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インサイド・リポート・ゲーム  作者: 冬野未明
2/18

――Day1 06 : 31(上)

 重苦しい空気が支配する部屋の中、誰ひとり口を開こうとはしなかった。

 もうあの爆発から随分時間が経っているように感じる。その長い沈黙に耐え切れなくなったのか、大学生の男が口を開いた。


「な……あのおっさん、本当に死んだのか?」


 自分の足元にまで飛び散った土砂の塊を見ながら話す大学生の男。でも相変わらずそれに答える者はなかった。

 その更なる沈黙に痺れを切らして大学生の男は早口で言葉を繋いだ。


「だってよ。あのおっさんが死んだって、直接見たわけじゃないだろ、別に」


 直接見なくても、あれだけの土砂崩れにあって生き埋めになれば、もう生きているわけがない。そのくらい、あの人も理解しているはず。……いったい何が言いたいんだろ。


「もしかしたら、もう外に出た後で土砂崩れが起こったのかもしれないし、実はあのおっさんがこのゲームの主催側とグルでよ……一芝居してるって可能性もあるんじゃないか?」

「……死んだふり?」


 彼の言葉に秋吉さんが聞き返した。だが教授がそれを強く否定する。


「いい加減お前たちも現実を見ろ! あの男が死んだにせよ生きているにせよ、もう彼の秘密は全部公開されてしまったんだ……少なくとも我々にはな。こんな状況で生死なんて、もはや……」


 最後は言葉を濁して押し黙る教授。それで大学生の男も秋吉さんも同じく口を噤んだ。


「…………」


 俺はもう一度端末を開いた。端末にある『秘密』のフォルダには、俺の以外に『坂谷正仁』という新たなファイルが追加されていた。

 中にはさっき死んだと思われる坂谷正仁さん、彼が今まで横領した金の裏帳簿、通帳の履歴、カード使用履歴などが事細かく記録されていた。そして車やホテルなどの場所で、制服姿の女子と淫行に走るところが全て映っている写真や動画までもが掲載されていた。

 ……それともう一つ。その援交の対象リストの中に、あの秋吉さんの名前があった。坂谷さんが見せた秋吉さんへの妙に親しげだった態度がようやく理解できる。


「多分あのオヤジ、今日の生贄に選ばれてたんじゃないのかぁ?」


 口の端を吊り上げて羽野さんがそんなことを言い出した。その言葉で、さっき聞いたスピーカーの声が脳裏に蘇る。


『それでは午前6時を以って記念すべき初日の暴露対象者が決まるのと同時に、インサイド・リポート・ゲームを始めさせて頂きます』


 さっきまで俺は自分と姉さんが選ばれてなかったことに安心して、それ以上の思考を放棄していた。でも誰かは暴露対象者として選ばれていたはずで、そのすぐ後に坂谷さんが人が変わったかのように取り乱していた……。

 多分、間違いなく彼が最初の暴露対象者として選ばれたんだろ。


「それより、これからどうするかを考えよう……」


 苦々しく打ち出された教授の言葉に、各々の視線が教授に集まる。


「まず、さっき坂谷氏が死んでから送られてきたヒント……これが何を意味するのか、何か思いついた人はないかね?」

「謎々じゃあるまいし、こんなんがヒントかよ……」


 忌々しげに自分の端末を目を落として大学生の男がそう呟く。


「確かに。これじゃ何を言ってるのか、さっぱりわからないわね」


 いつの間に革ジャンを脱いでタンクトップ姿になった堀江さんが相打ちを打つ。俺は自分の端末に新たに作られた『ヒント』のフォルダから、『その一』って名前のファイルを開いた。


『強欲な者らよ、その分を弁えよ』


 怪しげな宗教の経典にでも載っていそうなその文章は、それが何を意味するのか見当もつかない。それが何かの比喩や隠喩だとしても、今のところそれを知るすべはないように思えた。


