接敵、主人公 / 遭遇、貝森ちゃん(1)
本日2話目です。
「汐音、いる?」
「あ、ほら。今日も竜造寺君来たよ」
さて、朝からさっそく来よったか、主人公、すなわちゲームの世界の俺。――竜造寺崇高。背が高めで爽やか系で運動神経も高く親が金持ちついでに人望もあるという、この世のバグから生まれたみたいな存在だ。
合戦で敵の軍勢が押し寄せるのを見る気分で、俺は自席に駆け寄ってくる男子生徒を苦い顔で見つめた。俺の脳内で家老のじいや(妄想)が「殿、殿、敵襲ですじゃあ!」とわたわた騒ぐ。ええいうろたえるな。しかし、ゲームの世界の俺を実写にするとこんなにイケメンだったのか。しかしその要素は今や全くプラス材料ではない。
……しかも今日も来たよ、だと? お前は中庭にいる後輩の貝森ちゃんとか屋上の高宮城先輩のところにさっさと行かんかい。特にその2人は時間制限あるんだから。
「え、いや。なんでそんな顔……? あ、ひょっとして体調悪いのか!?」
「体調は……いいんだけどねぇ……」
この口調慣れねぇ……。しかし俺の胸の内には常に手本とするべき汐音ちゃんがいる。ありがとうフルボイス。君を汚さないよう、俺、頑張るわ。見ててくれ。
「じゃあなんでだよ!?」
さて中庭と屋上、どっちにするか……? 俺はその2人ならどっちかというと貝森ちゃん推しだから先に校庭に行っとくか? まあ最終的に選ぶのはこいつとその相手だとしても。そのくらいの贔屓は許されるだろう。
「ごめんね……ちょっと中庭に行きたくって……」
「それでそんな眉間にしわ寄せることある!?」
あ、いかんな。表に出てしまったか。とりあえずニコニコ笑って見つめると、主人公はちょっと赤くなり、それ以上追及しては来なかった。ちょろい奴だぜ。
……しかしここで疑われてはいかん。疑われるのは、全員と引き合わせて俺以外のルートを確立してからでも遅くはない。
「ねぇ……。私、今すぐ行きたい……」
袖を引っ張って、再度主張する。本当はさっさとついてこいやと尻を蹴飛ばしてやりたいのだが、それをされてこいつが素直についてくるか、と言われると心もとないので我慢しておいた。よし俺冷静。
「いやいや待って汐音ちゃん!? もうすぐ授業始まるんだけど!?」
「行ってくるよ。こいつがこうまで言うならきっと何か理由があるんだ」
キリッと決め顔でそう言う主人公。この節穴野郎。ゲームの世界の俺だけど。
……まあいい。貝森ちゃんは今はアクシデントに見舞われてる最中のはずなので、授業中だろうが中庭にいる。そこで今日も落とした親の形見のペンダントを探しているはずなのだ。
……しかしこの世界ってあらためてけっこう死が身近だな……。療養で海外に行って消息不明ってのももうそういうことだろ……。そんな未来はあってはならない。
俺は袖をつまんで引っ張りながら主人公を中庭に誘導することに成功した。手? 野郎の手を取るのは俺は御免だね。
ごそごそと低い植え込みをかき分けながら、中庭で明らかに何かを探している女子生徒。普段なら元気いっぱいな表情が浮かべられているであろうその顔は、今は泣き出しそうに歪んでいる。
――貝森 亜佑実。後輩キャラ。父親を幼少に亡くしているせいか、家族というものに大きな憧れを持つショートカットの元気っ娘。転校危機を乗り越え、いつものように「せんぱーい!」と言いながら駆け寄ってくるラストの姿にはおそらく多くのファンが涙したことだろう。まだそこまで行った人間もあんまいないだろうけど。
……しかしゲームの世界を実際に見るとちょっと違和感あるな……。だってこの貝森ちゃんって、主人公が他の子に会いに行ってる間も2週間くらい1人っきりで探し続けるからね。間に雨の日とかもあった気がする。気の毒すぎるだろ。誰か他のやつも気づいてやれよ。
とりあえずこっちばっかり見てる節穴野郎の主人公に、貝森ちゃんを指さして存在を教えてやることにした。ていうかお前はまず前を向け前を。それとも貝森ちゃん存在感消せたりするの? だから誰も手伝わないの? まさか昔殺人鬼に殺されててもう幽霊とかそんな存在なの?
