3歩進んだら記憶失うタイプの人。
とりあえず、今はその疑問を胸の内にしまっておくこととした。確かに汐音ちゃんがどうなったかは非常に気になる。気になるが……。
それよりもまず今は、主人公を誰かにくっつけることが先決だ。だって今日の朝とかあれ明らかにヤバかったからな。俺の努力にもかかわらず、秒読みが始まってしまっていると見ていいだろう。危険な状態だ。
よって、今日すぐにでもこいつには他のヒロインに告白してもらいたい。第一候補は……やはり、貝森ちゃんになるか? だって高宮城先輩はまださすがに……なあ。今朝のあれを知り合ったと言っていいかすら、俺にはわからん。
で、商店街で会える北辻さんとも、まだ会ってさえいないからね。メインヒロインも転校すらしてきてないし。とすると消去法で1人しか残らない。
……よし、貝森ちゃん。君に決めた! プッシュは任せろ!
「貝森ちゃんってさ、可愛いよね」
「はい? あの……はあ、ありがとうございます。でも可愛いって言ったら、汐音先輩の方が明らかに上ですけど……」
「俺もそう思う」
お前はちょっと黙ってろや。いやでも確かに俺も悪かった。汐音ちゃんってこのゲームにおける可愛い部門担当だもんな。人をダシにして得意分野に持ち込むみたいな感じになってしまったかもしれん。申し訳ない。修正しよう。
「それだけじゃなくてね、貝森ちゃんは、頑張り屋さん」
「昨日知り合ったばっかりですけど……」
「ふふ、それくらい、一目見たらわかるよ」
「『それくらい』の範囲広くないですか!? っていうか昨日の数学といい、汐音先輩って範囲大ざっぱですよね? 実は意外に結構アバウト……?」
「俺はそんなことはないと思う」
お前もう汐音ちゃんだったら何でもいいやろ。いやそこじゃなくて、「貝森ちゃんはどんなところが頑張り屋さんなの?」ってお前は聞くべきなんだよ。そしたら俺がフォローしながら貝森ちゃんエピソードを掘り下げられるのに。
……まあいい。貝森ちゃんが委員会に部活に頑張っているのは俺がよく知ってる。チャンスがあればどんどん開示していくこととしよう。
「ということで、はい! いつも頑張ってる貝森ちゃんには、好きなおかずをあげましょう」
「……え、あ、はい。いいんですかね……? では、いただきます。……ていうかもう、お弁当箱そんな一生懸命差し出して……。それすら可愛いって汐音先輩いったいどうなってるんですか」
後半は聞こえなかったこととしよう。で、いいんだよ食べて。そもそも俺の隣に許可も得ずにどんどん取っていくやつがいるんだから。しかし、おいしそうにおかずを頬張る貝森ちゃんを、なぜか主人公は恨めしげな眼で見つめた。……おい崇高いったいどうした。それは未来の彼女を見ていい目では決してないぞ。
「……崇高くん?」
「汐音の弁当を食べるのは俺の特権だと思ってたのに……」
おまっ……お前、そんなことくらいで拗ねんなや……! その発想やばいぞ。どんどん成長していつかストーカーになるやつ。それはいかん。人の道に外れとる。だいたい弁当なら、昨日も貝森ちゃんちょっと食べてただろうが。ええい、修正だ修正! お前にはヒロインを射止めるという大役があるんだからな。人間的にも成長してもらわんと。
俺は箸を置き、主人公に対してくるりと向き直った。俺が真剣な顔になっているせいか、主人公はちょっぴりたじろぎ、何も言わずとも背筋を正した。おう、その姿勢自体は悪くないぞ。で、だ。いいか? ちょっと今から真面目な話をお前にする。
「私は私の料理を喜んで食べてもらえるのが好き」
「……知ってる」
「それで、色んな人に食べてもらえたら、皆が喜ぶからそれも好き」
「……知ってる」
「それは、崇高くんは、嫌?」
「……嫌、じゃない……」
「じゃあ、いい? 私は貝森ちゃんが食べてくれるの、嬉しいよ」
「…………いい」
ちなみにこれ、料理については汐音ちゃんがゲーム内で言ってたやつな。しかし……どこかまだ納得いっていない顔だけど「いい」と言えたのは崇高もなかなか偉いぞ。正直言うと思わんかった。これ成長してるんじゃね? お前ひょっとして、投手で言うと3回くらいから調子上げていくタイプ? ならまだ行ける気がしてきたわ。やるじゃん。
そして、俺たちのやり取りがひと段落したと見てか、そろそろーっと貝森ちゃんが手を挙げた。
「あのー、すいません、汐音先輩。嬉しいって言ってくれてなんなんですけど、今の流れでめっちゃ食べづらいっす……」
「そうだよね! ほら! ほらー! もう、崇高くんのせいだよ! だよぉ! 貝森ちゃん食え! こうなったら崇高くんの分を食い尽くせ! 私が許す!」
「えっ今の全部俺のせい?」
「全部竜造寺先輩のせい、ではないです。半分以上は汐音先輩が原因のような……でもこうなったらいただきます!」
そう言って貝森ちゃんは俺の弁当箱に手をかけ、半ばやけになったように勢いよく食べ始める。……え? 貝森ちゃん、君、今なんて? ……俺? この空気、半分以上俺のせいなの?
