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恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、今日も攻略を回避するのに忙しい  作者: うちうち


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33/37

文化祭、終了

「実はね、リネットにぴったりのいい話があるんだよぉ。聞きたい? 聞きたいよね」


「えっ……えっ?」


「こらセンパイ。めっ」


 ぺしっと突然頭を軽く叩かれ、俺は隣を振り返る。そこには貝森ちゃんが腰に手を当てて呆れたような顔をしていた。おう、いつの間に。


「な、なんで邪魔するの貝森ちゃん。今いいところなのに。……聞いてた?」


「いや、お2人の話が長すぎるんですって。で、すみません、途中から聞いてましたが……正直何言ってるのかはさっぱりでした」


「……途中って、ちなみにどのへん?」


「ブラックホールを鎮めるには、みたいな。どういうジャンルの話ですか。……にしても駄目じゃないですか、また知らない人に竜造寺先輩を押し付けようとしてたでしょ」


「リューゾウジセンパイ……? ワタシワカラナイ……シラナイ……」


 これはまずい。リネットに俺の前科がばらされると、成立するものも成立しなくなってしまうではないか。ふるふると首を振り、俺は全力で猫を被って回避行動を開始した。


「なぜにいきなり片言ですか。いやそんなつぶらな瞳で見返してもさすがに無理ありますって。ほら、ごめんなさいは?」


 ところが俺の渾身のしらばっくれを貝森ちゃんは普通にスルーしてくる。うーむ、だんだんと慣れられてしまっているような……。俺はリネットに誠心誠意、頭を下げた。崇高を押し付けていると受け取られるような行動をとってしまったことは大変遺憾であります。




「はい、よろしい。……で、次は誰を捜すんです? たぶんそういう話なんですよね?」


 やれやれ、という感じで首を振る貝森ちゃん。おお、物分かりが良くて何より。サンキュー。俺は真剣な顔で、我が頼もしき右腕を見つめた。


「じゃあ貝森ちゃん、早速だけど私を捜そう」


「……まーた変なこと言ってる……一応確認しますけど、それってさっきの教室での話ですか?」


「ちなみにリネット、どのくらい過ぎるとヤバいの?」


「さ、3週間が限度だと思いますっ……」


 あれもうヤバいじゃん。俺が起きたら汐音ちゃんだったのが、だいたい2週間前。それからずっと汐音ちゃんは体に戻ってないわけだから、あと残り1週間しかない。…………ん? あれ?


「じゃあ私は……? 本来の体から思いっきり離れちゃってるんだけど。これってヤバくないの?」


「……。さ、さあ……?」


 俺の質問に対し、リネットは遠い目をしてすっと不自然に顔をそらした。……あ、了解。ヤバいんだ。じゃあ俺も戻らんといかんわけだが、そもそもある日起きたら汐音ちゃんだったんだぞ。どうやったら戻れるかなんてさっぱりわからん。


「と、ともかく汐音さんに聞くしかないと思いますっ。あなたをどこから呼んだのかも不明ですしっ」


「ならここにいるセンパイはそもそも誰なんですか。さっきも思ったんですけどこれ」


「そういえばさ、なんでリネットはここに?」


「あ、もう。無視しないでくださーい」


「ツイッターでたまたま文化祭の写真が流れてきたんですが、黒い石が写っていたので回収しに来ました」


「……黒い、石?」


 俺の隣で話していた貝森ちゃんは、ぴたりと動きを止めた。俺と貝森ちゃんの視線が宙で交錯する。『アレですか?』というアイコンタクトが飛んできたので、『うん。だから何も聞かないで』と同意と依頼を送っておいた。


「リネットさん、それってまずいものなんですか?」


「あ、こら貝森ちゃんってば」


「はいっ。……世界を改変する力を持つので、下手に放っておくと危ないんですっ」


 いい子なので聞かれたことには素直に答えてしまうリネット。貝森ちゃんはそれを聞いて、すごい目でこちらを見てきた。いやちょっと待った。気持ちはわかる。わかるんだが、頼むからそんな目で見ないで。


