「お前のことは大好きだけれど、絶対に結婚はできない」と婚約者である王子に宣言されました
「何故ですか!サントゥ王子!誰か他に好きな女性でもいらっしゃるというのですかっ!?」
「違う!決してそんなことはない。フィーユのことは心から愛しているが…すまない…結婚だけはどうしてもできないのだ…」
声を荒げて取り乱しているのは公爵令嬢のフィーユ。明らかに矛盾した弁解をしながら、彼女をなんとか宥めようとしているのがサントゥ第一王子である。
「愛していると仰るならなぜ…ひょっとして…誰かに弱みでも握られているのですか?」
「そうじゃないのだ…ああ…泣かないでくれ…」
とうとう堪え切れずにフィーユの目から涙が零れ始める。
「…分かった。本当のことを話すよ。今まで黙っていてすまなかった。美瑠」
「えっ…そんな…どうして…私の名前を…」
美瑠は家族旅行で訪れたハワイの海で泳いでいる最中に、沖に流され溺れてしまった。気付いた時にはこの世界の公爵令嬢として生まれ変わっていた。王家と公爵家の取り決めで政略結婚の相手として、王子の婚約者に定められていた。元の世界では有り得ないような横暴とも言える結婚話に当初は憤慨していたが、実際に初めてサントゥ王子に会った時には、名画からそのまま現れたかのような彼の美しさに驚き、あんぐりと口を開けてしまった。
日中休みなく行われる王太子妃教育は目を回すほど大変だったが、一目惚れした王子と結ばれるためだと自分に言い聞かせて必死に勉強した。それなのに、突然婚約解消の相談をされ目の前が真っ暗になる思いをした挙句、誰も知らないはずの転生前の名前で呼ばれてすっかり混乱してしまった。
「美瑠…私は、お前の父親だ」
「…はい?」
「お父さんだ。安藤圭一なんだよ。今まで黙っていて本当にすまなかった」
「えっ…本当に…お父さんなの?…なんで…ここに…」
突然の父親からの告白に頭がついていかない美瑠。
「美瑠が沖に流されたと気づいて、居ても立っても居られなくなって、すぐに泳いで追いかけたんだ」
「だって…お父さんは…」
「ああ、かなづちだ。でも、そんなことを考える間もなく体が動いていた。本当なら救助隊の方達を呼びに行くべきだったのかもしれないが…八重子や淳にも辛い想いをさせてしまったことは、申し訳なく思っている」
妻と息子の名前を呼んだ圭一の目には光るものが輝いていた。
「気付いた時にはこの国の王子になっていた。最初は何が起きたか分からなかったが、おそらくこれが輪廻転生というものだと理解した。そして、お前に初めて会った時、理屈は分からないがフィーユが美瑠の生まれ変わりだと直感したんだ」
「…ごめんなさい…私、全然気づかなくて…」
「ははっ…そんなこと気にしなくていい。親のほうが子供のことをよく見ているのは当たり前だろう。でも、確信はなかったからすぐに言い出せなかった。お前のことは当然娘として愛しているが、結婚するわけにはいかないからな。勘違いさせて泣かせてしまってすまなかった…だがしかし、婚約解消なんてどうやって周りに伝えればいいものか…」
「あのね、お父さん。私いっつも異世界転生小説を読むたびに思っていたんだけど…」
「そんな小説があるのか?」
「うん、それでね。多分正直に話すのが一番だと思うの」
「前世のことを急に説明して、頭がおかしいと思われないだろうか」
「一人ならそうかもしれないけど、二人が全く同じ話をしていれば時間は掛かっても信じてもらえるんじゃないかな。向こうの世界の話だって詳しく説明すればさすがに妄想話として片付けられたりしないと思うんだ」
「なるほど…さすが美瑠は賢いな」
「へへ…」
10数年ぶりに父親から頭を撫でられ、先程とは違う、温かい涙が頬を伝った。
それから二人揃って、王家と公爵家に集まってもらい、自分達の過去について説明した。最初は皆半信半疑だったが、繰り返し語られる作り話とは思えない臨場感のある出来事の数々に、少しずつ信じる者が増えていった。何より、圭一が娘の美瑠のために海へ飛び込み、結果異世界での感動的な再会を果たしたことに誰もが心を動かされた。
王家と公爵家による度重なる協議の結果、通常では考えられないことだが、美瑠は圭一の養子として迎えられることになった。問題は圭一の妻、王太子妃をどうするかだったのだが…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
半年後…
「あなた…本当にあなたなのね!」
「お父さん…なんか…すごい王子っぽい…」
「ああ…八重子!淳!またこうして会えるとは思わなかった…」
二人の話を信じた国王と王妃の行動は迅速だった。王宮魔導士だけでなく王国全土に呼びかけ、異世界転移の魔法陣を完成させるための研究を開始した。王国では千年以上前に魔王討伐のため異世界から勇者を転移させたという伝説が残っていたらしい。古い文献をかき集め、魔法陣構築に必要な魔道具を開発し、ついに半年を掛けて元の世界へと繋がる魔法陣が完成した。美瑠と圭一の二人には、日本に戻るという選択肢もあったのだが、二人は断った。
「私達家族がこうしてまた再会できたのは、陛下や王妃様、そして多くの国民の皆様のご協力があったおかげです。八重子と淳もこちらに移り住むことに納得してくれました。どうかこれからはこの国のために、私達ができることで恩返しをさせてください!」
圭一の言葉にその場の全員が拍手喝采で応えた。その後王太子と王太子妃に即位した圭一と八重子、二人の子供である美瑠と淳は元の世界の技術を王国内で活用していく計画に取り組み始めた。四人の指導に従って改革が進められ、農業、林業、漁業に畜産業などあらゆる分野で驚異的な発展を遂げた。王国の暮らしは極めて豊かなものとなり、彼らの偉業は『アンドウ王家伝説』として後世まで語り継がれることとなった。