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インサイド・リポート・ゲーム  作者: 冬野未明
15/18

――Day3 13 : 17(上)

 あれから百合ちゃんを除く3人交代で、一人はモニター画面を監視して残り二人は隣の院長室で仮眠を取ることにした。

 その間スミスさんたちも隣の施設内をウロウロしているだけで、中々こっち側に渡ってくる気配を見せなかった。

 そうやって何度目かの見張りの順番が回り、俺が自分の番を終えて仮眠を取ろうとしていた時だった。


「松永君、来て! あの二人がトンネルに入ってきた」


 ついさっき交代してモニター室に入った桜井が急ぎ戻ってきてそう告げる。俺は隣で寝ていた姉さんと百合ちゃんを起こして、急ぎ足でモニター室に移動した。


「見て……あそこ。トンネルが映ってる方」


 桜井が指差すスクリーンのカメラ映像には、俺たちが塞いでおいた扉を開けようとするスミスさんと秋吉さんの姿が映っていた。

 スミスさんは羽野さんから奪った鍵で扉のロックを外すと、扉に体当たりしで積み上げておいたバリケートを少しずつ崩して隙間を作る。そしてとうとうこっちの施設内に入ってきた。


「……皆、準備はいいか?」


 俺は振り返って姉さんと桜井たちを見回した。彼女たちは緊張のせいか少し強張った顔立ちで、それでもしっかりと頷いて答える。


「……どの階段を使って2階に上がってくるのか確認して、あの二人が2階に上がって来たら、ここを出て反対側の階段から下りるよ」


 俺の言葉を最後に、皆が口を噤んでモニター画面に集中する。

 やはり彼らもこっち側に来るのは初めてらしく、辺りを警戒しながら徐々に階段を上がってきていた。俺もその姿を唾を飲み込んで見つめ続ける。


 地下1階……地上1階……そして2階に繋がる階段へと、じれったさを押し殺してただ見つめる。

 そして通路の左端の階段で2階へ上がってくるスミスさんたちを確認して、モニター画面から背を向け静かに告げた。


「俺たちも行こう」


 モニター室を出てそっと扉を閉めて、音に気をつけながら右端の階段を使って下の階に下りていく。

 先頭に俺、次が桜井、最後に姉さんと百合ちゃんが続く。そして2階に下りると、スミスさんの苛立った声が通路の反対側から聞こえてきた。


「くっそ、なんて広さだ! ……これじゃ埒が明かない」


 その声からして、あっちの二人との距離はかなり離れていることがわかる。

 幸い階段の辺りは通路からは見えにくい位置にある。俺は手と目で合図して静かに1階に通じる階段へと移動を始めた。


「あ……!」


 突然、百合ちゃんが驚いた声を出した。その直後、彼女の端末が地面に落ちて廊下の真ん中まで転がる。

 その端末が床にぶつかる音と擦れる音がやたら大きく廊下に響いた。


「ん? ……おい、あっちで何か音がしたぞ」


 スミスさんの警戒するような鋭い声。そして何を思ったか、百合ちゃんが自分の端末を拾おうと廊下へ歩いていくのが目に映った。


「ま、待って百合ちゃん……っ!?」


 声を押さえ百合ちゃんに呼びかけながら後を追う。でも時既に遅く、百合ちゃんの肩を掴んだときはもう廊下のど真ん中に入った後だった。

 そして恐る恐る横を向くと、遠くの廊下の端にあったスミスさんと、はっきり目と目があってしまう。


「お前ら、そこにいたか!」


 大声を上げて俺たちの方に振り向くスミスさんを見て、俺も同時に叫んだ。


「皆、走れっーーッ!!」


 桜井と姉さんが先に走り出した。俺も百合ちゃんを抱え上げて階段を駆け下りる。


「待てっ! 止まれっ貴様!」


 怒声に続く拳銃の発砲音。長い廊下に反響するその音で耳鳴りがする。

 でも後ろを振り向く時間も勇気もなかった。ただ前だけを見て走り続ける。


「和也、大丈夫!?」


 1階に下りて、また地下1階から2階へと階段を下りると姉さんたちが俺を待っていた。


「私と代わる? 百合ちゃんは私が連れていくから」


 姉さんが俺の腕の中で泣きじゃくる百合ちゃんを見てそう言ってきた。

 片手で端末を手に握り締め泣く彼女を見て、誰のせいでこんなことになったのかと、どうしようもなく苛立ちが募る。


