1話 人形がうちにやってきた
この作品は昔投稿した作品を完結させる為にストーリーや文章を大幅に修正して再投稿します。完結を目指して投稿しますので宜しくお願いします
とある古めのアパート。さらに夏だというのにクーラーもなく扇風機だけしか回っていない蒸し暑い部屋。ここにある青年がすんでいる。青年の名前は久我大我。鍛えられた体に、頭は横だけ刈り上げられた髪型。服は黒のシャツにズボンは緑のカーゴパンツ。少々ヤンチャな見た目の青年だ。こんな青年だが実は元自衛官という肩書の持ち主である。なので見た目に反し規則正しい生活を心がけており、決して外では他人に迷惑をかけないよう心掛けているまさに社会人の鏡のような青年……しかし、今は無職で日雇い労働者。言っちゃ悪いが底辺に近い生活。そうしてついに……。
「……やっちまった」
そう、大我はやっちまったのだ。だから現在。誰もいない部屋で一人でだれにも頼ることが出来なくて頭を抱えこんで畳に額をこすりつけている。けれどもしょうがない。日々の労働で身心をすり減らし、そうして自宅に戻ったとしても一人ボッチ。さらに大我は付き合っている彼女もいない野郎。こうした状況から大我はいつかやっちまうことは目に見えていた。
「俺は欲望に負けてつい手を出しちまった」
大我が額を畳にこすりつけるのをやめて顔を上げて見つめるその先には何やら怪しい人が入りそうなな段ボールが置かれている。おい、まさかこいつ……。
季節は夏。蝉の鳴き声が外から響く。そして部屋にあるテレビからは大我が住んでいる近くで少女が行方不明になっているとのニュースが流れている。大我はそのニュースをチラッとみると箱に近づいた。そして息をあらくして目をギンギンにして箱のふたを開いた。
『愛玩用球体関節人形』
大我が明けたダンボール中に愛玩用球体関節人形なるものが書かれた紙とともに一体の服を着ていない、ただ紅い着物を上にかけられただけの少女の人形が入っていた。それを見た大我は突然雄たけびをあげながら今度は畳を転げまわり興奮を表現した。すると、外の扉が急にドンドンと蹴られた。大我は顔を青くしながら急いで扉を開いてドアを蹴ってくる相手を確認した。
「はい……どちら様ですか?」
「どちら様ですかじゃねえよクソガキ、部屋で叫ぶんじゃねえ! 壁が薄いからてめえ声がこっちに響く」
「ひっ、すみません須賀さん!」
ドアを蹴って怒鳴り込んできたのは、隣の部屋の住人――須賀だ。須賀は五十過ぎのいかつい顔をした太ったおっさんで見た目はほぼヤ〇ザだ。なので大我はこの須賀という人物を恐れていた。
「ところでてめぇよぉ、ずいぶんとでかい買い物したみたいじゃねえか……てめえの部屋の前に業者がでっかいダンボールを運んでてよ、結構邪魔だったぜ……何を買いやがったんだ?」
「お、俺が何を買ったかなんて須賀さんには関係ないですよ、それじゃまた。静かにしますから」
「あっ、おいてめえ! 待てこら――」
「――ふぅ、あんないかついおっさんなんか忘れて今は届いた人形を愛でよう……うひひっ」
大我はいそいで扉を閉めて、さらには鍵とチェーンまでして須賀を追い返した。その後気持ち悪い笑みを浮かべて愛玩人形へと近づいた。まさに変質者の顔。これがかつて国防という崇高な任務をおこなっていた戦士の末路なのか……。と、そのまえにこの大我が購入した愛玩用球体関節人形について中に付属している説明書をもとに解説しよう。
