭上を仰いで夜空を見た。


 そこには淡い光を放つ物体が自由に夜空を飛び回っている姿が確認できた。言わずもがなエリファスである。


 その直後、予想していた事態が起こった。

 

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