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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
99/580

12 M33T S1ERR4


 敵がサーチタウンから急いで撤退していくのを見届けたあとのこと。

 街が安全になったのを確認してから、俺たちは片っ端から負傷者に対応していた。


「……本当に任せていいんだな!? 失敗したらただじゃおかないぞ!?」

「いいから任せろ! いいんだなミコ!?」

『やるしかないよ……! いちクン、お願い!』


 ごついアーマーに身を包んだ男どもに見守られる中、目の前の男を見た。

 シド・レンジャーズから送られてきたもう一つの部隊――ラムダ部隊の隊長だ。


 そのブーニーハットを被った男は今まさに死にかけていた。

 手製のロケットランチャーから発射された弾が不発のまま腹に刺さって、壁に串刺しになっていたのだから。


『この人がいつ撃たれたのか教えてください!』

「あ、ああ……ついさっきだ、撤退するやつらにやられてこのザマなんだ!」

「ミコ、やり方はどうする!」

『誰か鎮痛剤をお願いします! スティムとショック用の薬剤の準備も!』

「鎮痛って……この状態でそんなもんやったらどうなるか分かってんだろうな!?」


 周りはもう助からないと思ってるようだ、なにせ背中までぶち抜かれてるのだから。


「くそっ、どのみちこれじゃ助からねえよ。せめて痛みだけでも……」


 レンジャーの一人がどうにか生きている部隊長に何かの注射器を打つ。

 すぐに効果があったんだろうか、苦しそうな顔のまま民家の壁にもたれかかる男がぷるぷる震えだして、


「ぶ、部下……仲間は……無事なのか……すまない、シド将軍に、謝っておいてくれ……先にヴァルハラに……」

「隊長! しっかりしてくれ! あんたのおかげで俺たちゃ無事なんだよ!」

「クソッ! あいつら、なんてことしやがるんだ……!」


 ぶつぶつうわごとを発し始めた、症状がさらにひどくなったようだ。

 やるしかないのか――いや、意地でもやるぞ、なにがなんでも助けてやる。

 俺は突き刺さっているロケット弾にそっとを手を添えて、


「ミコ、いいか? 三つかぞえたら弾を除去する」

『お願い! 荒っぽいけど……ごめんなさい!』


 腰の短剣と目を合わせてから、視界に浮かんだ『分解』の文字に手をかざす。


「3……2……」『3……2……』


 ――指を近づけた。


「1!」『1!』


 二人分の声が重なった直後、男の腹から太い弾が消える。

 途端に血なのか肉なのか分からないものが、広がった穴からぶしっと溢れてきた。

 だがそれと同時に。


『ヒール!』


 マナの収束音の後、急なショックに硬直した身体へミコの魔法が炸裂。

 生み出された青い光が傷の表面をなぞり、大きな傷の中へと浸透していくと。


「おっがっ……ああぁぁぁぁぁぁ……!」


 今にも命を手放してしまいそうな男が急にもがき苦しむ。

 周りが抑え込んで薬やら打ち込むと、強張った身体が落ち着くのが見えた。

 動かなかったはずの両手が腹のあたりを押さえるものの、魔法が効いたのか飛び散った肉ごと再生していき。


「かっ……家族にも……先に死んですまない、許してくれと……」


 五秒も立たないうちにひどい傷口が完全に塞がった。

 新鮮さを失っていた肌色にも生気が戻って、苦しそうだが呼吸もしてる。


「おい、その言葉は自分で直接伝えたほうがいいぞ」


 俺はまだ自分が死ぬものだと思っているやつに声をかけた。

 まだ痛むのか腹を押さえたまま、ラムダ部隊長は真っ青な顔で見上げてくる。


