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第十八幕

 茜色に染まっていた空が漆黒の闇に包まれ、大勢の人間が住まう集落のあちこちからは行灯以上の光源がぽつぽつと灯り始める。


 そんな集落に点在する住居の数々は、長屋とは違い全体的に布が張られたテルピという名前の住居らしい。


 一見すると隙間風が自由に出入りする印象があったが、住んでいる人間の話しによると下手な木造建築の住居よりも快適なのだという。


 しかし、やはり雨風を凌ぐのならば木造式の建物がいい。


 宗鉄は獣油で灯された明かりを受けながら、目の前に胡坐を掻いている人間を真摯に見やった。


「いや~、昼間は若い者が大変な失礼をしたとか。まことにどう謝罪すればいいのやら」


 宗鉄の目の前で胡坐を掻いていた人物は、銀貨に似た白髪と褐色肌が印象的な齢七十に近いだろう老人であった。


 だが跡目を息子に譲って隠居する老境の武士とは違い、衣服を何も纏っていない上半身は頑強に鍛えられた筋肉の固まりだ。


 その体躯は働き盛りの大工職人や火消しを想起させるほど逞しく、おそらくは日々の生活が肉体を鍛え上げるほど過酷なのであろう。


 その証拠に、老人の後方に座っていた人間たちも鋼のような筋肉を纏っていた。


「おや? どうしました、救世主殿。お身体の具合でも悪いのですか?」


 そう尋ねられた宗鉄は、「そんなことはない」と愛想笑いを浮かべた。


 現在、宗鉄は集落のほぼ中央に建てられた数奇屋造りに似た建物内で正座していた。


 勿論、一人ではない。五十畳はあろう広々とした建物内には宗鉄の他にも数十人の人間たちがおり、本来ならば集落の長が座る上座に宗鉄を祀り上げていたのである。


 集落を救うために異世界から召喚された救世主として――。


 老人は苦笑している宗鉄を見て、開いた掌の上にぽんと握り拳を置いた。


「おお~、そういえば自己紹介がまだでしたな。これは失敬失敬。わしは族長のアコマ・ロドリギニ・ピピカと申します」


 菩薩のような笑みを向けられた宗鉄は、正座の姿勢を崩さずにすっと一礼した。


「丁寧な挨拶痛み入り申す。俺……いや、拙者は鮎原宗鉄にござる」


 思わず普段の言葉遣いが出てしまうところだったが、こう見えても宗鉄は武士階級の人間である。いくら冷や飯食いと疎まれていようと、それなりの躾は十分にされていた。


 美しい姿勢を維持したまま礼をする宗鉄に対して、族長のアコマは「ほう」と珍しいものを見たかのように頷いた。


 他の人間たちも同様である。髪型や纏っている衣服、そして肌の色が違う宗鉄を好奇な目で見ていたのだが、異世界から〈アスラ・マスタリスク〉によって召喚された救世主が礼儀正しい人間だと自己紹介だけで判断したらしい。


 好奇な色に輝いていた瞳の色が、徐々に尊敬の色に染まっていく様を宗鉄は見逃さなかった。


「ほら、あたしの言ったとおりでしょう。こういう外界から隔離された村は絶対に最初は余所者を好奇と恐怖に入り混じった瞳で見るのよ。でも、そういった人間たちほど自分たちと会話が通じて、なおかつ自分たちには持っていない特別な力を見せつければ簡単に屈服しちゃうのよね」


 などと得意げに喋ったのは宗鉄の左肩に乗っていたエリファスである。


(どうでもいいがこれからどうする? 俺はこんなに祀り上げられる謂れはないぞ?)


 宗鉄は視線をアコマから外さずに小声でエリファスに話しかけた。


「あんなにすごい能力を持っておきながら何言ってんのよ。水牛の倍以上もあった猛獣を軽々と仕留めるなんて凄い魔法じゃない」


(だから何度も説明しただろ? あれはそんな如何わしい術の類ではない。火縄鉄砲を使った歴とした炮術だ)


