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狐火の森  作者: ぴぃなっつ
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《1章・出会い》


《1章》

今年も彼岸花が咲いている。

俺は深紅の花々を横目に見ながら土手を歩いていた。恐ろしくも美しいその光景に、嘆息する。

その時だった。紅い群れの間を、何か白い影がよぎった気がした。

……まさか、幽霊?

そんな馬鹿なと頭を振る。こんな真昼間から出るわけないし。

とは思いつつ、気になる。近くの階段から川岸に下り、彼岸花畑に足を踏み入れる。不審な物は見当たらない。ちょっと残念に思いながら、近くの一輪に手を触れる。触れた瞬間に崩れていきそうな儚さを感じるが、大抵の花はしたたかで、しっかりと根を張っているものだ。ちょっと元気をもらい、帰ろうと顔をあげる。

「あ!?」

俺は叫んでいた。持っていたボストンバッグを落としてしまったくらいだ。

「───狐!?」

 幽霊じゃなくて、狐だった。しかも真っ白。白よりも銀に近いだろうか、とにかく美しい。

 だけど、一番驚いたのは、さっきまで気づかなかったことがおかしいほど目の前にいることだ。

「どうしてこんなとこに……」

思わず呟くと、

『私が視えるのか?』

どこからか声がした。きょろきょろと辺りを見渡す。……誰もいない。

『どこを見ている。私だ、私』

俺の視線は目の前の狐でとまる。狐の尻尾がぱたんと動いた。

『今、目が合っておるだろう?』

「ええええええええええええええええええ!!??」

俺の叫び声に、近所に飼われている犬がハモる。そしてそれは大合唱に……。

 ……近隣にお住まいの皆様、大変ご迷惑をおかけしました……。


「たっ、ただいま」

ドアを開け、家の奥に向かって言う。返事が来ないから、母さんはいないらしい。今日は夜勤と言っていたから、買い物にでも行っているのだろう。

俺は階段を上がり、自分の部屋に入る。

持っていた、高校時代から愛用しているリュックサックを開け、中にいたモノを出す。

『全く、無礼な!』

中から出てきたのはあの狐。川岸での一悶着の後、家へ連れて帰ってきた。狐がそう要求したのだ。

『この私をその背負子にいれて運ぶとは。そのうち神罰がくだるぞ!』

「なんだよ神罰って。そんな権限あるの?てか、なんであんた喋れんの?しかもこのバッグのこと背負子って言ったでしょ、言葉古すぎない?さっきも言ったけど、なんで俺の家まで……」

俺の言葉は狐の、顔面への飛び蹴りで中断された。

「……いってぇな、何すんだよ!」

『どう考えようとも非はそっちにある!』

「は!?」

不意に狐が居住まいをただす。にくったらしい動物から、威厳に満ち溢れる美しい狐に姿が変わった。いや、とくに何したわけじゃないんだけど。

『私はこの世の始まりから日ノ本を見守る神のうちの一柱だ。その神に向かってなんだ、おぬしの態度は!言葉遣いには品がなく、次から次へと質問を浴びせ、私を侮辱するとは!』

「いやそれ先に言ってよ!初めて聞いたし!ただの喋る狐だと思ってた」

『そんな馬鹿な話があるか!それに、私の名は白銀だ』

「…………じゃあさ、白銀」

やっと狐と目が合った。ちょっと、怖い。

「なんで俺の家に来たの?」

『ただで答えを得られると思うな。普通、神には捧げものをすると決まっておる』

「神さまってみんなこんなに図々しいの?」

『なんか言ったか?』

「いえなにも」

とりあえずキッチンへ案内して、食べられるようなものを探す。今はお彼岸の時期だから、おはぎが数パック置いてあった。赤と黄色の値引きシールが目に痛い。

「こんなのではど……」

俺は言葉を失った。

『なんだ?早くもってこい』

おはぎがなくなっているのだ。持っていた一パック4つ入りが、全て無くなっていた。

狐の方を見遣り、一瞬絶句して、すぐに口を開いた。

「いや、お前食べただろ」

『何をだ?私に差し出したくないからと言って言いがかりをつけるでない』

「いやだってお前の口についてるのはどう見てもあんこだし」

口元の真っ白な毛に、紫がかった黒いものが着いている。あれは絶対あんこだ。

「もしかして、おはぎ好き?」

返事はないが、耳が垂れて尻尾が丸くなる。当たりだ。

「じゃあ、これからお前はハギだ!はくぎんって呼びにくいし、略せてていいじゃん」

『何勝手なことを言っている!』

「これからおはぎを買わなくてもいいんだな?」

俺は勝利を確信した。

「それじゃあ、どうして俺の家まで来たのか教えてくれない?」

『─────、願いを叶えるためだ』

「え?」

『日ノ本創造した神々がお決めになった。人の子を1人選出して、その者の願いを叶えるのだ』

「それに俺が選ばれたの?」

『そういうことだ。どうやって選ばれたかは分からぬが、選ばれた人の子は私の姿を見、声を聞き、話をできる者だと伝えられていた。つまり、おぬしだ』

「ホントに俺の願いが叶うのか!?」

『ああ。花屋を開きたいというものだな?』

「なぜそれを……」

『私には何もかもお見通しだ。大体、その背負子に入っているものを見たらどんなことを望んでいるか分かるというものだ』

ぎくっとしてボストンバッグを見る。ハギが飛び出してきた衝撃でか、さきほど書店で買ってきた、数冊の本が飛び出していた。花の図鑑、自営業についての本ばかりだ。

俺は花屋を開きたいと思っている。

幼い頃から、亡くなった父さんの影響で花が好きだった。男のくせに、と何度もからかわれたきたが、花を嫌いになることはなかった。暖かい書斎で花を愛でる父さん。その背中を目で追うことが、小さい頃の俺の幸せな時間だった。それから、花屋を開きたいと思うようになり、今に至っている。

これについては誰にも言ったことがない。

まだ目処もついていないし、勉強も足りていない。そういうのはきっちりさせたいのだ。ただの夢物語だと、嗤われないように。

「この夢を……叶えてくれるのか?」

『ああ。安定した収入を保証し、末永く暮らせるだろう。ただし』

ハギがじろりとこちらを見る。

『務めをきっちり果たした場合に限る。分かったか?』

「もちろんだ!ちゃんとはたらくよ」

さっき聞き取れなかったところもあるが、務めって仕事ってことだろう。果たさないわけがない。

その日の夕食の席で、母さんにその話を切り出した。店を出すにしても、講習も受けないといけないし、その金はひとまず親に工面して貰わなければならない。もしハギの話が嘘だとしても、これをきっかけに話せればいいと思っていたのだ。

「あら、偶然ね」

母さんは目を瞬かせ、驚くことを言った。

「知り合いに花屋さんがいて、その人、支店を出そうとしているんだけど、その店主を募集中してるのよ」

その人というのは、母さんと父さんの共通の友人で、綾川さんという。母さんの信頼は絶大で、そこでならOKとのことだった。

しかも、店舗はもう用意出来ていて、あとは商品となる花と、店主がいればもういつでも開店できる状態になっているという。

「ハギ、本当にありがとう!」

母さんと話を付け、後日綾川さんと会う約束をしてからハギに言った。

『しっかり、務めを果たせ』

「もちろんだよ」

『───今までにやり遂げた者は本当に少ないのだからな……』

ハギの意味深な言葉は問い直すこともできずに、俺の心に引っかかり続けた。


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