4 割と最悪なスタート(3)
「ヒャッハァー! 5000チップは俺のもんだァ!」
「生贄が逃げたぞ! 逃がすんじゃねぇぞ!」
「ひゃはははははは新鮮な肉が逃げてるぞ!」
「供物の分際で逃げるんじゃねーッ!」
とにかく走った。
狂ったやつらの声や足音がすぐ後ろにくっついてるみたいだった。
これが夢だろうがなんだろうが逃げなきゃやばい。
「走れ走れ走れ! 立ち止まるなァ!」
すぐ目の前を走っていた男が振り向きざまに銃を向けてきた。
撃たれると思った、ところがその銃口は横に逸れていき。
*ダァンッ!*
散弾銃が目の前でぶっ放された。
鼓膜をぶち破るようなすさまじい音と衝撃が、頭の中に流れ込む。
すぐ後ろでうめき声が聞こえた――たぶん誰かに当たった。
それだけならまだ良かった、背中にべちゃっと水っぽいものが飛んできた。
「うっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
もう限界だ。もう嫌だ。一体どうなってんだクソが!
泣きたくなった。いやもう泣いた。前には銃後ろには変態どうすればいいんだ!
「頭カチ割って八つ裂きにしてやるぜぇ!」
「良くも仲間を殺してくれたなァァァァァ!」
「あの若いやつはは俺のもんだぁぁぁぁぁーーッ!」
背後から罵倒、目の前でフォアエンドの作動音。
また銃がぶっ放されて転びそうになった、いや転ぶものか、気合で立て直す。
「こっちはだめだ! アルテリーどもがいるぞ!」
「どこに逃げればいいんだよぉぉぉぉッ!」
「くそったれ! セキュリティの連中は一体なにやってんだ!?」
そこへ途中の曲がり角からジャンプスーツ姿の人間が飛び出してきた。
いや一人だけじゃない、二、四、八……とにかくいっぱいだ。
俺たちの向かう先に逃げるやつもいれば、こっちに飛び込むやつもいる。
「どっ……どけっ!」
最悪のタイミングで突っ込んできた人の群れにタックルをかました。
ジャンプスーツ姿の人が「ぎゃっ!」と倒れた。
そこへ別の人間が割り込んできてぶつかった。
構うもんか。こっち来んな。ぶん殴るようにかき分けた。
「ぎゃはははははははは! 挟み撃ちだぜェェ!」
さらにその後ろから槍を持った狂人が突き刺しにきやがった。
鉄パイプに包丁でも溶接したような獲物がこっちに突き出される。
反射的にコンクリートに滑り込んだ。
槍の先端が頭の上をびゅんと掠めた。
そのままスライディング、後ろにいた別のクソ野郎どもの間をくぐった。
「どけえええええええええええええええええええええええッ!」
すぐ後ろであの散弾銃のきつい銃声がした。
いや、あいつの安否なんてどうでもいい。
武装した男たちの間を潜り抜けた俺は死に物狂いで立って走った。
「もう少しだ止まるな走り続けろ! クソクソクソクソクソッ!」
あの男が追い付いてきた。
背中に矢みたいなのが突き刺さってる。
遠くの突き当りに何かが見えた――あれだ、巨大な斜行エレベーターだ。
ランプがちかちか点滅していて、扉が閉まりかけている。
それにジャンプスーツを着た先客たちがたくさんいた。
「逃げんなクソ野郎ォォォォォッ!」
だんだんと後ろからの声が遠のいていく。
後ろの方からばんっという独特の破裂音が聞こえた気がした。
「っ……! いてっ……」
いきなり脇腹をぶん殴られたような衝撃が走る、なんなんだ、一体。
……いや、なにかおかしい。
痛い。脇腹のあたりから力が抜けていく感じがする。
それに熱い。熱湯でも注射されたみたいに急に熱く――
「お前ら早く来い! まだ間に合うぞ!」
「新兵! 滑り込めェェェェッ!」
身体の力がぼろぼろこぼれ落ちていくようだ。
ゴールの扉が閉じようとしていく。
ずっと追いかけていた男が派手に滑って中に駆け込んだ。
俺も――よくわからないまま足から滑り込んだ。
目の前で分厚い鉄の扉が下りてくるのが見えた。
通過した。エレベーターの床の上に到着。
「ちっくしょおおおおおおおお! ぜってー逃がさねえからなぁぁぁッ!」
最後にそんな声が聞こえたかと思うと、エレベーターがごうごうと音を立てて動いた。
トラックを数台停められそうな足場が斜め上に向けて昇り始めた。
してやった。逃げ切ってやったぞ。ざまあみろ。
「はっ……ははっ……や、やった……」
死ぬほど息が苦しいが、あいつらのくやしそうな声が聞けていい気分だ。
「……お、おい! 新兵! お前……!」
「こ、こいつ撃たれてるぞ!?」
「早く止血しろ! おい! 気をしっかり持て!」
……は? 撃たれた?
「……!!」
脇腹のあたりに触れたとたん、指にべっとりとした感触が。
急にひどい痛みを感じる、遅れて内側から焼かれるような熱さもやってくる。
うそだろ? 撃たれたって? 俺が?
頭の中が混乱した。それより意識が、背筋からふわっと遠のいていく。
「い……っ、うた……れた……?」
喉に栓でもされたみたいに息ができなくなってきた。
抑えていたところからどぷっと何かが噴き出て、ひどい鉄の臭いを感じた。
「畜生! 『フィクサー』を使うぞ! 誰でもいい傷口を抑えてくれ!」
「わ、わかった! 弾は!?」
「貫通してる! おい待ってろよ新兵! 意識を保て!」
するとあの男がポケットから大きめのペンみたいなものを取り出していた。
そしてジャンプスーツに空いた穴に捩じりこまれた。
……いやマジで勘弁してくれ、注射は苦手なんだ。
「そんな顔をするな、こいつは無針タイプだ。注射嫌いでも大丈夫だからな」
ああそうか、じゃあやってくれ。
ぷしゅっと音を立てて何かが注入されていく。
何なのかはさっぱりだがそれで助かるならもう、どうだっていい。