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3話 人形とフェロモン

 

 翌日――早朝。


 部屋に朝日が差し込む。そして午前六時。大我のスマホに自衛隊の起床ラッパの音楽に設定されたアラームが鳴り響く。


 パッパラッパ、パッパラッパ、パッパラッパ、パッパパー、パッパラッパ、パッパラッパ、パッパラッパパッパパー。

 

「キャッ! な、なんだ突然!?」


 胡蝶は起床ラッパのまるで早く起きろ言わんばかりの独特のメロディーに叩き起こされた。そしてベットの上であたふたした。一方、起床ラッパアラームの仕掛け人の方は、ガバッと布団から起きると無言のままテキパキと行動を始めた。


「はっ……えっ?」

「……」

「お、おいっ……!」

「……」


 胡蝶が話しかけても、決められたルーチンで動いている大我には声が届かない。そして大我は準備を済ませると胡蝶に一言呟く。


「ちょっと出掛けてくる」

「おい、待て!」

 

 大我は胡蝶の静止を無視して出ていった。こうして胡蝶は部屋に取り残された――。


「さてと……行くか!」


 大我はランニングする格好になり部屋を出た。そして向かった先は近くの河川敷だ。ここは朝早くだと人がいないのでランニングとその他筋トレには最適の場所だ。


 今日は体が軽い。もしかしたらこれから始まる胡蝶との生活にワクワクしているからかもしれない。今までは胡蝶にいくら話しかけても人形なので受け答えはせず、感想は孤独を埋めてくれるがより寂しさが増す矛盾した存続だった。しかし昨日は原因は謎だが胡蝶が自我持って動き出し反応する。そしてトラブルも多く起きたが、それが楽しかった。きっとそれがこれからずっと続く。そう大我は思った。


「よっしゃ、テンションが上がって来た! 早くいつもの筋トレメニューを終わらせて帰って胡蝶をかわいがってやろう……うひひひ」


 大我はだらしのない表情をしながらランニングのペースを上げた。そして帰ってから胡蝶をどうやって可愛がるかプランを立てて妄想する。


 まずは帰ったら速攻胡蝶に抱きついてあの綺麗で長い黒髪をクンカクンカ嗅ぐ。そしてあとからあの柔らかいプニプニの柔らかいシリコン肌を堪能しよう。けれどまずは俺は汗臭くなってるからシャワーを浴びてからだな……いや待てよ? いっその事胡蝶と一緒にシャワーを浴びながらイチャイチャするのはどうだ……いや朝からそんなピー音が付きそうな事は駄目だ。それにきっと胡蝶はそれを許してくれない。


 胡蝶は身体は女の子で自分自身の性別も女の子だと認識している。しかし矛盾していて、男のような性格と喋り方でしかも暴力的だ。なので恐らくピーーな事をすれば間違いなく怒り狂って大我は半殺しにされる。


「……あれ、だとしたら俺はどうやって胡蝶を可愛がってやればいいんだ?」

 

 大我は生憎異性と付き合った事がないので異性との触れ合い方を知らない。だからいざ可愛がると口に出して言っても具体的にどうするのか想像がつかない。


 (頭をなでてやるのはどうだろう。けれど待て、その行為は但しイケメンに限るとネットで見たぞ。俺は多分イケメンじゃないから胡蝶にそれをしたら気持ち悪がられる。)


 大我は自分自身の容姿に対する評価は低い。しかし他者から見れば大我はイケメン……とは行かなくても十分にかっこいい。ただ問題なのが性格がどこか常識外れで本人に悪気はないが、たまにとんでもないことをしでかすのでそこだけ注意したらいい。


 そもそも美少女の胡蝶に愛玩人形になっても良いと言われてる時点でそれぐらい十分に容姿の評価は高いので自信を持って良いのだ。しかしそれでも大我は胡蝶との接し方に頭を悩ませた。そしてふと、ある事を思い出した。それは以前胡蝶の為にと思って仕事の量を増やして苦労して揃えて注文した品だ。それが今日届く。きっとそれを渡せば胡蝶は気に入ってくれる筈だ。その光景を見れれば俺は満足する。


 こうして大我は胡蝶の反応を楽しみにしながらランニング後の筋トレに励み、結果いつもより筋トレが捗った。しかし一方、胡蝶の方は一人残された状態で大我に置いてかれた事に腹を立てていた――。


「あの野郎……昨日オレを愛玩人形にして可愛がるとか言ってたくせに、朝からオレを無視して出ていきやがった」


 そう言って胡蝶は苛つき、ベットの上でジタバタ暴れた。しかし昨日隣の住人にうるさくして怒られた事を思い出してピタリと動きを止めた。


 隣の住人……確か大我はヤツを()()とか呼んでいた。その須賀とやらはどうにも自分は苦手だ。あの恐ろしい表情で目の前で怒鳴られた事を思い出すだけで体をギュッと抱きしめたくなる。そもそも本能があいつにだけは逆らっては行けないと告げる。


