接敵、主人公 / 遭遇、貝森ちゃん(3)
「しっかし、汐音先輩のお弁当めっちゃくちゃおいしいですね……!」
「だろ? だろ? しかも聞いて驚くなよ。これ、全部……こいつの手作りなんだぞ! しかもいつもな!」
「なんで竜造寺先輩が自慢気なんですか……」
昼休み。俺と貝森ちゃんと主人公は、中庭で仲良く昼食を囲んでいた。俺はお弁当、2人は購買で買ったパン。俺はなるべくお上品にちまちまと食べることに集中し、その結果として自然と口数は少なくなった。
すると、2人はあんまり喋らない。いや、喋ってるんだけど、お互い言いたいことを言ってるだけというか。君たちもう少し会話しようよ。お互いにもう少し興味持とう? この人たち相手のいる場所に代わりにぬいぐるみとか置いててもまったく同じ感じで話してそう……。
「でも汐音先輩、なんかおかず多くないですか? このペースで食べられるのかな……」
そうなんだよな。出して分かったんだけど、これ明らかに二人前くらいある。汐音ちゃんに大食い属性があった記憶はとんとないのだが、ゲーム内で描写しきれなかった新たな彼女の側面だとすると、なんかそういうのに触れるのは正直テンション上がるな……!
俺がひそかに感動を覚えている横で、嬉しそうに俺のおかずをひょいひょいとつまんでいく主人公。俺は秒単位で減っていくおかずを見て、真実を理解した。きっとこれまでも同じような光景が幾度となく繰り広げられてきたのだろう。……まあ、男子高校生の食欲だと仕方ないかもしれんな……。その代わり、食った分だけ後で働けよ崇高。
「…………うわぁ」
……ただ、貝森ちゃんが明らかにヒモを見るような目で主人公を見てるのが気にかかる。というか一応そいつ君の恩人やで。頼むからそんな目で見んであげて。俺は空気を変えるべく、いそいそと別の話題に移った。
「ねえ……私、放課後行きたい場所がいくつかあるんだけど、貝森ちゃんよかったら一緒に行ってくれないかなぁ? 私達だけだとちょっぴり心もとなくて」
「放課後……? ひょっとして……さっきの話で、気遣ってくれてます?」
「ううん、心もとなくて」
もう一度そう答え、ちらりと主人公を見た。あー、と納得した顔をする貝森ちゃん。即わかってもらえたようだが少し複雑だ。そいつ未来の君の彼氏候補だぞ。君もそこんとこわかってる? 頼むからいつかわかってくれな? 今すぐとは言わんから。
そして訪れた放課後。俺、貝森ちゃん、主人公で昇降口に集合した後、さあ街に繰り出すかという段階になって。急に主人公の野郎が「用事を思い出したから行けない」とか言い出した。なんだこいつ。昼間はニッコニコでどこ行くみたいな話聞いとったやないか。ていうか俺が以前好きだった級友の佐藤さんを俺が誘った時も同じようなこと言ってたのを思い出した。俺が誘うたびになぜか出現する無限の用事。くそう。
俺は腕を組み、目を閉じて主人公の処遇についてしばし考える。うーん……貝森ちゃんのペンダントみたいに窓から突き落とすか、それとも許すか。しばらく迷った結果、今回は初犯なので特別に許すこととした。
「じゃあ、明日にしよっかぁ」
「ごめんな! 明日は絶対空けとくから!」
おう、その言葉忘れんなよ。よし、じゃあ今日は行ってよし!
すると、主人公が走り去っていくのを見送った後、貝森ちゃんが笑顔でしゅたっと手を挙げる。
「汐音先輩、あたし空いてますよ! 商店街でしたっけ?」
おお、加入してすぐなのに貝森ちゃんめっちゃやる気やん。すばらしい。その積極的な姿勢、誰とは言わないがどこぞの竜造寺にも見せてやりたい。ただ、恋人候補が来られなくなったことを悲しんでる様子は全くないな……。まあ今日会ったばっかだしな。仕方ない。
貝森ちゃんと2人で商店街……悪くはない、が……。
「……でも、行く時は崇高くんがいて欲しいしなぁ……」
だって俺たちはただお散歩しに行きたいわけじゃなくて、主人公をヒロインに引き合わせに行くわけだしな。ただ、腕を組んでどうしようか考えていると、貝森ちゃんがなぜかぐいぐいと俺の手を引っ張って校舎の陰まで俺を連れてくる。そして左右を見回し、どうやら丹念に人目の有無を確認した。
……え、なにどしたの? こんなところで。……まさか……カツアゲ……? 確かにキャラの新しい面に触れると幸せってさっき言ったけど、そういう面は決して見たくないんだが。
しかし、貝森ちゃんは俺の予想に反し、顔を寄せてきてひそひそと囁いてきた。それはカツアゲより遥かにとんでもない内容だった。
「あの、いきなりこんなこと聞いていいかわかんないんですけど。……汐音先輩と竜造寺先輩って。ひょっとしてお付き合いされてるんですか……? そうするとむしろあたし、お邪魔じゃ……?」
「それは! ない!! ありえない!!! ていうか貝森ちゃんさ……その話即刻止めてくれるかな? 想像しただけで鳥肌立つんだけど。ほらこんなに立っちゃったよ見て」
俺がつい勢いで腕をまくって見せると、貝森ちゃんはうろたえ、半歩下がった。
「……ご、ごめんなさい……そ、その。仲いいからてっきり……ていうかそんなになんですね……」
「もしそうなったら切腹して死ぬね。潔く」
「そこまで!?」
……あ。しまった。こんなことを言ったら貝森ちゃんの中での主人公株が下がってしまう。でも付き合いたい、なんて俺は口が裂けても言えんぞ。しかし魅力がある、ということは伝えないといけない。……いや無理じゃね?
