残されたもの
これまで読専だったユーザーの初投稿です。
どうか温かい目で見てください。
俺、天野俊は3人で暮らしている。大学生の楓姉さんと
中学生の葵と高校生の俺という3人兄弟だ。
両親は一昨年、事故で亡くなった。俺が中学3年生、楓姉さんが大学一年生、葵が中学一年生の時だった。
しばらくの間、俺は相当悲しんで受験にも無気力になった。葵も部屋にこもってずっと泣いていた。楓姉さんも落ち込んでいたが、葬式が終わってからは持ち直したように見えていた。しかしある晩、トイレに行こうと楓姉さんの部屋の前を通ったとき、姉さんの部屋から光が漏れていた。普段は早く寝る姉さんなのに珍しいと思いつつ、トイレに向かおうとしたら姉の声が聞こえた。
泣き声だった。
姉は普段通りに過ごしているフリをしていたが、実は1番悲しんでいたのだ。大学生とはいえ、人生で最も長くを共に過ごし、愛をくれた両親が突然居なくなってしまったのだからそれは俺の想像もつかないほど辛かったのだろう。
そんな姉を見て、いつまでもうじうじしてられるか!と気持ちを切り替えた。両親が残してくれた財産はかなりのもので葵の大学資金も賄えるほどだった。
でも俺はあるに越したことはないと近所の私立高校に奨学生として入学金、授業料免除を勝ち取り、入学した。
姉さんは無理しなくていいと言っていたが、姉ばかりに苦労はかけられないと押し切り受験した。
葵も俺や楓姉さん、葵の同級生のケアで緩やかに気持ちを落ち着かせて学校に行けるようになった。
――――――――――――――――――――
「え?お姉ちゃんまだ帰ってきてないの?」
夜、塾から帰ってきた中学三年生の葵がいった。
「そうなんだよ。いくらなんでも遅すぎる。」
心配そうに聞いてきた葵だが、俺も動揺している。
あの楓姉さんが連絡もなしにこんなに遅くなるなんてありえない。いつも遅くなるときは18時ごろには連絡が来ていたのに、今は21時になっても音沙汰がない。
こちらから連絡しても繋がらずどうしようもない状況だった。
「美咲さんに聞いても、大学では普通に授業受けて帰っていったよとしか言ってなかったしどうしたんだろう。」
美咲さんは隣の家に住む楓姉さんと同じ大学三年生の幼馴染みだ。楓姉さんとは幼稚園から大学までずっと一緒にいる家族のようなものだ。
「お姉ちゃん大丈夫かな。警察に連絡したほうがいいんじゃない?」
葵は不安そうに提案してきた。
「そうだな。連絡は早いほうがいいし、警察に電話しよう。」
そうして俺は電話をしたが、まだ時間が経っておらず何とも言えないと言われてしまった。だが明日の朝、帰ってきた形跡や連絡がなかったら警察署に来て詳しく聞かせてほしいとの助言ももらえた。
不安な俺と葵だったがこれ以上やれることはないと思い、美咲さんへ連絡をした後に眠りについた。
翌朝、不安で眠れずイマイチ開かない目をなんとか開き連絡が入ってないか確認した。
だが、連絡は何一つなかった。
その後、葵と玄関をチェックしたり、リビングをチェックしたりとあらゆる場所を調べたが何の形跡もなかった。
ピンポーン
家のチャイムが鳴り、姉さんが帰ってきたのかと急いでドアを開けるとそこにいたのは美咲さんだった。
「おはよう俊くん。葵ちゃん。楓帰ってきた?」
と一見冷静に見えるが、足元を見ると靴下が左右で違うため相当焦っていることがわかった。
「おはようございます美咲さん。いえ、まだ帰ってきてないんです。」
「連絡も何もなくて、お姉ちゃんが何かに巻き込まれてるんじゃないか心配で…」
そして、昨夜警察の人に言われた通り俺と葵と美咲さんの3人で警察署に行った。
捜索願いを出し、顔写真や特徴書いた紙を事情を話している親戚や、美咲さん含め姉の友人、俺や葵の友人にも協力してもらい街のあらゆる場所に貼り付けて探した。
それから5年がたった。
高校二年生だった俺は大学四年生になり、
中学三年生だった葵は大学二年生になった。
楓姉さんがいなくなった時、葵は再び部屋に引きこもってしまった。また家族が居なくなってしまったことは相当こたえてしまった。それでも、姉さんが帰ってくると信じて受験はしたが高校では部活にも入らずに家と学校をただ往復するような生活になってしまった。
無気力だった葵の高校生活をサポートしてくれた友人や美咲さんには感謝しかない。
美咲さんも当時は大学三年生だったが、今では立派な社会人だ。個人で探偵事務所を開き、県外からも依頼が来るほどだ。
これも全て、楓姉さんを探すためと言っていた。
美咲さんも自らの半身と言っても過言ではない楓姉さんが居なくなりなにがなんでも見つかると言って、たった2年間で探偵になるための勉強をし、事務所を開けるまでになった。
そして俺はというと、学業だけはしっかりしろという両親の言葉で大学に通ってはいるが、正直もう限界だった。
楓姉さんが失踪した次の日から周囲への協力を頼んで、それ以降も葵の世話や勉強をしつつSNSなどでも情報を探した。しかし何の情報も得られず、両親の残してくれた財産も少なくなり、アルバイトをしながら姉の捜索を続けている。
そんな生活を続けていたせいか、身長は高校のときから10cm伸びたのに、トレーニングをしていて70kgあった体重が50kgになってしまった。
葵にも美咲さんにも無理しないでと何回も言われてきたが、それでも俺はこの生活をやめなかった。
でももう限界だった。
俺は気がついたら病院のベッドの上だった。起きて周りを見渡すと、葵と美咲さんが泣きながら飛びついてきた。
どうやら俺は過労で倒れたらしい。医者がこれまでどうやって動いてたのと言うほど、俺の身体はボロボロだったようだ。
葵からお兄ちゃんまで失いたくないと泣きながら言われたこともあり、姉の捜索は中断して少し落ち着いた日々を送っていた。
そんな最中、姉が見つかった。
交番に道を聞きにきたと警察から連絡があり、俺一人で急いで迎えにいった。
交番が見えた瞬間に俺はわかった。
間違いなく楓姉さんだ!