「道理であんなに欲しがってたと思った……」


「いや、違うの」


「言ってたやりたいことって実は世界征服ですか……」


「うん、それはマジで違うかな」


 貝森ちゃんの中の俺ってどんな存在なの? 魔王か何か? ……えーい、しかし制限時間が付いてしまった以上、ぐずぐずしている暇はない。どこだ、汐音ちゃんはどこにいる? そもそも母上殿が見かけたっていうんだから、その辺にいるのは間違いないはずなんだが。街にもいたしな。なんか「私を捕まえて」とか言ってた。でもあれって、ひょっとしてこの状況を見越しての発言だったのかもしれん……おや?


「そういえば貝森ちゃんってさ、私見てないの?」


「今見てますが」


「そういうことじゃなくって! ほら、北辻さんのお店に初めて行ったとき! ベンチで休憩したときに、もう1人の私が出てきたでしょ!?」


 すると、貝森ちゃんは「何言ってんだこいつ」みたいな表情で俺を見つめた。心なしかちょっと引いてる気もする。


「いえ……全くもって見てませんけどぉ……」


 でもそういや確かにあの時って、誰も周りにいなくなってたもんな。だから貝森ちゃんは見ていない。なら、何で……母上は見た? ……これは何かのヒントにならないか?


「貝森ちゃん! 教室に戻るよ! ……リネットもついてきて!」


 俺がダッシュで廊下を走り出すと、後ろから貝森ちゃんの焦ったような声が聞こえる。


「ちょ、センパイってば! 待っ……遅っ!?」


 全然進まない俺を見かねたのか、高宮城先輩がすっと俺を抱き上げる。……あ、ヤバいぞ。俺の内臓が危ない。ところが、先輩は静かな瞳で俺を見返した。「任せて」という意思を感じ、俺は素直に頷く。


「お願いします。私の教室まで」


 それから30秒で教室には到着した。今度は新幹線もかくやというくらいに揺れなかった。先輩の進化の速度恐ろしいな。どうなってんだろ。







「あら我が娘。今度は綺麗なお姉さんにおんぶなんてしてもらっちゃって。しかしモテモテねあなた」


「お母さん! さっきの話なんだけど!」


 俺が先ほどの話を突き詰めると、母上殿は困ったような顔をした。


「詳しく、って言っても……」


「何か気づいたことはある!? 気になったこととかでも!」


「んー……そうねえ……。あ、そういえば」


 ふと、何かを思い出したように母上殿は上を見上げた。


「服」


「……服?」


「なぜか夏服だったわ。寒そうね、って思った覚えがあるから」


「夏服……?」


「ごめん、でも見間違いかもね。お母さんたまにおかしなもの見えちゃうから」


「おかしなもの、って?」


「何か物事が起こった時に、ああ知ってた、ってなっちゃうのよ。ほら既視感ってあるじゃない。あれのはっきりした版みたいな。初めて見るはずなのに、もう知ってた感じがしちゃうの。そんなこと、あるはずないのにね」







「リネット、どう思う?」


「おそらくですが、お母上は過去の汐音さんを見たのではないでしょうか。力が血筋だとすれば説明が付きますっ」


 普通にリネットは汐音ちゃんの特殊能力についても理解していたらしい。まあそうでもないと黒い石も渡さないだろうしな。汐音ちゃんには扱えると確信があったみたいだったし。


「とすると何の手掛かりにもならないか……」


「いえ。……汐音さんが何を見ていたのか、ということが分かれば、手掛かりにはなるかとっ」


 教室の扉のあたりから中を見ていたって母上殿は言ってたけど。試しに俺が汐音ちゃんが見ていたであろう視線を辿ると、そこは俺の席だった。……自分の席を、見ていた……?


