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インサイド・リポート・ゲーム  作者: 冬野未明
7/18

――Day2 05 : 13(上)

 真夜中に起きたその一件の後。何とも言えない気まずい空気のまま、皆それぞれ自分の部屋に引き上げた。

 啜り泣く秋吉さんに付き添う形で、姉さんも自分の部屋に彼女を連れて帰った。百合ちゃんも含めれば3人、さすがに俺もその部屋に泊まるわけにはいかず、俺は隣の自分の部屋に戻ってきた。


 一人になると途端に昨日の出来事が浮かんでは消えて、また浮かんでは消え……その繰り返しで、そんな俺の事情などお構いなしに時間だけが無情に過ぎていく。

 壁を背にしてベットの上に座り込む。水を吸った布団みたいに体が重い……が、横になる気にもなれなかった。自分の左手首にぴったり嵌められた腕輪を目で追う。


 光沢のない黒ずみのリング。

 ……それが今も俺の姿をどこかに送信していると思うと、ただただ不気味な代物にしか見えない。


 一方で、眠りから完全に覚醒した頭が俺に空腹感を訴えてくる。丸一日以上、水以外は何も口に入れてない。こんな状況でも腹は減るんだなと、呆れ混じりのため息が出た。


「早く……ここから脱出しなければ」


 柄にもなく独り語を呟く。

 今はまだ大丈夫だが、このまま何も食べなければ、まともに頭を使うのが難しくなるかもしれない。

 ……そのうち動くことすらままならなくなって、脱出はますます難しくなるだろ。

 

 13日。水さえあれば、人間それくらい生きられるというが……それは単に生命を維持するという意味で生きられるのであって、衰弱自体は免れないだろ。それに伴う思考力や行動力の低下は必ず起きるはずだし、それは今も尚進行している。


 ……段々弱気になっていく気持ちを何とか持ち直したくて別の事に考えを巡らす。

 俺はポケットから端末を取り出して、例の『ヒント』画面を呼び出した。


『強欲な者らよ、その分を弁えよ』


『生とは、さらなる罪の積み重ねであるならば。それを恐れぬ者よ、手を伸ばしてそれを手中に収めるべし』


 これらのヒントは一体何を意味するのか? 

 最初スピカーからの声がヒントの事を言った時は、漠然とそれが脱出の為のものだと思っていた。でも今となっては、とてもそうには見えない。


 まずは一つ目のヒント。

 これは大学生の男、西山翔が死んだ時の事を思うと、ある程度の予想はつく。部屋ごとに一つだけ置かれていた水のペットボトル。それが食堂の冷蔵庫には多数、冷えた状態で保管されていた……しかも多くの缶詰と一緒に。

 一つの部屋に一つの水が俺たちに許された暗黙のルールだとするなら、彼はそれ以上のものを欲したが為に死んだとも言える。そしてその解釈が合っているとすると、このヒントが意味するのは必要以上の欲を掻いてはならない……との警告と読み取ることができる。

 まあ、それでも毒が入っているのがペットボトルの水か缶詰かまでは今のところわからないが。


 続いて二つ目のヒントに視線を移す。それを改めて読み返すと、自然と口から苦笑が漏れた。


「……一体何なんだ、これは」


 生が罪を重ねること……よく宗教などでいう原罪、人間は元々が罪深い生き物とても言っているのか? 出来の悪いその表現に頭を抱えたくなる。


「中2病じゃないんだよ……ッ」


 謎々みたいなその文句にイラついて口調が荒れる。どうにも俺はいつもより短気になっている気がする。……気をつけないと。


 目を閉じて深呼吸を二三回ほど繰り返してから目を開ける。そしてまたヒントについて考える。

 言葉通りの解釈でいいなら、人間は誰しも罪を抱えていて、それらの罪を重ねることによって何かが起こるって言っているのか? 