「私には合わないけど……きっと好きな人はすごく好きだと思うなぁ」
最終的に、俺が例の佐藤さんに告白した時に言われたお断りの文句を引用しておいた。トラウマを思い出したからにはどこまでも行け、ということだろう。人は傷つくたびに強くなれる。ありがとう佐藤さん。君の台詞は、今ゲームの世界にいる俺の役に間違いなく立ってるぜ。
結局、商店街に行くのはまたということにして、貝森ちゃんと俺は並んで下校することとした。ていうか今気づいたんだけど、貝森ちゃん家に帰ったら1人になっちゃうじゃん。それが寂しいという話を聞いた当日にそのまま帰すのはいかがなものか。まあ主人公の野郎は用事とやらですぐ帰ったけどな。
……しかしあいつほんとにゲームの世界の俺か? あれでほんとにトゥルーエンドに辿り着けるの? 選択肢次第で結構死んだぞ? いや恋愛シミュレーションで死ぬっていうのがまずおかしいんだけど。そのうち転校してくるであろうメインヒロイン周りがヤバいんだよ。崇高あそこらへん大丈夫? 生きていける?
「あ、まーた竜造寺先輩のこと考えてるでしょ」
「…………うん」
「やっぱり大好きじゃないですか……。え、ちなみにどんなことを?」
「これから生きていけるのかなぁって」
「いったい何考えてるんですか!?」
汐音先輩がわからない……と天を仰いで呟かれてしまった。しかしやがて気を取り直したように、貝森ちゃんは笑顔で話を続けてくれる。
「ところで……落とした小銭、見つかりました?」
「小銭……?」
「……やっぱりいいです。うーん、でも汐音先輩、やっぱりわかんないですねぇ」
「あ、小銭って散らばったやつのこと? もちろん全部ちゃんと後で拾ったよ。たとえ1円でも馬鹿にできないからね。私、コンビニでおにぎりせんべい買おうとして1円足りなかったことあるんだから」
「……うーん……」
歩きつつ、何やら難しい顔をして首をひねる貝森ちゃん。きっと今もこの子は自身の悩みについて考え、心を痛めているのだろう。こんな可愛い子が曇る世界を許しておいてはいかんな……。よし。ここはいっちょ、貝森ちゃんの好物でも食べに行きますか!
「ねえ貝森ちゃん、お腹減らない?」
「……あ、はい。まあ……?」
「ちょっくら味噌ラーメンでも食べに行こうよ」
「放課後すぐ!?」
「あれ。嫌い……?」
「いえ……大好きですけどぉ……!」
「じゃあおすすめのお店とかある? よかったら、教えてほしいなぁ」
貝森ちゃんは週3で行くラーメン屋があるくらいのラーメン通のはず。ここはせっかくだから、聖地巡礼と行こうじゃないか。この世に貝森ちゃん推しは星の数ほどいる(だろう)とはいえ、実際に彼女とおすすめのラーメン屋に行ったことのある人間はそういないだろう。
正直全然腹は減ってないんだが、そんなことはこの際些細な問題だ。愛があればそんなものはどうとでもなるはず。悪いな貝森ちゃん推しの諸君、俺だけこんな経験しちゃって。ははは、じゃあ楽しませてもらってきますわ!
「うぐぅぅぅ……ぬぬぬぬぅ……」
俺は目の前の丼を見つめた。確かにうまい。うまいんだけど……やばい。全然減らないというか。1口食べるごとに上がっていく満腹ゲージの量が多すぎる。ここまで仕様に差があるとは……。
目の前のラーメンはまだ残り4割くらいあるけど、満腹ゲージの残りは正直あと4%もない。ついいつも通り普通盛りを頼んでしまったが、やはり麺少な目にしておくべきだったのか……。汐音ちゃんってそもそも病弱キャラだしな。ラーメン屋自体無謀だったかもしれん。今更だが。
「だから放課後すぐに行くんですか、って言ったのに……」
すでに食べ終わってる貝森ちゃんが餃子を突っつきながら、どこか呆れた顔で俺を見つめた。ていうかさっきテーブルになかったよねその餃子。追加注文? 食欲旺盛やね。
「あたし残り食べますよ。連れてきちゃった責任もあるし」
「いやそれは違うね! あくまで頼んだのは私! ここは一切手出ししないでもらいたい……んだよぉ」
「み、見かけの割に男らしい……けど、大丈夫かなぁ……」
結果:大丈夫じゃなかった