「ヤツの事を思い出すのはやめよう……それよりも確認作業だ」


 胡蝶は気がつけば昨日から自我を持っていた。しかしそれ以前の記憶はない。ましてや自分の体や構造についての知識もない。しかしなぜか一般的な常識――例えば言語だったり基本的な人の動作、それに感情の表し方や自分の性別なんかは知っている。それが自分でも不思議だ。


「とりあえずあいつも今はいないしじっくりとオレこの体を調べてみるか」


 胡蝶は起き上がると突然着ていた着物を全部脱いだ。そして生まれたままの姿で鏡の前に立ち、じっくりと自分を観察した。


 まずは顔の造形。小さくて丁寧に細かく作り込まれている。目はジト目で目つきが悪いが、昨日大我がきれいに目の周りの化粧を施してくれとても可愛くなっている。それに唇も真っ赤に口紅を塗ってくれて雰囲気はまるで高貴な美少女だ。悪くわない。


 次に身体だ。まずはじめに目に着いたのが球体関節。これがとても便利で身体の可動域を広くしてくれる。その為色々な体の動きができてとても便利で最高の身体だ。しかし……。


「……何か物足りねえ」


 胡蝶はそう呟いて鏡の前の自分の胸のあたりを擦った。すると僅かに膨らみはあるのだかすぐにストンと手が落ちる。別にこれでも問題がないのだが何かが物足りない気がしてならない。けれどまぁ良い。全体的に自分の今の姿形は満足する。


「この体であいつからいっぱい可愛がられてやろう。それからこの先……この先オレは何を目的に生きようか」


 胡蝶は大我の愛玩人形になった自分の将来、そして自分はそもそもどうしたいのか明確なビションが浮かばない。けれども一つ分かることは、自分が可愛がられるのは最高に気分が良くて満たされる。できればそれをずっと味わいたい。だとすればどうすればいいのか……。


「そうだ! もっとオレを美しく完璧な存在にしてずっと大我を虜にし続けよう、それがオレの目的だ。そうすればオレは満たされ続けるし昨日あいつにした孤独にさせないって約束もきっと守れる」


 考えてみればなんとも単純な話だ。幸い勝手に大我が自分を綺麗にしてくれるので自分の美を保つことに苦労する事はない。そしてあとはいっぱい可愛がられて毎日を過ごすだけだ。こうして胡蝶は自分の確認作業を終えると再び着物を羽織ろうとした。しかし着物の帯の結び方がわからずに放置した。


「チッ……今度帯の締め方くらいあいつに教わっとくか……それにしてもあいつはいつ帰ってくるんだ?」


 胡蝶は大我の帰りを待った。時刻は朝八時。大我が胡蝶を置いて出てから二時間経過していた。その間胡蝶は様々なことを体験し感じた。誰もいない一人だけの部屋――そこに取り残された自分、そして暇すぎて大我を探しに外に出ようとしたが、玄関の先は見たこともない風景で怖気づいてしまった。だからこうして部屋に戻っても誰もいない、自分で何もできない……静かで不安だ。


「あぁそうか……これがあいつの言ってた孤独ってやつなんだな、これはきついな、こんなのにあいつはずっと耐えていたのか」


 胡蝶は孤独を知った。


「ただいま~!」


 大我が帰って来た。胡蝶は心が安心すると同時にムカムカした。あいつはオレのオーナーだという自覚が足りない。けっしてオレを一人にさせず常に可愛がっているべきなのだ。そう思って大我に文句を言ってやろうと思い玄関へと駆けた。


「おい大我、てめえオレを長時間置いていったいどこに行って……うをっ!?」


 胡蝶は帰って来た大我を見て呆然として玄関にへたり込んだ。なぜなら帰って来た大我は一味違ってはじめ見た時よりも倍に男前になっていたからだ。


「んっ……どうした胡蝶」

「あっいやその……(おいおいおいおい、こいつなんつー色気をだしてやがる、こんな奴にオレは可愛がってもらえるのか!? ……どうしよう、というかなんで突然こうなったんだ、誰か教えてくれー!)」


 ――胡蝶の疑問に答えるべく、ここで大我に何が起こったか説明しよう。まず筋トレをすると男性は体から筋肉を生成するホルモンを汗とともに放出する。そしてこのホルモンは女性を惹きつけるフェロモンの役割を果たしており、よって男性は筋トレをすると女性にもてるのだ――。 『モテル筋トレ法――洞蕗(ホラフキ)出版より引用』


 要するに大我は洞蕗出版の本のように筋トレをして今はフェロモンが出まくっていた。しかも大我の場合エグイのが、常人じゃできない特殊な筋トレ方法をしており、その筋トレ方法とは危険な為ここには詳細に記すことができないが簡単に言えば『敵ヲ破壊スル為ノ鍛錬』というやつで、当然そんなん事をすれば、フェロモンも尋常じゃないほど大量に出てきており、しかもこのフェロモンは人形の体にも有効らしく胡蝶はすぐに影響を受けてコロリといってしまったのだ。


