8話 「人形と警察官」
「お兄さん、少しお話してもいいかな?」
「あっはい……なんですか?」
一人は中年でもう一人は若い男性警察官二人組が大我々を囲んで話しかけてきた。所謂職務質問と言うやつだ。特にやましい事も無ければ素直に応じれば良い。しかしこの青年――久我大我はやましい事ありまくりだった。
「あのね、いまさっきこの公園で男性が少女にまとわりついて大騒ぎしてるって通報と、さらに同一の男性と思われる人物が男児と女児の二人組に声をかけた事案の通報があってね……お兄さん心当たりないかな?」
「いやぁ、全く無いですね(いやいや心当たりあり過ぎ、さっきあった事で全部俺じゃん!)」
「へぇそう……本当に?」
警察官は鋭い疑いの眼差しを大我に向けた。
「本当ですって、ハハハ……ハハッ(ほらぁ、この反応は完全に俺の事をクロだと思ってるよ、しかも片方は無線でなんかやり取りしてるし、俺もう人生終わったわ)」
「取り敢えず身分証ある? みせて」
「……ハイ」
中年警察官に質問された大我は冷や汗をかいて心臓が張り裂けそうだった。そしてふと胡蝶の事を思い出してチラ見して胡蝶の事を確認した。
「あーあー……現在不審者と思われる成人男性と接触、それとですね、この男性の近くに少女の形をした人形を発見……ドウゾ」
「……」
丁度若いの方の警察官が無線で胡蝶の事を報告している。そして胡蝶の方はじっとして動かないままベンチに座った状態で待機していた。
「ふぅ……(良かった、胡蝶は動かずに人形のフリをしてくれてた、いや元々人形だからこれが普通か)」
「何してるの、早く身分証提示して」
「ハイ、これが俺の身分証です(胡蝶、頼むからそのままじっとしててくれよ)」
大我は胡蝶が空気を読んで人形のフリをしてくれていると思った。しかし実際は違った。ただ単に胡蝶はこの見知らぬ二人の人物が自分ともしくは大我に危害を加えないかじっと観察しているだけだったのだ。
「んっ……もしかして君元自衛官なの?」
「はいそうです(自衛隊にいた時に免許をとったからその記録を見て知ったんだな)」
「へぇ、だからそんな軍人みたいな格好してるんだ」
「すみません、これしか服なくて普段着にしてるんです」
「あのねぇ、わかるよそういの着たい気持ち、でもあんましそういうの着てると危ない組織の人間だと勘違いされるから気をつけた方がいいよ、ほら最近どうも治安が悪いからね」
「わかりました、気をつけます」
大我は上は普通のティーシャツだが下はミリタリーカーゴパンツ。そして靴は黒色の登山靴だ。確かにこの格好では警察官の言うとおりに見えても仕方が無い。
「……(んっ? こいつ少し大我に対する目つきが変わったぞ)」
一方胡蝶は若いの警察官が大我と中年警察官のやり取りを聞いてから急に表情が険しくなって警戒を大きくするのを敏感に感じていた。そしさにこの警察官が腰につけている警棒に少し手を置いていつでも警棒を掴み取れる状態にするのも見た。
(なぜここまで大我に警戒するのだろうそれになんか危ない気がする)
胡蝶は大我が危険な状態にあると認識した。なので胡蝶もこの若い警察官を同じようにより一層強く警戒した。
『……おい、一応こいつに警戒しろ』
『大丈夫です、もう警戒しています』
警察官二人は目配せをしてお互いに意思を疎通した。しかしその疎通を大我は警察官の視線を追ってすでに看破しており、自分が徐々に不利になっているのを理解して心の中で悲鳴を上げていた。
(ぎゃあああああっ! まじてヤバイぞこの状況、寧ろ逆の立場でも警戒するって……だってよく考えてみろ、元自衛官が人形連れて外に出てるってそんなの超変態のヤバイ奴扱いされるに決まってんだろもう!)
