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インサイド・リポート・ゲーム  作者: 冬野未明
14/18

――Day3 06 : 06

 羽野さんを横に寝かせて、辺りに散らばっているダンボールの中から布を探し出して彼の遺体に被せる。

 そうしていると案の定、例のスピーカーから音声が流れてきた。


「……羽野輝明。フリーの記者を名乗ってきましたが、今まで彼がやってきたものは悪質そのものです。パパラッチ当然の陰湿な取材方法を取り、度重なるすっぱ抜き記事やネタの横流しなど、それらを一々数えてはキリがない。人々の知る権利を盾に彼が書いてきた記事で、多くの人たちが被害を被ってきた。さらに自分の言いたいことを主張する為なら真実を捻じ曲げ、都合のいいものだけを羅列する悪辣さは、まさに正すべき社会悪そのもの……そんな彼が今、死にました」


 スピーカーの声を片耳程度に聞き流しながら端末を操作する。

 もう、あの狂人の言うことなんかに付き合うのすら馬鹿馬鹿しい……ッ。


『救いを求めるオルペウスよ。神の怒りを恐れるならば、這い蹲りその頭を垂れるべし』


 羽野さんが自分の秘密を公開してくれたおかげで届いたヒント、その意味を考える。


「オルペウス? オルペウスって、確か……」

「ギリシャ神話に出てくる吟遊詩人だね」


 同じく端末を見ていた桜井が代わりに答える。


「確か妻のエウリティケを生き返せる為に冥府に下りる……そんな話だったよな」


 救いを求めるオルペウス……俺たちがそのオルペウスってことか? 後半の件はパッと見た感じでは理解できない。

 でもオルペウスが俺たちでを比喩しているのなら、思いつ当たることが一つだけあった。


「なあ……俺たちをオルペウスに置き換えると、妻を助ける為に地下世界に下りていったオルペウスのように、俺たちもこの施設で一番下の方を目指すべきなんじゃないかな?」


 俺は桜井や姉さんたちを見回して自分の見解を述べた。


「どういうこと?」


 桜井が聞き返す。俺は自分たちが塞いだ扉の方を見ながら説明した。


「さっきトンネルで通り過ぎた扉……下に続く階段があっただろ? そこが気になるんだ」


 さっきはその不気味な印象と緊迫した状況のせいで素通りしたが、今のヒントを見る限りそこに何かあるような気がしてならなかった。


「でも……今そこに戻るのは危険じゃないかな?」


 姉さんが不安そうな声でそう言ってきた。

 ……今のところ、スミスさんたちが俺らを追ってくる気配はない。でもいずれここに乗り込んでくることは明らか。

 それにせっかく積み上げたバリケートをまた崩すのも骨だ。何より今トンネルに戻って真正面で彼らと遭遇でもしたら目も当てられない。


「……仕方ない。まずはこっちに何があるか調べてみよ」


 俺は残る未練を断ち切って扉に背を向けた。


「ただ、あまり詳しく調べる余裕はない。他の場所に繋がる扉か階段、それと『出口』があるかどうかだけ確認しよ」


 それから俺たちは新しい施設の調査を始めた。一つの階を調べ終えたら次の階へ移動し、そこを調べてまた次の階にといった手順で施設の構造把握に努める。

 そして地上3階……勿論ここが地上かどうか定かではないが、とにかく階段を四度上がってきて、ようやく一息つく。


「どうやら、ここが最後のようね……」


 階段を上がり切って姉さんが疲れた声でそう言った。


「そう、ですね……もう、上に上がる階段もないようだし」


 さすがに桜井も疲れを隠しきれないらしく、壁にもたれ掛かって少し荒くなった息を整えていた。

 俺も体を休めながら今まで調べてわかったことを頭の中で整理する。

 

 大まかに区分けして、こっちの施設は地下2階から地上3階までの作りで、俺たちがトンネルから入ってきた地下2階が倉庫。地下1階がスポツ施設。地上1階が応接室と教室。地上2階が病室だった。

 

 地下2階と地下1階を繋ぐ階段は一つだけだが、地下1階から地上3階までは通路の両端に階段が一つずつ、計2箇所存在していた。

 それと地下2階に一つ、地下1階に一つ、地上1階に三つ、地上2階に一つの『出口』を見つけた。


「多すぎるし、広すぎる……」


 自然と口から愚痴が漏れる。正直ざっと見ただけでも、俺たちが元々いた施設より面積が格段に広い。これを細かく調べるには、今の俺たちでは体力的にも状況的にも無理な話だった。