「…………どうなってる? 俺はもう死んだはずじゃないのか?」

「献身的な手当てのおかげでくたばり損ねたみたいだ、おめでとう」

「……ここは天国と地獄どっちだ? 気になるから教えてくれ」

「残念だけどまだ現世だ。残念だったな」


 周りの部下たちが言葉を失ったまま見守る中、信じられないといった顔で自分の水筒を口にした。

 口を湿らせて、ついでに中をゆすぐと粘ついた血の名残を吐き出し。


「……で、名誉負傷賞はちゃんともらえるんだろうな?」

「それはあんたの上司に聞いてくれ」

「そりゃそうか……いてて……」


 腹を押さえながら立ち上がってしまった。

 あまりに痛いのか顔が青いままだが、治療は成功だ。


「おい……おい! 嘘だろ!? 治っちまったよ!」

「隊長が生きてやがる!? それになんだ今の!? 短剣が喋ってたよな!?」

「お前ら、少し黙れ。うるさくて腹に響くぞ」


 一命をとりとめた部隊長は騒ぐ仲間をしずめながら、こっちを向いてきた。

 すっかり生者に戻されてしまった男は帽子のずれを直すと。


「いったい誰だか知らんが助かった。おかげで不名誉な死に方をせずに済んだからな、礼を言う」


 こっちに礼を言ってきたので、すぐに腰の物いう短剣を示した。


「礼なら俺じゃなくこっちのイージスに言ってくれ」

「……イージスだと?」

『あ、あの……まだ痛みますか?』


 そこへミコの不安そうな声が挟まってくると周りの部下ともども驚いたようだ。

 しかし流石はたくましい連中というか、部隊長はすぐに落ち着いて。


「そうか、お前が……噂には聞いてたが本当にナイフが喋るとはな」

『はい、わたしがイージスです。ついこの前タグをいただきました』

「あのババアめ、別にボケたわけじゃなかったのか。で、お嬢ちゃんの名前は? コードネームじゃないほうだ」

『本当の名前、ですか? ミセリコルデっていうんですけど……』

慈悲(ミセリコルデ)か、縁起の良い(・・・・・)名前だ。お前のおかげで助かった、ありがとう」

『どっどういたしまして!』


 腰の短剣へと、それと俺にも一礼して、部下たちのところへ戻ってしまった。

 ミコは『褒められちゃった……』とちょっと嬉しそうだ。


「野郎ども、まだ全員生きてやがるな?」

「ええ、死にかけてたのは隊長どのぐらいです」

「上等だ、これより周辺の状況を調べに行くぞ。ついてこい!」

「ってもう大丈夫なんですかい? 少し休まれた方がいいのでは?」

「馬鹿野郎、ここはシド・レンジャーズの管轄地域だ! 気は抜けんぞ!」

「そうこなくちゃ。地獄以外ならどこまでもお供します」

「うちの隊長をあの世から連れ戻してくれてありがとよ、喋るナイフさんよ!」


 ラムダ部隊は硝煙の残る場所へと向かった。

 一安心、といったところに近くで見ていたシエラ部隊が近づいてくる。


「あのばあさんが魔法とか言い出した時はこの世の終わりみてえな感じがしたが、まさか本当だったとはな」


 接近してきたバンダナ男の第一声は悩ましそうなものだった。

 そりゃ無理もない、目の前で絶望的な傷が魔法で治ってしまったのだから。


「ったく……最近のウェイストランドはイカれてやがるぜ! なぁ、そう思うだろ?」

「クゥン……」


 レーザー銃を持ったブロンド髪の男は人様の犬をがしがし撫でなでていた。

 雨でずぶ濡れのニクは迷惑そうにしている。


「変わったやつが入ったとは聞いたけど掘り出し物だったわけね。気に入ったよ」

「おいテメェ、このメスゴリラには気をつけときな。機嫌を損ねたらマジでいびり殺されるぜ? 話すときは猛獣用のオリを二つ用意しとけよ」 

「黙りなカーペンター、ぶちのめされたい?」

