接近、高宮城先輩(1)
「で、屋上に来たは来たけどさ……」
不思議そうな顔で屋上に佇む主人公を置いておいて、俺はあたりを見回した。えーっと、確かにいるはずだが……。
……あ、いた。貯水槽の上で今日も遠くを眺めておられる。相変わらずお美しい。
さっそく貯水槽の上まで行こうと俺はハシゴに手を伸ばしたものの、しかしこれが全然届かなかった。ぴょんぴょんと一生懸命手を伸ばして跳ねていたら、やがて主人公が俺の脇の下に手を差し入れ、ひょいと持ち上げてくれる。おー、サンキュー。
……でも今なんか子猫みたいな持ち上げられ方したな……。やっぱ汐音ちゃん軽すぎ。ラーメン屋毎日参りを提案したのは決して間違ってはなかったかもしれん。
とりあえず、がっしゃがっしゃと金属音を鳴らしながら、俺は貯水槽の上まで勢いよく登りきる。登った後に下を見ると、なぜか主人公は顔を赤くして顔を明後日の方に向けていた。なんだあいつ。遅れてきた思春期? まあいい、今はあいつに構っている暇はない。
「……あら。可愛い同席者のお出ましね」
透明な声、と言ったらいいのか。そこにいたのは、すらりとした長身の女子生徒だった。黒髪ロングの腰ほどまであるストレート、きりっとした意志の強そうな瞳。高宮城 沙月。クールな先輩キャラ。常に厳しい。だけど実はちょっとお茶目な不思議ちゃんでもある。
あとは、音楽がめっちゃいい。この人専用BGMはなんだか風と空をイメージさせるような透き通った旋律で、俺の中ではエンディングテーマの次くらいに好き。今も先輩と会った瞬間から、脳内で自動再生余裕だった。この人が崇高と結婚してくれた折には、式中にピアノで俺がそれを弾くのもやぶさかではない。ピアノ弾いたことなんてないけどな。まあともかく、それくらい好きってことだ。
「お邪魔します」
まずは頭を下げ、高宮城先輩の隣に行き、よいしょと腰を下ろした。そのまま上を見上げてみる。今日の天気は晴れ。冷たく青い空の所々に、ちぎれた雲が浮いている、そんな秋と冬の間の日だった。
……おぉー。確かに空が、近い気がする。視界のほとんどが空というか。耳を澄ますと、はるか高くで飛行機が飛んでいるキーンという音と。校舎で行われているであろう授業の教師の声が、風に乗ってかすかに聞こえてくる。
……ほう……ここ、悪くないかもしれん。さすがは高宮城先輩。ちょっと寒いけど。
「何を見てるの?」
「確かに、なんだか空が近い気がして」
あ、いかん。ファーストコンタクト時の先輩の台詞を取ってしまった。俺が隣の先輩を振り向くと、なんだか彼女は目を見開いていた。あ、なんか珍しい。あんまり表情変えないのに。でもそうだな、自分の思ってたこと言われたらなんか怖いよな。それはわかる。大変申し訳なかった。
……というか、崇高まだ? あいつが来ないとここに来た意味ないんだけど。何をぐずぐずしてるんだ。
くすり、と小さな笑い声が先輩から漏れる。思わず、といった感じの笑みだった。そのまま、口に手を当てて、くすくすと控えめに先輩は笑う。それに俺はちょっと見惚れた。さすが美人度で言うとヒロイン№1(俺調べ)だぜ。絵になる。
いや、貝森ちゃんも、何なら汐音ちゃんも負けてないけどな。でもそれぞれジャンルが違うっていうか。ふぐ刺しとオムライス、みたいな。ちなみにここで言うふぐ刺しは先輩な。オムライスは汐音ちゃん。ちなみに貝森ちゃんはというと俺の中ではハンバーグ。……いやすまん、なんか盛大に話ずれたわ。
「気が合うわね」
「はい! この場所、素敵です」
「……高宮城沙月。あなたは?」
「夜桜汐音です」
「珍しい苗字」
「それはお互いさまではないでしょうか……」
いや一番珍しいのって明らかに貝森ちゃんなんだけどな。何だよ森の貝って。アンモナイト? しかし、まだか崇高。お前がいないのにどんどん話が進んでるぞ。彼女候補とのファーストインプレッションに居合わせないとかお前ほんとに恋愛シミュレーションゲームの主人公? ちょっと自覚が足りないんじゃないの?
カンカンカン、と金属音を立てて登ってくる音がようやく聞こえる。お前おせーよ。もう8割終わったわ。高宮城先輩は無口属性半分くらい持ってるから、ただでさえあんま喋ってくれないのに。
そして主人公が顔を見せると、高宮城先輩はピタリと笑うのを止めた。あ、もったいない。いやギリギリ見れた? あれだけで一目ぼれしてもおかしくないからな。できるだけフラグは拾っていただきたい。
高宮城先輩は真顔のまま、立っている主人公とすれ違い、ゆっくりとハシゴを降り始める。そこには何の会話もない。……おおう。3秒くらいしか接点ないやんけ。……あ。せめて、台詞台詞!
「先輩!」
俺の呼びかけに、高宮城先輩は動きを止め、目を細めてこちらを見つめた。なに? って言ってるみたいな表情だ。もう今日の発言分終わっちゃった? 電池切れ? でも後一言だけ! どうかお願い!
「先輩は、ここで何をしてたんですか? どうしてここに?」
俺の問いに、先輩はハシゴに手をかけたまま、空を一瞬見上げた。そして首を振り、確かにもう1度、かすかに笑った。
「同じよ」
その言葉を最後に、先輩は姿を消した。カンカンカン、という主人公より軽い金属音が響き、その後屋上の扉が開かれ、閉じる音がした。
残された俺と主人公は、貯水タンクの上で、顔を見合わせる。ヒューッと俺たちの間を吹き抜ける風が、なんだかさっきより冷たかった。
「……いや、今の人、誰だ?」
お前、そこから? そこからかー。まあ確かにお前いなかったもんな。崇高何やってたんほんとに。判断が遅いよ。お前が現れてから10秒も経たずに離脱を選択した先輩を見習え。
「高宮城沙月さん、だよ。先輩。……それより、どうだった?」
「え? どう……って?」
「笑ったとこ。見た?」
「ああ、いちおう……見たけど……」
「どうだった!?」
「え? だからどういう意味……?」
「もう! 好きになったとかほら、そういうのあるでしょ!?」
「なんで俺はこんな場所でそんなことを、よりによって汐音に怒られてるんだよ……」
なぜか空を仰いで、途方に暮れたように呟く主人公。いやいやお前、なに、さっきの先輩の笑顔見て何も感じないの? ……君、ちゃんと情緒ある? ドライモンスター?
……ええい、仕方ない。確かにあれだよな。崇高にはまだちょっと難しかったかもしれんな。もう少し噛み砕いていこうか。じゃあ、ちょっくらそこに座れ。いいから。