対策、文化祭(下)
それにしてもこれで主人公、高宮城先輩、柚乃ちゃんと立て続けに勧誘に成功してしまった。ここまで3勝0敗。敗北を知りたい。てことで、あとは貝森ちゃんと北辻さんだが……。北辻さんは可愛さでゴリ押しすればたぶんいける。とすると、問題は貝森ちゃん。
貝森ちゃんは俺が心の中で相棒扱いしていることもあり普段なら一番何とかなりそうなのだが、今はちょっと不利かもしれん……。なにせ俺は、柚乃ちゃんという貝森ちゃんのライバルからスカートをめくられている場面(←誤解)を目撃されてしまったばかり。
……ま、まあでも考えすぎてもあれだしな。さっき追いかけていった柚乃ちゃんが貝森ちゃんにパーフェクトな説明をしてくれている可能性もあるわけだし。あんなに勢いよく追いかけていったところを見るに、勝算があるのではないだろうか。それになんたって貝森ちゃん俺の右腕だしな。うん。
ということで、さっそく次の休み時間。勧誘のために貝森ちゃんのクラスに行ってみることとした。ざわざわと話し声が聞こえる1年の教室の中を、扉に隠れながらそーっと覗き込んでみる。
すると、まさにちょうど、柚乃ちゃんが貝森ちゃんの机に近寄って行くところだった。お、おお? これってひょっとして、歴史的和解の瞬間? ほら、握手した後にこやかにハグとかしちゃうやつ。いいぞ、どんどんやれ。
しかし、貝森ちゃんは柚乃ちゃんに気づいたかと思うと、キッと目をきつくして睨みつけた。……おやおや? なんかさっそく空気おかしない? 野生動物がテリトリーに侵入してきた天敵を見つけたみたいな感じになってんだけど。……い、いや。緊張してどう接していいか分からないだけだなこれは。きっとここから温かい言葉が発せられるはずさ。
「……何しに来たの柚乃。ていうかさっきの何? この変態! 露出狂! へんったいっ!!」
「ち、ちょっとぉ!? 人聞きの悪いこと言わないで!! だいたい露出してたのはわたしじゃなくて夜桜先輩でしょ!?」
「……じゃあ露出狂の方は撤回してあげる」
「なら変態もわたしじゃなくない!? そっちも撤回してよ!!」
2人とも、俺の露出狂をそんな素直に受け入れんといて。あと柚乃ちゃんさ、君の言い方だと変態も俺って言いたそうじゃない? 気のせいかな?
「露出に協力してた時点で!! 変態なのは確かなんだよっ!! ていうかあれ協力っていうか主犯でしょ!? 思いっきり柚乃が捲り上げてたじゃん!! 試着室じゃなくて中庭だよ!? 目疑ったよ!? 何度見ても意味が分からなかったもん!!」
ばんっ、と大きく手で机を叩き、さっきの俺がいかに破廉恥な格好であったかについてクラス全員の前で大声で主張する貝森ちゃん。ていうか貝森ちゃんの中では試着室の中は他人のスカートってめくってもいい場所なの? それなんてプレイ?
……でもなんか、普通に俺の悪口で2人があんなに楽しそうに盛り上がってる……寂しい……。俺の話なんだし、せっかくなら俺も入れてほしい。ここでご本人登場! みたいな。駄目? ……しかしやっぱ女子的には後ろ丸出しなのはアウトだったのか。でもさ、気づかなかったんだからそれって仕方ないじゃん……。
一方、貝森ちゃんの剣幕にちょっと押され気味になりながらも、柚乃ちゃんはいちおう異議を申し立てた。ていうか貝森ちゃんヒートアップしすぎでは……。そんなに怒らんでも。
「共犯者って……し、親切でやっただけなのにぃ……」
「汐音先輩が小さいから、余計に絵面がヤバかったんだよおっ!! どうしたらスカートがあんな状態になるの!?」
「だって、夜桜先輩を見たらいつの間にかああなってたんだもん……」
「そんなの普通なるわけっ……! ……なるわけ……」
矢継ぎ早に喋っていた貝森ちゃんはそこで初めて言葉を止めた。そしてふと自信なさげな顔になる。
「いや、汐音先輩なら……あり得るかも……」
どんな人やねん俺は。貝森ちゃんもっと自信持って。
一方、周りで聞いていた級友も俺と同じ疑問を持ったらしい。遠巻きに2人のやり取りを見守っていたうちの1人が、おずおずと貝森ちゃんに向かって口を開いた。
「ど、どういう人なの……? その、先輩って」
「普通じゃないっていうか……外見はめっちゃくちゃ愛らしいんだけど……」
「だけど……?」
「怖いの」
「あら? 無害そうないい人だったけどぉ……?」
すると、貝森ちゃんは柚乃ちゃんを見つめ、マジかよこいつ何もわかってねーな、みたいな顔をした。……か、貝森ちゃん? これ俺このまま見てても大丈夫かな? これから先も仲良く俺たちやっていける?