「ワオ、怖ぇ! かかって来るならいつでもどうぞ!」


 あのおっかない黒人女性はさっきより親しげだ、ブロンド髪が茶化すが。


「さっき援護してくれたのはやっぱお前か。一つ借りができちまったな?」


 そこに角刈りの男が何本かの矢を手に割り込んで来た。


「無事みたいでなによりだ、そっちはどうだった?」

「壊滅させた。改めて礼を言うぜストレンジャー」


 死体に刺さってたのを回収してくれたらしい。「どういたしまして」と矢筒に戻した。

 とりあえずこれで街は助かったが、見る限りは結構な被害に見舞われてるようだ。


 街は半壊、防御線は破られそこらじゅうに敵味方だったものが転がってる。

 住人や自警団がその後片付けをしているようだが、負傷者もかなりいる。

 ニクとミコに顔を合わせて、もう一仕事するかと意気込んでいると――


「今のうちに自己紹介をしておく。シエラ部隊のリーダーを努めているルキウスだ。階級は軍曹だが……まあ俺たちは正規の軍隊じゃない、階級は飾りみたいなもんだ」


 バンダナ男がごつい突撃銃の銃剣をボロ布で拭きながら名乗ってきた。

 改めて向き合うと、巨体からは戦いの気配が抜けてもなお強さがにじみ出ていた。

 傷だらけのアーマーからは数え切れないほどの死線から生還してきた経験を感じる。


「俺はダリク・サンフォ……カーペンターだ。階級は伍長、周りが脳筋馬鹿どもばっかだから工兵をやってる、えらいだろ?」

「私はノーチス、伍長よ。この天才のいうことには耳を貸さないように、オーケー?」

「イェーガー軍曹だ。こいつら馬鹿で騒がしいが許してやってくれよ?」


 続いてブロンド髪の男、黒人の女性、角刈り男も名前を教えてくれた。

 ずいぶんと個性豊かな面々だ。

 しかもこいつらはたった四人で数多のミリティアの兵士をぶちのめしたらしい。

 でもこっちだって負けちゃいない、魔法が使える物言う短剣に黒いわんこだ。


「ああ、えーと……俺の名前はイチ、コードネームはストレンジャーです」

『わ、わたしはミセリコルデっていいます。コードネームはイージスです』

「ワンッ」


 ……面と向かってこの四人と対峙すると圧力がとんでもない。

 たとえるなら目の前にボスが二人いるようなもんだ。

 それに階級的にも負けている、こっちはシェルターの擲弾兵、それも新兵なのだから。


「おい、何いまさらかしこまってやがる? 気楽にやれ。それよりお前らにもう一仕事付き合ってもらうぞ」

「ってお前、マジでハーバー・シェルターの擲弾兵だったんだな。まあうちらじゃ階級なんて飾りだ飾り、気にすんなよ」

「本当に短剣が喋ってるわね。さっきのが奇跡の業……じゃなくて魔法ってやつ? 助かったわ、イージス」

「犬にコードネームつけるなんて初めて見たぜ。しかもこいつアタックドッグだ、どうやって手なずけたんだ?」


 とにかく一通りの自己紹介が終わると「よろしく」と交わして、


「じゃあ……ルキウス軍曹、もう一仕事付き合わせてくれ。何をすればいい?」

「負傷者のチェックと残党がいないか調べるぞ。ついでに戦利品も少しいただく」

「了解」

『了解しました』

「ワンッ」

「……おかしなメンツになっちまったな。行くぞ、お前ら」


 俺たちは戦いの傷跡が残るサーチタウンの中へ戻った。



 雨と血で濡れた地面、転がる死体と薬莢、崩れた家に放棄された車両。

 歩き回って見つかったのはそれぐらいだ。


 シエラ部隊が戦っていた場所だけは別格だった、いろいろな意味で。

 数え切れないぐらいの――頑張って数えたとすれば、本当に五十人ぐらいは叩きだせそうなほどの死体が転がっていた。

 人がやったとは思えない死にざまがそれだけ転がっていた、もちろん敵のだが。

 

