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77 エクセキュート

 それは間もなく日が変わる、といったタイミング。


「まず私から一言いわせてもらうよ。馬鹿じゃねーの」


 ブリーフィングルームに集められた住人たちの前で、ボスの発した一言はそれだった。


「なんだいこの……気持ちの悪い奴らは!? なに勝手に自壊してんだアホかい!?」

「上がクソすぎて機能不全起こしてるとかダメな組織の集大成だよなぁ。ウェイストランドでいろいろ見て来たけど、ここまでひどいの初めてだぜ。なあミコさん?」


 ツーショットが口直しのビールと共にミコに絡んできた。


『風通しの悪い職場ですね……』


 すごく意外な返しがきた、こいつもだいぶ染まってるな。


「ははっ、ミコさんも言うようになったな。まあカルトなんてこんなもんだ」

「それにしたってぐだぐだすぎやしないかい? 行き当たりばったりでここまで来て勝手に潰れかけてるんだ、このままほっといてもいい気がしてきたよ」

「ああいう手合いはそれでもいいだろうが、今確実にやっとかないと後々厄介なのも確かさ。つーか約束なんて守らないぜこりゃ。総戦力連れて交渉しに来るぞ」

「それがいいのさ、今は目の色変えて突っ込んできてくれる方が都合がいい」


 ボスはカルトの有様に呆れ果てながら、一番前にいた俺になにかぶん投げてきた。

 手作りの本だ、人間の顔みたいな悪趣味な表紙の『聖書』である。


「ボス、これはなんですか?」

「配ってる聖書だそうだ、クソみたいな内容だから読んでみるといい」


 分厚い本をめくってみた。

 神や精霊を食らえば力を得られるとか、欲望のままに生きよとか書いてある。

 挙句の果てに既存の宗教はすべて邪教扱いするような怪文書まであった。


「俺の親友の怪文書といい勝負だ。アレク、読んでみろ」

「誰が読むか、こんなもの……しかもこの表紙、本物(・・)だぞ」

「……やっぱり天然ものかこれ」

『ひっ!? 本物って、これ、人間の顔……!?』


 近くにいたアレクに読ませたら速攻で渋い顔されて別のやつに回された。

 しばらく聖書の回し読みがされたものの、最終的に『この世から消滅させろ』とばかりに俺の手元に帰還。


「お前も変な奴に絡まれて大変だなぁ、イチ。ご愁傷様としかいえねーや」


 後ろからアーバクルが肩をぽんぽん叩いてきた。

 まったくだ。それに、あいつらのおかげで最近は嫌なことを思い出してる。


「大丈夫だ、昔からああいうのに絡まれてたからな」

「どういうこった、なんかあったのか?」

「親がカルトにハマっててな、おかげさまでいい幼少期を過ごせたよ。クソ」

「あー……もっとご愁傷様だな。まあ強く生きとけ」

『そ、そうだったんだ……大変、だったね……』


 そうだとも、何を隠そう俺はあんまりいい家庭環境じゃなかった。

 父親はアル中、母親はカルト崇拝のダブル依存症の間に生まれたのがこの俺だ、たぶんこの世にある毒親問題をぎゅっと凝縮したぐらいのひどさだ。

 そんな毒親から生まれたサバイバーがまさか世紀末世界で人食いカルトに立ち向かうなんて、俺の人生はよっぽど狂ってるらしい。


「良かったじゃないかイチ、そういうのと縁を切るまたとないチャンスだよ」


 人が複雑な気持ちでいると、ボスは軽く口をはさんでくれた。

 思えばこの人に何度助けられ、何度勇気づけられたんだろう。俺は幸せ者だ。


「もちろんですボス。これを機に派手に断ち切ってやります」


 意志表示をしてやるとボスは「いい返事だ」と小さく笑んだ。

 それから顔が変わった、ボードの前に立って真面目モードに入ったようだ。


「さて、ハノートスとかいうやつは奇跡の業が使える以外になんにもできない無能だ。数だけは多いがその結束も綻びかけている。やるなら今だね」

「……滅茶苦茶ですねあいつら」

「あいつ自身組織を動かすためのスキルがなかったから、すべて部下に投げっぱなしだったんだろうね。それにイチ、お前さんが滅茶苦茶にしたのさ」

「俺がですか?」

「あいつの大事にしてた右腕――ハンズリーってやつをぶちのめしたそうじゃないか。今でも幻肢痛(・・・)に悩まされてるだろうね」


 あの心臓わしづかみ野郎への仕返しは地味に効いていたらしい。

 するとツーショットが「やったな」と俺の肩を叩いてきて、


「で、教祖様とやらを罠にはめるってわけか」