「席が分からなくなった、とかではないよねぇ」


「よくわかんないですけど絶対違うでしょ」


「確かに、これだけだと確かに手掛かりにはちょっと……」


 いまだについて来れていない貝森ちゃん含め、俺たちは顔を寄せ合って話し合った。そこで出された意見としては、情報不足。とするとここからもっと集める必要があるわけだが……。


「リネット、私も見られないかな? だってオリジナルは未来も過去もバリバリ見てたわけじゃない。追いかけるならせめてまず同じ土俵に立たないと」


 するとリネットは、ポンと手を叩いた。おお、これはひょっとして……俺も開花してしまうか。なんたって同じ体だもんな。これで俺も洗濯物を干して出かけたときに限って雨が降るという悲劇からおさらばだぜ。


「では……呪文を書きますっ。汐音さんの意思が強く残っている場所なら、きっと姿を浮かび上がらせることができますからっ!」


「ん? いやいや、そういうのじゃなくって。未来とか過去を私も見られるようになりたいなって」


「ではっ、行ってきますねっ」


 リネットはぴゅーっと走り去ってどこかへ消えてしまった。3歩ほど追いかけ、即座に諦める俺。なんかさ、俺の話聞かない人多くない?


「あれ、じゃあセンパイは未来や過去を見られない……? もうわからないや、どっちだろこれ……」





 リネットは小一時間ほどして戻ってきた。なんでも、学校をぐるっと結界で囲ったので、その中で汐音ちゃんの意思が残ってる場所があれば、彼女の姿が浮かび上がるようになったらしい。その結界とやらで汐音ちゃんを見つけられないのかという疑問をぶつけようか俺は一瞬迷い、結局やめた。目の前にいても読めないって言ってたもんな。汐音ちゃん鬼ごっこ得意なだけあるわ。


「それって普通の人にも見える?」


「はいっ。結界が続いている限りは!」


「ちなみにその結界とやらは、どれくらいもつの?」


「だいたい日没くらいまででしょうかっ」


 俺は窓の外を見た。差し込んでくる光は大分傾き、空は既に青からオレンジに半ば変わりつつある。日没まであと、1時間ないくらいだろう。……いやいやいや。


「駄目じゃん。学校内そんな素早くうろつけないでしょ」


「……はっ!」


 口に手を当て、しまったという顔をするリネット。大変かわいい……じゃなくて。ドジっ子属性こんな肝心な時に発揮せんどいて。……しかしどうする。高速機動する高宮城先輩に乗ったとしても、あてもなく探し回るのに1時間は厳しい。この学校やたら広いし。




「なになに、どうしたのよ。そんな暗い顔しちゃって」


 北辻さんと柚乃ちゃんも輪に加わる。これで全員。俺はかいつまんで事情を説明する。リネットの魔法のこととか、俺の中身については当然伏せて。そっちを説明するだけで日没なんて過ぎるだろう。しかし、うーん……と皆考え込むも、あまり良い案は出てこなかった。


「なるほど。日没までに、あちこちに浮かび上がった夜桜先輩の映像を捜したいわけですかぁ。……さっぱり原理がわかりませんけど」


「昨日今日となんか捜し回ってばっかりね」


「……昨日? あらぁ?」


 柚乃ちゃんがふとそんな声を漏らした。……来た! 来たよぉ! 参謀来た!


「はい柚乃ちゃん! 発言を許可します!」


「夜桜先輩の姿って、昨日の鬼ごっこでみんな知ってるわけですよねぇ」


「うん。……それが?」


「じゃあ、目撃情報を広く募ったらいいんじゃありません?」


 俺たちは互いに顔を見合わせた。……なるほど。普通の人にも見えるわけだもんな。手当たり次第に見回るよりはそっちの方がよさそう。問題は俺に友人がほとんど全くもっていないことだが……。しかしそこは、北辻さんと貝森ちゃんが立候補してくれた。2人とも人脈を生かして、知人に片っ端から当たってくれる。すると、昨日の鬼ごっこのおかげか、汐音ちゃん目撃情報が次々に飛び込んできた。