 ……いや、そうじゃない。罪を重ねることを恐れぬ者は、何かを手中に収めて罪を重ねる何かしらの行動をしろと言っているんだ。

 でも……このフレーズの罪が何を意味するのかはっきりしない限り、今の推理はここまでが限界。それ以上は推測に推測を重ねるだけで、何一つ確証が持てない。


「結局、何もわからない……と」


 自然と深いため息が出た。色々考えて出した結論が何もわからないとは、自分でも呆れるしかない。

 でも俺は別に探偵でも、ましてやプロファイラーでも何でもない。急に何かに閃くとか、考えるだけで馬鹿馬鹿しい。


 ただ一つだけ。このヒントというのは恐らく、『脱出』の為のヒントではなく『脱落』しない為のものである可能性が高いと感じた。

 つまり正解の『出口』を特定する為のヒントじゃなく、生き残る為の助言である傾向が強いように見える。だがそれも、まだ与えられたヒントは二つだけだから、そうだと結論付けるのはまだ早計かも知れない。


 ――その時だった。持っていた端末が震えだして大きいアラーム音が鳴り始めた。


「な、何だよっ!?」


 急な出来事に驚いて、端末をベットの上に落としてしまう。意識が急激に現実へと引き戻される。

 俺の端末のアラームに混じって、他の部屋からも壁越しに同じアラームの音がわずかに聞こえてきた。


『Day2 06 : 00』


 落としたせいか、最初の表示画面に戻った端末に映し出された現在時刻。 それを見て、意図せず喉を鳴らして唾を飲み込む。

 ……すっかり忘れていた。毎日午前6時に行われる悪魔の儀式。新たな暴露対象者選定の時間のことを……! 

 震える手で端末を拾い上げ、その中身をチェックする。新たに到着したメッセージが一件。俺は少し躊躇った後、それを開いた。


『本日の新たな暴露対象者が選ばれました。そして貴方はその対象から外れました』


 それを何回も読み返してから、ようやく俺は止めていた息を全て吐き出した。そして緊張で強張っていた体からも徐々に力が抜けてくる。


「ッ……姉さんは!?」


 次の瞬間に思い出したのは姉さんの安否だった。俺はすぐさま部屋を飛び出した。


「和也!」


 廊下に出ると、百合ちゃんを連れた姉さんとばったり遭遇する。姉さんが少し驚いた顔で俺を見ていた。


「姉さんっ? 姉さんは、その……大丈夫だった?」


 百合ちゃんがいる手前、あまり直接的に聞くのも気が引けた。迂遠な俺の問いにも、その意図を察した姉さんが微笑んで答えた。


「うん、私は大丈夫よ。……百合ちゃんもね」


 姉さんがそう言って百合ちゃんの頭を撫でると、彼女も目を細めて小さく頷く。いつの間にか随分仲良くなったようだ。

 いや……百合ちゃんが姉さんに懐いたのは最初からか。


「和也も大丈夫……だよね?」

「ああ。俺も大丈夫だよ、姉さん」


 人間って現金なものだ。自分と姉さんが難を逃れたと知ると、心にも余裕が生まれてくる。

 今更ながら姉さんと一緒にいたはずの秋吉さんの姿が見えないことにやっと気がづく。


「姉さん、秋吉さんは?」

「秋吉さんなら自分の部屋に帰ったよ? 引き止めたんだけど……一人になりたいって」


 姉さんが困ったような、心配そうな顔になって話をする。

 ……まあ、一人になりたい気持ちはわからなくもない。でも本当に彼女を一人にしていいのか、俺にはそこまでの判断はつかなかった。


「ったくよぉ……ようやく眠れそうだったのに、騒がしいったらないぜ……」


 斜め後ろの部屋から、眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔をした羽野が出てきた。

 眠たそうな声でそう言い放った彼は、大きく欠伸をして頭を無造作に掻きながら俺たちを見回した。


「あっ、すみません……」


 廊下で騒ぎすぎたかと思い謝ると、羽野さんが笑いながら手を振って話した。


「いやいや、兄ちゃん達じゃなくて、この端末のアラームがうるさくってよぉ……。眠気がぶっ飛んじまったぜ」


 確かに静まり返った夜中にいきなり聞かされると、びっくりするくらいの大きい音だった。

 ……でも本当に驚いた理由は連絡方法が変わったせいだ。

 昨日は暴露対象者以外は何のメッセージも送ってこなかったはずなのに、今日はどうやら参加者全員にメッセージが届いた。そのせいでメッセージを読む前までは、自分が今日の暴露対象に選ばれたんじゃないかと冷や汗を掻いた。

