惑星テセウスのはなし
それはテセウスと呼ばれる世界の物語。
はるか遠い場所に勇者の国、と呼ばれる大国がありました。
そこでは特別な力を持つ勇者という存在が生まれ、彼らは世の中のため、お国のために人ならざるものと戦っていました。
ある時、そんな国に一人の少年が現れます。
その子の名前は『アバタール』といい、右も左も、親の顔すらも分からず、途方に暮れていました。
そんな彼はすぐに心優しい聖女さまに拾われ、孤児として育てられました。
アバタールは物覚えが早くなんでも知っていました。
まるで何百年も先の未来まで見えているようだといわれるほどです。
その知識の量はすさまじく彼はすぐに神童とよばれました。
そしてアバタールは誓います。大好きな聖女様のお役に立とう、と。
やがて彼は勇者になるべく聖都へ呼ばれました。
大人たちは期待していました。神童と呼ばれるほどなのだから素晴らしい勇者になれるだろうと。
しかしなんということでしょう、その子は魔法が使えませんでした。
それどころか彼は、異能の力をすべて破壊してしまう体質でした。
彼がつけた傷には治癒の魔法は働かず。
魔法で強化された身体がぶつかればこわれてしまい。
魔力で生み出されたものはすべて、彼の敵意の前には通用しませんでした。
魔法の使えないアバタールは迫害の対象になりました。
しかしすぐに周りの大人たちは言いました、彼は最高の兵器だと。
魔力で動く魔物たちを容易く殺すことができると。
首を跳ね落とされても生き続ける魔女を殺すことができると。
それどころか他国に対する強力な切り札になるとも言われました。
しだいにアバタールは国から大切に扱われ始めます。
好きなものを好きなだけ与えられ、立派な土地を与えられ、何一つ不自由のない生活を約束されました、
しかし彼は嫌気がさしていました。
もはや人として扱われず、だれひとり友達もおらず、大好きな聖女様も助けてくれません。
アバタールはすぐに決断しました。こんな国から出て行ってやると。
彼はすぐに準備を済ませると、見張りの目をかいくぐって船を盗みます。
そして陸から海へと出ていきました。彼はもう、死んでやるつもりだったのでしょう。
そんな彼を見かねた聖女様は船に乗って後を追いかけますが、そのまま行方をくらませてしまいました。
険しい船旅のあと、彼は大きな大陸へとたどりつきました。
『フランメリア』と呼ばれる魔族が支配する地です。
勇者の国では恐ろしい魔物たちがはびこる地獄のような場所なのだと教えられていました。
しかしどうでしょう。そこは聞いた話とはまったく違う様子でした。
人と人ならざるものが共存し、迫害されていた魔女たちが集まる平和な場所だったのです。
そんな場所へ迷い込んだ彼にフランメリアの人たちは身構えます。
ですがアバタールはたった一目で決意しました。
どんな人間も、どんな種族も、平等に暮らすことのできる理想郷を作ろうと。
それから彼はたちまちフランメリアのために働くようになりました。
まず各地を支配していた魔族をまとめあげ、様々な種族が暮らせるように土地を整え、世界中で迫害されていた魔女を呼び集め始めます。
魔女たちがやってくるとアバタールは力を貸してくれと頭を下げました。
とうぜん、断られました。それでも決してあきらめずお願いしにくる姿にとうとう魔女たちは折れました。
魔女たちの文化を絶やしてはいけない、そう告げられたからです。
こうしてフランメリアはどんな種族も受けいれられ、世界中から魔女の集まる国として栄えました。
やがてアバタールは最後の魔王と呼ばれる人ならざる女性と結ばれました。
彼女は数百歳を超え、強大な力を持つ異形の存在でした。
不思議な力で老いることもできず、魔法の効かない彼だからこそ釣り合ったのかもしれません。
そうして穏やかな余生を過ごそうとした彼に、二つの災難が訪れます。
一つは彼は子供を作ることができなかったということ。
もう一つは彼の命を狙う災いが襲い掛かってきたこと。
アバタールは決めました、誰かを巻き込むわけにはいかないと。
そんな彼の決意に魔王も無理やりついていきました。
二人は誰も巻き込まないために遠い地に離れ、そこで命を散らしました。
そうして彼らは何も残すこともなくこの世から去ってしまいましたとさ。
後に残ったのはフランメリアと呼ばれる、魔女たちの理想郷だけでした。