 ボードに張られた地図を指した。

 ここから数㎞ほど北へ向かったところにある、ニクと出会ったあの場所だ。


「そういうことだ。指揮系統がぐだってる今なら確実に殺れるってことさ」

「ボス、ちょっといい?」

「ちょっと疑問があるんだけど」


 全員でボードを見ていると、小銃手の双子が挙手した。


「なんだい、ドギー、シャンブラー」

「向こうが律儀に約束を守るとは限らないでしょ?」

「確実にハノートスが来る保証はあるの? 替え玉だってありえるわけだし」


 二人はそんな疑問があったようだ。

 確かにそうだ、『正々堂々話し合いましょう』でその通りに来るわけがない。

 でもボスは「来るさ」と地図を見た。自信に満ちた顔をしてる。


「あいつは自分は死なないと思ってるだろうからね、律儀に姿を現すさ」

「良くわかんないんすけどボス、物理的にいえば――」


 今度は首筋に分厚いキスマークまみれのヒドラが手を上げた。

 それから、ぴったりくっつく赤毛のお姉ちゃんも。


「全部きれいに吹っ飛ばせば問題ないってことっすよね」

「そういうことだ。だから南下したところにIEDをしこたまぶち込んで、そこにおびき寄せて吹っ飛ばす。もう遠慮なんかいらないよ、派手にやれ」

「あの辺一体の地形を俺好みに変えていいっていうんなら任せてくださいよ」

「よし、今すぐ取り掛かれ。手の空いてるやつは手伝ってやりな」


 話を聞いて分かったのはおびき寄せて爆破するってことらしい。

 しかし分からない点がある。取引現場から爆破エリアまでどうやっておびき寄せるのか、それとIEDってなんだ。


「なあ、IEDってなんだ?」

「路上爆弾のことだ。まあ要するにこの前拝借したブツにちょっと細工して、手製爆弾に変換した上でお返しするってことだな」


 疑問を挟むと一線を越えた放火魔が答えてくれた。


「……まさかと思うけどあのロケット弾とか全部?」

「おう、おもしれーことになるぞ。それじゃ飾りつけしてくるぜ」


 そういって彼は部屋を出て行ってしまった。

 ちょっと待て、それだとあいつらをどうにかおびき寄せつつ、爆発物まみれの道路に飛び込んで退避しないといけないことになるぞ。


「そういうわけだ。ここにいる連中には今すぐ設置場所を確保、および目標地点の南側にFOBを建てて武器を運べ。歓迎パーティーの準備は明日の夜だ」

「ヴァージニア様、己れは何をすればいいのでしょうか?」

「アレク、お前は待ち伏せの準備だ、サンディの補助も頼んだよ」

「私は何をすればいいのでしょう? ごはん? それともじゃがいも?」

「……あんたはおとなしく飯でも作ってな」


 ボスの一言を受けてみんな次々と部屋を出て行ってしまった。リム様も。


「――どーしよ」


 思わず、どことなくそう言った。

 ニクはまるで「最後までお供します」とばかりに静かにすり寄ってきた。


『……どう見てもこれ、爆弾の中を通ることになるよね』

「こいつら花火大会かなんかと勘違いしてるんじゃないか?」

「まあ、あながち間違っちゃいないだろうね。いい加減あいつらにはうんざりしてたんだ、景気よく花火でも打ち上げなきゃ気が済まないのさ」


 主の爆散まで付き合ってくれそうな犬を撫でてるとボスがやってきた。


「――そういうわけさ。次の仕事に備えて今日のところはもう休みな」


 どうやらこのゲストは、明後日とんでもないことをやらされるらしい。



 あんなこと言われて「はいおやすみ」と眠れるやつがいるんだろうか。

 それに昼間も寝たものだから眠気がどっかに脱走してしまった。


「……なあ、起きてるか?」


 すっかり背中になじんだベッドの上に尋ねるものの、返事はない。

 机の上のミコは寝息を立てていて、ソファーに乗ったニクもぐっすりだ。

 リム様もいない、食堂にこもりっきりだ。


「……ならいいさ、おやすみ」


 穏やかに眠る黒い犬の頭をなでてから、外へ出た。

 コンテナハウスの外はまだ薄暗いが、それでも朝日が来ようとしている。元の世界とは違う朝が。


「……今のうちにやっとくか」


 ふとレベルが上がったことを思い出して、PDAを開いた。ようこそレベル6へ。


【できる男の条件とは、一に必殺の一撃、二にいざという時の隠し玉、三にどんな状況にも応じられる度胸です! あなたは必殺の"フィニッシュムーブ"をお見舞いできるようになることでしょう!】


