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恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、今日も攻略を回避するのに忙しい  作者: うちうち


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対策、文化祭(上)

 貝森ちゃんと別れた後、俺は自分のクラスへ戻りながら、あらためて現状の問題について考えを巡らせた。オリジナルの汐音ちゃんのことも気になる、気にはなるが。ここで言う問題とは、人名で表現すると「竜造寺崇高」、すなわち主人公の彼女を誰にするかということであった。文化祭はそのための恰好のイベントなはず、なんだが……。



 まず、ヒロインをどう誘ったものか……。そもそもデートって言ったら普通は1対1なんだろうけどさ、これたぶん俺が途中までフォローした方が良さそうだよな。何せ初対面時にあいつが一対一で交わした言葉、あの貝森ちゃん相手でさえ3つだぞ。数字は常に残酷な事実を明らかにしてくれる。まずはこの深刻な現状をはっきりと直視すべきだろう。



 仮にこのままあやつがサシでデートしたところで、高宮城先輩なら間違いなく会話0。北辻さんは怖いとか崇高は言ってたからこれまた0。柚乃ちゃんは貝森ちゃんと3言しか話さないやつに興味は示さないだろうから当然0。なにこれ、もう永遠の0じゃん。



 ということで。俺がフォローして楽しいデートを演出する→いつの間にか2人きりに、という形を提唱したい。最初から自転車に補助輪なしで乗れる人間は少ないのだ。俺が同じ墓に入るまで面倒を見る、というなら御免だが、始めのうちに手を貸してやるくらいなら別に問題ない。礼もいらん。2人の結婚式のスライドの最後に「スペシャルサンクス:夜桜汐音ちゃん」と入れてくれたら十分だ。








 そして、俺がクラスの自席に戻ると、そこには予想通り崇高の野郎がいた。ていうか勝手に座っとる。さらに、やや不貞腐れたような顔で、矢継ぎ早に俺に口を開いた。



 ……非常に長かったのでその詳細は割愛するが、どうやら「席を外していると心配だ」と言いたいらしかった。こいつの中の汐音ちゃんは自由にトイレに行くことも許されないらしい。囚人かな? いくら病弱キャラだとはいえ、学校で行き倒れるほど重症じゃないだろ……。それはもう少し後半だ。


 ……うん。後半だと、全部の床が毒の沼地化したみたいな割合で汐音ちゃんばんばん倒れるんだよ。あの時期が来てしまうと俺は動けない。よってその前に勝負を決めねばいかん。




 俺はうんうんわかったそうだねごめんね、とひとしきり適当に頷いた後。さっそく、しかしさりげなく奴に本題を切り出した。


「……ところで。崇高くん、文化祭の日、空いてる? 2日とも」


 すると、崇高はなんか心臓バクバクいってるけど息ができない、みたいな、ハリウッド映画に出てくるショックを受けた老婦人っぽいリアクションを唐突に取り始めたので、俺はちょっぴり引いてしまった。同時に、しーん、と教室内はなぜか急に静まり返る。なんか、崇高とついでに俺がめっちゃ注目を集めてる気がする。……まあ引くよな。純粋に怖いもん。



 ひとしきり喘いだ後、ゴホゴホっと何度も咳き込み。崇高は前のめりに、勢いよく返事をしてくれた。


「……空いてる! 俺空いてる!」


「あ、よかった。ならちょっとそのまま空けててくれる? 一緒に回ろうよ」


「回る回る!!」


「で……ひょっとしたら友達も一緒に回るかもしれないけど、それは別にいいよね?」


「えっ……」


 主人公はそこでピシッと固まった。雰囲気も、あからさまにがっかりしたものに変わる。まあ……気持ちは分からんでもない。せっかくだから2人で回りたいよな。青春の1ページ。わかる。その相手が俺でなかったら大いに尊重してやるところなのだが……。でも崇高もわかるよな。残念ながら、お前に今回交渉の余地はないんだ。





 そして、しばし長考したのち、主人公は俺の目を見つめてきた。……ほう……。覚悟を決めた、いい男の目をしておる。こやつ、このような顔もできるようになったのか。自分を抑えることを身に着けた人間の表情。大したものだ。


