11 サーチタウン(3)
戦闘開始からしばらく経つと雨が本格的に降ってきた。
西から来る増援とやらを探しに来た道を戻っていると。
『やってやろうぜシエラ!』
別の道路から派手な声が響いた、あの角刈り男のものだ。
すると向こうからどんどん、ぱぱぱ、と様々な口径混じり銃声も聞こえた。
本当にあの四人で敵に突っ込んだんだろうか――ちょっと見てみるか。
俺は道路を外れてまた民家の間に潜って、声のした方向へと向かった。
「そういえばシド・レンジャーズとかシエラ部隊とか言ってたな、あいつら」
『おばあちゃんたちのいってた人たち、なのかな?』
「だろうな。でもなに食ったらあんな風になれるんだ?」
『すごい筋肉だったよね……』
シエラ部隊――ニルソンで何度か耳にした名前だったか。
たしかボスが昔所属していたという組織の連中らしいが、まさかあんな恐ろしい見てくればっかだとは思わなかった。
まあ問題はその外見相応の能力があるかどうかという話だが。
『フラグ投下!』
さらに近づくとバンダナ男の怒鳴り声が聞こえてくる。
ほんの数秒後、耳の左側で爆発音。おそらく手榴弾のものだ。
爆音のあと五十口径がフルオートで吐き出されるあの重々しい銃声もした。
どうやら民家の向こう側で派手な戦いが繰り広げられてるみたいだ。
「……派手にやってやがるなオイ」
様子が気になる、家と家の間から道路の様子を見てみることにした。
覗けば、そこには即席のバリケードや野ざらしの車両で入り組んだ小さな戦場がそこにあった。
左側では市街地まで浸透してきたであろう敵がぞろぞろと攻め入っているわけだが。
『びびってんじゃないよお前ら! どんどん進みな!』
その最前線、もっとも弾が飛び交う場所に立っているのは、あの黒人女性だった。
そいつは前後から銃弾が飛び交い、自分の身体に掠めようがお構いなしに突き進む。
『なんだあいつは!? 隠れもしねえで突っ込んで来やがる!』
『あんな自殺志願者さっさとぶっ殺せ――』
ミリティアたちの意識はすべてその一人に向けられるものの。
*BRTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTT!*
頭や体を出したところに、とんでもない発射速度の機関銃がぶち込まれた。
吐き出された弾は面白いように敵を薙ぎ払っている。動こうとする敵に向けてありったけの弾を叩きこんで釘付けにしていた。
そうやって一通り前線をおどかすとすぐに遮蔽物に身をねじ込み。
『ったく相変わらず無茶しやがるな、ノーチスのやつ!』
その後ろから角刈りの男が、頭上を飛び越えるようにグレネード弾を連続して放つ。
遠くで身を隠していた敵が吹き飛ばされ、炙り出されて行き場を失うのが見えた。
一通り"掃除"すると、身をかがめながらさらに敵へと前進していく。
『シエラ部隊名物おっかないメスゴリラだぜ! 道を開けなァ!』
続いてあの嫌味な男も屈み走りで敵まで接近。
車の後ろに滑り込むと、すぐ身を出して白黒の小銃をぶっ放す。
すると銃口から濃い青色の光の線が撃ちだされ、銃座についていたやつの頭が焼き飛ばされるのが見えた。
『Raaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaar!!!!』
いや、もっとやばいのがいた、あのバンダナ男だ
銃剣つきのごつい銃を抱えて、屈んだまま猛ダッシュで味方の間をすり抜けていた。
当然その先にはミリティアの一人が物陰から応戦しているところで。
『な――なんだあの馬鹿!? 突っ込んできやがっっっ』
脇目も振らず、まして銃弾が右往左往する戦場で馬鹿正直に突っ込むやつなんて正常に思えるだろうか?
