口に出していい台詞と、駄目な台詞。
「……でもほんと、凄いですよね汐音先輩。幼馴染を押し付けようとしてる時すら可愛いとか……ていうかベッドに座って足ぶらぶらさせるの止めてください! ……あの、……見えてますっ!」
言われて俺は足をさっと閉じる。いかん、つい無意識に。これでは汐音ちゃんの風評が下がってしまうではないか。今からなんとか埋め合わせできない? 無理?
手遅れかもしれないが俺はそっと目をそらし、部屋の中にある家具に興味津々です、みたいな顔でお上品に眺めることとした。……お、このイルカの形の目覚まし、汐音ちゃんルートで水族館に行った時に俺が買ったやつじゃん。さすが俺。
澄ました顔でベッド脇の目覚まし時計を眺める俺をしばし見つめた後、貝森ちゃんは「はぁ……」と大きなため息をついた。そして髪をぐしゃぐしゃっとかきむしる。
「なんかですねー、色々聞きたいことはあるんですけど。分からなさすぎて、もう少し棚上げにしときます。またあらためて、ということで」
「なんかわからないけど、悩みがあるの? 今聞くよ?」
「そう言っていただけるのは嬉しいんですけど。悩みの元はその汐音先輩なんですよねぇ」
そんな人を元凶みたいに言わんどいて。でもどうやら、俺は推し№3たる貝森ちゃんを悩ませてしまっているらしい。それはいけない。これは猛省しなければ。
俺は反省するため、目を閉じて、貝森ちゃんルートのラストの会話を思い出した。転校の危機を乗り越えた後、俺と彼女は2人で一緒に海に行った。その時、貝森ちゃんは何と言っていたか。
『……なんだか夢みたいです。いえ……あたし、小さい頃からずっと、思ってたっていうか、こういうことがいつか自分にも起きたらいいなって、憧れてたことがあって。それがまるで今叶ったみたいに思えて……ちょっと、耳貸してください。こっそりセンパイだけに教えてあげます。笑わないでくださいね――』
「――いつか誰かと一緒に……そう、2人で同じ夢が見たい、って」
「……ちょっ!? な、な、な、な……!? それ……っ!?」
バタバタ、と音がして、目を開けると、俺の前には、茹でられたように真っ赤になった貝森ちゃんがいた。……ん? 目の錯覚かと思ってもう1度目を閉じ、開けてもやっぱり茹で森ちゃんは変わらずそこにいる。
……え、なにこれ……。目閉じて開けたらそんなに顔色変わってるとかヤバない? 餅を喉に詰めた人でももうちょいタイムラグあるぞ……。
「貝森ちゃんどしたの……? た、体調大丈夫?」
「……あの、ちょっと……ちょっと、いいですかね……! それどこからっていうか……! いやそもそもあたし誰にも言ってないのに……!」
「――そろそろ行くわよー! 準備してー!」
「あ、出るみたい。…………行ける? 体調悪いならうちに泊まっていったら?」
「……いえ、ちょっと今ここに泊まるのはほんと怖いっていうか……色々整理したいことがあるので……お願いですからそっとしておいてください……」
背中を丸めて元気なさげに部屋を出ていく貝森ちゃん。その背中はなぜか煤けていた。
車に一緒に乗って行って見送ればよかったと俺が気づくのは、それからしばらく経ってからだった。
しかし、崇高に恋人作る作戦、なかなか難しいな……。「嫌ですけど」だって。これもう完全拒否じゃん。どうした崇高。貝森ちゃんルートが一番可能性高いと思っていたのに、俺の勘違いだったのか……?
いや、ひょっとしたらこれは。女子によくあるいわゆる照れ隠しというやつでは。それが証拠に、貝森ちゃん自身が言っていたではないか。汐音先輩、それ照れ隠しでしょ、みたいな。人は自分に当てはまることを他人にも意識せず投影してしまうものだ。よし、貝森ちゃん=照れ隠し。
おお……その概念を導入するだけで、全てがうまくいく気がしてきた。「嫌ですけど」も意味が全然変わってくる。あれはつまり「あの人のことを愛しています」ということだ。全てが繋がった。……なんてことだ。全く新しい公式を閃いた数学者もきっと今の俺みたいな気持ちだったのだろう。
……しまったな。貝森ちゃんのけち、とか的外れなことを言ってしまった。俺としたことが申し訳ない。明日会ったら思いっきり優しくしてあげよう。……いやーしかし、明日が楽しみだなこれは!