 そして何より『出口』がこっち側に集中していることに辟易する。


「この階にも『出口』が二つ……あるようね」


 中央通路の反対側を見て桜井がそう言ってきた。

 彼女の言う通り、今上がってきた階段のすぐ隣に『出口』が一つ、そして通路の反対側の突き当たりにも『出口』と書かれた扉が見えていた。


「でも、思ったんだけど……ここも同じ病院の施設なんじゃないかしら」


 周囲を見回して姉さんがそう言った。

 確かにジムのような場所があったり、黒板のある教室があったりと怪しいところもあったが、ここが精神病院で長期入院患者もあったと考えれば、そういう施設があるのも頷ける話ではある。


「……ちょっと待って。今まで見つけた『出口』の数、1個足りないんじゃないか?」


 俺は頭の中で計算していた『出口』の位置とその数に相違があることに気づいてそう話した。


「確か隣の施設に『出口』が計4つ、こっちに8つあったような……? だったら、もう一つは一体どこに……」


 俺たちがしたヒントの解釈が合っているなら、『出口』は全部で13個存在するはず。何か見落としがあったのか? 

 ……それとも、ヒントの解釈自体が間違っていたのか? 


「隣の施設からトンネルを渡るとき急いでいたからね……」


 姉さんが首を傾げてそう言った。確かに元いた施設の地下2階なんかは横目でちらっと見て通り過ぎただけだ。

 そこに『出口』がもう一つあった可能性もあるにはある。


「もしかしたら……松永君の言ってた通り、あのトンネルの中にあった地下に繋がる階段の下に、最後の一つがあるかもね」


 意味深に聞こえる桜井の言葉。しばらく考えていた俺は自然と苦笑を漏らした。


「……まあ、まずはこの階を調べてみよ」


 幸いなことに、この3階は広い割りに部屋はだった二つしかなかった。

 まず最初の扉を開くと、そこはまるで学園の理事長室のような高級感溢れる部屋だった。


「この病院の院長室かしら……」


 百合ちゃんと手を繫げて後から入ってきた姉さんは、見るからに高そうなテーブルと椅子を見てそう呟く。

 気になることといえば、何かの楽器のケースのようなものが開けられたままテーブルの上に置いてあることくらいだが、ケースの中身は空で何が入っていたかまではわからなかった。


「まあ特に何もなさそうだし、次行こう」


 そして次の部屋に足を踏み入れる。その薄暗い部屋の中には、壁一面を埋め尽くす数多の黒白のスクリーンたちが点滅を繰り返していた。


「ここは、モニター室……のようだね」


 扉の外から部屋の中を覗いて桜井が言う。そしてスクリーン画面に映っている無数の映像……それは紛れもなく今俺たちがいる施設と、元いた施設の中の姿だった。


「……ッ!」


 疲れで弛緩していた体が一気に強張る。もしかたらここは、この事件を起こした犯人が俺たちを監視していた部屋なんじゃないのか……!? 


「大丈夫。部屋には誰もいないよ? それに、ここは元々あった部屋みたいしね」


 何故か確信を持っているかのような桜井の落ち着いた声に、俺は彼女に聞き返した。


「なんで、そう言い切れるんだ?」

「……犯人が私たちを監視する為なら、わざわざ昔のような白黒の画面を使う理由はないよ。それに私たちの腕輪には盗聴器と監視カメラが元々付いているはず。……わざわざ私たちが来るとわかっている場所で、監視なんかすると思う?」