「姉さんは何か思いついた?」


 出されたヒントに関して議論する人たちを他所に、俺は姉さんの意見を聞いてみた。

 姉さんは頬に手を添えて考えるそぶりをすると、自信なさげな声で答える。


「ん…………節約は大切、とか?」

「……姉さん」


 思わずため息が出る。姉さんらしいといえばらしいその答えに知らずに苦笑が漏れる。


「何よっ」


 俺の反応が気に入らないのか、どこか不満気な姉さんが軽く俺の腕をつねる。


「ここでグダグダ話していても仕方がない。まずはここの探索だろ」


 今まで静観していた米軍のスミスさんが突然他の人たちの会話を遮って話しを切り出してきた。そんな彼の提案に教授が難色を示す。


「しかし……それはあまりにも危険だ。さっきのようなことがまた起こらないとは言い切れないんじゃないかね?」

「だからといって、いつまでこんな狭い部屋の中に全員固まっていてもしょうがない。来たくないなら好きにしろ。俺は俺で勝手にやらせてもらう」


 予想外に流暢な日本語でそう言い切ったスミスさんは、今にも部屋から出て行こうと俺たちから身を翻した。それを教授は必死になって引き止める。


「待つんだ! まずは状況を把握してからでも遅くないだろ!」

「もうこれ以上、ここにいても何の解決にもならない。わからないのか?」


 そう言って睨み合うように対峙する教授とスミスさんの間に険悪な空気が漂う。そしてその均衡を崩したのは羽野さんの一言だった。


「俺も軍人の兄さんに賛成だぜ……?」


 教授が今度は羽野さんを睨みつけて呆れた声で彼に言い返した。


「あんたまで何を言ってるんだ?」

「あのイカレポンチ野郎が言ったことが本当なら、俺たちは正解の出口ってのを見つけない限り、少なくとも13日間ここにいなくちゃならねぇ。教授さんよ……水も食料もなしにどやって13日も過ごすつもりだい?」