 今度の『PERK』は必殺という名詞に引かれたのでこれにしよう。

 まさかこんな世紀末世界で民兵さながらの生き方をした挙句、ニンジャとしての人生にも手を出すはめになるとは。


「――なんだい、起きてたのか」


 適当に腰を下ろして考え事でもしようとすると、不意に声がした。

 ボスだ。ビールの瓶片手にずんずん近づいてくる。

 民兵スタイルの服装に高身長という出で立ちはいつ見ても老人らしからぬ姿だ。


「どう頑張っても眠れなくて。それよりどうしたんですか、こんな時間に」

「あんたと同じさ。まあ、有り体に言うなら年寄りの戯言に付き合ってほしい」

「はあ」


 ボスはコンテナに寄りかかった。

 大事な話じゃなさそうだが、何か話したいような雰囲気なのは確かだ。


「あんた、2030年から来たって言ってたね。それも違う世界の」

「ええ、そうですけど」

「これは私の好奇心で聞かせてもらうけど、あんたのいた時代の世界はどんな感じだった?」

「……聞いてどうするんですか?」

「馬鹿もん、好奇心っていってるだろう?」


 意外だ、こんな質問をされるなんて。

 少し思い返してみることにした。


「そうですね、人工知能が急に発達して、そこから何もかも変わり始めた世の中って感じでしょうか。いろいろ便利にはなったんですがひどい就職難を生んだりして……」

「なんだい、こっちとたいして変わらないじゃないか」

「……変わらないんですか」

「急に変わり始めたのは良かったが、そのあとはひどいものさ。世界中で食料不足と不況がずっと続いてどん底さ。私が軍にいたころからずっとね」

「軍?」


 聞きなれない単語があったのでつい聞き返してしまった。

 まあ確かに、この人は軍人っぽいが。

 するとボスは「なあ、お前さん」と一言くわえて。


「もしもだ、私が戦前から生きてるって聞いたら信じるかい?」


 この人らしからぬことを言い始めた。

 もし信じてしまうのならこの人は150年以上生きてることになるわけだが。


「本気で言ってるのなら信じたいところですけど」

「本気さ。私は戦前の世界から来たんだ」

「……どうやって?」

「人体冷凍保存ってのは知ってるかい? 人間をTVディナーみたいに凍らせて保存する技術さ。そいつで眠ってたわけだ」


 えーと、つまり、この人が冷凍保存されてたっていうのか?

