大人とか子供とか。
「そういや昨日も言ってたよね。わかんないって。……私、よく分かりやすいって言われるけどなぁ」
今まで言われた一番ヤバい表現としては『裏表なさすぎて気持ち悪い』だったっけ。……いやいや。裏表なかったら何言ってもいいってわけじゃないんだぞ? だいたいあるしな俺、裏表。
俺がなんだかピンときていないのを理解したのか、貝森ちゃんは笑顔のままでさらりと話題を変えた。
「そういえば、今日はチーズタルトもありがとうございました。あたし好きなんですよ。味噌ラーメンも、チーズタルトも。……しかし汐音先輩なら、何でも作ってくれそうですね」
「えー、ふふ、そんなことあるかも。他に作ってほしいものある? 今ならお弁当のリクエスト聞いちゃうよぉ」
「……そうですね……なら、かぼちゃの煮つけとか!」
「おお、旬だね! 通だね! 明日のお弁当、期待してくれていいよ!」
確かさっき見た冷蔵庫にかぼちゃ入ってた気もするし。かぼちゃの旬が晩秋かどうかは知らんが、ハロウィンで頭にかぼちゃかぶってる奴もいるわけだしな。あれもきっと旬だからだろう。俺がそんな風に納得していると、続いて何やらおかしい言葉が貝森ちゃんから発せられた。
「あと……ブロッコリーとかも入ってるとテンション上がります」
……あれ? 唐突に何言ってるの貝森ちゃん。君はブロッコリー嫌いでしょ。『内緒なんですけど、牡蠣とブロッコリーだけは愛せないのがあたしのアイデンティティなんです』って個別ルートで言ってたじゃん。そんな君がいったいどうした。いきなり自我崩壊してますやん。
「じ、じゃあそれもそのうち入れよっかぁ」
「……いやもうこれどこまで知ってるか気になってきますよね」
「ど、どこまで、って?」
「……好き嫌い限定? そんなわけ……でもペンダントのことを考えると……」
「貝森ちゃん?」
「……」
「おーい」
独り言のようにぶつぶつ言う貝森ちゃんは次第に返事もしなくなってしまった。貝森ちゃんの周りをくるくると何周かしてみたものの、これも見事に無視。
沈黙に耐え切れなくなった俺は、オーブンの方に行く。俺を無視しないのはお前だけだよ……。しかし今日は先輩といい貝森ちゃんといいまったく。……人という字は支え合ってだな……お。なんか生地膨らんでんじゃーん! やったやった! これ成功じゃね!?
「はい! お待ちかね、甘さ控えめシュークリーム! 今日の貝森ちゃんはこっちの気分だもんね」
「え……? いえ別にそうでも……」
「……そ……そうでも……?」
「いや! こっちの気分です! ありがとうございます! だからそんな悲しそうな顔しないでください。……あー、た、確かにわかりやすい、かも……?」
そしてシュークリーム量産にも見事成功し、俺と貝森ちゃんが台所を片付けていると、母上殿がひょいと戸口から顔を出した。
「あら友達? もうご飯作るわよ。せっかくだから食べて行ったら?」
「いえ、あたし、ご飯買ってありますから……」
「それはそのお惣菜のことかね貝森ちゃん」
「あらまあ! もう! 食べていきなさい食べていきなさい」
「いえ……その……帰ります」
ところが、あくまで夕食を固辞する貝森ちゃんの台詞を聞くと、母上殿はいきなりガクンと床に崩れ落ちた。そのままチラッチラッとこちらを見つつ、そっと顔を覆う。
「……そうよね……私の料理なんて食べたくないものね……」
「ああ……いえ! 喜んでいただきます! だからそんな……あ。……これまさか血筋……?」
いや違うと思う。母上殿はこれさっきの俺たちのやり取り見てただけだぞたぶん。2日の付き合いだけど、この人けっこうそういうお茶目なとこある。というか貝森ちゃんはいいんか? 1人で食べたい主義の人もいるじゃん?