 昨日は初日でスピーカーからの音声もあったから、昨日だけ特別だったのだろうか……。


「おはよう。急にメールが届いて驚いたわ」


 続いて堀江も部屋から出てくる。あまり眠れてなにのか、彼女は目の下にクマができていた。そしてスミスさんに秋吉さんと、人たちが次々と廊下に集まってきた。


「…………」


 その中でも秋吉さんは特に顔色が良くないように見えた。彼女に声を掛けるべきか悩むが、何をどう言ったらいいか咄嗟には思いつかなかった。

 そもそも何か言ったところで、今の状況では気慰めにもならない。


「秋吉さん、大丈夫? ……少しは眠れた?」


 そんなことを考えていた俺を他所に、姉さんが先に秋吉さんに声を掛ける。そして秋吉さんはとても元気とは言えないが、ちゃんと返事を返してきた。


「あ、はい……すみません、何とか」


 気の抜けたような丁寧な返事。最初の頃とはすっかり感じが変わってしまったが……それも致し方ないことだろ。


「み、皆さんっ、おはようございます……」


 最後に石垣さんと優奈さんが部屋から出てきて、図らずしも全員が廊下に集まる。

 昨日の夜の出来事があってか、挨拶をする石垣さんの顔は何となく気まずそうに見えた。


「それで、今日の生贄は誰だ?」


 さも何でもないようにスミスさんが口にした言葉。その一言で、一瞬にして空気が凍りついた。それをお構いなしにスミスさんの話が続く。


「さっき届いたメールからして、次のターゲットはもう決まったはずだ。誰なんだ、次の奴は?」


 それは誰もが知っていて、また知りたいと思っている事だった。でもだからこそ中々言い出せなかった事でもある。

 だからスミスさんの言葉をきっかけに話し合う声が途切れ、お互いの顔色を伺うようになる。


「誰だ、今日のターゲットは? 素直に白状しろ」


 皆が黙り込むのを見て、少し苛立った声のスミスさんがそう言い放つ。

 だが彼の問いに名乗り出る人も、口を開こうとする者もいなかった。

 そんな緊張と不安、そして疑心……負の感情が渦巻く気まずい空気が延々と続くかと思った矢先だった。 


「はあ~~……もう止めようぜ? 自分が選ばれたなんて、ご親切に他人に教える馬鹿がどこにいるかってんだ、なあ?」


 その硬直した空気を破って、羽野さんが肩を竦めてそう言ってきた。それに続いて堀江さんも口を開ける。


「そうね……こんな探り合いをやっていても時間の無駄ね」

「そもそも、言ってみりゃぁこのゲームじゃ自分以外は全員、暫定的な競争相手みたいなもんだろ? けっ! 自分の弱みを他の人間に晒すような真似、誰がするかってんだ」


 羽野さんがやれやれと首を横に振ってそう話した。

 ……彼が言っているのも、口にしないだけで誰もが思っていることだろ。嫌な言い方になるが、その日の暴露対象者が自分の秘密の公開を回避するには、他の人が自ら自身の秘密を暴露するよう仕向けるか、或いは……脱落させるしかない。