 とにかく負傷者は俺とニクで見つけて重傷者はミコの魔法でどうにかする。

 それをひたすら続けて大体助け終わると、あたりはすっかり暗くなっていた。


「……これで、終わりか……くっそ疲れた……」


 負傷者が集められた街の中心部で、俺たちはぐったり休んでいた。

 文明の光が残る街は大分落ち着いてはいるが、まだ混乱が抜けきってない。


『……も、もう無理……マナが切れちゃった……』


 しかもミコは魔力を使い果たしてしまったらしい。

 いちおう周りに『青い液体の入った瓶』はないかと尋ねてみたが、カーペンター伍長たちがどこかへ探しにいってしまった。

 こっちも疲れて腹が減った、それに気が抜けたせいか脳が痛い。


「……今のうちになんか食っとくか」


 見れば近くで休んでいるラムダ部隊も、合間を見計らってちょくちょく食べ物をつまんで補給(・・)しているようだ。

 先輩たちを見習って俺もバックパックを開いた、しかしロクなものがない。

 干し肉とクラッカー、だいぶ前に拾ったスナック菓子の『トヴィンキー』ぐらいだ。


「ほら、こいつはお前が食え」

「ワンッ!」


 残っていたシディ特製の干し肉はニクにあげた。

 黒い犬が尻尾を振りながらがっつくのを見てから、スナック菓子を一つ開けて――


「ミコ、こいつはどうだ? 前に食べたがってたやつだ」


 スポンジ生地にぐさっと短剣を突き刺した。

 これじゃクリームまみれだが、甘いものだし喜んでくれるだろうとか思ってると。


『おいしいけど……すっごい甘いよこれ……』


 甘さにやられた声が返ってきた、やっぱ甘すぎるか。

 刺さったままのトヴィンキーをかじってみると……甘さに頭がズキっとする。


「おいお前ら、すぐそこの店からもらってきたぜ」


 軽く食事をとっているとブロンド髪の伍長が木箱を抱えて戻ってきた。

 ちょうどほしかった青い瓶に、無関係そうな缶詰やらいっぱい詰まっている。


「……なんか余計なものも混じってないか?」

「おまけでもらったんだよ、気にすんなストレンジャー」

「この馬鹿が無理やり言いくるめてタダで貰ってきたの、呆れるでしょ?」

「あぁ!? どうせこの短剣ちゃんしか使えねえしいいだろ? それともお前が使うか? そりゃいい考えだ! お前は人をいびり殺す魔法が使えるからな!」

「この馬鹿のいうことは気にしないで、発作みたいなものよ」


 ノーチス伍長があきれながらいろいろ手渡してくる。

 見慣れた缶詰に適当な調味料、それからミコのためのマナポーションだ。


「ありがとうノーチス伍長。今日の飯は困らなさそうだ」

「私からも礼を言わせて、二人とも。おかげでたくさんの人が助かったんだから」


 俺はにっこりとした相手に同じ表情を返してから物資を受け取った。

 あの牛肉とニンジンのシチューだ、久々に見たな思っていると。


「――おっ、おい! 待てよ! 待て待て! ストレンジャー!」


 缶切りに手をつけたところで、急にブロンド髪の伍長が突っかかってきた。

 その視線は俺――じゃなくて、手元にあるものに向けられている。

 トヴィンキーだ。一つ食えば満足する甘いお菓子に釘付けだ。


「……ど、どうした? 発作?」

「どうした、じゃねえよ! そいつだそいつ!」

「これか?」


 切羽詰まったような態度で迫る相手にトヴィンキーを見せた。


「ああ、そうだ! トヴィンキーだよ! その、なんだ、率直に言うのは俺のガラじゃねぇけどよ……」


 すると一変してものすごく物欲しそうな顔をされてしまう。


「率直に言うと欲しいとか?」

「そういうことだ! 俺の大好物なんだ! もうずっと食ってねえ! 何がいいたいかわかるよな!?」


 とてつもなく情けない声で懇願されてしまった。

 いや別に上げたっていいが、そんなにこれが欲しいんだろうか。

 黒人女性に助けを求めると、呆れた顔で『どうにもならない』とお手上げだ。


「そんなに食べたいなら」

「ありがとう! お前、マジでいい奴だな!」


 「どうぞ」という前にがばっと持ってかれてしまった、箱ごと。

 恐らく依存症レベルでトヴィンキーを愛する彼は仲間たちの目も無視して。


「お前……マジで最高だぜ! ああ、本気で言ってるから心配すんな! なんだったらシド・レンジャーズへの推薦状も書いてやってもいいぐらいだ!」


 ニクに負けないぐらいがつがつとスナック菓子を食らい始めた。

 横暴な態度だったものの、美味しそうにむさぼる姿を見てなんだか許せてしまう。


「……まあこういうやつだから、許してやってくれる?」

「まあいいけどさ……糖尿病には気をつけろよ」

『なんだか可愛い人だね、伍長さん』


 俺たちは食事をとった。


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[気になる点] 「俺はダリク・サンフォ――カーペンターだ。階級は伍長、周りが脳筋馬鹿どもばっかだから工兵をやってる、えらいだろ?」 『―』が2つ重なってるのは誤字なのか意図的なのか分からなかったので…
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