「中庭と昇降口、あと屋上に続く階段か……よし、行くよぉ!」


 一刻も惜しいので、俺は高宮城先輩にひょこっと乗っかった。北辻さんも負けじと柚乃ちゃんを背負う。なんでわたしは背負われてるんだろう、みたいな顔をした柚乃ちゃんだったけど、何も言わずに背中にしがみついた。あと残りはリネットと貝森ちゃんだが……。


「じゃあ、せっかくだから貝森ちゃんも崇高くんに背負ってもらう?」


「断固として! お断りさせていただきます!」


 結局、高宮城先輩が俺を抱きかかえつつ貝森ちゃんを背負う+北辻さんがリネットを抱きかかえつつ柚乃ちゃんを背負う+崇高が1人で走る、という編成に落ち着いた。信じがたいことだが、おそらくこれがこの集団の最速移動方法だろう。




 まず、中庭。なるほど、来てみると確かに、壁沿いに佇む汐音ちゃんの姿があった。夏服だ。何を見てるんだろう。真ん中の広場に設置されているベンチの方を見てるように見えるが……?


「あそこって、あたしたちがいっつもお昼食べてる場所、ですよね?」





 次に昇降口。出入口からちょっと横に避けたあたりに汐音ちゃんは立っていた。……ここってなんかあったっけ?


「そういえば、あたし達っていっつもこのあたりで待ち合わせしてましたけど……」






 屋上まで続く階段の途中に佇み、無表情で扉を見つめる汐音ちゃん。その先には……。


「空があるわ」


「高宮城先輩と会ったりしたよねえ」


 なんだこれ。どうやら汐音ちゃんは、未来の俺たちの行動を見ていた……? 何の、ために?




 カンカンカンカン、とやけに響く足音とともに、俺たちは屋上への階段を上がる。途中で追い越す時に見えた汐音ちゃんの顔には、どんな表情も浮かんでいなかった。



 そして俺たちは、屋上への扉を開けた。ギギギ、と錆びた金属が擦れる音を立て、外の空気が流れ込んでくる。夕暮れの空の下、全てが赤く染まった、誰もいない屋上。そこにも、汐音ちゃんはぽつんと1人でいた。フェンス越しにグラウンドを見下ろしていた彼女はこちらを振り向き、眩しいものを見るように目を細める。バタン、と俺の背後で扉が閉まる音が聞こえた。


「へえ……これはまた、随分と大勢で来たんだね」


 ……これ、本物か? いやしかしこの汐音ちゃんも半袖だしな。たぶんこれも本物じゃない。俺はいちおう周りにも確認しようとして左右を見回し、ついでに後ろも振り返る。……しかし、そこには誰もいない。貝森ちゃんも、リネットも。高宮城先輩も、北辻さんも、柚乃ちゃんも。





 いつの間にか、屋上にいるのは俺1人だった。……なんで? いきなり俺ハブられちゃってる? さっきまであんなにわいわい一緒だったのに? ……ええい、構うか。人間死ぬときはいつも1人よ。



 俺は真っすぐ汐音ちゃんに向かって歩き出した。しかし、不意に夕日が目に入り、反射的に瞼を閉じる。夕日……ってことはもう、日が暮れる……?


 俺は夕日に目を向けた。左側の眼下に広がるグラウンドの向こう、はるか彼方の山の陰に沈みつつある紅い太陽。夕日に照らされるグラウンドには色とりどりのテントが広がり、校庭に植えられた木が長い影を伸ばしている。しかし、そこには人っ子一人いない。あれだけいた客も、生徒も。中央には、ファイアーストームのために積まれたであろう焚き木がぽつんと残されていた。


 あれだけ騒がしかった人々の喧騒も、今は全く聞こえない。まるで、屋上までの階段を上がる間に世界が丸ごと滅んででもしまったかのようだった。……そうか。俺はなんとなく直感する。