「百合ちゃん、まだ走れるよね? もう少し頑張ろうね?」


 姉さんが俺の腕から百合ちゃんを抱き下ろして彼女に言い聞かせる。

 それだけで嘘のように泣き止む百合ちゃんに、俺は一瞬今の状況も忘れて呆れてしまう。そして向こうから桜井の叫ぶ声が聞こえてきた。


「松永君、何してるのっ!? 早くこっちに!」


 後ろから階段を下りる足音が近づいてくる。

 俺たちは桜井が開けておいた扉から地下トンネルに飛び出た。そして目標の階段があった扉がいる場所までひたすらに走った。


「逃げても無駄だ! お前ら全員、探して出してぶっ殺してやる!」


 天井の高いトンネル内を木霊するスミスさんの声。

 必死に逃げ回る俺たちに比べて、スミスさんの方はまるで狩でも楽しむかのように俺たちと離れすぎない程度の距離を維持したまま後を追ってきていた。それがまた俺の不安と恐怖を扇ぎ立てる。


「……!! 見えてきた!」


 そうやって走り続け、息をするのも苦しくなってきたところで、例の扉を見つけた俺は思わず声を張った。

 その錆び付いた扉を力で無理やり押して開けると、それは甲高い悲鳴のような金属の擦れる音を発した。


「早く、中に!」


 最初に姉さんたちと桜井を入れて、最後に俺も中に足を踏み入れた。

 暗い階段を端末の光を頼りに何とか駆け下りる。下に進むにつれ例の機械の音も段々と大きくなってくる。そして階段を下り切ると、俺たちは広い空間に出た。


「ここは……」


 赤く点滅する照明に照らされ、巨大な機械の群れが不協和音を奏でていた。

 そして入り口近くに列をなしている燃料タンクから漂ってくるガソリンの匂いが鼻を突く。


「発電所……みたいな場所、か?」


 施設内に送られる水や電力がどこから来ているのか謎だったが、どうやら動力源はここだったらしい。

 けたたましい機械の音を耳にしながらそんな感想を抱いていると、その騒音に混じって後ろの階段から足音が徐々に大きくなってくるのが聞こえた。


「皆、早く隠れろっ!」


 部屋の中を埋め尽くす積荷と機械の山。俺たちは各々その影に隠れて息を潜める。そしてすぐ後に、乱暴な音を立てて入り口の扉が開かれた。


「追い詰めたぞ……もうお前たちに逃げ場はない」


 得意げな声で話すスミスさんが部屋の中に入ってくる。そして辺りを見回すと、口の端を吊り上げて笑った。


「ふん、袋のネズミが。それで隠れているつもりか」


 一瞬、俺たちがいる位置がばれたのかと心臓が止まりそうになる。

 でも彼は別段俺たちがいる方を見てはいないし、何よりこの暗さだ。そうそうに人影なんて見分けがつくとは思えない。


「お前は入り口を固めろ。……前のように逃すんじゃないぞ」

「は、はい……」


 秋吉さんに指示を飛ばして、スミスさんが拳銃を構えてゆっくり歩を進める。

 ……どうやら彼は虱潰しに物陰全てを調べて回るつもりのようだ。段々荒くなる息をなんとか押し殺して考える。

 やっとここまで来たのに……彼の言う通り、今の状態は完全に袋のネズミだ。このままだと発見されるのは時間の問題でしかない。


「…………」


 隙のない動きで慌てずじっくり辺りを調べ回るスミスさんを物陰から覗く。俺の隠れている場所から姉さんたちの姿は見えない。

 ……俺は懐から堀江さんの持ち物だったピッキングツールを取り出して強く握り締めた。


「…………」


 その鋭い先端を手で触って確かめる。このまま悩んでいてもジリ貧になるだけ……覚悟を決めるしかない。

 もう一度スミスさんの位置を確認する。……目的は何よりあの拳銃だ。拳銃を落とさせて俺が先に取ってしまえば状況は逆転できる。

 でも彼と俺との体格差は断然とした開きがある。ちょっと体当たりするくらいじゃビクともしないのは経験済み。なら、これを使うしかない。


「…………ッ」


 心臓がうるさく跳ねる。俺は機会を伺ってスミスさんがこっちに近づくのを待った。

 狙うのは腕か腹部……そこを刺す。驚いて拳銃を落としたらラッキーだし、そうじゃなくても拳銃を奪うチャンスくらいは生まれるはず。その後は臨機応変、重要なのは拳銃さえ奪えばいい。

 