 教授の剣幕にも羽野さんは悠々とした表情を崩さない。そして羽野さんの最もな話に、さすがの教授も口ごもってしまう。


「それは……ッ」

「私も賛成よ。今はもっと情報を集めないと話しにならないわ」


 その教授の呻き声にも似た言葉を遮って、今度は堀江さんが探索する意見の方に賛同してきた。そして教授に集まる訴えるような無言の視線の数々。

 結局、教授は深いため息をつきながら渋々と了承の言葉を口にした。


「わかった……。だが、危険なことに変わりはないんだ。全員まとまって一つ一つ調べることにしよ、いいな?」


 その言葉にまで反対の声は出なかった。そして俺たちはようやく、最初に目を覚ました部屋から他の場所へと足を進める。


「んで、これ開けても大丈夫だよな?」


 さっき坂谷さんが出て行こうとした間違った『出口』の右側の扉。大学生の男の質問に一瞬、皆足を止めてドアノブを見つめた。

 ……もしかして変な仕掛けでもあるんじゃないだろうか。いざ門を開けようとしたら、そういう不安が過るのはどうしようもなかった。


「退け、俺が開ける」


 扉の前で躊躇っている大学生の男をスミスさんが横へ押し出した。


「おっ!? お、おい何だよいきなり……」


 強引に押し出された大学生の男がたたらを踏みながら文句を言ってきたが、スミスさんの睨み一つに押し黙って彼から目を逸らす。


「何イラついてんだよ……」


 独り言のようにぶつぶつ言う大学生の男を無視してスミスさんがノブに手を掛けようとすると、他の所から横槍が入ってきた。


「ちょっと待って。私がやるわ」


 そう言って前に出てきたのは堀江さんだった。彼女はドアノブに伸ばしかけのスミスさんの手首を掴んでは真っ直ぐスミスさんを見た。


「女……」


 スミスさんの苛立った声にも構わず、堀江さんはスミスさんと入れ替わるように扉の前に立った。そしてドアノブの前にかがみ込む。


「何か仕掛けがないか、調べてみる」


 そう言って真剣にノブの鍵穴を覗き込む彼女に大学生の男が話しかける。


「調べるだって、どうやって調べるんだよ。それでわかるものなのか……?」


 懐疑的に聞こえる大学生の男の問いに対し、堀江さんは鍵穴から目を逸らさずに答えた。


「道具が限られているから確実に、とは言えないけど……ある程度までならね」


 そう言って堀江さんは自分の髪を束ねていた止め具を外した。そして止め具から細長い工具のようなものを二つ取り出して、それを鍵穴に刺し込む。


「嬢さんよぉ、警備会社勤めだと言ってなかったか? ……それはピッキングツールだろ? そんなもん、よく持ち歩いているな」


 羽野さんが自分の無精ヒゲを撫でながらをそう話しかける。

 それに堀江さんは脇目も振らず、鍵穴にピッキングツールを押し込んだり回したりしながら答えた。


「警備会社勤めだからこそよ。……鍵を失くしたり、電動式のドアが故障したりすると、なぜか私たちにお鉢が回ってく時があるのよ」


 ……なるほど。急ぎで扉を開ける必要がある時に、間違って警備会社に連絡が来ることもあるのか。


「まあ、どうだっていいさ」


 羽野さんがニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる。


「でも、それだけでノブに仕掛けがあるかどうか判別するのは難しいんじゃないですか?」


 制服の彼女……確か、桜井音刃さんだったか。今度は彼女が堀江さんに質問してきた。


「だから、ある程度よ。何もしないより、気休め程度にはなるでしょ?」


 そう言って堀江さんは作業を続ける。それを待つ間、俺は桜井のことが何となく気になって彼女を目で追っていた。


「…………」


 桜井は静かに佇んで作業する堀江さんを見ていた。姉さんとほぼ同じか、それより少し低いくらい身長。長い黒髪に大きい瞳は、一目見ただけでも印象に残るような顔立と言えた。そして妙に透き通る澄んだ声の持ち主でもある。

 だからという訳ではないが、俺は少しだけ彼女の事が気になり始めていた。……より正確には、何かが引っかかっている感じだった。


「特に異常はなし。ただ開錠された扉のようね」


 俺が考え込んでいる間、扉を調べ終えた堀江さんが立ち上がる。そして何の躊躇いもなくノブに手を掛けてそれを回した。


「お、おいっ!?」


 それを見て教授が一歩後ろに跳び退く。だが特に何かが起こることもなく扉が開き、その向こう側の光景が目に入ってきた。


「……おいおい。何なんだ、ここは」


 大学生の男が困惑した声でそう呟く。

 扉を開けた先は俺たちがいる部屋同様、真っ白く塗られた廊下が伸び伸びと続いていた。点々と付けられた天井の明かりに照らされた薄暗い通路は異常なほど不気味さを醸し出していた。そして廊下の両側には一定の間隔で部屋が設けられていて、その数は軽く10や20を超えていた。


「……fuck」


 電球が切れ掛かっているのだろ。天井の明かりが不規則に点滅していた。

 スミスさんはそれを苛立ちげに睨んだ後、悪態を口にしながらズカズカと廊下に足を踏み入れた。そして一番手前にある部屋の扉を無造作に開いて中に入っていく。


「おいっ、勝手に入るんじゃない!」


 教授が慌ててスミスさんの後を追う。俺たちも恐る恐る開いた部屋の外に集まって中を覗き込んだ。


「何なの、これ……気持ちわるっ」


 秋吉さんがぽつりとそう呟く。彼女の言う通り、部屋の中はあまり綺麗な状態とは言い難かった。

 散乱している家具。床に落ちている布団は埃を被って色褪せている。そしてベットのマットは鋭い何かで切り裂かれたかのように真一文字に破けて、その中身が辺りに飛び散っていた。