雄たけびを上げながらの突進に、敵はビビって背を向けてしまったようだ。
ところがバンダナ男は勢いをつけたままその背中にぶち当たり。
『あっあっ……ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!?』
下から上に突き上げるような刺突が決まった。
串刺しになった兵士がもがき苦しむ姿が戦場のど真ん中に持ち上げられて、侵略者たちがいよいよ悲鳴を上げ始める。
だがそれだけではとどまらず、ぶっ刺した人間ごと突き進んでいく。
悲鳴を上げて暴れようがそれすら押し通り、敵の眼前まで突っ込むと。
『ほらよ、お友達のところへ帰りな!』
串刺しミリティアに手榴弾をひっかけて、慌てふためく仲間たちの元へ蹴り飛ばす。
恐るべき銃剣から解放された男はよろよろと味方のところへと戻っていくのだが、
『た、助け……!』
『待てこっちに来んな――』
衝撃と破片がそいつの身体もろとも吹っ飛ばした、心温まる光景だ。
爆発をものともせず、バンダナ男はごつい銃を撃ちまくってまた蹴散らしていく。
「……あれなら確かにボスがいたのも納得だな。人間じゃねえや」
『うわぁ……』
一目で分かった、あれはもう人間じゃない。
人の形をした入れ物に戦闘機械かなんかを詰め込んだ何かだ。
『シエラ部隊がいやがるぞ! たっぷりお見舞いしてやれ!』
そんな恐ろしい光景を眺めながら西へ進めば、八輪型の装甲車が見えた。
障害物をかき分けながら停車すると、銃座についた兵士が五十口径を二回り大きくしたような銃を撃ち始める。
ただし連射音は低く、どんどんと遅いリズムで大きな音を叩きだしていた。
『ああくそっ! 40㎜だ! お前ら、姿勢を低くしろ!』
『あいつらずいぶんマジじゃない! 必死過ぎない!?』
着弾した場所は次々と爆発して、シエラ部隊の連中が釘付けになっている――あれはグレネードランチャーか。
「一つ貸しだぞ、先輩ども」
ここを離れる前にあの恐ろしい連中に貢献することにしよう。
無防備に横っ腹をさらしている装甲車に向かって弓を構える。
銃座にめがけて矢を発射。びん、と弦の張る音が雨音にかき消されて、兵士の喉を横から串刺しにするのが見えた。
『って……なんだァ!? あのヤロー突然くたばりやがった!?』
『今がチャンスだ! 突っ込むぞ! 助かったぜストレンジャー!』
嫌味な男と角刈り男の声を耳にしてから先へ進んだ。
◇
マジキチ部隊の快進撃からだいぶ離れたところで、今までとは違う重低音が街のはずれから近づいてきた。
この金属がぶるぶる揺れるような音は――戦車か。
ニクと一緒に民家の裏側に隠れた。
反対側から駆動音と共に人の声が流れてきた、身を低くして耳をすませる。
『行け! 数はこっちの方が上なんだ! くそほど投入して押しつぶせ!』
『おい、俺たちはどうすりゃいいんだ!』
『戦車はここで待機させろ! ゴーサインを待て!』
『待てって……今こそこいつの出番だろ!? このままじゃ崩れちまうぞ!』
『いいからこの場を押さえてろ! すぐに増援が来る、勝手な真似はするなよ!』
そんなやり取りが聞こえて、自動車の走行音が西へ向かうのを感じた。
しばらくするとまた別の会話が始まる。
『……くそっ、シエラのやつらを舐めてんのかあの甘ちゃん! いままでで最高の少尉殿だなおい!』
『まあそう熱くなんなよ。初めての戦場に興奮してんのさ』
『そうそう、ヤバくなったらさっさとずらかればいいんだよ、気に食わなきゃ眠ってるところに手榴弾でもお見舞いしてやればいい』
『けっ、お前らといいあの上官といい、俺たちの苦労が分からねえやつばっかだなここは』
声の感じからして小規模ってところか。
さあどうしよう、シエラ部隊の連中からは大分離れてしまった。
にぎやかな銃声がずっと遠くから聞こえるぐらいには距離が空いてると思う。
都合がいいことに、張り付いていた民家は一階建ての平たい作りだ。よし決めた。
「……ニク、乗れ。ジャンプだ」
「ワンッ」
あることを思いついた俺は家の壁に両手をついて背中を差し出す。
ニクは分かってくれたようだ、背を踏んでぴょんと家の屋根へ飛び移った。
俺もなるべく音を立てないように壁を蹴ってよじ登った。
屋根をそっと歩くと、やがて戦車と兵士たちの頭上が見えてくる。
『……おいお前ら、なにしてやがる?』
『何って……飯だぜ? 食える時に食っとくのが俺たちのルールだろ?』
『馬鹿野郎、俺がいってんのはお前らが飲んでるその酒だ! いまは戦闘中だぞ!?』
『別にいいじゃねえか、退屈なんだしよ』