「ゴクッ……(大我って、実はこんなに化物みたいな体をしてたのか)」


 鍛錬を終えて帰ってきた大我は筋肉がすべてバンプアップして張っており、さらに汗で濡れた服がその筋肉をより強調させる。そしてそれに合わせるように大我の表情はキリッとして、瞳は見開き胡蝶の事をまるで獲物を狙うかのように見つめる。


「うわぁ……うわぁ」


 胡蝶はフェロモンにやられてへたり込んだまま、うめくことしかできず唯一できたのが視線を動かすことだけであり、その視線は大我の腕へと向かった。


「あっ……(大我の腕、太くて血管が浮き出てる、すごい)」


 自分は大我の愛玩用人形、ということは今後この太くてたくましい腕に抱きしめられて可愛がられる可能性がある。そうなったとき自分はどうなってしまうんだろう。胡蝶はそのように考えた。そして期待と興奮と恐怖が入り混じった気分になり胸が締め付けられそうになった。


「はぁはぁ……おかしい、オレ人形だから息しなくてもいいのに、はぁはぁ……なんで苦しくなるんだ? しかも体が火照って熱い。大我、オレに一体何しやがった!?」

「別に、なにもしてないよ」

「嘘だ嘘だ、お前は絶対にオレに何かをしてるもん!」

「だからしてないって……(もん?)」

 

 胡蝶は頭をイヤイヤさせながら大我が何かをしていると言いはってやまない。そしてその態度をみて大我は胡蝶にも女の子っぽいとこがあると思い可愛く思った。しかし胡蝶のある格好に気が付いて少しムッとした。


「胡蝶、念のため聞くけどオレが留守の間に誰もここへ来てないよな?」

「誰も来てねぇよ!」

「そうだよな、こんな朝早くから誰も来るわけないか……なら良かった」

「何が良いんだよ、こっちはお前のせいでクラクラして胸が苦しくて――」

「――胡蝶!」

「ひゃっ!? ハイ?」


 胡蝶は突然大我に名前を強く呼ばれてビクッとした。それなのに大我は胡蝶の側によりますます胡蝶をビクビクさせる。


「な、なんでオレの側にくるんだよぉ……(あっダメだ、こんなに近いと大我の匂いに惹かれて意識が……耐えれない!)」

「胡蝶、腕を上げろ」

「ひゃっ、ひゃい! (うわあああああ! ま、まさかここでオレを抱っこでもする気か!? ば、馬鹿、今はやめろ……いや、もういい、一思いにその太い腕でオレを抱っこして逃がさないでくれええええっ!)」


 胡蝶は覚悟を決めて目を瞑ると両腕を広げて待機した。しかしいつまでたっても大我は胡蝶を抱っこすることはなかった。


「……(なんだよヘタレちまったのか!?)」

「胡蝶……着物の前が開いてはだけてる」

「えっ……あっ!」

「ダメだろ、もし仮に誰かに見られでもしたらどうするんだ……胡蝶の肌を見ていいのは俺だけだ!」

「あ、ああ……わかった(あっ、オレ大我に嫉妬されてる、それに着物の帯も直接直されて……たまらない、気持ちいい)」


 大我の見るからにごつくて不器用そうな腕が見た目に反して起用に動き胡蝶の着物の帯を綺麗に結んでいく、その光景に胡蝶は見惚れ、そして僅かに自分の肌に触れる大我の手の感触にドキドキさせられた。そしてこれらの大我の行いは胡蝶を幸福の絶頂へと導き、意識を奪った。


「もぉ、オレ無理……(愛玩人形って最高だな)」


 ――ガクッ。


 胡蝶が意識を失い数分時がたった――。


「あれ、オレは確か意識を失って――」

「――あっ、胡蝶目覚めたか、いやぁ急に倒れるからびっくりしたぜ」

「た、大我……あれ?」

「お、どうした?」


 目覚めた胡蝶は目をゴシゴシして大我を見た。するとさっきまでのフェロモンがムンムンしていた大我ではなく元の平凡な男の大我に戻っていた。その理由は大我は自宅に戻ると倒れた胡蝶をベットに運び、胡蝶が意識を失って寝ているだけのことを確認すると、安心して鍛錬が終わった後のシャワーを浴びた。その際、汗とともにフェロモンも洗い流されるので元通りというわけだ。


「ああああもおおおおっ、さっきのヤツがよかったああああっ!」

「おいおい、急になんで叫んでんだよ、それにさっきのヤツってなんだよ」

「うるさい、この馬鹿、こっちは今お前のせいでめちゃくちゃ恥ずかしいだよ!」

「はぁ、俺がいつ胡蝶に恥ずかしい思いをさせたんだ?」

「何も聞くな!」


 胡蝶は自分が大我を虜にしてやろうとしていたのに、先に自分が大我に虜にされて失態を晒してしまったことが悔しくて恥ずかしかった。そして次は自分が絶対に大我を虜にしてだらしない姿を晒させてやると決意した。


「今日は何か起きそうだな、ははっ」


 大我は胡蝶を見ながらほほ笑んだ。今日から充実した胡蝶との生活がスタートだ!

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