「……いったい何の部屋だ、ここは」


 その何とも許容し難い不気味な部屋の光景に、石垣さんも眉間に皺を寄せてそう呟く。そして意外なところからその答えが返ってきた。


「病室、じゃないのかな?」


 俺は思わず目を見開いて姉さんの方を見た。そしてなぜか姉さんの腰に、いつの間にか名前が百合だと言っていた少女がくっついていることに気がづく。


「……姉さん、どういうこと?」

「だって、部屋の前にネームプレートがあったし。それに、何となく雰囲気が似ている……かな? 物があまりないからそう感じたかも」


 姉さんは苦笑いを浮かべて、あまり自信なさそうにそう言ってきた。


「そう言われれば、確かに……何となくそんな感じはするわね」


 顎の下に手を添えて何かを考えていた堀江さんが姉さんの話しに頷いて答える。


「さすが、現役の看護士!」


 大学生の男がおちゃらけた調子で流し目を姉さんに向けてきた。……不愉快だ。


「それより、これをどう思う?」


 今度は最初に部屋に入ってきたスミスさんが話を振ってきた。それで自然と皆の視線が彼が指差した先に集まる。

 そこには小さなテーブルの上に透明な液体が入っているペットボトルが一つだけ置かれていた


「水……なんじゃない、それ?」


 秋吉さんが首を傾げながらそう答える。


「ラッキーじゃん。丁度喉渇いたんだよな~」


 大学生の男がそのペットボトルを掴み上げて笑う。その容器の中で揺れる水を見て、俺も初めて喉の渇きを覚えた。

 ここに連れて来られてどれくらいになるかは知らないが、随分時間が経ったように感じる。


「でもそれ、飲んで大丈夫なわけ?」


 不安そうに聞き返す秋吉さんの言葉に一抹の不安が過る。確かにあんな得体の知れないものを不用意に飲んで大丈夫なのか……そこには何の保障もない。


「それに、それ一つでここにいる全員が13日も過ごすのは無理よ」


 堀江さんの指摘に大学生の男が不満げに言い返した。


「んだよ……じゃ、これは捨てちまおうってか?」


 その言葉に皆が押し黙る。何にせよ、すぐここから出られる保証がない以上、飲める水を確保する必要性は皆も感じているはずだ。

 でも……もしあれを飲んで、万が一のことがあったらと思うと中々容易に決断できる問題でもなかった。


「私が飲んでみます」

「姉さん!?」


 その沈黙を破って前へ進み出た姉さんに、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。


「私が飲んで、大丈夫かどうか確かめてみれば安心でしょ?」


 姉さんが平然とそんなことを口にする。俺は唖然として姉さんを見つめた。


「おいおい、看護師の姉ちゃんよ……。それはちょっと危険すぎやしないか?」


 羽野さんに続いて教授も難色を示してきた。


「そうだな……松永すみれさん、だったな? それでもしものことがあったら誰も責任なんか取れんぞ?」

「わかってますけど、誰かが確認する必要はあると思うんです」

「しかし……」


 姉さんが折れないことを見るや、また皆が押し黙った。そしてそれ以上の反対や引止めの言葉も出てこない。

 ……わかっている。皆思っているはずだ。自分じゃない誰かが犠牲になってあの水が安全か確かめてくれるなら、それに越したことはないと。


「姉さん……」

「大丈夫よ、和也」


 俺の呼び止めにも、姉さんはいつものように微笑んで答えるだけ……その笑顔を見てようやく決心がつく。


「俺が飲みますっ」

「お、おうッ何だよ」


 俺は大学生の男からペットボトルを奪い取って蓋を開けた。

 ……姉さんはああ見えて一度言い出したら中々話を聞かない性格だ。姉さんが飲むくらいなら、俺が飲んで確かめる!


「和也!?」


 驚く姉さんの声。それに構わずペットボトルを傾け、その中身を少しだけ口に入れる。


「あいつ、マジで飲みやがった……!」


 大学生の男が目を見開いて俺を見てきた。他の人たちも緊張した顔立ちで俺に注目する。俺は口の中にある水をゆっくりと飲み込んだ。


「…………」


 喉を通る感触は普通の水と変わらないように思えた。

 でも、これでもし死んでしまったら? ……俺が死んだら、自分の秘密が公開され姉さんにも迷惑が掛かる。それに……まだ死にたくはない。背筋に冷たい汗が流れ落ちるのを自覚する。