愛玩用球体関節人形。まず初めに球体関節人形とは関節部分が球体になっており、自由自在にポーズをとらせることができる人形だ。そして名前の初めに愛玩用とあるように、この人形は綺麗な芸術品のような姿の人形だ。見た目は透き通るような白い肌と整った顔の形。髪は黒髪で姫カットにしてあって、和風な美少女だ。しかし表情は冷たく、ジト目でなにもない場所を睨みつけている。まるで何かを恨んでいるかのように見える。これはどうしてだろう。大我は購入する前に販売元のサイトで見た人形の写真と今の人形の表情が少し違うように感じた。前はもう少し優しい表情に見えたと思う。
「うーん、ちょっと顔が怖いけど見た目は美少女だからヨシ!」
大我は単純な青年だ。細かい事は気にしない。そして少々雑な性格だ。なので段ボールから人形の体を力任せに取り出した瞬間に、この人形の衝撃的な肌の感触に驚いて持ち上げた人形から手を離してしまった。すると、人形は畳に頭と体を打ち付けて仰向けに倒れた状態になった。まるで少女の遺体だ。
「な、なんなんだこの人形、てっきり陶器みたいな肌かと思ったら、本物みたいに柔らかい!」
この人形、実は普通ではない。少々特別な仕様となっており、説明書にはこう書かれている。
『究極の人肌の感触を再現した我が社だけにしか作れない特別なシリコン素材』
それを体験した大我は驚きつつ、また感触を確かめようとして無礼に人形の体を触りまくる。そして人形の恨めしそうな目と目があってしまい。心の中に人形の声を聴いた。
(よくも私を床に落とした上に、好き放題体を触ったわね。この変態!)
「うわああああっ! 人形さんごめんなさい、人形さんごめんなさい、人形さんごめんなさい――」
大我は自衛隊で物に対する愛護心というものをトラウマになるほど植え付けられていた。だからこうして物である人形に対し、無礼を行ったことを腕立て伏せをしながら謝った。これが自衛隊式反省だ。そして次は人形を超が付くほど丁寧に扱うことにした。まずは人形は何も身にまとっていないので付属してある着物を着せる。ただし失礼のないように目をつむって人形の裸を見ないようにしながらだ。大我は過去に特別な暗闇の中で武器の分解結合をする訓練を受けていたのでこれくらいの事は造作もなかった。
(この人形、結構体は華奢なんだな、馬鹿みたいに力を入れると壊しちまいそうだ)
大我は人形に着物を着させる際に、しょうがなく触れてしまった手から、人形の体の構造を読み取った。恐らく人形の身長は約150センチ、体重は約30キログラム。それと痩せ型で胸はほぼ無し……ゲフン、ゲフン。それにあわせてわき腹や腰の部分の骨の浮き出ている部分まで忠実に再現されている。実際にこんな子がいたらご飯をちゃんと食べさせてあげたくなる。
大我はそんな風に感じながら人形に着物を着させ終わった。しかしまだこれで終わりではない。次は化粧だ。普段化粧なんてすることがない大我に化粧が施せるのか。そこは安心してほしい。ちゃんと親切に人形専用の化粧道具とセットで化粧の施し方の説明書も段ボールに入っている。それにメイクを普段しないといっても、大我はドーランと呼ばれる緑や茶色などの染料を顔じゅうに塗り、敵に見つからないような偽装を施す技術も持っている――いや、それは少し違うか。
大我はこうして説明書を読み、化粧道具の使い方を覚え、あとは持ち前のセンスでどうにかして人形の化粧を完成させた。すると、人形はより美しい顔になり、表情もどこか恨めしそうな雰囲気から、元のサイトの写真で見た優しそうな表情に変わった。そして一通りの施しを終えた大我は人形に愛着がわいた。
「すげぇ、まるで姫様みたいになった……ゴクッ、これからこの美少女愛玩人形と暮らす毎日がはじまるのか、えーと、この子の名前は何だろう」
大我は他に説明がないか残されたダンボールの中を探った。すると、最後にもう一つだけ人形に関する手紙が入っており、内容はこの人形の購入者に対して宛てた内容であった。