 ……この世界には、汐音ちゃん以外、誰も、いない。






「君は、1人なんだな」


「うん。ずっとね。別に気楽だから、いいけど」


「……何を見てたんだ?」


「私が何をすべきかをね、見てたんだよ」


「……どういうこと?」


「ううん……きっと自分でも、わかってなかっただけ」


 フェンスに指をかけ、紅い世界を見下ろしながら、独り言のように汐音ちゃんは呟いた。その横顔に、俺はなぜか寂しさのようなものを感じ、思わず問いかける。


「君はさ……いったい、どうしたかったんだ?」


「そういえば、大丈夫だよ。期限が切れたらあなたは元の場所に戻れる。そういう条件で願いを乗せたから。だから、残り時間はあと少し」


「何を、したかった……?」


「変わらない。あなたと同じだったんだよ」


「手伝いたいんだ」


「いらないかなぁ。私はそこまで他人に頼るつもりはないから。ごめんね、代役なんて頼んで」


「何でもする」


 俺が真剣にそう言うと、汐音ちゃんは初めて考え込むような顔を見せた。しばらく黙った後、なぜか彼女はどこか悪戯っぽい表情を浮かべ、俺を下から覗き込んできた。


「……何でもしてくれるって、今、言ったの?」


「もちろん」


「じゃあ……うーん、本当は格好よく誘ってほしいところなんだけどねぇ」


 汐音ちゃんは、すっとこちらに小さな手を差し出した。白いであろうその腕は、今は周りの景色よりも紅く夕日の色に染められているように思える。そして彼女は、不意に首を少し傾けて、少し笑った。それは俺がゲームでよく知る、本当の彼女の笑顔だった。


「……ねえ。私と一緒に踊ってくれる?」












「――いや、なんですかこの手」


「……え?」


 気がつくと、貝森ちゃんの呆れたような顔が目の前にあった。そろそろと目線を下にやると、なぜか俺の両手はぎゅっと貝森ちゃんの手を固く握りしめていた。俺はあたりを見回す。するとここは元の屋上だった。みんなが心配そうに俺を覗き込んでいる。


「前もこんなのありましたよね。センパイいきなり黙って返事もしなくなっちゃうんですもん。どうしたんですか? ってどこ行くんですか? ちょっと!」


 後ろで貝森ちゃんが問いかけているのを尻目に、俺はさっき汐音ちゃんがやっていたように、フェンスに手をかけてグラウンドを見下ろした。眼下に見えるグラウンドではもうテントはほぼ片づけられており、ファイアーストームの焚き木を囲んで、大勢の人が渦のようにごった返していた。ざわざわという喧騒がここまで立ち上ってくる。さっきまでとは違う世界のようだった。さっきまでとは違い……汐音ちゃんだけが、ここには、いない。





 黙って俺がそのままじっとしていると、不意にスピーカーからザザッと雑音が一瞬流れた。そして流れ出すアップテンポな音楽と、遠くから風に乗って聞こえてくる人々の騒ぐ声。……どうやら、フォークダンスが始まったらしい。


「そういえば、このフォークダンスで最初に踊った相手と結ばれる、って言い伝え、今もあるの?」


 沈黙を嫌ったのか、北辻さんがぽつりとそんなことを言い出した。……そうなんだよ。さすがギャルゲーだけあって、そういう言い伝えがこの学校にはある。ほら、よくあるよな。木の下で告白したら恋が実る、みたいな伝統的なあれ。しかし北辻さん、今だけはその話はしてほしくなかった。ほら、「チャンス!」みたいな顔してる奴そこにいるから!



 案の定、崇高が何やら俺の前までそろりそろりとやってきた。……お、おう。みなまで言うな。用件はわかる。わかるが……俺は今、お前に応えてやれるような気分じゃないし、身分じゃないんだ。いかん、思わぬところで韻を踏んでしまった。こんな時まで詩人な俺。


「汐音、俺と一緒に踊ってくれないか」


「んー……」


 俺は顎に人差し指を当て、しばし断り文句を考える。こいつを傷つけないように、さりげなく辞退するにはどうしたものか。と、俺が困っているのを察知したのか、視線の端で貝森ちゃんがぱちぱちとアイコンタクトを送ってきた。……ふむ。そうだな、貝森ちゃんと約束してるから、これでどうだろう。……いや。違うな、そうじゃない。



