6話 人形は外に出たがる
ある日の休み大我は胡蝶を膝に乗せて頬をスリスリしながら愛でていると胡蝶がある事を呟いた。
「なぁ大我、オレ外に行ってみたい」
「――えっ!?」
大我は一瞬動きを止めた。しかしごほんとわざとらしく咳払いをして何事もなかったかのように引き続き胡蝶を愛でるのを続けた。
「おい、無視するなオレは外に行きたいと言ったんだ」
「却下、今日はこれから胡蝶とメイドさんごっこをするって決めてるんだ」
「イヤだ」
「なんで、この前メイド服着せた時気に入って喜んでたじゃん、だから今日も――」
「――あぁもぅ! オレは外に行きてんだ、あと頬こすりつけるのをヤメロ、気持ち悪い!」
胡蝶は大我を押しのけると急に押し入れの方へと行き、中にある衣装ケースを探った。そして一着の服をとりだした。
「これこれ……いい服を見っーけ。ったく、どうしてこの服をもっと早く出さなかったんだ?」
「あっ、それは……」
「なぁ今からこの服を着て外に行きたい、良いだろ?」
「うーん……」
胡蝶が取り出したのは麦わら帽子が似合いそうな真っ白なワンピースだ。そしてこの服は大我がとある理由からあえて押し入れに隠していたものだった。
(あっちゃー、見つかっちまったか……)
――遡ること数日前。
大我は隣の部屋の住人――須賀に相談をしていた。内容は胡蝶の扱いについてだ。一応このアパートの住人で胡蝶の事を知っているのは須賀だけだ。
「――というわけでこの前幼稚園ごっこをして胡蝶の暴力性を抑えるために情操教育をしようとしたんです。けれどうまく行かなくて……俺教育向いて無いんですかね」
「――スゥー……プハァ……」
「ちょっと須賀さん、俺は真剣に相談してるんですからタバコを吸わないでくださいよ」
「うるせぇここは俺の部屋だ。だから俺がここで何をしようとてめぇみたいなクソガキにとやかく言われる筋合いはねぇ。あと邪魔だから帰れ」
「まぁまぁ、確かに突然須賀さん宅にお邪魔して俺がうっとおしいのはわかりますけど、もう少し悩める若者相手に親身になってくれてもいいんじゃないですか? それにほら、別に手ぶらじゃなくて前回騒がしくしたお詫びに須賀さんの好きなビールを一ケース持ってきました」
大我は須賀の好みのビールの銘柄をリサーチしてそのビールを一ケース(二十四本入り)を購入し持って来ていた。流石にこれだけの物を持ってこられれば須賀は大我を雑に扱うことはできない。
「なるほどわかってんじゃねぇか、有り難くもらっておく、それでお前の相談に乗ってやろう」
「ありがとうございます須賀さん」
「まったく……そういう交渉上手なところはあの野郎とそっくりだな」
「えっ、誰とそっくりなんですか?」
「気にすんな、ただの独り言だ。それで、あの動く人形の何を相談してぇんだ?」
「だから胡蝶の扱い方についてです。実はあいつに少し怖いところがあって……それがこの前幼稚園ごっこしたときに胡蝶にお絵描きをさせたんですけど、その絵がどうも暴力的で俺心配なんです、見てください」
「どれ、見せてみろ」
大我はこの胡蝶が描いた須賀を絵を手渡した。それを見た須賀はすぐに眉をひそめた。当然だ。なにせ自分がひどい方法で痛めつけられる絵なのだから。しかし、暫く絵を眺めると、須賀はクスクスと笑い始め、しまいに大笑いし始めた。
「ぷっ、くくくっ……あっはっはっ! ウケるな。もしかしてお前んとこの人形女は俺をぶっ殺そうとしてやがるのか。こりゃ傑作だな、あっはっは!」
「笑い事じゃないですよ、多分胡蝶は須賀さんに怒鳴られたことをまだ根にもってるんです」
「……別にその事だけじゃねぇよ」
「えっ、他に理由が?」
「いや……なんでもねぇ」
須賀は他に何か胡蝶が須賀に対して敵対心を持っている理由を知っていそうだ。しかし、それについてこれ以上聞くなと大我に念を押した。大我はそれが腑に落ちなかったが、須賀が機嫌を悪くして相談に乗ってくれなくなると思い、これ以上は言追求できなかった。
「須賀さん……俺は胡蝶を良い子にしたい。だからこんな暴力的なのはいけないと思うんです、それで胡蝶を良い子にする指導方法を須賀さんなら知ってるんじゃないかと思ってこうして相談に……」
「なるぼど、だったら簡単だ。てめぇもよく知ってる方法をすりゃいい」