 つまり他の参加者を巻き込んで自分の危機を回避できるルールが存在する時点で、どうやっても競争の可能性を完全には排除できない。


「そ、それより皆さん、お腹減っていませんか?」


 少しどもり気味の言葉で、石垣さんが急にそんな話を振ってきた。それで皆が互いに顔を見合わせる。


「何だ藪から棒に……。そんなの当たり前だろ?」


 潮笑うような羽野さんの言葉に一瞬カッとなる石垣さんだったが、すぐ気を取り直して話を続けた。


「このまま何も食べないで13日も耐えるのは、あまりも危険ではありませんか? ここには女性や子供だっている。いくら水があってもそれだけでは無理があると思うんです」


 その妙に熱のこもった声に、壁を背に腕を組んで話を聞いていた堀江さんが聞き返してきた。


「それで、マネージャーさんは何が言いたいわけ?」

「あ、いや……別にどうってことでは、ないんですが。何か食べ物を確保しないとマズイんじゃないかと、僕は思うわけでして」


 堀江さんの鋭い視線に、石垣さんは彼女から目を逸らして話の語尾を濁す。俺にも今一つ、彼が何が言いたいのか理解できなかった。


「だがマネージャーさんよぉ。食いもんっていや、食堂にあったあの缶詰くらいしかないんじゃねぇか?」


 その羽野さんの一言に皆が言葉を失った。

 ……それは誰もが知ってはいたが、中々口にはできない禁句みたいな言葉でもあったからだ。


「何言っているのよ、あんたは」


 論外と言わんばかりの呆れた声で堀江さんが言い返す。

 確かに食べ物は欲しい。でもいくら腹が減ったからって、毒が入っているかも知れないものを食べる気にはなれない。


「そうですよ。あれを食べるのは危険すぎると思います」


 姉さんも同じ意見を口にする。だが石垣さんがそれに反論してきた。


「でも後二週間近くこの場所にいるかも知れないんですよ? 何が起きるかわからない以上、一応考えておく必要はあるんじゃないですか? それに……あの男が死んだのだって、別に缶詰に毒が入っているとは言えない」

「それは、そうですけど……」


 石垣さんの言葉に対し何か言おうとした姉さんが、その言葉を飲み込んで語尾を濁す。

 ……我々で成分検査ができない以上、事実として毒がどこに入っているか、そもそも毒によって西山翔という男が死んだのかさえ確証は持てないからだ。


「彼が一番最後に口にしたのは、冷蔵庫にある水のペットボトルですよね? だったら毒が入っているとしたら、むしろそっちの可能性が高い。いや、そうに違いない」


 そう俺たちに力説した石垣さんは、他の人たちの反応があまり芳しくないことに気づくと、一瞬で頼りない口調に戻って言葉を付け加える。


「あ……いや、もちろん推測ですけどね」


 そして皆に訪れる沈黙。だが意外なところで石垣さんを支持する声が出てきた。


「まあ確かにこの先何があるかわかったもんじゃないし、一応最終的な手段として視野に入れておくのも悪くなさそうだぜ……?」

「で、ですよねっ?」


 ほとんど却下されかけた自分の意見に賛同してくれる人が出て、石垣さんの顔がパッと明るくなる。

 ……それが犬猿の仲だった羽野さんであることが、皮肉っていえば皮肉だったが。


「あなた、本気で言ってるの?」


 堀江さんが正気を疑うような目で羽野さんを見るが、彼はただ肩を竦めてそれを受け流した。


「これから何も食わなくて生きてられると、本当にそう思うが? そんなの、個人差や環境の変化でころっと変わるもんだぜ? 脱力して身動き取れなくなって最後には餓死、ってことも十分ありうるだろ……?」

「だからって、あんなものを食べろと……そう言いたいわけ?」


 あくまでも反対の立場で堀江さんが聞き返すと、羽野さんが新たな提案をしてきた。


「別に強制するつもりはねぇが……それを食うにしろ食わないにしろ、まずは分け前は分けておいた方が良いんじゃないかって話よ。その後は自己責任で食うか食わないか決めれば良いんじゃないか?」


 俺も最初は反対側の考えだったが、段々羽野さんの言葉も一理あるように思えてきた。

 本当にやばくなったら、一応食べられる可能性のある物を手元に置いておきたい。……それに、あまりにも利己的で身勝手な話だが……それで誰かが先に毒見をしてくれればって考えが嫌でも頭を過っていく。