様子をうかがう限り、ミリティアの戦車が一両、兵士たちが三人か。
軍隊色の戦車は今まで見た中で明らかにデカかった。
全高二メートル以上はありそうで、箱型の車体とつながる砲塔にはデカくて長い砲が備え付けられているようだ。
ハッチからは重機関銃に手をかけた車長がかなり不機嫌そうにしている。
『待て、なんで随伴してるやつが三人しかいないんだ? 他のやつらはどうした?』
『あ? 略奪中だよ。そこら辺を見てみろよ、宝箱がいっぱいだろ?』
『ばっ……馬鹿かお前ら!? 戦車を置き去りに何勝手に略奪しにいってやがる!』
『どーせここまで敵は来ねえよ、それまでちょっとぐらい稼いだっていいだろ?』
『そういう問題じゃ……くそ、こんな仕事やってられるか。おい、俺たちの分の酒はあるんだろうな?』
『悪いがそいつは自分で取りに行ってくれよ、車長どの』
『……くそ、せいぜい背中に気を付けるんだな。マジでそのケツ撃ってやる』
車長は周りを忌まわしそうに睨んでから戦車の中に閉じこもってしまった。
上から見下ろす限りこいつらはとても無防備だ。
数は三名――いける、すぐ隣にいるニクの背中を叩いた。
「先に行く。ニク、奥の方をやれ」
「ワンッ」
戦車の後ろで酒を飲んでいる兵士を指でマークしてから、ベルトからクナイを抜く。
黒い犬と顔を合わせて意思確認。側面で話し込んでいる二人の片方めがけてダイブ。
「しかしどうなるんだうなこの戦い。どうせ大した戦力もないしすぐ終わるって言ってたくせに、全然片付かねえな」
「ほら、あれだ。アルテリーの役立たずが消えたせいでこっちにシド――!?」
気づかれる前にミリティアの片方を踏んだ。
頭に全体重と荷物の重さを加えた靴底を叩きこんでぐしゃっと着地。
「……はっ? なんだよお前は」
いきなり降ってきた余所者と踏み潰された仲間を前に、口を開けて硬直中の片方にクナイを投擲。
無骨で重い刃が喉にぐっさり突き刺さり「こはっ」と呻きながら崩れ落ちる。
「くそっ! いるじゃねえか敵が――」
こっちに気づいたのか、一人が飲みかけのビールを放り捨てるのが見えた。
その横から回り込んだニクが飛び掛かる。
相手が置きっぱなしにしていた銃を掴むより早く喉に噛みついたようだ。
「な、あ、っ……!」
最後の一人が静かに噛み千切られた。
グッドボーイの人殺しスキルは前より向上しているみたいだ。
犬の額にこつんと手を当ててから、死体をできるだけ目立たない場所に動かす。
「さて……こいつはどうしてくれよう」
『どうするって……この戦車を?』
「当たり前だ。見過ごすわけにはいかないだろ」
目の前には閉じこもったままの戦車がある。
周囲を見渡してみるとまだ手の付けられていない酒や食べ物が――これだ。
「よし、プレゼントしよう!」
『プレゼント? ねえいちクン、今度は何する――』
「こいつだ」と近くに転がっていた戦利品を拾う。
そして戦車によじ登って、ひと悶着あってから閉じたままのハッチを叩いてみた。
*knock knock*
返事はない。もう一度呼び出そうとすると――
「……なんだ、役立たずども。またからかいにきたのか?」
緑のヘルメットをかぶった男が不機嫌そうに出てきた。
目が合うと中から出てきた相手はぎょっとして。
「って……誰だ、お前?」
訝しげにこっちを見てきた。
「略奪から帰ってきた悪者だ。あんたらが可哀そうだから差し入れだ」
なら都合がいい。俺は顔より先に奪ったものを見せつけた。
「おっ……悪いな。わざわざ俺たちのために持ってきてくれたのか?」
まだ怪しまれているが、手付かずのビールを押し付けるとたちまち機嫌が良くなった。
「おすそ分けってやつだ。あんたらも楽しまないとフェアじゃないだろ?」
「ありがとう、さっきのやつが意地悪なもんで轢こうかと思ってたぜ」
車長は「おい、酒だぜ!」と戦車の中に酒を放り込むものの、
「――待て、あいつらはどうした? なんでいないんだ?」
すぐに周りの異常に気づいたようだ。
俺は両手に抱えた食べ物を見せつけて適当に理由を言うことにした。
「ノリの悪い奴を置いてお買い物にいったみたいだぞ、あいつら」
「マジで言ってんのか? あのバカどもまた勝手に……はぁ、もういい。俺たち戦車乗りの苦労を分かってくれるのはこの世にお前ひとりだけか」
うまくごまかせたようだ、男は少しの疑問のあとにビールを飲み始めた。
「ほら、酒だけじゃあれだろ? 食い物も持ってきたんだ」
すかさず拝借した食べ物を突き出した。
とにかくいっぱい押し付けると、戦車長はすっかり機嫌を良くしてくれた。