「間違いなくいい人ではあると思うけど。汐音先輩から最も遠い言葉が『無害』だよ」
「待って!? あの人、害あるの!?」
「ごめん、ちょっと間違えた。害は全然ない、ないんだけど」
そこで貝森ちゃんはいったん言葉を切り、俯いた。そして自分自身を抱きしめるように腕をぎゅっと組む。おそるおそる、といった感じで柚乃ちゃんが続きを促した。
「けど……?」
「ほんとに、怖いんだよ」
「亜佑美ちゃんどれだけ怖がってるの!?」
「だってたぶんあたしたちが今話してることもこれ全部筒抜けだから」
それを聞いた柚乃ちゃんは一瞬きょとんとした後、ぷっと吹き出した。そして手をぱたぱたと振る。
「やだぁ、そんなことあるわけないじゃない。亜佑美ちゃんさすがに言い過ぎ」
「いや、ほんとそのへんから見ててもおかしくない……」
ちょうどその瞬間、扉に隠れて顔だけ出している俺と貝森ちゃんの目が、ばっちり合った。俺が「えへへバレたか」と笑いかけてみると、貝森ちゃんの顔は大いにひきつった。まさしく凍り付いた、というのが正しい。
「亜佑美ちゃん、どうしたの? ……!?!?」
動きが止まった貝森ちゃんの視線を追った柚乃ちゃんも俺の存在に気づき、同じように固まった。ふむ。なんか知らんが怖がられてるみたいだ。それは払拭しておきたいな。
俺はどうせ見つかってしまったので、教室内の貝森ちゃんの席までトコトコと歩いて行った。その途中、ひそひそと1年生の方々の囁き声が耳に入る。
「あれが……愛らしくて露出狂で変態で怖くて無害という言葉から一番遠いけど害は全然ないっていう先輩……?」
「確かにとっても愛らしいけど……」
「天使みたいじゃない? あれで怖いってどういうこと? 可愛すぎて怖いとかそういうの?」
「あの子、いや先輩が中庭で露出してたってマジ!? マジ!? マジかよぉっ……! くそ、くそぉっ……! 俺、中庭の木に生まれたかった……!」
……なんか最後の願いどっかで聞いたことあんな。言ったやつと俺仲良くなれるかもしれん。ただそいつは男からはドン引かれ、女子からは白い目で見られて普通に距離を置かれていた。残念だが当然、男らしい最期と言える。
「か・い・も・り・ちゃん」
「は、は、はいっ……!!」
目の前までやってきた俺のお茶目な呼びかけに立ち上がり、直立不動で俺の声に返事をする貝森ちゃん。……いや、そんな緊張せんでも。俺は少しでも親しみを持ってもらうべく、満面の笑顔で貝森ちゃんを見つめた。
「このこのー、私の噂話してたでしょう。駄目だよぉ? ついつい気になって来ちゃったじゃない」
「え、だって始めたのってさっきの今なのに……」
「というか昼休みのは柚乃ちゃんほんとに親切で直してくれたんだよ。ちょっと不幸な事故があって。そこは事実です。別に私のスカートを興味本位でぐへへと無理やりめくりあげてたわけじゃありません。変なデマを振り撒かないこと。ほら、柚乃ちゃんにごめんなさいの握手は?」
「ご、ごめん柚乃」
「う、ううん。いいのよ亜佑美ちゃん。……ごめんなさいの握手……?」
それでも2人はがっちりと握手をした。にこやかにハグこそなかったものの、末期の源氏と平家くらいに仲が悪かった彼女らの関係からすると大いに歴史的瞬間であると言えるだろう。
「うう、でも貝森ちゃんにそんなに怖がられてたなんて……そうなんだ……。けっこう仲良くなれてたと思ってたのは私だけだったのかな……」