「別に良いんだぜ? そんなに嫌なら分け前を放棄しても。あくまで自己責任で、欲しい人だけで分けてしまえば良いんだからよぉ?」


 せせら笑うかのように羽野さんが口の端を吊り上げる。それで堀江さんの顔も明らかに不機嫌になっていく。


「ま、まあまあ……どうするか決めるのは、食堂に行って品を確認してからでも良いじゃないですか?」


 険悪なその雰囲気を石垣さんが仲裁する。その縋るような必死の視線に、やがて堀江さんが渋々首を縦に振った。


「何でそんなに押してくるのか知らないけど……わかったわ。まずは行ってから決めましょ」


 堀江さんが同意を求めるように、俺や姉さんたちを見てそう話を切り出した。俺たちもお互い顔を見合わせてから頷き返す。そして教授を除いた全員で1階の食堂に向かう。


「そういや、あの教授のおっさんにも一応声くらいは掛けておいてやるか?」


 食堂に向かう途中。各エリアの分岐点である最初の部屋辺りを通るときに、羽野さんがふとそんなことを言ってきた。


「……そうね、その方が良いでしょうね」

 反対の意見はなかった。病室棟に立ち寄って、遺体を置いた部屋の前に着く。扉は相変わらず硬く閉ざされていた。羽野さんが先頭に立って扉を軽く叩いた。


「ったく。死体と一緒に過ごすたぁ、気が知れねぇな……。おいっ、教授さんよー! いるかい?」


 羽野さんが何度も扉を叩くが、中から返事はなかった。それどころか物音ひとつしない部屋からは不気味なくらい人の気配を感じられない。


「……いないのか?」


 羽野さんが首を傾げながら扉を開ける。


「なんだ、いるなら返事くらいしたらどうなんだ?」


 ベットに横たわっている大学生の男の遺体。そして反対側のソファーに、力なくうな垂れた教授が座っていた。


「おい、西山さんよ……?」


 俺も部屋の外から中を覗き見ることができた。西山教授の生気を感じられない目が上を向いて、何を見ているのかも定かではない様子だった。そしてソファーにもたれ掛かっている体は身動き一つしない。

 たまに膨らんでは萎むメタボ気味の腹の動きがなかったら、まるで死人か、生命のない人形とさえ思える光景だった。


「今から食堂の缶詰を分配しようと思うんだが、あんたもどうだい?」


 再三に渡る羽野さんの問いにも教授は返事どころか、俺たちの方を見向きもしなかった。

 しばらく返事を待っていた羽野さんだったが、やがて首を横に振っては踵を返す。


「たっく、駄目だなありゃ。完全に壊れちまってるぜ.。。…」


 そして羽野さんは部屋を出て静かに扉を閉めた。そして俺たちに、正確には堀江さんを向いて話した。


「まあ、あのおっさんはまずは放っておこうぜ? 今は何を言っても無駄だな、ありゃ」

「……そうね。気の毒だけど、今は仕方ないわね。後でまた様子を見に来ましょ。それで良いわね?」


 堀江さんが頷きながら、最後は俺や姉さんたちを見て話した。


「わかりました」


 俺はほぼ即答。秋吉さんが頷いて、スミスさんはただ肩を竦めた。姉さんだけが少し渋い顔をしていたが、結局何かを言ってはこなかった。そして着いた食堂、厨房の冷蔵庫の前に人たちが揃う。


「…………」


 冷蔵庫を前にして、皆の口数が減り、やがて完全な静寂が訪れる。

 人たちの目に宿るは期待感。誰かも知らない生唾を飲み込む音がやたらと大きく聞こえてきた。


「そんじゃぁ、開けるぜ?」


 最初に動き出したのは羽野さんだった。彼の手でゆっくりと冷蔵庫の扉が開かれる。


「………………ない」

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