――After 3 Months
あれから3ヶ月が過ぎた。
あの時、人里離れた山奥の森を無我夢中で駆け下りて何とか舗装された道まで出た俺は、運よく通りかかった車に助けられた。そしてそのまま意識を失い入院……目が覚めたのは丸二日が経った後だった。
栄養失調気味なのと、擦り傷や火傷を理由に医者に止められたが、俺は目を覚ましてすぐ警察に駆け込んだ。そして人が拉致されたことや殺されたことを全て話した。
……だが、警察は俺の話を信じてはくれなかった。俺は何度も何度も真剣に説明したが、その度に彼らは俺を頭のおかしい奴を見る目で同情するだけだった。
だったらと、証拠になる手掛かりを得るため、俺は記憶を辿って自分が監禁された施設を探し出そうと奔走した。でも結局、その病院の跡らしきものさえ見つけられなかった。まるで最初からそんな施設なんて存在すらしなかったように……そこには何もなかった。
そして地元に戻ってから本当の悪夢が始まる。いつも姉さんと過ごしてきた家に、もう姉さんがいないという現実に打ちのめされた。姉さんとの思い出でがいっぱいの家にいると、今でも姉さんが帰ってくるんじゃないかという淡い期待と現実との乖離で気が狂いそうな日々が続く。
さらに、俺は通っていた学園からも無期限停学の処分を受け渡された。姉さんとの秘密が公開され、それが学園でも噂になり始めたからだ。世間一般での倫理的な問題を理由に学生たちの親から抗議が殺到すると、困り果てた学園側はそういう処分を俺に下したのだ。まあ元々家に戻ってきて以来、学園には一度も行ってなかったから今さらそれはどうでもよかったが……。
あの施設で出会った人たちの事も調べた。優奈さんと石垣さんの事は雑誌と週刊誌で大きく取り上げられていた。そして彼らは今、世間では愛の逃避行に出たと噂されている。
そして学会の方では西山教授の論文代筆疑惑が出て、彼は海外に逃げたという推測が立っていた。
堀江さんの場合、名前は伏せていたが産業スパイによる企業の情報漏洩のニュース特番が何度も出た。
同じくヤリサー問題と若者の薬物中毒問題が新聞の片隅に載っていて、また記者間の競争やすっぱ抜きの問題点なのも取り上げられていた。
最後にブライアン・スミスは指名手配犯として捜索が行われている。
ただ……誰一人、その人たちの死をわかってくれる者はいなかった。全てはあの声が言っていたように、ただ数多く存在する失踪者の一人として処理され、大きい社会の歯車の中に埋もれてしまう……それだけだった。
無気力な日々が続く。結局、学園からは退学の処分が下された。まあ表の名目だけは俺の自主退学となったが。
でもその時にはもうそんなことは気にもならないくらい、心は荒みきり疲弊していた。ただ惰眠を貪り、目を覚ましては姉のことを思い、また疲れて気絶するように眠る、ただその繰り返し。
自殺も考えた。いっそ死んで姉さんとまた会えるならと、俺は本気でそんなことを考えるようになっていた。でもその試みは毎度失敗に終わっている。
それは最後まで俺が生きることを望んだ姉さんを思ってのことか、ただ単に俺が臆病なだけが……今となっては、それすら曖昧だ。
『……うん。学園は? 大丈夫だった? ……今日は早く帰れるから、和也が好きなトンカツでも食べに行こうか?……』
もう解約されて久しいスマホに録音されている姉さんの声を何度も何度も繰り返して聞く。
今日も俺は死に切れず、ただ家に戻る最中だった。
隣の県にある自殺スポットまで足を伸ばしてみたが、ヘタレな俺は今日もまた死ねないまま。無駄な体力だけ使って、心はその倍は疲れてしまっていた。
「………………あっ」
しばらく使ってない喉から、枯れた老人のような声が出てくる。何ヶ月も誰とも喋ったことのない俺が思わず声を出すほど、それは驚きの出来事だった。
……遠くに見える電車乗り場。そこを歩く人混みの中に、その横顔だけでもはっきりとわかる印象的な長い黒髪の彼女を見つけたのだ。
「……桜井」
そのときになってやっと、この場所が彼女が通う学園と割と近かったことを思い出す。
俺は無意識に足を速めて、やがて走り出した。
「はあはあはあはあはあ…………ッ!」
久しぶりの激しい運動に肺が悲鳴を上げる。
でも俺が駅のプラットホームに降りたときは、桜井の姿はどこにも見当たらなかった。結局俺はそのまま電車に乗って帰路につく。
――そして、その電車の中で、解約して鳴るはずのないスマホが音を立てて鳴り始めた。
『発信者非通知』
何故、電話が鳴っている? そのあり得ない現象に、俺は恐る恐るスマホを耳元に近づけた。
「…………願いは、決まりましたか?」
この声……! 忘れられないその声を聞いて目を見開く。
今頃になって奴から連絡がくるとは思ってもいなかった。俺は一気に荒くなった呼吸を落ち着かせる為に目を閉じた。
視界が遮断されると、電車が揺れる音と人々のわずかな話し声が耳に入ってくる。
「そろそろ欲しいものの一つ、できたかと思いましてね」
また耳元で囁く奴の声に、俺は思わず口の端を吊り上げた。精神異常の犯罪者が律儀なものだと、心底おかしくて堪らなかった。
……実は、彼の声の言う通り、俺には切に願うことが一つだけできていた。
「俺を……次のゲームに参加させろ」
「……ほう」
俺の答えが意外だったのか、声の主が口を閉ざす。俺は続けて彼に言った。
「とぼけるな。お前が……お前たちが、あの時だけあんなゲームを設けたとは思えない。……今まで何度もやってきたことだろ……っ」
複数の人を同時に拉致する組織立った動き、あのような施設をまるまる用意できる資金力、人のプライバシーを丸裸にしてしまう情報収集力。そしてそれらの手際の良さは、何度もあのゲームを繰り返していないと説明がつかない。
それに俺は確かに見た。端末の『ルール』に書かれた『今回のゲーム』という文句を。それが何よりの証拠だった。
「……わかりました。貴方がそれを望むなら、松永和也さん……貴方を次のステージにご招待しましょ」
それを最後に電話が切れる。スマホをしまって、俺はとうとう堪えきれず声を上げて笑い出した。周りの乗客の目も気にならないくらい、久しぶりに感じる愉快な気持ちだった。
何故ならこれで……これでやっと、あいつらを探し出して始末する目処が立ったから。あの狂ったゲームを作り上げた奴らの尻尾を掴んで、必ずこの世から消してやる……一人残らず。
俺の新たなゲームの幕が今、上がろうとしていた。
Prologue end & New game starts......