「俺もよく知ってる方法……ですか?」
「あぁそうだ、お前元自衛官だろ。だったら、どうやるかわかるよな?」
「なっ!? ダメですよ、あんなエグくてキツく辛い方法を女の子の胡蝶にできません!」
「ダメじゃねぇよ、懇切公平慈愛心を持って接すりゃ問題ねぇよ……くくくっ、分かるよな?」
「須賀さん……なんであなたがその言葉をしってるんですか? 普段の生活をしてればそんな言葉は中々出てこない」
「そりゃ知ってるさ、なんせ俺もお前と同じ元自衛官だったからよぉ……くくく、しっかりしろよな後輩」
須賀は含んだ笑みを浮かべながら大我の背中をバシバシ叩いた。そして大我は突然の須賀のカミングアウトに痛みよりも驚愕のほうが勝った。
その後、よく話を聞くと須賀は昭和の時代に十八歳から自衛隊に入隊していたツワモノでその当時の自衛隊はイケイケドンドンで、それはもう今の時代では考えられなかった事が当たり前だった時代だ。そしてこの須賀の世代は大我達の世代からは良い意味でも悪い意味でも畏怖して尊敬する世代だった。
「てめぇの言いたい事もわかる、こんな普通じゃねぇ絵を描く人形なんざ正直気味が悪い。それに、たいていこういうのは心の奥底に暴力性を宿しているからいずれ好き勝手にあばれる。だからそういった奴に言うことをきかけようとすりゃ、いったんそいつの心を強制的にへし折ってやって一から教育してやれば良い」
「そんなこと……胡蝶が可哀想です!」
「けど考えろ、もし仮にこのまま自由にさせてあの人形が手に負えない存在にでもなればお前は責任をとれんのか?」
「せっ……責任!?」
もしこの先胡蝶が何かとんでもない事をしでかした時に大我は自分が責任を取れるのか想像した。しかしいくら考えても今の底辺な自分ではとても責任は取れそうもない。
「まぁ、今のてめぇじゃ責任取るなんて無理だな。だったらできるだけあの人形を部屋から出さないようにしろ、そして外に興味が向くから変に色んな知識をつけさせるな、それがてめぇにできる最善の策だ、その為に必要なら俺もてめぇに協力してやる……いいな」
「はい……わかりました。今日は相談に乗ってくれてありがとうございます」
こうして話は纏り大我は自分の部屋へと戻った。すると丁度胡蝶が前から大我が胡蝶の為に購入していたメイド服を見つけだしてはしゃいでいた。
「あっ大我、いまさっきダンボールのなかからすごくいい服を見つけたぜ……それで、さっきはどこ行ってたんだ?」
「ちょっと須賀さんの所に行ってた」
「何だと……オレはあのオヤジが嫌いだ」
「何で嫌うんだ? お隣さんだから仲良くしないと」
「イヤだ! だってあいつ最初あったときにオレを怒鳴ったし、あと見た目がブサイクでキモい」
「おい、確かにそうだけど言い過ぎだぞ!」
――ドンッ!
(ヤバッ、声が大きすぎた)
「大我、オレやっぱあいつ嫌いだ。理由がわからないけどあいつに会うと憎しみが湧いて襲いたくなる」
胡蝶は表情を曇らせた。これはいけない。大我は胡蝶に近づいてそっと抱きしめた。
「胡蝶、お前は良い人形だよな。だから人を襲うとか言ったらダメだぞ、もし次にそういう事を言ったら俺の愛玩人形じゃ無くするからな」
「なっ、そんなのダメだ! もしそうしたらオレは……」
「大丈夫、胡蝶が良い子にしてる限りずっとお前は俺の愛玩人形だ」
「わかった……良い子にする。だからオレを捨てるな」
胡蝶は大我の発言にだいぶショックを受けたらしく、大我にしがみつきイヤイヤをした。
「ごめんごめん、俺の方こそ簡単に胡蝶を愛玩人形じゃ無くするなんて言っちゃいけないな。さて、気持ちを入れ替えて、さっそくお前が見つけたメイド服を着てみろよ、それは俺が胡蝶の為に買ったやつだからさ」
「えっ、これ着ていいのか!? やった。このメイド服とか言うのデザインが可愛くて良いな!」
こうして大我は胡蝶にメイド服を着せた。そしてせっかくなので、メイド姿になった胡蝶に給仕の方法を教えたのだが、胡蝶はことごとく失敗した。また後日改めて胡蝶にメイド服を着せて給仕の仕方を教えよう。かつてメイド喫茶にハマっ大我はメイドについて詳しい。
(愛玩人形以外に、胡蝶を完璧なメイド人形にするのも良いかも!)