俺は遠足前日の小学生のように、ワクワクしながら早めに床についた。布団に入った時に目に入った枕元のイルカの目覚まし時計も、まるで笑って俺を祝福してくれているような気がした。
次の日。登校した俺は、崇高の野郎が来る前に、急いで教室を出た。というのも、作ったシュークリームを持って来過ぎたのではないかという疑念が今更ながら湧いてきたからだ。その数実に16個。ちょっと調子に乗って作り過ぎたかもしれん。あと全部持ってくる必要もなかったな……。ウキウキしてたからつい。
高宮城先輩、貝森ちゃん、俺、崇高の4人で割るとしても、1人4個。他の連中はともかく、今の俺はシュークリーム4個なんて食べた日には間違いなく腹いっぱいになってしまう。この前のラーメンの時から何日も経っていないのにまた夕食食べられない、みたいなことを言うと母上殿に申し訳ないからな。ここは今のうちに1つ2つ減らしておいた方がいいだろう。
ということで、俺は中庭にある茂みの中でこっそりシュークリームをいただくこととした。生い茂った植木の内側には、知られてはいないがトンネルのようにスペースがあり、人目を避けるにはうってつけだったりするのだ。
実はここはあるサブヒロインの秘密基地なのだけれども、今日はいないみたいなのでお借りすることとしたい。汐音ちゃんバージョンの俺かそのサブヒロインくらいしか入れないほどスペース狭いけどな。この際贅沢は言えん。
しかし、考えてみたら汐音ちゃんになってから1日も朝から授業を受けた記憶がないな……まあ2日も3日も一緒だろう。……さてさて。甘さ控えめシュークリームは先輩のお眼鏡にかなう出来であるだろうか……?
そんな時、俺の耳にひそひそと誰かの囁き声が届いた。まるで人目を避けるような、小さな声。俺はついつい気になって耳を傾ける。誰か、2人が喋ってる……? しかしなんか聞いたことあるなこの声。
「竜造寺先輩、来ていただいてありがとうございます」
「いや、別にいいけど……なんだ?」
俺はシュークリームをくわえたまま、声の方へガサガサと茂みの中を移動した。……すると、そこには、人目を避けるように中庭の端でこそこそしている主人公と貝森ちゃん……!?
こ、これ……ひょっとして告白じゃね!? おい良かったな崇高! そしておめでとう貝森ちゃん! 元の姿だったらたとえ俺1人でも胴上げしてやりたいところだが、今の汐音ちゃんバージョンだと潰れてしまうからな。しかし心配召されるな。俺の心の中では2人は2階くらいの高さまでわっしょいわっしょいされているぞ。
ここは俺も助力した側として見届けねば……。なんていうか、感無量。子供の卒業式を見るのってこんな気持ちなのかもしれん。……しかし台詞的には貝森ちゃんが呼び出したのか。ちょっと意外。いや、そうでもないか。なにせ「あなたを愛してます」だもんな。花言葉でしか聞かんぞそんな文句。
さあ、そんな貝森ちゃんはどんな素敵な告白の台詞を崇高の野郎にぶつけるのだろう。わくわく。
茂みに隠れている俺から実に3メートルくらいのところで、貝森ちゃんと主人公は向かい合った。……しかし崇高、なんで将来の彼女にこっそり呼び出されてそんなに不機嫌そうなん? もっと喜びを表現できる男にならんとお前将来モテないぞ。
「もうすぐ授業始まるから長くなるなら後にしてくれないか。俺、正直そんなに暇じゃないんだ」
「汐音先輩のこと、なんですけど」
「それを早く言えよ。で、なんだ? なんだよ?」
……崇高はこの際置いておこう。だってあいつ告白だってわかってないもんな。問題は君だよ、貝森ちゃん。どした。告白に俺の名前出す必要ある? あ、ひょっとして、あんな子より私を見て! みたいなこと?
「……汐音先輩って何か、その、おかしな力とかって持ってます?」
「それはつまり、おかしいくらいに可愛いってことか……?」
告白違った。しかもなんか知らんけど、俺がめっちゃ変な疑惑をかけられている。そして崇高の返答も当然ながら間違っていたらしく、貝森ちゃんはそれを聞いてぶんぶんと勢いよく首を振り、やたらに頭をかきむしった。あーあー。あれ昨日も見た。ハゲちゃうぞあんなことしてたら。……でもこうして見てたらよく納得できた。そりゃペンダントも飛んでいきますわ。
貝森ちゃんはその後何度か足踏みをし、ふーふーと息を荒くした。ちょっと怖い。しかし胸に手を当ててなんとか息を整えたらしく、話を続けた。貝森ちゃん低血圧のはずなのに今日は朝から元気やね。
「……あー、はい。すみませんでした。あたしが聞き方を間違えました。……つまり、超常的な力というか……。全てを見通すというか、心が読める、とか、相手の過去がすべてわかる、とか。幼馴染の竜造寺先輩なら、一番そういうのを見る機会があったんじゃないかと」
「……貝森……お前、頭大丈夫か?」
……崇高。そういうことは思っても決して言っちゃいけないんだ。特に恋愛シミュレーションゲームの主人公ならな。あと貝森ちゃんも、そういうことは公の場じゃ言っちゃ駄目。そういうのは自分の部屋で1人の時だけに許されるんだぞ。……心を読んだり全てが分かるだって。そんな力この世にあるわけないじゃん。
気がついたら毎日更新していましたが、明日はお休みです。
明後日は書きます。だってこのペースだと明らかに1か月じゃ終わらない、そんな気がする。