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接近、高宮城先輩(2)

 パタン、と本を閉じ、先輩はじっと俺を見つめた。その瞳には疑念が僅かに浮かんでいる、気がする。俺が疑われてるのは背後の連中のせいだと信じたいところだが……。「なんでここにいるの?」くらいは説明しておいた方がいいか? 俺は腕をぱたぱた振り回して、一生懸命に弁明した。



「いえ、以前こちらにいらっしゃるのを見たことがあって……朝はあんまりお話しできなかったので、続きをと思って、来ちゃいました。無事会えてよかったです」


「何か話したいことがあるの?」


「……そうですね、どうして先輩は空が好きなのか、とか。自分でもどうしてこんなに気になるのかは、わからないんですけれど」


「ならこっちに来たら? 立ってないで」


「え。……あ、じゃあ……失礼して……」


 おそるおそる、先輩の隣、ベンチに座る。……いや俺? これ主人公がやるやつじゃね? ゲームなら主人公は先輩の前にずっと立ちっぱなしなんだけどな。俺が明らかに病弱女子だからちょっと気を遣ってくれたとかだろう。先輩優しいから。確かに目の前に立たせてる相手がいきなり崩れ落ちたら夢見は悪そうだし。


 しかし、肩を縮こまらせたまま座った俺と、表情を変えない先輩の間には、それ以上、なんの会話も生まれなかった。




 ……そのまま、非常に気まずい時間がしばらく過ぎる。俺は、会話の糸口を探して目線を彷徨わせた。そしてなんとなく、空を見上げる。



 見上げると、目の前は全て、空だった。雲が流れていくスピードが、上空で吹いている風の強さを俺に教えてくれる。


 へえー……そうか、丘の上で障害物がないから、こんなに見えるのか。遥か遠くで流れる雲の動きは、綺麗で、……なぜか物寂しいように、俺には見えた。





「どう?」


 ……あれ? 自分から質問してくるとは。なんか今日の先輩、アグレッシブ。ゲームだと「ここになんでいるの?」って主人公が聞く→「空が広く見えるから」って返事しか、会話らしい会話はなかったはずだが……。まあ話す内容が増えるのはいいことなのか。




「なんだか寂しくなりました」


「……寂しい?」


「遠いところで流れていく雲を見てると、自分には手の届かないところで進んでいくものは見送るしかないんだなぁ、って思い知らされるみたいで……」


 何言ってるんだ俺。でも、たぶんそういう寂しさだったと思う。すると、ふっ、と微かな笑い声が隣から聞こえた。俺が先輩の顔を見ると、彼女は確かに笑っていた。くっくっ、と先輩は口を隠してしばらく静かに笑った。そして口の端を上げるだけの笑みを残し、一言だけを発する。


「なかなか詩人ね」


「……うっ」


 恥ずかしい。思わず両手で顔を覆う。しまった、ついうっかり中二病時代の俺が顔を出してしまったか。すまぬ、今のは忘れてくれませんか。二度と出られない心の奥底にしまっときますんで。


「でも、悪くないわ」


「あ、ほんとですか?」


 ありがとう過去の俺。やっぱり出てきていいよ。悪くないんだってさ。これからもよろしく頼むわ。




 その後、特に会話らしい会話はなく、俺たちはただ並んでベンチに座り、同じ空を見上げた。


「シュークリーム買ってきたんです。せっかくだから一緒に食べ……」


「いただくわ」


 よっしゃ釣れた。先輩シュークリーム大好き人間だからな。俺が取り出した紙袋を先輩は心なしか嬉しそうにいそいそとのぞき込む。


 ……あ、そうだ。崇高の野郎を紹介しておかねばならん。正直ちょっと忘れていた。




 俺がハンドサインを送ると、打ち合わせ通りに主人公と貝森ちゃんが物陰から現れ、ぎくしゃくとした動きでベンチの前までやって来た。それを一瞥もせず、先輩はさっそくシュークリームを取り出す。その先輩のスルーにもめげず、主人公が胸を張って一歩前に出た。……ほう。その攻めの姿勢は評価したい。




