接触、北辻さん(上)
主人公の意識(?)も無事戻ったので、俺たちは予定通り、商店街の外れにある定食屋にやってきた。途中で何回か休憩を挟みながら。そこで判明したのだが、どうやら崇高は俺(リボン装着時)の姿が完全に視界に入ると駄目らしい。なのでテーブルにつく際には、俺と崇高、向かい側に貝森ちゃんという布陣に自然となった。
……しかしこいつ、こんなんだと一生汐音ちゃんとデート出来ないな……。いやでも出来なくていいのか。サンキュー崇高。お前に迫られたら俺その日からずっとこっちバージョンでいるわ。お前も頼むから一生そのままでいてくれ。
さて、有意義な情報も手に入れることができたので、あとは北辻さんと知り合えば今日のミッションはほぼ終了なのだが……。ここで気になることが1つ。
「……よく考えてみたらおかしい気がするんだよ……」
「何ですかここまで来て。何がおかしいって言うんです?」
メニュー表に真剣な目を注ぎながらも、貝森ちゃんがいちおう、といった感じで返事してくれる。……いやさっき君、唐揚げ定食のご飯大盛り頼んでたじゃん。まだ食うの? 相変わらず食欲旺盛やね。
俺は炒飯(小)をちまちまつっつきながら、さっき己が発見してしまった疑問点を共有することとした。確かにゲームだと、ここに来たらいつでも北辻さんとは会えた。会えたんだが……。
「北辻さん、大学の弓道部なんだけど、いつに来てもたいていここにいるんだよ。おかしくない? 部活はどうなってるの?」
「いつ来ても、ってこれまで何回くらい来たんですか」
「来たのは今日が初めてだけど……」
「……あーそうですか。もう何も聞きませんけどね」
「大丈夫だって。全部私に任せといてくれたらいいから」
そんな冷たい目で見んどいて貝森ちゃん。そりゃ実際来たのは初めてだけどさ、ゲームだと俺って3食全部ここだった時もあるんだから。でもそれ普通に考えるとヤバいよな。俺が店主ならそんな奴は常連じゃなくて要注意人物のリストに入れるが……。
そして貝森ちゃんと崇高が追加で頼んだ料理の数々が、やがてテーブルに運ばれてきた。卵スープ、牛肉の青菜炒め、エビチリ。熱々らしく、湯気が立っててどれも大変美味そう。その際、皿を持ってきてくれたおばさんに、俺は声をかけてみた。この人はゲーム内で立ち絵が準備されていなかったから自信はないが、おそらく北辻さん(母)ではないだろうか。なんとなく声に聞き覚えがある。
「あの、英梨奈さん、帰ってますか?」
「あ、うちの子の友達? ……てか可愛い子! でも、ちょっと幼いかしら……ど、どういう関係なの?」
よしよし。とりあえず北辻さんの店であることは間違いなさそう。いや、俺も、実際にこの世界で来るのは初めてなわけだしな。えーっと、北辻さんとどういう関係か、だっけ?
「……知り合いの先輩がこのお店を紹介してくれたんですけど、その人が英梨奈さんの後輩なんです」
ゲーム内だと先輩がこの店を紹介してくれるから、嘘は言ってない。ただ、淀みなく喋る俺の向かい側で、貝森ちゃんはじとりと目を細めた。「この人また嘘言ってる……」みたいな顔だ。違うって。
ところが俺の問いに、北辻さん(母)はやや困ったような顔をする。……おや?