――拝啓
人形のオーナー様へ。此度は『幻想工業』の製品『愛玩用球体関節人形――胡蝶』を購入いただき、お礼を申し上げます。それと恐れがら申し上げますが、どうかこの人形――胡蝶を何が起こっても大切にして可愛がってあげてください。この娘は純粋で傷付き易いです。それにとてもやさしい娘です。きっとオーナー様の心の支えとなるはずです。ですからどうか末永く可愛がってあげてください。しかし万が一オーナー様のお気に召さない場合は全額補償に加えてすぐにお引き取り致しますのですぐに我が社にご連絡をお願いいたします。 幻想工業代表取締――古家心春。
大我は手紙を読み終えると、人形に近づいて優しく頭を撫でた。
「これからよろしくな胡蝶。俺は絶対に君を傷着けないし大切にして可愛がる」
この人形がいることによって俺は孤独から解放される。大我はそう予感した。そもそもそれが目的で大金を使って人形を購入したのだ。それから大我は毎日きつい日雇いを終えて自宅に戻ると、人形に話しかけた。すべて独り言だが大我はまるで人形と会話している風にした。さらに無駄だとわかりながらも、人形の為に料理までした。そうして日々の生活に張り合いを持たせたが、それは他人から見れば狂っている。そしてついに隣に住んでいる須賀から心配されて声をかけられた。
「おいクソガキ、おめえ最近一人でしゃべり続けてるのが壁から聞こえてくるんだがよ……誰か一緒に住んでんのか?」
須賀からすれば急に隣の住民は一人暮らしのはずなのに誰かと会話をする声が聞こえる。しかも全部青年の独り言で成り立っている。不気味なことこの上ない。とても気になるし、心配もする。話しかけられた大我は、一瞬びくっとしたがその質問に目に隈を作ってへらへらと笑いながら答えを返した。
「あはは、実はそうなんですよ、俺の部屋には美少女が住んでて――ほらこの子なんですけど」
「――うおっ……クソガキ、お前」
「えへへ、名前は胡蝶っていって可愛いがってるんですよ」
大我は須賀にスマホで撮った人形の胡蝶の写真を見せてドン引きさせた。それ以来お隣さんの須賀は大我に怒鳴ることはしなくなった。そしてその日の夜。
「もうこんな時間か、飯でも食べるか。待ってろよ胡蝶、今おまえの分も作ってやるから」
大我はそういうと二人分の夕飯を作り始めた。
「胡蝶、今日は何を食べたい?」
「……」
「えっ、チャーハン? しょうがないなぁ、だったら今日はそれを作ってやるよ」
「……」
――こんな風にして、話しかけてもじっと何もない方向を見つめ続ける人形に話しかけて、ついに完成した夕飯を二人分を胡蝶の前に置く。それからいただきますと手を合わせてパクパクと食べ始める。そうすると自然と大我の眼から涙がこぼれ始めた。
「――こんなの無駄だってわかってるのに、なんでことしてるんだろ俺……これじゃあ一人でいた時と変わらねぇ。あははは……。」
無言の食卓は精神的に来る。そう思った大我は気を紛らわすため俺はテレビを着けた。すると夏の心霊番組を放送していて、内容は生き人形と呼ばれる髪が自然に伸びる人形の特集だ。しかもその人形は魂が宿っており、深夜に僅かに動いて持ち主を恐怖へと陥れる呪われた人形とのことだ。
「怖ぇな……でもいっそ、テレビの呪いの人形のようにうちの胡蝶にも魂が宿ってくれてたらな」
大我はチラリと胡蝶に魂が宿っていたらどうなるだろうか想像した。確か手紙には胡蝶は純粋で優しい娘だと書かれていた。もしそうだとすればその性格で俺の事を癒してくれる理想の少女になるかもしれない。いや待て待て。いくら何でも人形に魂が宿っていたら怖い。大我はテレビを消すと。少し胡蝶から距離を置いた。すると座らせていた胡蝶が勝手に床に倒れた。