「まあ、そう……だな」


 確かに、このモニター室の光景に驚いて気が動転していた。

 ……いや、ただ自分の感情のコントロールが難しくなってきだけ……か。


「それより見て、これ。……この画面」


 桜井が元いた施設を映しているスクリーン群に近づいて、そのうち一つの画面を指差してきた。

 俺も近寄ってその画面に目を向ける。その画面には、スミスさんと秋吉さんの姿が映っていた。


「あっ!? あの人たち……ッ」


 今あの二人がいる場所は多分、元いた施設の1階にある『出口』の前だろ。そして彼らは人を……運んでいた。


「あれって、大学生の……ッ」


 西山翔。二人目の犠牲者である彼の遺体を、スミスさんと秋吉さんが彼の両手と両足を持って『出口』の前に運んでいた。


「な、何を……」


 開かれた口を閉じることも忘れて、その映像を見つめる。そして彼らは、男の遺体を『出口』の中に放り込んだ。。


「ま、まさか!」


 後ろ首に冷や汗が流れ落ちる。彼らが遺体を投げ入れた途端、『出口』が塞がって強烈な光が扉の中から漏れ出た。

 それが何かは定かではないが……少なくとも正解の『出口』ではなかったんだろ。やがてスミスさんが肩を竦めてその場を立ち去る。そしてそんな彼の後を秋吉さんが慌ててついて行く。


「…………くっ!!」


 俺はモニター室の操作盤に拳を叩きつけた。

 ……あれはいくらなんでも、酷すぎる。多分彼らは元々俺たちにやらせようとしたことを、大学生の男の遺体を使って確かめたんだろ。

 でも死んだ人の体を使ってまであんなことをするのは、あまりにも惨すぎる。


「松永君、あれ」


 俺を呼ぶ桜井の声に、何とか歯を食いしばって感情を抑える。そして顔を上げて桜井が見ている画面の方へ視線を移した。


「……あれは」


 今度は別の画面で、場所は元いた施設2階の職員室の手間にある応接室。そこのテーブルの上に、スミスさんが何かがどっしり入った袋を置いていた。

 そして袋の中から出てきたのは、消えたはずの缶詰……それをスミスさんはおもむろに開けて秋吉さんに渡した。そして秋吉さんがそれを口に入れるのを確認した後、満足そうに頷いて自分もそれを食べ始める。


 ……声を拾えない白黒の画面だけだが、はっきりとわかった。缶詰を盗んだのはあのスミスって男……そしてそれを秋吉さんに毒見させてから自分も口にしたことは明らか。

 それにもう一つ……今まで堀江さんの死因は絞殺だと思っていたが、多分それは違う。あの閉鎖病棟の部屋に転がっていたペットボトル、そして堀江さんの顔周辺が水で濡れていたことから導き出される結論。


 ……あの人は試したんだ。冷蔵庫のペットボトルに本当に毒が入っているかどうか、堀江さんを拘束して無理やり飲ませることで……ッ。


「あの人は、人間じゃない……っ!」


 人としての最低限の尊厳すら踏み躙って、皆を騙し、自分の為に平気で人を殺して、何ともなかったように食事をする奴が、人間であるものか!


「……もういいよ。俺たちも少し休もう」


 俺は画面から視線を外して、部屋の端にあったソファーに座り込んだ。感情的になって無駄に力を浪費するべきではない……今後の為、少しでも体力を温存しておくべきた。

 俺は施設を調べながら持ってきたペットボトルを開けて水を飲み込んだ。


「これからどうするの?」


 桜井も操作盤前の椅子に座りながら聞いてきた。俺も姉さんたちが座るようソファーの隅に移動して言った。


「……まずは少し休もう。それで彼らがここに乗り込んできたら、反対側の階段を使ってトンネルの扉まで行く……それでどうだ?」


 地下1階から地下2階に下りる階段は一つだけだが、その上の階からは通路の両端に二つの階段がある。そして俺たちがいるこのモニター室からは彼らが渡ってくるのを随時確認することができる。

 どの階段を上がってくるのか確認して、反対側の階段から下りていけば、彼らと遭遇することなく通り過ぎることも不可能ではない。


「わかった」


 やはり頭の回転がすごく速いんだろ。これだけの拙い説明でも、すぐ俺の意図を理解したらしく桜井が頷いて答える。


「ああ、そうしよ。……姉さんも、それで大丈夫?」


 比較的に可能性が高いように思えるだけで、正解の『出口』があの地下トンネルにあるという確証はない。それに一度ここを離れれば、多分二度とこっちの施設には戻って来れないだろ。

 ……正直に言って、これはもう賭けに近い。


「もちろん、和也と一緒に行くよ。当たり前でしょ?」


 それでも姉さんは微笑んで答えを返してくれた。そんな彼女の笑顔に、俺は少なからず心が穏やかになるのを感じた。

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