「お前は本当に……あれだな、薄情な新米どもと違って理解のあるやつだ」
「それにしても強そうな戦車だな、見た感じ切り札か?」
「俺の愛車だ、カッコいいだろ? こいつで突貫したいんだがクソ上官のゴーサイン待ちでね、中々来ないんだ」
「デカくて強そうだ、俺も気に入った。ああそれから――」
すっかり親しくなったところで、俺はポケットからあるものを取り出す。
ギザギザのついたパイナップル型の手榴弾だ。
「こういう時なんていうんだったか、ああそうだ」
「ん? どうした? いきなりそんな危ねえもん出しやがって……」
そいつの目の前でピンを抜いて。
「フラグ投下!」
しゅーしゅーいい始めた手榴弾をハッチの中に投げ込んだ。
しばらくそいつは唖然としていたと思う。
少し間を置いて事の重大さに気づくと、
「おっ――うおおおおッ!? な、なんてことしやがるお前――!?」
『手榴弾!? おいまてなんでこんなもんが!』
『馬鹿! 早く外に出せェェ!』
親しくなったばかりの男は慌てふためくが、その顔に蹴りを入れて離れる。
騒がしくなった鉄の棺桶から全速力で離れて、民家の陰でニクと一緒にべったり地面に伏せたものの。
――ばこん。
思った以上に派手じゃない爆音が後ろの方からやってきた。
戦車ごと吹っ飛ぶかと思ってたが別にそうでもなかったようだ。
「……あれ? 吹っ飛ばないぞ?」
『い、いちクン……ちょっと容赦なさすぎるよ……』
沈黙した戦車では脱出し損ねた車長がぶらんとハッチに引っ掛かっている。
中はきっとすさまじいことになってるはずだ。
「戦車兵、出番だぞ! 前進し支援に向かえ!」
が、最悪のタイミングで戦車の後方から車が近づいてくるのが見えた。
銃座のついたトラックだ。むき出しの荷台に何人も兵士が乗っている。
「おい! 戦車を前に出せ! これより街の――」
助手席から身を乗り出したやつがこっちに合図を送っていたが、すぐ異変に気づいてしまったようだ。
いや、それならこうしてやる。
まだ動いている戦車に飛び移って、死体をどけて銃座に手を伸ばした。
機関銃のハンドルを握って……たぶんトリガであろう押し金に指をかける。
「おい、どうしたお前ら……!? どういうことだ!? まさか敵が」
「いるんだなこれがァ!!」
停車したトラックに銃口を向けて、トリガをいっぱいに押した。
*Dodododododododododododododododom!*
五十口径の強烈な音と反動が手を伝わって襲い掛かる。
重い閃光の先で逃げようとした連中がトラックごと穴だらけになるのが見えた。
手先が震えるたびに大口径弾が車体ごと弾が逃げ戸惑う人間を裂いていく。
エンジンに火がついたのかぼふっと車が火を噴いた。
お構いなしにぶち込みまくるとついに爆ぜて、肉と炎をまき散らしながら沈黙。
あとに残るのは人だったものと燃えるスクラップだ、すっきり。
「オラッ! どうした! もうおしまいか! もっと来やがれ!」
『落ち着いて!? ねえ落ち着こう!? 撃ちすぎだよ!?』
しかしまだ撃ち足りない、敵がいそうなところに撃ちまくっていたが。
【電波を受信しました……】
がちっと弾切れ、同時に無線傍受のお知らせがやってきた
しかたがなくPDAを開くと【ミリティアの通信】と出てきた。
硝煙の匂いと死体だけが残る戦車の上でそれを開くと。
【撤退だ! 撤退しろ!】
【貴重なウォーカーがやられる前にとっととずらかれ!】
【一体どうなってんだ話が全然違うじゃねえか! 敵の勢いが良すぎる!】
そんな罵詈雑言、悲鳴、それから銃声まみれの通信が聞こえてきた。
見れば街の中央あたりから、あのロボットが急ぎ足で西へ向かう姿も確認。
……どうやら終わってしまったらしい。
「皆さまお帰りになったようだな。こんなに撃ちまくったの初めてだ」
『いちクン、撃ちすぎだよ……関係ない人に当ててないよね……?』
「ワゥン」
「そこのお前! 動くんじゃねえ!」
熱々の銃身と仲良くクールダウンしていると、後ろの方から厳つい声が。
振り向くとバンダナの男が仲間をつれてこっちに銃を向けていた。
が、シエラ部隊の連中はすぐに俺だと気づてくれたみたいで。
「……なんだお前か。そんなところで一体なにしてやがる?」
そう尋ねられ、俺はまだ動き続けている頑丈な棺桶から降りて、
「あんたらと同じことさ」
困惑するリーダーに向かって後ろの方を親指で示した。
背後では人を乗せたトラックが雨の中でこんがりと焼けている。
まるで終わりを告げるかのように、視界に【LevelUp!】と表示された。
◇