俺も自惚れてたかもしれん。これはもっと積極的に親交を深めていかねばならんな。しかし貝森ちゃんは俺の呟きを聞いて、どこか申し訳なさそうな顔になった。
「い、いえ! 仲はいいと思います! とてもお世話にもなってますし。ただその……ちょっと、怖くて」
「えー、どのへんー?」
「今ここにいらっしゃることとかも、そうでしょうか……あはは」
「えーっと。それは、私が存在していること自体が受け入れられない、とかそういうやつ?」
「全否定!? そんなわけないじゃないですか!? いえ、私がただちょっと怖がり過ぎてるというか」
「あ、じゃお化け屋敷も楽しそうだったのはやっぱり気のせいだったんだね」
「あれはフィクションですから……ていうか普通に知ってるんですね、あたしがお化け屋敷好きなこと」
「んん? 結局さ、苦手なの? 得意なの?」
いかんちょっと混乱してきた。日本語難しいな。俺が眉間にしわを寄せながら目を閉じ、腕を組んで今の話を整理していると、貝森ちゃんは焦ったように俺の肩に手をかけ、ぐいぐいと引っ張ってきた。お、おう。痛い痛い。どしたん貝森ちゃん。
「でも待ってください! 嫌なわけではほんとになくて……! けど……怖いって言われていい気分になんかならないですよね。何か言ってください。あたし何でもしますよ」
「……ん? あれ、今……なんでもするって言った? ……やった! えへへ、実は1つね、さっそくお願いがあるのです」
「……言いました、言いましたけど。でもやっぱりその笑顔が不安です……! な、なんですか?」
俺が安心させようと思って笑っているのに、笑顔が不安だと言われてしまった。なので笑うのを止め、試しに完全に無表情になってみる。すると貝森ちゃんは今度はあからさまに怯えた顔を見せた。……いや、なら君は俺にいったいどうしろって言うんだ。
「えっとね、崇高くんと文化祭を回ってほしいんだ。もちろん私も一緒」
「え、い、いいですけど……。それがお願い? そんなことでいいんですか?」
「ほんとは普通に誘おうと思ってたんだけど、断られたら悲しいなあって。それでちょうどお願い聞いてくれるっていうから。ほんとはこういうのって、貝森ちゃんが自発的に来たいって思ってくれないとあんまり意味はないんだけど」
「それ口に出しちゃっていいやつですか?」
「ってことでよろしくね」
無事? 貝森ちゃんも確保に成功。ということで残るは北辻さん1人だが……。
放課後。商店街の定食屋に遊びにきた俺は北辻さんにさっそく捕まり、もふもふとひたすらに撫でられる。もう何回かここには来ているが、北辻さんは俺を膝の上に乗せ、頭を撫でるのが大変お気に入りらしい。可愛い子犬みたいだから! ってやたらに言ってた。誉めてくれてる……んだろう。しかしその理由だと、いつか「俺に首輪をつけて散歩させたい」と言い出さないかは幾ばくかの不安が残る。
俺は、わっしゃわっしゃと俺の頭を撫でまわしている非常にいい笑顔の北辻さんを振り返って見上げ、さっそく本題を切り出してみた。
「いやぁ、それにしてもふわっふわよね……! あなたこれシャンプー何使ってるの?」
「それより北辻さん、私と文化祭一緒に回ってもらえませんか……?」
「え? 別にいいわよ」
「北辻さん大好きです!」
……かっる! 即決! でも俺は本来これくらいの軽さを全員に期待してたんだよ。なんでこんなにかかったんだ。主人公含め。
ほんとなんでこんなにかかったんでしょうね