 不思議にも俺だって『冷凍保存されてくる』とか言った覚えはあるけども。


「……なんだいそのリアクションに困ってる顔は」

「……すみません、信じます。でもなんだか奇遇というか」

「奇遇? あんたも冷凍庫に放り込まれてたっていうのかい?」

「いえ、あまりの就職難に冷凍保存実験に参加しようとか思い立ったことがあるんです。けっきょく、しませんでしたけど」

「なんだい、私と似たような理由か。あんなのはやらなくて正解だよ」


 驚いた、まさかこの人がカッチカチに凍らされてたなんて。

 この反応を見る限りはやらなくてよかったみたいだ。


「ボスも仕事がなくてやったって感じですか?」

「仕方がないっていう点は同じだが、何を隠そう私は元軍人でね。優秀な兵士だったからということで冷凍保存実験の話をもちかけられたのさ、多額の金を条件にね」

「……じゃあボスは本物の軍人だったんですね」

「ああ、そうさ。あんたカナダって知ってるかい?」

「ええと……メープルシロップの国でしたっけ」

「ケチャップチップスもね。ま、この国の人間じゃないってわけさ。資源求めてにらみ合ってた国の片方、それも切羽詰まって女性も余裕で戦闘にぶっこまれるほうの兵士だ」

「……女性兵士だったんですか」

「まあね。自分でいうのもなんだが退役するまでは最高の兵士だったよ」


 ボスは懐かしそうにどこかを見ている。


「軍をやめたあとはそれはもうひどい時期でね。自宅に地下シェルターを作って終末(・・)に備えてたんだが、どうしても金が必要だったんだ。息子たちのためにね」

「……家族がいたんですね」

「生意気でだらしないガキさ。女選びのセンスだけは最高だったよ」


 その息子も、今じゃもういないんだろう。

 かつて軍人だった老人はビールを飲み干すと瓶を渡してきた。

 分かってるさ。『分解』した。


「で『戦闘力を保ちながら保存できるか』っていう実験に参加したわけだ。電気だの薬だので筋力を保持する拷問だか実験だけわからないことをされたもんさ」

「じゃあ実験は成功したんですか?」

「このザマを見て成功したと思うかい? 眠ってる間に戦争起きて装置ぶっ壊れて目覚めたら西暦2190年だ。解凍されたら世紀末ってやつさ」

「それは……成功とはいえませんね」


 この人もこの人でかなり悲惨だった。

 俺も冷凍保存実験に申し込みしてたらこんな感じだったんだろうか。


「まるで悪夢だろ。どうにか自宅に戻ったらまた悪夢さ。シェルターを開けたら白骨死体が二つ、調べれば押し入った盗賊に射殺されてたっていうオチだ、笑えるだろ?」

「……笑えませんよ、ボス」

「ああそうだね、笑っていいのは私だけだとも」


 目覚めてすぐに天涯孤独になったのか、この人は。


「そこからは大冒険さ。数十年間この世界を歩き回った。シド・レンジャーズっていう正義の味方の連中のもとで活動したりもした。それでまあ、面白いのを見つけたのさ」

「面白いもの?」

「あいつさ」


 話を聞いていると今度は後ろの方を親指で示しはじめた。

 指先を追うと――褐色肌で眠たそうな顔の女の子がいる。サンディだ。


「……どうも」


 本当に眠そうな声でふらふら近づいて、うとうとしながら俺の隣に座った。


「ここから遠く離れた場所にネイティブっていう連中がいてね。図書館の資料を見て触発されて生まれたネイティブアメリカンもどきだ」

「サンディたちが、ですか?」

「ああ、大いに。そいつらはそりゃもう最高に弱い部族だったよ。レイダーどもにいじめられてて見てられなかった。だからまあ、最初は陰ながら助ける程度だったんだがね」


 サンディを見た。こっちの視線に気づいてかくっと首を傾げた。


「ある日そいつらの集落が襲われてね。見捨てるつもりがついトリガに指が伸びちまったんだ。それでまあ……生き残ったガキを五人も連れていくことになったってわけさ、わかるだろう?」

「助けたんですね」

「そうともいう。半日かけて百人ほど頭をぶっ飛ばしたね。――冗談さ」

「ボスが言うと冗談に聞こえないですよ」

「あとはこの町に根付いて静かにくたばる、と思ったのにこれだ。お前さんのせいでせっかくの人生設計が崩れちまったじゃないか」


 どうやらこの町にきたゲストはこの人に水を差してしまったみたいだ。


「……おばあちゃん、死ぬのは、だめ」

「見な、無茶振りばっかりしやがるんだ。これがしばらく続くと思うと憂鬱さ」

「なんかすいません……」

「おまけに今度はカルト集団やミリティアどもが勢いづいてるときた。この世界はこう言ってらっしゃるようだ、この老いぼれに死ぬまで戦えってね」


 まだ暗いせいなんだろうか、ボスが楽しそうな顔をしてるように見えた。

 俺もこの世界でこんな風に笑える人間になれるんだろうか。


「でも安心しな、お前さんが来ていいことがあった。やっとパンが食えた」

「それも俺のせいなんでしょうかね」

「何もかも誰かさんのせいさ。まったく、次から次へと変な客が来るね」


 いや、どうやらさっきのは見間違いじゃなかったみたいだ。

 闇の中でもはっきりとわかるぐらい、ボスは笑っていた。

 それを見てなんだかとても安心した気がした、なにも悪いものばかりを引き寄せているわけじゃないのか、と――


「ふっ……お呼びかしら」


 そんなことを考えてるといきなり得意げな声が混ざってきた。

 サンドイッチをトレイに乗せたリム様が闇の中から亡霊のごとく現れた。


「――ちょっと変なやつもついてきてるがね」

「あっちの世界でも変な人だそうですから大丈夫ですよ」

「ミコがいう別の世界っていうのはこんなのばっかなのかい? 世も末だね」

「お姉さまとか妹どものほうがやべーですわ!」

「……お夜食、おいしそう」

「リム様特製BLTサンドですの。オラッ! 食えッ!」


 どうやら夜食のようだ。

 サンディがもぐもぐ食べ始めるのを見て、俺たちも手を付け始めた。

 けっきょくあれこれ話し続けて、眠らぬまま朝を迎えた。


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