「……んー! でもやっぱりおいしいですねー!」
そう言いながら次々にお弁当に箸を伸ばす貝森ちゃん。おお、いいよいいよ。食べづらいって30秒前に言ってた子とは思えない食べっぷり。でもその方がいいわ。だってさ、美味しそうにごはん食べる子っていいよな。見てるだけで幸せになる感じでさ。……ほら崇高お前もちゃんと見てるか? 未来の嫁の可愛いとこだぞ。
ところが、主人公は弁当を美味しそうに頬張る貝森ちゃんとどんどん減っていく弁当を見て、明らかに顔色を変えた。貝森ちゃんの可愛さを一生懸命心のアルバムに収めている、とかそういうのではおそらくない気がする。そして負けじとばかりに弁当箱に箸を伸ばした。
いやだからお前、お前な……、つい今、今言ったばっかりそれ。君はあれかね、3分前のこと覚えてられないタイプの人?
「貝森! お前……! それ以上はやめろ! これ俺の弁当だぞ!」
「いや私のだよね」
「だいたい竜造寺先輩、呼び捨てしてもいいって言いましたっけ。まあ別にどっちでもいいですけど。……あ! あたしの卵焼き!」
「いや私の……聞いてる? おーい、ねえ君たち、ちょっと人の話聞こ?」
わーわー言いながらおかずを3人で奪い合っていると、弁当はあっという間に空になった。……うん。でも昨日よりはこの2人、仲良くなってるんじゃね? これって成長じゃね? この調子だと、1月後は結婚式も夢じゃなくない? これは俺も本腰を入れて出し物を何か考えておいた方がいいかもしれんな。
そして昼食を終え、俺たちは放課後に再び集合した。やる気満々の貝森隊員が、今日も手を挙げて発言する。もう隊の中での序列は早々に決まってしまったと見ていいだろう。
「で、今日は商店街なんですよね!」
「うーん……その予定だったんだけど……今日、高宮城先輩と会えたってことは、目標を変えようと思うんだよ!」
ここは、高宮城先輩と会った日限定で発生する放課後イベントを拾っておきたい。正直商店街はいつ行っても構わないっていうか、別に時期がそこまでシビアじゃないからな。
すると、貝森ちゃんが不思議そうな顔で、再びゆっくりと手を挙げた。
「えーっと、まず高宮城先輩って誰ですか?」
せやな。よし、今から簡単に説明するからよく聞いといてくれ。まあ一言でいうとふぐ刺しだよ。そして君はハンバーグな。俺調べだけど。
そして、主人公も首をかしげながら手を挙げた。ちょっと嫌な予感がする。そしてその予感は見事に当たった。
「高宮城先輩、って誰だ……?」
崇高お前はちょっと待て。お前、いたよな? 今朝屋上にいたよな? それともあれはお前にそっくりな違う人?
「崇高くん! 今朝の屋上のこともう忘れたの!?」
「屋上……? あ、ああ……あの人か……え、あの人に会いに行くの?」
「うん」
「……そうだ! 俺、それより汐音にちゃんと伝えたいことがあるんだ! ちょっとこの後2人きりに」
「ってことでぇ! 今日は今すぐ丘に行きたいと思うんだよぉ! 質問や意見は受け付けない! じゃあ出発!! カモン貝森ちゃん! お願い、一切離れず私を守って!」
ヤバいヤバいヤバい。余計なこと思い出させてもうた。こいつ3分経ったら記憶失うタイプの人間だよな? 信じてるぞ?