「竜造寺崇高です!」



 ……俺は続いて、隣の貝森ちゃんに視線を送る。『え、あたしも?』みたいな顔をした貝森ちゃんは、それでも一歩前に出て、主人公よりも大きな声で笑顔で自己紹介した。



「貝森亜佑実ですっ! 好きなものは味噌ラーメン、趣味は手芸と読書ですっ!」



「……あ、貝森、お前……!」



 ふっ、という感じで主人公を振り向く貝森ちゃん。ほう……自己アピールをさっそくねじ込んでくるとは……。チャンスを逃さない、なるほどこれが本当の攻めの姿勢か……。これは先輩の好感度レースでは貝森ちゃんが一歩リードかな。やるじゃん。いやでも貝森ちゃんに負けてどうするんだ崇高。



 その2人の自己紹介を、先輩はシュークリームをくわえて無表情なまま、何も言わず眺めた。一応食べるのは止めてるみたいだから聞いてはいるな。十分だ。ミッションコンプリート。


 俺は貝森ちゃんに向かってぐっと親指を立てる。すると、貝森ちゃんもすかさずビシッと敬礼で返してくれた。おお、実にいい笑顔だ。貝森ちゃん絶対いい友達になれるわ。




 一方先輩は、無言で2人を見つめたまま、もぐもぐとシュークリームを食べ終わった。そして目を閉じ、少し頭を傾けた後にぱちっと目を開ける。


「…………いや、誰?」


「今言ったばっかりじゃないですか」


「両方とも私の友達なんです。2人ともこう見えて、発熱するほど空に興味あるんですよ」


 えっ、という感じでそれを聞いてうろたえる2人。いやまあちょっと言いすぎたかもしれん。ただ、初対面時の先輩の前に立っていいのは、空に興味ある人だけだからな。先輩の中では他人というのはそこまで大きな存在ではないのだ。顔見知り以上になったらめっちゃ守ってくれるけど。


「……そう」


「……」


「……」


 しーん、とその場を沈黙が支配した。大変気まずい空気がその場に満たされる。……いや、これは決して俺のせいじゃなく、先輩の返事としては今ので十分すぎるんだよ。2人を認識したよ、っていうことをちゃんと表明してくれたわけだからな。




 しかしそれが分かっている俺はともかく、貝森ちゃんと主人公はどこかそわそわして、めっちゃくちゃこの場に居づらそう。先輩と仲良くやっていくためには沈黙耐性が必要なんだが、初回でそれを求めるというのも酷な話か。ここは後でまた説明が必要だな。




「先輩、そういえばシュークリームいかがでした?」


「強いて言えば、甘いわ」


「そりゃそうでしょう」


 いらんツッコミを主人公が入れてくる。いや崇高お前な、先輩が発する言葉には全部意味があるんだよ。シュークリームが甘い、これは当たり前だ。わざわざそれを言うってことは、甘すぎる、という意味がこもってるんだよ。お前も先輩と人生を共に歩む者ならこれくらい瞬時に理解できんといかんぞ。





「私達、中庭でいっつもお昼を一緒に食べてるんです。よかったら先輩も来ていただけませんか? ……明日そこで、もっと甘さ控えめなシュークリームをお目にかけてみせますよ」


 なんかついグルメ漫画の主役みたいな台詞を言ってしまったが、伝わったはずだ。たぶん汐音ちゃんスキルならシュークリームだって作れるだろう。家にでかいオーブンあったしな。あとは来てもらうためには先輩のシュークリーム愛に賭けるしかないが……。




「どうして?」


 座ったまま長身を曲げ、下から覗き込むようにして、先輩は俺の顔をじっと見つめた。その黒い瞳は深く、何を考えているのかは分からない。ただ台詞の意味は分かる。「お互いそこまで仲良くない相手でしょ?」ということだ。俺はまっすぐに先輩の瞳を見返した。




「ええ、まだ、知りません。でも、知りたいと思ってます。……これから」


 ゲームの中での先輩はなんていうか、言葉は少なかったけれど、いつもカッコよかった。知れば知るほど、彼女のことをもっと知りたくなるような。そんな相手が目の前にいるなら、俺は多少無理やりでも、縁を繋ぎたかった。主人公の相手云々はこの際、いったん置いておくとしても。

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― 新着の感想 ―
[一言] やはり不思議ちゃん属性付いてそう( ˘ω˘ )
[一言] ただの天然鋼メンタルじゃなかった
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