息切れしながら交番に到着し、あらためて姉のほうを見ると姉と一緒に見知らぬ男の人が立っていた。髪の毛が金髪で見るからに外国の人だった。
俺がその男が誰か考えていると姉が声をかけてきた。
「俊久しぶり!元気だった?」
俺は一瞬なにも考えられなかった。5年間音沙汰もなく、やっとの再会だったのに数ヶ月会っていなかった友人のように声をかけてきたのだ。
「え…あ、久しぶりだね楓姉さん。今までどこにいってたの?」
動揺を隠しながら俺はなんとか返事をした。
「うーん、そのことなんだけどね。家に行ってからでもいい?」
楓姉さんの言葉に違和感を感じつつ、葵も美咲さんも早く会いたいだろうと思い、承諾した。
その際に男の人に目を向けると楓姉さんが
「彼も一緒にいくよ」
と言ったので何も聞かず、とりあえず家に帰ることにした。
葵と美咲さんには見つかった時に連絡をして、美咲さんはすぐに返信があり既に家で待っていて貰ってる。葵からの返信がまだないことを見るとおそらく今、葵は講義中なのだろう。
考えているうちに家につき、楓姉さんは懐かしいと大声をあげていた。
家の中に入ると、美咲さんが走って玄関まできて楓姉さんに抱きついた。
「楓!今までどこいってたの!?心配したんだから…」
最初こそ勢いは良かったが、どんどん涙ぐみ弱々しい声になっていった。
「美咲久しぶり!ちょっとね…。まあ今から説明するから!」
楓姉さんは美咲さんを少し流し気味に対応して男を家に招き入れた。
「さて、どこから説明しようか?」
楓姉さんは悩みながらそう言った。
「じ、じゃあまずは楓姉さん。今までどこにいたの?」
まだ落ち着かない美咲さんを横目に会話を進めてく。
「一言で言うなら異世界かな。」
は?
「大学の帰りに凄い強い風が吹いて目を瞑っていたら神殿みたいな場所にいたの。」
呆然とする俺を気にすることなく説明を続ける楓姉さん。
「そしたら、いきなり聖女様とか呼ばれて瘴気を浄化してくれって頼まれたの。最初は訳がわからなかったけれど、王様とか詳しく教えてくれて浄化の仕方も勉強したの。それで3年くらいかけて全部の瘴気を浄化して、それから2年たってやっと異世界へ渡る魔法ができて戻ってきたんだよ。」
「楓は5年間ずっと異世界にいたってこと?」
いつのまにか復活していた美咲さんが楓姉さんに聞いた。
「うん。そうだよ!」
楓姉さんはなんの悪気もなさそうにそう答えた。
「ま、まぁなんにせよ楓姉さんが無事でよかったよ。これでまた兄弟で暮らせるね。」
「あ、そのことなんだけど…」
楓姉さんは珍しく言いにくそうにしていた。
「私は向こうの世界で暮らそうと思うの。」
え?今なんて言った?
