2話 人形と対話
突然、自我に目覚め動き出した人形――胡蝶。大我はその謎を探る為にこれから胡蝶に情報を聞きだそうとするのだった。しかし先ずは暴れてしまった際に乱れた胡蝶の着物や、崩れてしまった化粧を直すことにした。
「ちょっと待ってろよ、今から胡蝶の事を綺麗にしてあげるから」
「……」
大我は慣れた手つきで胡蝶を手入れした。まずは着物の崩れを直して帯を締める。それができたら次は顔の化粧。綺麗にアイラインを引いてあげたり筆を使用して口紅を塗る。そして仕上げに髪を櫛でとく。その様子を胡蝶は何も言わず静かな状態で大我の事を探るように観察していた。それから化粧が全部が完成すると無言で立ち上がり鏡台へ移動して隅々まで完成した自分を観察した。
じーっ。……ニンマリ。
(おっ、鏡をみてほほ笑んでる、あれはきっと満足してるんだな。という仕草が可愛いな)
「おい、お前……中々いい出来だ、ほめてやる」
「いやいや、胡蝶の為だったらこれくらいお安い御用……って、えええええっ!? 胡蝶がシャベッタアアアア……じゃなくて、口が悪っ!」
「オレはこの化粧が気に入った、今後もオレにこうしろ」
「えっ……お、おう、(しかもオレっ娘かよ! いやいやもしかして男の子か!?)」
大我は全身から嫌な汗をかき始めた。
「あ、あのさ……ちょっと聞きにくいんだけど胡蝶ってもしかして……男の子だったりする?」
「……は?」
大我の質問に胡蝶はみるみる機嫌を悪くした。そして大我を睨みつけると、ズイズイ距離を縮めて大我を壁際まで追いつめる。それから足を大きく上げて壁ドンならぬ足壁ドンをした。
「てめぇの眼は節穴か? よく見ろ、見ての通りオレは女だ、わかったか」
「お、おう君は一人称はオレだけど、体は十分女の子だってわかった。だからその……俺を脅す為に挙げたその片足を下げた方がいいぜ」
「あっ……なっ!? なんか下がスースーすると思ったら、オレ下着を履いてない!」
「そうなんだ、胡蝶の着物は用意できてるけど下着はまだ用意してないから穿かせていない、だから早く足を下ろせって……じゃないと胡蝶の大切なところが見えそうなんだよ!」
大我が指摘すると胡蝶は驚きと羞恥が入り混じった表情であわてて足を下ろし、急いで下半身を隠した。そしてすぐに自分に恥をかかせた大我に復讐しようとして今度は足ではなく手を使って襲い掛かった。しかし大我はそれにすぐに反応し胡蝶の両腕を掴んで止めた。
「バカっ、今は静かにしろって、じたばた暴れてうるさくしたらまたさっきみたいに須賀さんに怒られるだろ!」
「――離せよ」
「えっ、何?」
「わかったからオレの両腕を離せよ! じゃないと……怖いだろうが」
「あっ、ごめん」
胡蝶がはじめに暴れたのは暗闇の部屋で急に目覚めた瞬間、急に大我に触れられたことに驚いたのと、それと同時に恐怖心を抱いたからだ。それに急に押し倒されれば誰でも頑強に抵抗する。そういった理由を大我は察して申し訳ないと思い。謝罪した。
「ごめん、別に怖がらせるつもりはなかったんだ……俺もあのとき気が動転してた。だから別に君を襲ったりしないから安心してくれ」
「そうか……あの時てっきりお前はロリコンの変態でオレを襲おうとしてると思ってたが違うみたいだな」
「俺はロリコンの変態じゃねえ! 紳士だ」
「けどロリコンは間違いないだろ、なんせオレのこの体はどうみても小さい女の体だからな。だからこのオレがここにいる時点でお前はロリコンに間違いないだろう」
「うぐっ、そういわれると否定できない……そうか、俺はロリコンだったのか」
大我は今まで自分はノーマルだと思い込んでいたが、胡蝶との会話で自分の性癖に気づいてしまった。しかしだからといってどうすればいいのか自分ではわからない。いや冷静になれ大我ここはあるフレーズを思い出そう。
『ロリが好きなんじゃない、惚れた相手がたまたまロリだった』
このフレーズに大我がさらにフレーズ付け足すとすれば……。
『惚れた相手がたまたまロリだったうえに、さらには人形だった』
(……あれあれ? そうするともしかして俺ってかなりぶっ飛んだ性癖の持ち主なのでは?)