 そして丁度彼が俺の横へ来て、俺が隠れている場所の反対側に顔を向けたときに物陰から飛び出した。


「っッ!!」


 歯を食いしばって思いっきり握っていたツールを彼の腕目掛けて振り下ろす。筋肉の塊にナイフが食い込むような嫌な感覚。

 その生々しい感触に驚いて、思わずツールを掴んだ手を離してしまう。


「くああああーーっっ!?」


 自分の腕に深々と刺さったそれを見て、スミスさんは痛みに悶えながら拳銃を振り落とした。それで我に返った俺はそれを拾おうと動く。


「くっそ……ガキがっ!!」


 だがスミスさんが振り出した拳に顔を打たれ、半回転しながら地面に顔を埋めてしまう。


「くっ……ッ!」


 その衝撃で軽く飛んでしまった意識が戻ってくる。体を起こそうとするが、すぐスミスさんの靴が俺の頭を踏みつけてきた。

 体重を乗せた上からの圧力に、顔が冷たい床に食い込む。


「和也!!」


 姉さんの叫ぶ声。でも俺は顔を向くことすらできなくて、ただ潮笑うかのようなスミスさんの声を聞いているしかなかった。


「はっ! そこに隠れていやがったか……でも、もう遅い」


 俺はなんとか目玉だけ回して、飛んでいった拳銃の在り処を探す。そして見つけた……入り口の近く、丁度秋吉さんの足元に拳銃が転がり落ちているのを。


「おい、早くそれを寄越せ。こいつの頭をぶっ飛ばしてやる」

「くぅぅ……ッ!」


 何とかもがいてみるが頭を踏みつける力が更に増しただけで相変わらず身動きできない。その間に秋吉さんがゆっくりと落ちた拳銃を拾い上げた。


 絶望が広がる……どうしようもなく。こうやって死ぬのかと自問するが、当然答えなんか返ってくるわけもなかった。


「待って、和也を殺さないで! 私なら、何でもするから……だからっ!」

「うるさい、黙ってろ! ……お前の相手は後だ」


 姉さんが懇願するがスミスさんはそれを一喝して黙らせた。そして秋吉さんを催促する。


「おい女、何をぐずぐずしている。早く銃をよこ……」


 余裕綽々だったスミスさんが急に口ごもった。それに違和感を感じてなんとか視線だけ動かして秋吉さんの方を見る。

 そこには震える手で拳銃を構え、その銃口を彼……スミスさんに向けている秋吉さんの姿がいた。


「貴様……俺を、裏切るのか。……貴様ーーッ!!」

「うああああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 スミスさんの怒りに満ちた叫びと秋吉さんの悲鳴に似た奇声が重なる。そして何度も何度も続く銃声。それに耳の感覚がおかしくなる。


「くぅううぅうッ…………うぅッ」


 そして銃声が鳴り止むと、スミスさんは呻き声と共に俺の体を被せるようにして倒れた。慌てて彼の体を退かして立ち上がる。

 そして見た……スミスさんの服にゆっくり広がる赤黒い染みを。何発も銃弾を食らって彼は既に絶命していた。


「はあはあはあはあ………………」


 荒い呼吸を繰り返す秋吉さん。もう全弾撃ちつくして弾の入ってない拳銃の引き金をただ機械的に引き続けていた。

 その引き鉄が締まる音が部屋の騒音に混じって何度も何度も続く。


「秋吉……さん……?」


 恐る恐る彼女の名前を呼ぶと、ようやく我に返った秋吉さんが俺の顔と倒れたスミスさん、そして自分が持っている拳銃を順々に目で追っていく。そして顔を歪ませて涙した。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ッ!」


 誰に対してかわからない謝罪の言葉を繰り返して泣きじゃくる秋吉さんに、姉さんも桜井も物陰から出てきた。


「秋吉さん……いったい、何があったの……?」


 姉さんの問いに、秋吉さんは泣きながら取り留めのない話を切り出した。


「あたし……彼女に助けてもらって……それなのに、何もできなくて……あいつの言うこと聞くしかなくって、それで……うぅぅッ……うあああぁぁぁぁんッ!!」


 途切れ途切れでなんとか言葉を繋いでいた秋吉さんは、やがて悲痛な叫びと共に泣き崩れた。

 

 ……詳細まではわからないが、何となく事情が読めてきた。

 まず、秋吉さんがスミスさんに従っていたのは本意ではなかったこと。そして多分、堀江さんはスミスさんに目を付けられた秋吉さんを助けようとして死んだ……そういうことだろ。


「秋吉さん……」


 俺が彼女を落ち着かせようと彼女に一歩近づいた――その時だった。

 

 突然雷のように耳を打つ衝撃音と共に、秋吉さんの体が何かに轢かれたかみたいに吹き飛ばされる。

 そして吹き出した硝煙が晴れると、部屋の入り口には西山教授の姿があった。


「よおう……元気にしていたかい、諸君?」

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