 俺はもう1度、その場を見渡した。俺、崇高、貝森ちゃん、リネット、高宮城先輩、北辻さん、柚乃ちゃん。殺風景な屋上には、俺たち以外、他には誰の姿もない。俺が思い浮かべる相手は、今ここには、いない。……だが、そんなこと、構いやしない。



 俺は、誰もいない屋上の中央部にゆっくりと、歩み寄った。そして、崇高を振り向く。


「ごめん、私、先約があるから」


 それを聞いて、崇高は大変悲壮な顔をした。すげえ、もう結構暗いっていうのに、顔色変わるのが見えたよ。お前大丈夫? 今日早く寝ろよ。いい子だから。


「先約……だ、誰と……?」


「私」


「……は?」


 それから俺は、ゆっくりと誰もいない空間に手を伸ばす。一瞬、さっきの夕焼けの中で、目の前に立つ汐音ちゃんが手を差し伸べてきた姿が、その笑顔がフラッシュバックした。俺もきっと今、同じように笑っている、そんな気がした。



 そして俺は、その場にいない、存在しない相手の手を取る。始まった音楽に合わせて、俺は適当にくるくると回り、飛び跳ね、でたらめに手を振り回した。きっと、汐音ちゃんもそうしてくれたはずだ。そう、崇高が言っていた。汐音ちゃんは夏休み前、ここで、1人で踊っていたことがあったと。その相手は、きっと――。






 やがて音楽が切り替わり、曲の1周目が終わったことを俺に告げた。息が切れ、なぜか胸がいっぱいになり、座り込む。すると、そばでこちらを覗き込んでくる人影が、1つ。


 見上げると、それは同じように肩を上下させた汐音ちゃんだった。額には汗が滲んでいる。しかし半袖からのぞく白い腕が、彼女が今ここにいる存在ではないことを俺に教えてくれた。


「いやぁ、なかなか難しいね……」


『ううん、なかなか上手に踊れてたと思うよ。ふふ、とっても個性的で、力強かった。ただねえ……いやぁ……』


「……ただ?」


『ふふ、どう見てもフォークダンスじゃなかったよねぇ。踊り、うん。……あははは!』


 汐音ちゃんはお腹に手を当て、何やらおかしそうにころころと笑った。よっぽど俺の踊りがお気に召したらしい。しばらく汐音ちゃんは笑い続け、俺はただそれを見つめる時間が過ぎる。しかし会話はなくても、不思議と何かが満たされたような、そんな気分だった。そしてようやく笑い終えた汐音ちゃんは、笑みを浮かべたまま俺の耳元に顔を寄せ、内緒話をするようにひっそりと囁いた。



『いつか、今度は直接手を取って踊ろうか。教えてあげる。……でもその時は、あなたがちゃんと誘ってね』








 その後は、完全に夜になってしまったのでライトを教室から借りてきて、屋上で適当にみんなで踊ったり、焼きそばを買ってきて食べたりと思い思いの時間を過ごした。夜風に吹かれて、遠くに聞こえる音楽を耳にしながら、グラウンドの火を見つめてお喋りするのも、うむ、なかなかしんみりしてよいものだ。俺はこちらに肩を預けて寝ているリネットを見つつ、向こうで楽しそうに話している貝森ちゃんと柚乃ちゃんを眺めながらそう独り言ちた。



 ちなみに崇高は誰とも最初踊ってもらえなかったので、俺が最初のお相手を務めることとなった。……俺は最初にあいつと踊ったわけじゃないからセーフ、そう信じたい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 時を越えたフォークダンス……ロマンだなぁ…… なんかなんていうかもうこういう話好き…………(語彙力崩壊)
[良い点] 今なんでもって! [一言] 新しく入手した石で汐音ちゃんが増える?
[一言] さらに謎が深まった気が
感想一覧
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