「俺、汐音と2人で回りたい」


「……あ、そっかー……へー……そう来ちゃうんだ……」


「……駄目か?」


 俺は内心頭を抱えた。だって全然自分を抑える気ないもんこいつ。開き直っちゃったもん。……汐音ちゃんとデートを餌にぶら下げれば問答無用で食いついてくるかと思ったが……。案外自己主張の強いやつ……。




「その気持ち、変えるつもりない……?」


「ああ。俺はもう自分に嘘はつかないと決めたんだ」


 どうでもいいけどここ教室やぞ。しかも自分のクラスでもない。俺がこんなセリフを衆目の面前で大声で言えと言われたら先に自害を考えるが……。どういう神経してるんだ。しかしこれはまずいな。こんなセリフを衆人環視の中で言った後にひっくり返す方がさらに恥ずかしいのは間違いない。




 俺はもう1度主人公の顔をじっと見つめてみたが、やはりその意思が揺らいだようには見えなかった。これは説得は難しそうだ。……ま、しゃーないか。今回は、外堀を埋めずに突っ込んだ俺が悪い。


「じゃあやっぱりいいや。もう2日とも予定入れてくれていいよ。じゃあね」


「……な……!?」


 がっしと腕を掴まれたので、そのまま自然と去ろうとしたのに失敗する。ていうか俺もちょっと混乱してたな。だってここ俺の席。どこに行こうとしてたんだ俺。


「ちょっ……それは、それはないだろ!?」


「ええ……? だって嘘じゃないんでしょ? なら結論ってもう1つじゃない」


「嘘じゃなかったらなんでなんだよ!?」




 すると、突然、女子モブが主人公を俺から引きはがし、ぐいぐいと教室の隅に引っ張っていった。そして何かを向こうの方でひそひそ何かを耳打ちしている。……かわいい口実……誘うのが恥ずかしい……乙女……とかなんか俺に関係ない単語が漏れ聞こえている気がする。空耳かもしれない。



 俺はしばらく待っていたものの、なかなかその緊急ミーティングは終わる気配を見せなかった。そこで暇になった俺は、教室のベランダに出て、トンボと戯れることとする。


 ……しかしこの学校なんか知らんけど高校にベランダあるんだよな……。俺の通っていた学校にはなかったが……。まああった方がお洒落だしな。こうしてトンボと遊べるし。



 そして実に10分を超える審議ののち、主人公はようやく俺のところにやって来た。俺は「目の前で両手で指を回すとトンボは果たしてどちらの目を回すのか」という学術的な研究を止め、ひとまず自席に戻ることとする。



 すると主人公は、なんとさっきの今だというのに宣言を全面撤回してきた。いったいどういう説得がなされたのか。……ひょっとしてあのモブの子にヒロインの勧誘も手伝って貰ったらいいんじゃないだろうか。君、ひょっとして催眠術とかやってる?


「さっきの話だけど。わかった。誰か呼んできてくれて、いい」


「ありがとう。じゃあそういうことで」


「楽しみにしてるから!」


「はーい。……あ、そうだ、私デジカメ持っていくね。いっぱい撮るから。将来、結婚式のスライドの画像に困ったらいつでも相談してくれていいよ」


 その俺のウイットに富んだ一言に、それまでで一番の規模でざわざわと教室内のギャラリーは揺れた。ははは、ありがとう。皆も行ってやってくれなこいつの結婚式。







 さて、主人公は確保した。とすると、次はヒロイン勢なわけだが……。崇高とデートしない? と誘っても来てくれる女子勢は残念ながら現時点ではいないだろう。ならば、どう誘うか、だが……。


 通常なら簡単だ。ただ誠意をもって誘えばいい。しかし今回はいわば4股をかけようとしているわけで……。とすると……うーん……。




 ……よし。ここは俺が泥を被るか。めんどいしな。だがそのためにはいくつか下準備が必要だ。







 それから俺は街を駆け巡って準備を整えたのち、ヒロインと順番に文化祭について話をすることとした。通常と違う4人相手の攻略とはいえ、全てのルートを知る俺にとっては不可能ではない。むしろ最適解を知っているだけに簡単であるとも言える。……主人公相手はけっこう手こずってしまったが、俺って主人公攻略したことないもんな。あれはしゃーない。