――これが遡ること数日前の出来事だ。この日以来大我は室内でできる事ばかりして胡蝶と遊び、できるだけ胡蝶が外に興味を持ちそうな事を全て隠してきた。しかし今回、胡蝶はワンピースを見つけてしまった。このワンピースは外で着れば映える服だ――と言うことは……。
「えーと、そのワンピースはまた今度着よう、とりあえず戻して」
「イヤだ、今日はこれを着たい、だってこのワンピースはかわいいからな、見ただけでオレは気に入った。だから今日はこれを着てまだ行った事のない外に出る」
「我が儘言うなって、それに今日は気温が高くて暑いから部屋の中にいよう」
「暑い……ほぉ、なるほど、だったらいい事を考えた」
「おいなんだその表情……お前まさかとんでもない事を考えてるな」
胡蝶はニヤニヤと笑いながら行動に出た。そして大我が何をするのか確認する前に突然の帯を解いて着物を全て脱ぎ始めた。
……スルスル。パサっ。
胡蝶は大我に自分の全てをさらけ出した。勿論ちゃんと下着もつけてだ。
「ふぅ、これで涼しくなったな」
「ばっ、バカ、涼しくなってねぇ! 突然俺の目の前で着物を脱ぐな、恥ずかしくないのか!?」
大我は堂々としている胡蝶の姿をみて逆に自分が恥ずかしくなってしまい両目を手でふさいだ。一方胡蝶は大我のその様子がおかしくてクスクスと上品に手で口を隠して笑った。
「くくくっ……その反応おもしろいな、あと別に、オレは大我になら全てを見られても良いぜ、くくく」
「なっ、そ、それは胡蝶は俺を男として見てないってことか?」
「バーカ違えよ……オレが大大我を信頼してるって事だ」
胡蝶は顔を隠す大我の両手を無理矢理こじ開け手無理矢理自分の姿を大我の目に焼き付かせる。そうする事で大我を興奮させる。一方の大我は目の前に現れた胡蝶の白い陶器のような肌と細くしなやかな身体に理性が飛びそうになってそれを抑えるのに必死になった。
「胡蝶、そういうのはやめてくれ……じゃないと俺、お前をどうにかしちまいそうになる、だから早く服を着てくれ」
「おー、それは怖い怖い、けどなぁ、オレは一人で服を着られねぇんだ」
「だったら今すぐに俺が着替えさせてやるから!」
「そうか、それはありがたい……だったらこのワンピースを着させてくれ」
「なっ!? そ、それは卑怯だぞ!」
大我は大声を出して怒鳴るが、鼻息を荒くして興奮状態なのがバレバレで胡蝶に対して全く効果はない。
(可哀想だからそろそろ大我にトドメをさしてやるか……くくっ)
胡蝶はそっと大我の耳元でトドメの言葉を囁いた。
『さあ大我……早くお前のお人形をお着替えさせてくれ』
この囁きは大我の理性に完全にトドメをさした。こうなったあとの大我は胡蝶の言いなりになるしかなく、震える手で丁寧に胡蝶にワンピースを着せてやり、さらに仕上げで化粧まで施した。こうして出来上がった胡蝶の姿はとんでもなく儚げな美少女であった。
「あああっ……俺はとんでもない事をしてしまった。こんな……こんな美少女を作ってしまったら俺は……デートに行きたくなっちまうじゃねぇかあああああ!」
「だったらそのデートとかいうのをしに今日は外に行こうぜ」
「うん、行く、今日は胡蝶ちゃんと外でデートだ!」
大我――須賀との約束を完全に忘れる。
こうして大我も身だしなみを整え、胡蝶を連れて早速外にデートをしに行くのだった。
……。
「チッ、あのクソガキ……人形女を外に連れ出しやがって。何事も無ければいいが」
須賀はタバコの煙を吐きながら部屋の窓から大我達が外に出ていくのを見送った。