大我はこう見えて元自衛官――要するに鍛え上げられた戦闘のプロ。普通の一般人扱いされるわけがない。当然警察官の警戒レベルも上がる。しかもそんな人物がまるで通報にあった人物の特徴と合致してなおかつ現在、芸術品ような美少女の姿形をした人形を連れている。この状況は訳が分からない。こんなの見つけた瞬間警戒度マックスで職質待ったなしだ。
「一応確認するけど、そこにある人形はお兄さんのもの? 随分精巧に作られて値段も高そうだね……悪いけどお兄さんみたいな見た目の人が持てる代物じゃないように見えるな」
「一応、俺の人形ですよ……ハハッ、いやぁあの人形高くてだいぶ貯金を使いましたよ(なんだよ、俺みたいなのが胡蝶を持ってたら行けないのかよ)」
大我は警察官の発言に腹が立った。しかし、警察も治安を守るという職務に忠実なだけだ。それは国防の為に忠実に働いていた大我も理解しているので感情をグッとこらえて愛想笑いをうかべる。しかし胡蝶の方は違った。
(コイツラ……何ダカ許セナイ)
胡蝶の方は自分が大我の愛玩人形では釣り合わないと言われた気になり今までに感じた事の無いほど心が怒りに満ち溢れた。しかしまだこの怒りをぶつけるタイミングでは無い。もう少し様子を見よう。
(大我はオレに相応しいオーナーだそれを否定するこいつらは絶対に許してやらねぇ、覚悟しとけ)
(くっ……さっきからあの人形がこっちに視線が向いてて不気味だな、さっさと職質を終わらせよう……それに今目の前にいる青年も通報にあったった人物でまちがいなさそうだし、捕まえて交番で事情を聞くか、まぁ多分誤解で通報されたんだろうけどな……けどその前に少し確認事項が増えたな)
警察官達の間では大我を捕まえるの事は確定事項であった。やはり大我の怪しさが満点であるからだ。
「おい、確かこの辺で美術品か何かの個展イベントがあっただろ。それ関係で窃盗とかが発生してないか一応確認しろ」
「了解、直ちに確認します……あーあー……本部、本部……」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよもしかして今度は俺を窃盗犯だと疑ってるんですか?」
「落ち着いて、ただの確認だから……それにやっぱほら、お兄さんのお人形、かなり高そうだから盗みたくなる輩が沢山いると思うんだよね」
「――っ、だから胡蝶は俺の人形ですって!」
「ハイハイわかったから、じゃ、今度は持ち物検査するからポケットの中の物とか見せて」
「見せますほらっ! サイフと携帯以外何も持って無いです」
「うーん、確かに怪しい物は持っていないみたいだね……それじゃ次は人形の方を調べさせてもらうよ」
「ダメダメ! それは絶対にダメです、やめてください(絶対に他人に胡蝶を触らせたくない、胡蝶を触れていいのは俺だけだ!)」
「拒否するのは怪しいね……おい人形を調べろ」
「了解です」
大我を尋問する警察官が若い警察官に指示を出して胡蝶を身体検査をしようとした。その様子を見た大我は感情が一気に爆発した。
『俺の胡蝶にさわるんじゃねえ!!』
大我は大声で怒鳴った。そしてその怒鳴り声は自衛隊仕込みの大声で、例え激しい戦闘中でも仲間に声が届く程の声量だ。その為、流石に警察官二人共も声に驚いて一瞬動きを止めた。
「あービックリした、お兄さん急に元気になって大声出したね、益々怪しいね!」
警察官も大我に負けじと段々と声量を高めた話し方になる。完全に大我をクロと認識した瞬間だ。この時大我は自分が何をしでかしたのか理解して迂闊な事をしたと後悔し、必死に弁明した。しかしもう遅い。自体は最悪な方へと進む。
「もしかしたらこの男性は人形の体に何か違法な物を隠してる可能性がある、徹底的に調べろ」
「了解」
「本当に何も無いんです、寧ろお巡りさん達の身が危ないですから胡蝶に触らないで! ああああああっ!?」
警察官二人組は大我が胡蝶の方へと指を指して訴えているのに無視をした。何故なら職務質問した男性は睨んだ通りクロで恐らく何かを隠している。ならばさっさと摘発しなければならない。それが治安を守る警察官の役目だ。
そんな職務に忠実な二人の警察官は、この時人形の顔が恐ろしい表情に変化していることに気が付かなった。
「さてと、違法なブツはどこだ〜? 人形のお嬢ちゃん、少し失礼するよ〜」
若い警察官が胡蝶に触ってしまった。そして髪の毛→顔→胸部と上から順番に触って確かめる。しかし胸部に触るのはいけなかった。これは完全に死につながる危険な行為だ。
「――っ!? 痛、何か強く手を掴んで……えっ?」
「よぉ変態、オレの胸の感触はどうだった……てめぇには代償を払ってもらう」
「ヒッ、人形が勝手に動いて――ヒウッ!?」
胡蝶が若い警察官にした事を見た大我と中年警察官は思わず股間を守るように手で隠した。
「さぁて、そこのもう一人のオッサン、さっきから随分と失礼な事を言ってくれたなぁ、確かオレを大我が持てるような代物じゃないとか……ふざけるな、オレは大我以外に所持されるなんてまっぴらごめんだ。しかも大我以外にオレに触れる事も許さねぇ、だからさっき制裁してやった」
胡蝶はそう言いながら股間を押さえて蹲る警察官に冷たい視線を向けた。そして今度はわざとらしくゆっくりと中年警察官に近づきボソッと声を発する。
『オレは大我の愛玩人形――胡蝶だ、それを認めないならてめぇもあいつと同じ目に合わせてやる』
警察官は胡蝶から離れて腰を抜かし間抜けな表情を見せる。そして急にハッとして直ぐに無線で応援を要請した。
「緊急、緊急! 至急応援頼む! に、人形が一緒にいた警官一名を暴行、さらに私にも暴言吐き脅して……えっ? 人形が警官を襲うなんてありえない、妄言を無線で報告するな慎めと……いえ、私は事実を……本部、本部!」
どうやら警察官の無線の報告は送信先で嘘だと思われて相手にされていないようだ。
「おい胡蝶、今のうちに逃げるぞ!」
「わっ、キャッ!? お、おい!?」
大我は警察官が取り乱しているすきに胡蝶をお姫様抱っこして一目散に公園をあとにして駆け出した。
(ヤバイぞ俺、このままだと絶対にお尋ね者だ、どうしよう)
(ヤバイぞオレ、大我にこんなふうに抱っこされてキュンキュンしてる、どうしよう)
二人の思いはかけ離れていた――。
……。
余談。後日大我達を職務質問した警察官は一連の出来事を報告書に書き提出するのだが、あまりにもバカバカしいので受理される事は無かった。そしてこの出来事は無かった事にされた。しかし後に警察署内でこの街に動く人形がいて警察官を襲ってくると怪談話になるのだった。