「おいおい、さっきから何を一人でブツブツ喋っていやがる、ここはまずお互いに知らないことだらけだから話し合おうぜ」
「あぁ、そうしよう」
「まずはこのオレから質問させてもらう……さっきから俺の事を胡蝶って呼ぶけどそれはオレの名前で間違いないよな?」
「そんなのあたりまえだろ、どうしたんだ?」
「うん、どうにもオレが目が覚めた時色々と記憶に混乱があってだな、その確認だ……なに、心配するようなことじゃねえから気にするな」
「そうか……でも待てよ、記憶の混乱だとしたら今の胡蝶の喋り方と性格って記憶が混乱したからなのか?」
「どういう意味だ?」
「こういう意味だ」
大我は胡蝶が送られてきたときについてきた付属の手紙を胡蝶に渡した。しかし胡蝶は字が読めないといって大我に手紙を突き返した。なので大我は代わりに手紙の内容を読んで聞かせた。
「……――というわけで君は本当はとても純粋で傷つきやすい性格でそれに優しい性格なんだ……おい、せっかく俺が手紙を読んであげてるんだからちゃんと聞けよ!」
「あはは、この体はいろいろ便利だな……おっ、ここはこうなっているのか……おもしれえな」
大我がせっかく手紙を読んであげているのに胡蝶はそれに興味はなく、球体関節でできた自分の腕や足などをくるくると回したりして遊んでいた。
(詐欺だ……この胡蝶は全然手紙の内容の女の子じゃねえ)
大我は胡蝶の製造メーカーである『幻想工業』に『お宅の人形は手紙に書いてある内容と全然性格が違うんですけど!』なんてクレームを入れたくなった。けれどだからといって胡蝶を返品したくはなかった。それはいくら何でも可哀そうすぎる。
そもそも購入するときにこの人形は自我がこもっていますなんて説明はなかった。なのでもしかしたらこの現象はイレギュラーなものなのかもしれない。手紙自体も人形を購入したオーナーが人形をすぐに手放さないようにするために幻想工業が用意した本物の雰囲気を出すためのただの道具なだけだったのかもしれない。
「お前、その手紙の内容みたいなか弱い女が好きなのか?」
「そ、そうだけど」
「ふーん……そうか」
「なんだよそのふーんって」
「別に……ただその手紙に書いてあるか弱そうな女はオレはつまらないと思うしムカツク」
「へ、へぇ~そうなんだ」
胡蝶の機嫌が何故か悪くなってきた。これ以上性格について話すのはまずいと感じた大我は別の質問をした。
「あのさ、一応聞くけど胡蝶は俺の愛玩人形だってこと知ってる?」
「愛玩人形? なんだそれ?」
「えーとそのいわゆる……えーと、やっぱり言うのをやめるわ」
「あーあ……オレははっきりしない男がきらいなんだよな~」
「イエスマム! はっきり言わせていただきます、あなた様は自分の愛玩人形――すなわち愛でて可愛がる対象であります!」
大我は直立不動の姿勢で胡蝶に敬礼をしながら発言した。するとしばらく沈黙が続き、そしてやっと胡蝶が大我の発言の意味を理解し始め、顔に驚きと羞恥、そして喜び幸福感など様々な正の感情があらわれ始めた。
「こ、このオレを愛でて可愛がるとな? じょ、上等じゃこねえか……クヒッ、クヒヒッ、ヒヒ」
(胡蝶が動揺して口調がおかしい、それに変な笑い方してる)
胡蝶はこの時頭のなかで様々な妄想が浮かび上がっている最中で自分の失態に気が付いていない。それどころか見るからに顔がにやけて自分で表情が抑えられなくなっていた。
(こいつオレの事をそんな風に見てたのか~オレも罪な女だな~。それによくみるとこいつそんなに悪くない男なんだよな~。要するに愛玩用人形っていうのはこいつに愛でられて可愛がられるってだけでとても大切に扱われるってことだよな……何それ全然良い! むしろなんか心が満たされるし幸福だ……良し決めた!)