「あれ? あの子、どうしたんだろうな?」
あ、よかった。貝森ちゃんちゃんと存在してたわ。ジャンル:怪談の裏シナリオがなかったことに俺はほっとする。じゃあさっさと助けに行こうや。ほら行くぞこの野郎。
「実はあたし、お父さんの形見のペンダントをあそこの窓から落としちゃったんです……」
どういう状況だとペンダントが窓から飛んでいくのかはいまいちはっきりとしなかったが、そういうことらしい。
しかしこれもあらためて聞かされるとちょっと不思議だな……。廊下を歩きながらヘドバンでもしてないとそうはならない気がするが……。まあいい。ほら崇高、とっとと探すぞ。
……まあそうは言っても、俺はどこにあるか知ってるけどね。はは、そんなとこ探しちゃって。違う違う。中庭の反対側の隅っこにある排水溝の重いコンクリートの蓋をどけたところにひっそりと落ちてるんだよなあ。
……いやでもこれもなんかおかしくない? 貝森ちゃんいじめられてない……? 落ちてる場所も変だし、ペンダントがなんで蓋をすり抜けてるんだよ。そしてゲームの世界の俺はなんでそんな場所の物を見つけられたんだ。まさか貝森ちゃんをいじめていたのは俺だった……?
隣でガサガサ探してる主人公の野郎をじろりと睨む。いや、まあそんなわけはないか。ていうかなんでこいつ探す時も俺の近くから離れないんだよ。もう少し効率ってものを考えろや。探してはいるから許すけども。
しかしこれだと1か月経っても見つけられる気がしないな……。そんなに待っていたら俺が海外に強制送致されてしまう。
かといっていきなり中庭の向こう側の端に行くのも変か……。よし、ここは多少不自然でも……。
そこで俺は、財布から取り出した小銭を地面にばらまいた。チャリンチャリンと音をたてて、小銭はあたりに散らばる。そして俺は中庭の端に何かを追いかけるように歩いていった。普通は中庭を横断して小銭が転がるなんてことはないのだが、100年に1度くらいならそういうことが起こってもいいだろう。
ばらまいたのは後で拾えばいいや。そして予想通りついてきた主人公に、俺は排水溝を指さした。
……あ、よく見たらコンクリートの蓋って端に小さな穴開いてるわ。ここからペンダント入ったのか。……ていうかそうならそうで貝森ちゃん運悪すぎない? 君神社でポイ捨てとかしちゃってない? 大丈夫?
「ここに、落としたの入っちゃった……」
「……あー。……でも、これは無理じゃね……?」
マジかこいつ。頼むよ。そんなすぐ諦めんなよ。もう少し頑張ってくれ。お前ならできるって。俺が保証する。そんな思いを込め、主人公を見上げてじっと見つめた。
「…………」
「……あーもうそんな目で見るな! しょうがねーなあ! 俺に任せとけって!」
「えぇぇぇ……? こっち……? で、何やってるの……?」
いつの間にか追いついてきた貝森ちゃんが、俺と主人公を何度か見比べて、明らかに妙なものを見る目つきになった。しかも俺の方を見る回数が多かった気がする。しかしそれ以上彼女も何も言ってはこなかった。幸いにも、と言っていいかは微妙なところだ。
そして、うおおおぉぉ! とおそらく授業中にもかかわらず思いっきり声を上げてコンクリートの蓋を持ち上げようとする主人公。その雄姿を、俺たちはただそばで見守った。
ゴトン、と重い音とともにやがて蓋がどけられる。そしてそこには、確かにペンダントが。おー。これでなかったらゲームの世界の俺が骨折り損なところだったので、めでたしめでたし。とりあえず、お疲れ。
一方貝森ちゃんはペンダントをばっと手に取り、ぎゅっと抱きしめ、ぽろぽろと可憐に涙した。おお……良かった……良かったなぁ……!
「これ、これだよう!! よかったぁ……ありがとうっ……!! ありがとうね……っ!」
なぜか俺の方を向いて言ってる気がするので、貝森ちゃんにはくいくいと主人公を指さして、誰がこれを発見したのかを再度注意喚起しておく。これこれ、こっちが君の彼氏候補ね。以後よろしく。
「「ありがとう!」」
俺たち一同(2人)に礼を言われ、主人公はまんざらでもない顔になった。よーしよし。これで貝森ちゃんの中では主人公は恩人として刻まれたはず。良かったなこの野郎。その後、俺と貝森ちゃんは主人公が元通り蓋を戻すのをしっかりと見届けた。
うむ、これで2人の間には確かな絆が生まれたのではないだろうか。あれ、他のヒロインとくっつけるって、これけっこうすぐいけるんじゃね? いやいけるな。間違いない。
なおあらすじ