「………えっ?」
「……」
「いやいや、きっと振動で倒れただけだよね」
「……」
倒れた胡蝶を起こすと、大我は急いでベットへ向かった。ここ最近はベットに胡蝶を寝かせて自分は床で寝るというスタンスを取っていたが。急に胡蝶の事を怖く感じて元に戻した。なんだか今夜は不気味だ。胡蝶を自分の方へと向けないように設置しなおし消灯した――。
深夜ニ時――丑三つ時。大我は息苦しさを感じ、急にガバッと目を覚ました。そして時計を確認して嫌な時刻に目が覚めたと感想を漏らした。それからふと胡蝶の方を見た。胡蝶は寝る前に設置した位置と変わらず壁の方を向いて座っていた。どうやらベタな展開で勝手に移動している等の現象は起きていないようだ。
「ははっ、馬鹿だな俺。心霊番組をみてビビっちまった。ごめんよ胡蝶、怖がって悪かったよ。またいつもみたいに俺のベットに今から寝かしてあげるよ」
大我はベットに胡蝶を戻そうとして手を伸ばし、肩に触れた。すると急に胡蝶の頭が真後ろに向き大我と顔を合わせた。
「えっ、あ、え……何これ?」
「きゃあああああああっ!」
「うわあああああああっ!」
「きゃあああああああっ!」
大我が呆気に取られて呟くと、急に胡蝶が悲鳴を発した。それに驚いた大我も叫んだ。するとまた驚いた胡蝶も悲鳴を上げるループが起きた。さすがにこれでは埒が明かない。そう思って大我の方は先に冷静になって胡蝶を押し倒した。そうすると胡蝶は抵抗して大我をポカポカと殴り始めた。
「おい暴れるな静かにしろって!」
「うー、うー!!」
「いたたっ、手を噛むな!」
胡蝶は大我が手を付けれそうにないほどに暴れて。着物を乱れさせた。そのたびに大我は今自分がとんでもない乱暴を少女に対して働いているのではないかと錯覚して罪悪感を募らせた。
「おいっ! 今何時だと思ってるん、うるせぇんだよぶっ殺すぞ!」
さすがに深夜に大暴れすると周囲に音が響くそしていつも大我が迷惑をかけてしまう隣の住人の須賀の逆鱗に触れて入り口のドアの前まできて怒鳴り散らされてしまう。
「おいクソガキ、開けろ!」
「須賀さんちょっと待ってください! 今はまずいっす」
「うるせえ開けろ、今日という今日は許さねぞクソガキ、いつも騒ぎやがってぶち殺してやる」
「ひいいっ、わかりましたからドアをけらないでください!」
大我は胡蝶に殴ったり蹴ったりされながら急いでドアを開けた。そして鬼の形相をした須賀と対面した。
「須賀さん本当にすみません……というか助けて下さい、俺の人形が暴れて手が付けられないんです!」
須賀は大我の部屋の様子を見て一瞬唖然とした。信じられないことに以前大我に見せられてドン引きした人形がひとりでに動き出して大我に文句を言いながら暴れている。そして自分が寝ぼけているのかと思い顔を殴る。するととても痛い。よしこれは現実だ。そう認識すると須賀はひょいっと胡蝶の着物の胸倉をつかんで引き寄せると顔を近づけて大声で怒鳴った。
「さっさと寝ろおおおおおっ、さもないとぶち殺すぞ!」
須賀の怒鳴り声は体の芯に響くほど重くて、近くで聞いていた大我は怖気づいて壁にもたれかかるほどだった。それ程の物を間近で受けた胡蝶は放心して大人しくなり、須賀が手を離すとその場にへたり込んだ。その様子を見届けた須賀は無言で大我の部屋を去った。
「ひっく……ひっく……うわあああああん」
「胡蝶、大丈夫か?」
「うわああああん!」
「よしよし怖かったね……とりあえず部屋の奥に言って話そう」
「……うん」
胡蝶は素直に大我の言うことを聞いた。そしてこれから大我は胡蝶からいろいろ聞きだすのだった――。