「お姉ちゃん。それどういうこと?」
いつのまにか帰ってきていた葵がいつになく低い声で楓姉さんに問いかけた。
「葵!久しぶり!大きくなったね!」
「そんなことはどうでもいい。今のどういうこと?」
楓姉さんの言葉を無視してさっきの発言を追及する。
「そのままだよ!私はこっちじゃなくて向こうで暮らそうと決めたの!だから今日はお別れを言いに来たの。」
楓姉さんの言葉に耳を疑った。
「お別れ?」
俺はそう呟き、理解して何が音を立てて崩れ落ちた。
「そう。お別れ。向こうで色々あったの。世界を旅してたくさんの人に会って、たくさんの景色を見て、たくさんの経験をした。その旅もすごく安全でとっても楽しかった!」
「一緒に旅したこの人と一生を添い遂げようと決めたの!それで転移の魔法をなんとか魔力をためて一往復できるようにして、こっちにきたの。」
楓姉さんは無邪気に話を続ける。
「この人はね、私を召喚した国の王子様で凄い魔法使いなんだ。一緒に旅してるうちに好きになっちゃって、瘴気を全部浄化し終わったときに告白されてOKしちゃった!だから私はお姫様になるの!」
俺の胸の中にあったものは全て崩れ去り、何も残っていなかった。あの5年間はなんだったのだろう。あんな苦労して探したのに、当の本人は浄化の旅なのかと疑うほど笑顔で楽しい旅だったと言っている。そしてこっちには別れの挨拶をしにきただけ。
もう何も考えられなかった。
「ふざけるな!!!!」
葵が楓姉さんに向かって叫んだ。
「あんたが異世界にいる間、お兄ちゃんや美咲さん、私達いろんな人がどれだけ苦労したと思ってるの!」
「やっと帰ってきたと思ったら、お別れなんて言って堂々と私達を捨てて異世界に戻るなんて言って!心配かけてごめんなさいも言えないの!?」
「あ、葵?どうしたの?べ、別にあなたたちを捨てるわけじゃ…」
「楓、それは違うよ。俊くんや葵ちゃんがどれだけ大変だったかあなたにはわかるでしょ?おじさんやおばさんが死んじゃったとき、あんただって毎日泣いてたじゃん。いくらなんでも無責任すぎるよ。」
「美咲まで…たしかにそうだけど。でも私は彼のことが大好きだし、大切に思ってて一緒にいたいんだもの。彼は日本の文化も言葉もわからないし、私が異世界に行く方がいいのよ。」
葵の叫びを聞き、美咲さんの言葉を聞き、楓姉さんの主張を聞き、これまでとは違うものが俺の胸の隙間を埋めていった。
「もういいよ楓姉さん。俺らより異世界のほうが大切なんでしょ?」
「え?違うよ!みんな同じくらい大切に思ってるよ!」
「俺たちと一緒に過ごした20年近くの日々は異世界の数年と同じくらいなものなんだね。もうあなたの好きにしなよ。」
俺は楓姉さんにそう言い放ち、自分の部屋へ帰っていった。
「し、俊?そんなことないよ!俊!待って!」
「うるさい!あれだけお兄ちゃんが苦労して勉強したり、家事したりしてあんたは最初だけで途中から何もしなかった!勝手に居なくなって迷惑かけて、帰ってきたと思ったら異世界で暮らすから二度と来ないなんて恩を仇で返すってまさにこれだよね!私もあんたのことを姉だなんて思わないから!」
自分の部屋にいても聴こえてくる程の声で葵がそう言い放った。それにしても俺があんなやつ姉と思ってないとよくわかったな。葵は紛れもなく俺の妹だ。そんなことを思いつつ、すり減った精神を休めるため俺は眠りについた。
「葵!ねぇ待ってなんでそんなこと言うの!?葵!待ってよ!?」
「うるさい!さっさと異世界にでもどこでもいけば?」
「ごめんなさい葵!そんなこと言わないで!あお…」
「落ち着きな楓。流石にあんたが悪いよ。」
「美咲どうしよう。こんなつもりじゃなかったのに…」
「楓は昔から自分のことばっかだね。私がもっと注意しておくべきだった。俊くんと葵ちゃんのあんな姿見たの初めてだよ。俊くんなんてあれは怒ってるというより諦めただね。楓、もう無理だよ。」
「私が悪いの?わ、私はただ…ちょっと報告するだけで…こんなことになるなんて…」
「はぁ。楓、私だってもう呆れてるの。俊くんや葵ちゃんの言う通り好きにしなさい。もう面倒見切れない。じゃあね。」
「美咲まで…私の何がいけなかったんだろう…?」
次の日、目が覚めると姉と男は居なくなっていた。書き置きで今までありがとうとメッセージがあったが、ゴミ箱に捨てた。一緒にいた男はずっとオロオロしていただけだったし、あれが王子なのかも疑わしい。
俺たちと姉の繋がりはあの程度だったと割り切ってしまってからずいぶん気持ちが楽になった。しかし同時に悲しみもある。仲が良かった自覚があっただけにショックだったし、姉が変わってしまったのかもとからああだったのかもわからない。
ただ一つ言えることは、姉が居なくなっても俺には妹と美咲さんがいる。これまで大変だったけど、二人がいたから俺はまだ生きているのだと思う。
この二人との関係は終わらせたくない。そう胸に刻み妹を起こして、美咲さんの家で朝ご飯を食べた。
物語書くのって難しいね