 ということでまずは高宮城先輩から。屋上で、いつものように貯水タンクから降りてくる高宮城先輩を捕まえ、俺はストレートに話を切り出した。


「先輩、文化祭ってもう予定あったりしますか?」


「ないわ」


「じゃあ、1日目の午後、私と一緒に回ってくれませんか?」


「人が多いから嫌よ」


 ……多くない文化祭ってあるんかな? しかしここまでは予定通りよ。というか思ったよりいい返事が返ってきたくらいだ。「あなたと行く理由ないから」とか言われるかと思った。これ人いなかったら回ってくれるってことだからな。人いない文化祭ってそれもう存在が矛盾してる気がするけど。……さて、では。




「……もし来ていただけたらこれを差し上げます」


 ちらり。俺は背中に隠していた、町一番の洋菓子店と言われる満月堂の限定シュークリームを取り出した。それを見た先輩の顔色がさっと変わる。……それもそのはず。このシュークリームは限定と名がついているだけあって、ゲリラ的に販売され、食べたことのある人も圧倒的に少ない。幻と言われるシュークリームなのだ。ふふ、しかしこれが11月1週の水曜日に店舗にひっそりと並ぶことなぞ、俺にはお見通しよ。



 高宮城先輩は、片時も躊躇わなかった。


「行くわ」


「やったぁ! ありがとうございます! そうだ、屋台巡りしましょうよ! 私、気になるお店をもういくつかピックアップしてるんです!」


「……そう。それは少し、楽しみね」


 ぴょんぴょんと跳ねて喜びを表す俺と対照的に、先輩は、そう言って穏やかに微笑んだ。その笑顔は一瞬で、注意しないと見落としてしまうくらいに微かだったけど。その言葉と笑顔は、確かに文化祭当日を想像してくれてのものということが何となく伝わってきて、俺は少し嬉しくなる。



 ……そうだ。人の多さなんて、きっとすぐに気にならなくなるはず。ここの文化祭の出店って、ゲームのテキストを見てる限り結構レベル高いみたいだし。きっと、いや、絶対楽しい。



 それが証拠に、色々2人で文化祭を回った後に、夕暮れのグラウンドを無表情で見つめながら「これまでこういうことには参加してこなかったから」って呟いた先輩の横顔スチルを俺ははっきりと覚えている。あれはつまり、「しておけばよかった」って少しは思ってくれた、ってことなんだ。今回も必ず思って貰ってみせる。






「では、手付金ならぬ手付シュークリームをお渡しします」


「契約成立ね」


「……あ、そうだそうだ。崇高くんも呼んでいいですよね?」


 ところが、高宮城先輩は俺のその一言を聞いて、なぜかピタリとシュークリームに伸ばした手を止めた。そのまま、まじまじと俺の顔を覗き込んでくる。……あれ? どしたの先輩。そんな不思議そうな顔して。



 俺の疑問を読み取ったのか、先輩は口を開いてくれた。困ったように、端的に。


「彼と一緒に回る理由がないわ」


「……えーっと……え……ここでそれ? ……り、理由ならありますよ?」


「何かしら」


「……シュークリームは崇高くんと回ってくれるお代も含まれてます!」


 頑張って探してみたのだが、確かに先輩のおっしゃる通り、理由なぞ欠片もなかった。なのでそう言って押し切ることとする。すると先輩は、伸ばしていた手を引っ込め、真剣な顔で考え事を始めた。……え、なに……? これそんなマジで審議しないといけないやつなん……?





 それから先輩は30秒ほど長考したのち、ためらいがちにシュークリームに再度手を伸ばした。先輩の30秒は常人で言う10分に相当する。……食欲で一番簡単に釣れるだろうと思った高宮城先輩でこれ? なんか、これから先が思いやられる気が……。

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― 新着の感想 ―
[一言] むしろ文化祭内で疑似結婚式させられそう( ˘ω˘ )
[一言] 結婚式w 絶対勘違いされとる
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