 事の発端は数刻前に遡る。


 集落に危険が押し寄せてきた呟いたウィノラは、宗鉄を牢屋から出してくれるどころか大事な鉄砲を持ったまま走り去ってしまった。


 これに対して堪忍袋の尾を引きちぎったのは誰でもない宗鉄である。


 当然であった。勝手にこんな世界に呼び寄せておきながら、面と向かって「お前は別にいらない」と言われたのだ。


 日頃から滅多なことでは怒りを露にしない宗鉄でも、さすがのこの発言には我慢できなかった。


 せめて一言きつく言わないと腹の虫が治まらない。


 そう思った矢先にウィノラはクアトラという物ノ怪を先頭に目の前から去ってしまった。


 本来ならば金属の棒を溶接した頑強な牢屋に閉じ込められたままになるのだが、怒り心頭だった宗鉄は鍵が掛けられた扉目掛けて奥の手を使って抉じ開けた。


 そのままウィノラが向かった先に辿り着くと、そこには褐色肌の人間たちと巨大な体躯を有していた獣が死闘を演じる戦場さながらの光景が広がっていたではないか。


 一瞬、宗鉄は丸腰だったこともあって遁走しようかとも思ったが、地面に捨てられていた鉄砲を見つけたことで気持ちは一気に切り替わった。


 宗鉄は地面に転がっていた鉄砲を拾うと、素早く全体に目を走らせて損傷していないか確認。


 それが済むと腰に携帯していた胴乱から火縄を取り出して火挟みに挟んだ。


 その後、射撃の手順を省略するために編み出された早合の中身を巣口から注ぎ込み、再び胴乱の中に手を差し込んで火打ち石を取り出した。


 このとき、遠くのほうではウィノラの叫び声が聞こえていた。


 それでも宗鉄は顔色一つ変えずに射撃の準備を整えていき、最後の工程である火縄の先端に火打石で火を点けた。


 この間、集落を恐怖のどん底に陥れていた漆黒の獣は標的を一人の少女に絞っていた。


 身を守るための武器も持っていなかった普通の少女である。


 それ故に宗鉄は躊躇などという心情を消し飛ばし、発射の準備が整った鉄砲の巣口を漆黒の獣に突きつけた。


 直後、宗鉄は身を沈めて左膝を漆黒の獣に向かって立てた。


 また右膝は上体を支えるために斜めに折り、左手で筒を水平に構えたまま右手は台木に添えるようにして肘を高く上げる射撃姿勢を取った。


 だが、この瞬間にも漆黒の獣は少女目掛けて猛進していた。


 さりとて宗鉄は動じる様子もなく、元目当と前先当が一直線に標的と重なるように意識を集中させていた。


 そしてウィノラが不思議な言語を叫んだ一呼吸後、宗鉄は引金を引いて玉を発射させたのだ。


 関流炮術の免許を与えられた炮術師にとって、牛や馬などの大型猛獣を仕留めることなど造作ない。


 的が絞りにくく動きが激しい人間とは違って狙いやすいからだ。


 こうして漆黒の獣――ガマラを鉄砲で仕留めた宗鉄は、牢屋に閉じ込められる不審者から集落を救う救世主にまで格上げされた。


 それがわざわざ集落の長が住まうここ特別な建物に招かれ、上座に座らされながら神の如く祀り上げられている経緯のすべてであった。


 エリファスは妖艶な笑みを浮かべながら、宗鉄の柔らかい頬を指先で突く。


「またまた~、本当はあんたも魔術師なんでしょ? エルファルであるわたしの目は誤魔化せないんだから」


(だから……)


 宗鉄は言葉を区切り、長く深いため息を吐いた。


 どうやら異国の物ノ怪は人間の話しを最後まで聞かないらしい。


 先ほどから何度も否定しているというのにエリファスは一向に納得する気配がなかったからだ。


 それに二言目には魔術師などと言っているが、自分は魔術師ではなくただの炮術師である。


 異国の如何わしい人間と一緒にしないでほしい。


 肩に居座られているエリファスの対応に宗鉄が頭を痛めていると、じっと様子を窺っていたアコマが口を開いた。


「あの~、救世主殿。もしかして近くに異世界の精霊がおられるのですか?」


 ん? と宗鉄は視線をアコマに移した。


「あ、ああ……いると言えばいるな。俺の左肩に」


 そう言うなり宗鉄は、エリファスが陣取っている自分の左肩に指を突きつける。


 だが生憎とエリファスの存在を目視できるのはこの場にいる宗鉄のみ。


 故にアコマを始め、他の人間たちは宗鉄の左肩に〝精霊が確実にいる〟という体で話を進めていく。


「はは~、さすがは救世主殿ですな。精霊と会話ができるなどわしらのような凡人には到底叶わんことです。いやいや、感服致しましたぞ」


 アコマは体格に似合わずに腰が低い男らしく、自分の孫ほどの年齢であった宗鉄に対して何か言う度に平身低頭していた。


 ただ、この老人が他人のご機嫌を取ることだけが能の男ではないだろう。


 それは宗鉄も話をしながら感じていた。


 仮にも一集落の長を務める男である。


 そんな立場の人間がどこの馬の骨かわからない人間を救世主と敬うなど、そうせざるをおえない理由があるのかもしれない。


 だとすると、この集落に留まっているのは危険ではなかろうか。アコマに対してお茶を濁さない程度に会話を交わしていた宗鉄は、何気に目線を走らせて自分が招待された建物内の様子を確認する。


 全面板張りの建物内は芳しい木の香りと明かりの役目をしていた行灯に似た照明具が四方の隅に置かれ、建物内は細かな場所にまで光が届き明るかった。


 その他には特に目立った調度品はなかったが、宗鉄が座らされた上座側の壁の前には屏風の代わりだろうか漆喰の板が設置されていた。


 宗鉄が目線を周囲に走らせていると、目の前から乾いた音が鳴り響いた。


 視線と意識を前方に向けた宗鉄の目の前には、拍手を打ったであろうアコマの姿があった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


中々、面白かった。


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