「和也……大丈夫、だよね?」


 姉さんが血の気が引いた青ざめた顔で、俺の顔に手を添えて覗き込む。それで意識が現実へと戻る。

 そして……特に体に異常はなかった。


「大丈夫。何ともないよ」


 それを聞いてしばらく、やっと安心したらしく姉さんが深いため息を吐いた。それにつられて周りの緊張も徐々に弛緩していく。


「ったくよ……ガキが、脅かしやがって」

 大学生の男が憎まれ口を言いながら笑い出す。その反面、まだ若干固い表情の教授が俺に聞いてきた。


「本当に大丈夫かね?」

「はい、今のところは」

「そうか……。だが、今後はあまり勝手なことはしないようにな」


 最後は厳しい口調で言い含める教授に、今更ながら自分が取った無茶な行動に苦笑が漏れる。我ながらよくもまあ、あんな行動が取れたものだ。


「何だよ……自分は何もしてないくせに、偉そうにしやがって」

「何だと!?」


 嫌味を言う大学生の男に教授が怒りのこもった声で聞き返す。また親子二人の間に険悪な空気が流れそうになるのを、堀江さんが話しに割って入った。


「とにかく、彼のお陰で水の件は大丈夫だとわかったし、他の部屋も見て回りましょ」

「……おふん! まあ、そうだな」


 取り繕うように喉声を出す西山教授。そして皆が部屋を出て行く。俺もそれに続こうとすると、姉さんが俺の腕を掴んできた。


「姉さん?」


 頬を膨らませた姉さんが手を伸ばすと、俺の鼻を摘んで引っ張る。


「な、なに……?」

「心配したんだから……もうっ」


 そう言って姉さんが俺の顔からゆっくり手を離した。


「もう二度と、あんな無茶なことしないで……本当に」

「……ごめん」


 切なそうに聞こえる姉さんの声に心が痛む。でもそれは俺も同じ気持ちだから……だから、せめて自分が飲んで確かめようと思ったんだ。


「二人とも、行くわよ」


 扉の外で堀江さんが俺たちを手招きする。それを見て俺も姉さんも慌てて部屋を出る。


「おい! こっち、見てみろよ!」


 廊下に出ると、反対側の部屋から大学生の男の声が聞こえてきた。

 皆で部屋を覗くと、中はさっき俺たちが出てきた部屋と同じ作りの、似たような風景の部屋だった。そして得意げな顔をした大学生の男が、俺たちにある物を見せびらかせる。


「これ、さっきと同じものだろ?」


 彼の手には、俺が飲んだ水のペットボトルと同じ物が握られていた。


「その部屋にもあったのね」


 腕を組んで扉の縁に立っていた堀江さんが何かを考え込む顔でそう答える。そして廊下の奥の方からも声が聞こえてきた。


「こっちもあったぞ!」


 廊下の方に戻ると、スミスさんが両手に大量のペットボトルを持って現れた。皆目を見開いてそれを見つめる。


「迂闊に歩き回るんじゃない、何かあったらどうするんだ!」

「どうやら部屋ごとに水があるみたいだ。しかもご丁寧にテーブルの上に不自然に置かれてる」


 教授の文句を軽く無視して、スミスさんはその水のペットボトルを一本ずつ俺たちに渡してきた。

 その一方で、自分の言葉を無視された教授は明らかに顔を歪めて不満そうな顔になる。


「でも不自然って、何が?」

「……この二部屋を見た感じだと、部屋にあるものは全部ひっくり返ったように倒れて散らかっていました。その中でテーブルだけが正常に置かれて、その上に水のペットボトルが置かれているのが不自然……ってことじゃないでしょうか」


 秋吉さんの疑問に桜井が答える。そして堀江さんが話を続けた。


「なるほど……どうやら私たちにこれを飲めと。これはこのゲームの主催者から提供された物とみて間違いなさそうね」

「……私たちに、ですか?」


 未だに怯えた表情の優奈さんが聞き返すと、堀江さんが頷きながら補足した。


「ええ。このゲームのクリア方法は正解の『出口』を見つけて脱出するか、ここで13日間生き延びるか、だったわよね?」

「それが……これとどう関係するというんですか」


 石垣さんが自分の手に渡ってきた水のペットボトルを見ながら言う。


「少なくともこのゲームを成立させる為に、私たちが13日間生きられる環境を整えているはずだってことよ。……それはあなたの方が詳しいんじゃないかしら、犯罪心理学の教授さん?」


 堀江さんがそう言って西山教授の方に視線を向けた。それにつられて他の人たちの視線も教授の方に集まる。

 それで教授は我が意を得たりと、得意げに説明を始めた。


「ああ、この手の犯罪は自分が設けたルールに則って犯行を犯す傾向が強い。だから犯人にとってルールは絶対だ。それが破れるのを極端に嫌う。……従って自分のルールに嘘はつかない、そう見てまず間違いないだろな」

「それじゃここから脱出するか、13日間耐えれば……このゲームをクリアさえすれば、本当にここから出られるんですか?」


 優奈さんが身を乗り出して教授に質問してくる。その妙な気迫に教授は少したじろぎながら答えた。


「あ、ああ……。確約はできないが、恐らくは」


 そんな教授の話を聞きがてらペットボトルの蓋を開けて水を飲んでいた大学生の男が突然顔をしかめた。


「ちっ。それにしても温いな、これ……」


 そう言って彼はペットボトルを無造作に床に投げ捨てる。蓋をしてないペットボトルから、残っている水が零れて床を濡らしていく。

 教授がそれを見て怒りを顕に大学生の男を怒鳴りつけた。


「翔、何をする! ちゃんと持っておかんか!」

「別にいいだろ、今は? いくらでもあるんだし、後でまた回収しに来ればいいだろが」


 教授の剣幕にも大学生の男はただ肩を竦めてそれを受け流す。


「それもそうね」


 それに同調して秋吉さんも自分が持っていたペットボトルを床の隅に置いた。それを見て教授の顔が見る見る赤くなっていく。


「お前たちは……ッ!」


 さらに教授が何か言おうとしたとき、廊下の向こう側から羽野さんの声が聞こえてきた。


「おーーい! こっちに面白いもんがあるぜー?」


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