「いいぜ、オレはお前の愛玩人形なってやる」
「えっ、いいのか? てっきり性格的に拒否されるかと思ってた」
「そうか? 別にオレはお前になら可愛がられても良いぜ」
「なっ……あ、ええええええ!」
胡蝶の発言は大我の心のキャパシティを簡単に崩壊させた。そして結果として大我の悪い癖が出てしまった。要するに嬉しさを爆発させて常識外れの行動にでた。
「フン、フン、フン!」
「……(何やってんだこいつ)」
大我は嬉しさを表現する為に謎の筋トレを胡蝶の前披露してしまった。開始してしまった。しかしそんなことをすればせっかく心を許しかけていた胡蝶はドン引きし、気持ちが覚めていく。
「……やっぱオレお前の愛玩人形になるのやめるわ」
「はあああああぁぁ!? 突然なんでだよ!?」
「だってさっきからお前の行動がキモイ」
「グハッ……ちょっとまてお前、そのキモイって単語は禁句、ダメ絶対」
「うるせえよ、もい一度いう、お前が気持ち悪いから愛玩用人形になるのやめるわ」
「嘘だろ……そんな、嫌だ嫌だ、俺は絶対に胡蝶を愛玩用人形にするんだい!」
「うわっこいつ駄々こね始めた、きっしょ」
傍からみれば成人男性が人形とはいえ少女に対し床に転がって駄々をこねている図――全くおぞましい。こんな図は早く消し去ってしまいたい。
「お前なぁ、そんなに愛玩人形が欲しけりゃオレ以外の人形をまた購入しろよ、(あれ、オレ何を言って……)」
胡蝶は言った瞬間、胸に小さな痛みが走った。しかしこれは唯の思い過ごしだと思い無視した。
「嫌だ、絶対にお前を俺の愛玩用人形にする」
「なんでだよ」
「それは俺が胡蝶に一目惚れしたからだ」
「オレに……一目惚れ、だと」
胡蝶は大我の告白に胸が熱くなってくるのを感じた。しかし冷静になれと囁く自分が心の中にいる。
(こいつはさっき自分が幻滅した男だ、なのになぜこいつからの告白に胸が熱くなる? それはおかしいどうしてなんだ?)
そこの疑問を解決するためにはもう少しこの男の話を聞いてみるしかない。胡蝶はそう感じて大我に話をもっと聞いてみることにした。
「なんで……オレに一目ぼれしたんだよ」
「それはお前が憂い顔をしてたからだ」
「憂い顔って要するにこのオレが悲しそうな顔をしてたってことか?」
「そうだ、そもそも俺は孤独で独りぼっちだから人形を買って孤独を埋めようとした。そんな時偶然見た人形通販サイトでお前の写真を見た、それで思ったんだ……なんでこの子は悲しそうな表情をしているんだって、そして俺だったら絶対にこの子を悲しませたりさせない、大切にして飛び切りの笑顔にさせてやる……そう思った!」
「だからオレを愛玩人形にしようってか?」
「そうだ、俺がいっぱい可愛がって幸せにしてやる、だから胡蝶もう一度頼む……俺の愛玩人形になってくれ!」
胡蝶は後に愛玩という言葉に欲望に関わる少し悪い意味もあることを知るのだが、その意味を知った時でも大我がこの時に自分に言った言葉に欲望や悪い感じを全く感じなかった。むしろ大我は自分をとことん大切にしてくれる存在であると認識した。だから結論は決まった。
「……オレを可愛がれ」
「えっ?」
「オレを可愛がれと言ったんだ」
「まさか、本当に俺の愛玩人形になってくれるのか?」
「あぁ、ただしオレはお前に沢山要望するぞ」
「構わない、俺は胡蝶が大好きだから!」
「――っ、お前よくそんな恥ずかしいことを本人の前で言えるな……あぁもぉ、こうしてオレばかり貰ってばかりじゃ気まずいから、お返しにオレはお前に約束してやる!」
「えっ、まじで!? 何を約束してくれるの?」
大我が興奮して胡蝶の近くに顔を近づけると、胡蝶は大我の顔をガシッと掴んだ。そして真っ直ぐ目を見て言った。
「オレはお前を絶対に孤独にさせない、約束する」
大我は胡蝶の言葉にハッとした。そして目から自然と涙がこぼれたので慌てて胡蝶の手を振りほどき涙を見せないようにした。男は女の子の前では泣かない。それは情けない。大我のその心情をなんとなく察した胡蝶は何も言わず見なかったふりをした。
「あー、そういえば自己紹介がまだだったな、というわけで改めて……俺は久我大我、愛玩人形の胡蝶のオーナーだ、できれば大我って呼んでくれ」
「了解した……それとオレも改めて自己紹介する、オレは大我の愛玩人形――胡蝶だ、いっぱいオレを愛でて可愛がってくれることを要望する」
大我と胡蝶はお互いの立場を口にだして絆ができたことを確認した。そして大我は胡蝶とさらに絆を深めようとして目を瞑り胡蝶へキスをしようとした。
「バーカ、それはまだ許さねぇよ」
胡蝶は大我のキスを阻止するため指二本を大我の両目に軽く突き刺した。
「グオオオオッ! 目がアアアアッ」
「さーてそろそろ寝るぞ……おっ、このベットは今日からオレの物な、だからもし寝てるときにベットに入ってきたら……○す」
胡蝶は大我のベットを占領して寝る準備をした。大我はしくしく泣きながら床に布団を敷いた。
「あっ、そうだ胡蝶に聞き忘れてたことがあった」
「なんだ?」
「なんで胡蝶は自我を持つようになったんだ?」
「さあな、そんなのオレが聞きてぇよ」
「えぇー分からないのか……そこ超重要なのにな」
こうして不思議な夜は更けていった。