俺が腕組みをしてどう出ようか考えていると、貝森ちゃんは笑って、俺の手をくいくいと引いた。その笑みは、どこか恥ずかしがっているような、喜んでいるような、不思議な表情だった。
「別に、汐音先輩が気にしなくていいですよ。あたし、誰かと一緒に食べるのって、嫌いじゃないです。慣れてないから……どうしていいか、ちょっとわからなくなる時はありますけど」
その晩、我が家の食卓には貝森ちゃんが臨席した。どこかそわそわしてる場面もあったけれど、貝森ちゃんはおおむね楽しそうに笑っていた。
その後、夜なので貝森ちゃんを母上殿が車で送って行ってくれるということになり、俺たちはそれまで俺の部屋でのんびりと時間を過ごすこととした。俺に続いて我が部屋に入った貝森ちゃんは、ぐるりと室内を見回して、開口一番呟く。
「うわぁ……ファンシーな部屋ですねえ……いえ、汐音先輩にピッタリではあると思いますけど」
「その台詞はもはや私にとっては一切誉め言葉じゃないんだよ貝森ちゃん」
「いやそれどういうことですか。……可愛い、っていいじゃないですか。汐音先輩はじゃあどんな誉められ方がいいんですか? あたし今度やってみますよ」
「……そうだねえ……男らしい、とか。大人っぽい、とか。そういうのがいいなぁ……憧れるよね」
「……思ったよりはるかに難易度高いのが来た……」
目を閉じ、眉間にしわを寄せて俯く貝森ちゃん。え、そんなに……? でも後者って別に性別関係なくない? 俺ってそんなに大人じゃないの……? 一応君らより一足先に高校は卒業してるんだぞ。先生が奇跡だって言ってたけどな。まあ過去のことはいい。まず今を大事にしないとね。
どうぞどうぞ、と貝森ちゃんにふわふわの座布団を薦め、俺はせっかくなので、ここでしかできない話を始めることとした。部屋で女子2人きりの時にする会話。すなわち恋バナである。さて、今の時点での主人公の好感度はどんなもんかな? 貝森ちゃんもそろそろあいつと結婚したくなってきた?
「ところでさ、貝森ちゃん! 突然なんだけど。……崇高くんのこと、どう思う?」
「ヤバい人だと思います。色んな意味で。……あ、でも汐音先輩のことは大好きだと思いますよ」
「その台詞は私にとって一切嬉しい言葉じゃないんだよ貝森ちゃん。……そういうのじゃなくて! 恋人としてどう? ってことだよ!」
「……え。嫌ですけど……」
「なんで!? そんな即答しないで! せめてもっと悩んで! 『友達からなら』とかあるでしょ!?」
ベッドに腰掛けたままぶんぶんとクッションを振り回して不満を表明する俺を、貝森ちゃんは困ったような表情で見返す。なんだ、いったい何が気に入らないと言うんだ。
「いや、だって……そもそも竜造寺先輩はもう汐音先輩のものじゃないですか」
「その認識は全く違うし今後もそうなる予定は絶対にないんだよ」
「……照れ隠しですか?」
「だからそうなったら死ぬと! 言ってるじゃない! いい加減にしないとぶち殺すよぉ!」
「情緒不安定な子供だ……いえ、その、汐音先輩はともかく、少なくとも相手は明らかにそのつもりじゃないですか」
「あ、うん。それはそうだね。だから困ってるんだよ」
すると、貝森ちゃんはちょっとびっくりした顔になった。そして、しばらくの沈黙ののち、おずおずと口を開く。
「……てっきり気づいてないと思ってました」
「貝森ちゃんは私の目を節穴とでも思ってるの? 今がギリギリ共通ルートだってことくらい、私にはお見通しなんだよ」
「……共通ルート……? じゃあなんで気づかないふりしてるんですか」
「めんどくさいから」
「あ、意外にそこドライなんですね。めんどくさい、っていうと?」
「生理的に無理なんだけど、それをそのまま伝えると傷つけちゃうんじゃないかと思って」
「そりゃ傷つきますよ!! 『じゃないか』とか言う余地ありませんて! その真顔で今の台詞絶対言わないでくださいよ! 竜造寺先輩死んじゃいますから! ……ていうかちょっとあの人が気の毒になってきました……」
「じゃあ?」
「付き・合い・ませ・ん」
「ちぇっ、なーんだ。貝森ちゃんのけちー。……でも崇高くんって条件はそんな悪くなくない? ほら、人生って時に多少の妥協は必要だと思うんだよ。だって理想の人が自分の目の前にいつか現れる保証なんて、結局誰もしてはくれないんだし」
「……喋ってる途中で子供から大人にいきなり変貌するの止めてください。はっきり言って不気味です」