「英梨奈は今部活だから、もうしばらく帰らないと思うけどねえ……」
「ありがとうございます。待ってみて、会えそうならご挨拶して帰りますね」
そして去っていく北辻さん母を見送り、俺は貝森ちゃんに視線を移した。何か言いたそうな目で見られている気がしたので、パチンとウインクしてみる。
「……ほらね? いないって」
「『ほらね?』じゃないですよ『ほらね?』じゃ。こらその自慢げな顔止めなさい。ならなんでこの時間に来たんですか。もう少し遅くても良かったじゃないですか」
「……うぅ……だってこのお店美味しいから……少しでも早く2人に紹介したかったんだよ……」
なんだか今日は貝森ちゃんが厳しいので、悲しみを表現すべく俺はうつむき、顔を手で覆ってみた。そして、指の間から様子を窺ってみる。……ちらっ。すると、あろうことか貝森ちゃんは納豆をかき混ぜるのに忙しいらしく、もはやこっちを見てくれてもいなかった。
「汐音……くっ……俺はただ、汐音の気持ちが嬉しい……」
崇高お前が泣くな。お前も泣いたら俺たち定食屋で2人並んで泣いてる変な客になっちゃうから。そしてリアクションくらいして貝森ちゃん。俺寂しい。
「よく考えたらおかしい気がする、とか最初に汐音先輩が言ってなければあたしも素直にそっち側でしたけどねえ……」
だからってそんな一生懸命納豆見つめながらかき混ぜんでも。絶対それ混ぜすぎだって。そんなに俺と会話したくないのだろうか。こっち見たくもない? それちょっと本気で悲しいから。
「うう、貝森ちゃんが冷たいよ……。さっきは情熱的に手を握ってくれたのに……さみしい……」
「いいいいきなりなんてこと言うんですか!?」
あ、貝森ちゃん箸止まった。ついでに顔色も真っ赤に。やったぜ、ちょっと勝利した気分。俺は見事、あの強敵、納豆に打ち勝ったんだ……。
俺が感動に打ち震えていると、隣に座っている主人公が、何やら俺以上にプルプル震え出す。それでなんか知らんがこっちも顔真っ赤。
「貝森お前、お前なぁ……!」
「あーもう竜造寺先輩がこうなるから! だいたい手を握ってきたのは汐音先輩でしょ!!」
「な……!? なんだとぉ……!」
どっちにしろショック受けるんかい。お前の人生地雷多いな。
そんな風に俺たちが交友を深めていると、厨房の方でバタン、と扉が開く音が聞こえてきた。お、どうやらお帰りかな?
「あ、英梨奈お帰り。可愛いお客さんが来てるよ。ほら、あそこのテーブルの手前の子」
「……えー客ー? 誰よー?」
奥でのそんなやり取りののち、北辻さんが厨房から姿を現した。茶色に染めた、ウエーブのかかった長い髪。鋭い目つき。凹凸のあるスタイルのいい体型。黒ワンピースにチェック柄のストールというなんかお洒落っぽい服装。確かにあれは北辻さん。
ところが彼女は、こっちを見て目を丸くしたかと思うと、なぜかすぐにさっと引っ込んだ。……ん? そして何やら向こう側でバタバタと音がする。
「お母さーん! お母さん! なんか可愛い生き物いるー!! 何あれ!?」
「あの子、英梨奈に会いに来たって言ってたけどねえ」
「…………え?」
次はおそるおそる、といった感じで厨房のスペースからひょっこり顔だけ出す北辻さん。ちょうどそっちを見ていた俺はバッチリ目が合い、軽く会釈する。釣られたようにひょいと頭を下げた北辻さんは、もう1度まじまじと俺を見て、「いや、誰これ」みたいな表情になった。まあ初対面だしな。
「あれが北辻さんですか? 外見華やかな割りになんだかうっかりそうな人ですね」
けっこうシビアなコメントをくれた貝森ちゃんに、俺はひそひそと注意事項を伝達する。北辻さんは確かに抜けてるところもあるんだが、基本的には厳しい性格だからな。そしてそんな彼女には、注意しなければいけない特大の地雷が1つある。
「そんなこと言ったら怒られるよ。なんたってあの人は、高宮城先輩の(自称)たった1人のライバルなんだから。でね、先輩の名前を聞いたらたちまちバーサーカー化するから気をつけて」
「高宮城さんですか?」
その何気なく聞き返したであろう貝森ちゃんの声が耳に届いてしまったのか。壁から顔を覗かせてる北辻さんの表情が、ほんの一瞬で、般若のように変貌した。……すげえ、あんなにすぐ人間って表情変えられるもんなんだ。でもヤバいってほら! 言わんこっちゃない!
「高宮城ぃ!? あんたあいつの知り合い!? よくここに顔を出せたもんねぇ……いい度胸だわ……!」
「うわ……こ、こっち来ましたよ……! どうするんですか……というかなんかあたしめちゃくちゃ睨まれてる……!」
肩を怒らせ、貝森ちゃんへガンを飛ばしながらずんずんと歩いてくる北辻さん。実家の定食屋で客にしていい顔と行動ではもはやない。……いや、しかしこれはチャンスだ。今の俺には常連から仲良くなるほど時間は残されていないのだから。