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73 朝食をお届けに

 ブリーフィングが終わると新しい装備が支給された。

 例のグレネードランチャーと40㎜弾が差し込まれた肩掛けのベルトだ。 

 ちゃんと狙って撃てば当たるだろう。訓練で【重火器】のSlevは3に上がった。


「乗客の皆様、プレッパー号の乗り心地はいかがでしょうか?」


 ……まあそれよりも、俺たちはいまツーショットが運転する車の中にいた。

 いつぞや不運にも槍が突き刺さってしまった装甲車である。


『……車に乗るのって初めてかも』

「助手席最高」

「装甲車にしちゃいい方だぜ、狭苦しいけどよ」

「人を銃座に回しといて乗り心地もクソもあるかよ?」

「ワンッ」


 後ろに犬とヒドラショック、50口径の銃座に赤毛の機銃手、助手席に擲弾兵、そしてハンドルを握るツーショット。

 男たちを乗せた元軍用車両は道路を北に進んでいる。

 なんともむさくるしい集まりだが、問題はそこじゃない。


「ヒドラ、お嬢さんがたはちゃんとついてきてるか?」

「おう、エスコートできてるぜ。で、俺の作った衣装はどうだ」

「いい感じだ。このままレイダーになれそうなぐらいにな」


 そんな俺たちはいま、ものすごい格好をしていた。

 分かりやすく言えば『ヒャッハー』だ。

 全員が服の上にぼろ布や廃材などで作った訳の分からない装飾を施している。


「ニクもいい感じに変装できてるな。俺の作った世紀末ファッションはどうだ?」

「ワゥン」

「気に入ってくれたか、わかってるじゃねえかお前」


 我が犬ニクもゴーグルやバンダナ、折り曲げた看板などで作った防具をそれっぽく取り付けられていた。

 もはや愛くるしい犬の面影はない、それに少しだけ窮屈そうだ。


「……なあ、本気なのか?」


 俺は助手席にもたれかかりながら隣の運転手に尋ねた。

 自分だって相当にアレだ。ジャンプスーツに錆びた鎖やらぼろ布やら中身飛び出したテディベアとかがくっついている。


「本気さ。こんなおふざけが許されるのは相手がただのクソカルトだからな」


 ご機嫌な様子で車を走らせるツーショットは「ひひひ」と悪趣味に笑った。

 おいしそうな匂いが充満した装甲車の中で、思う。

 ――なんでこんな作戦許可したんですか、ボス。


「……マジで乗り込むのか、これで」


 ブリーフィングが終わって最初に飛んできた命令は何か。

 それはこうだ、『レイダーに変装しろ』と。

 だからこうして犬も含めてレイダーファッションショー状態なわけだ。


「レイダーに化けてお邪魔するだけさ。心配すんな」


 そのうえでこういうのだ。

 『アルテリーの拠点に乗り込め』と。

 つまりお友達になりきって、お目覚めの時間にお邪魔しに行くというわけだ。


「……なあヒドラ、なんなんだその格好? 暑くないのか?」


 この際やってやるとして、一番奇抜な恰好をしているヒドラショックを見た。

 すごい格好だ。お手製の耐熱服で全身をごてごてに包み、頭部全体を覆うような溶接マスクで強気な表情が隠れてしまっている。


「フレイムトルーパーだ。カッコいいだろ?」


 そういって友人は燃料タンクを拳でこんこんしてみせた。

 最高なことに持ってきた獲物は『火炎放射器』という代物だ。

 持ってる理由は単純な話だ。そいつで燃やし尽くすらしい。


「……そんなの使って大丈夫なのか?」

「大丈夫だ、お前にゃ当てやしねえよ。まあ掠ったらちょっと燃えるがな」

「俺たちまで焼くんじゃないぞ、ウェルダンはごめんだ」

「心配すんな、レアで済ませてやるよ」


 しかも腰にはお手製の火炎瓶を何個もぶら下げている。

 決めた、こいつの近くには絶対に近づかないでおこう。


「なあなあ、まさか毒でも入ってんのかこれ?」


 銃座の方から赤毛の男の声がした。

 振り返ると車内に段ボール箱が押し込まれてあった。

 中身は紙包みのサンドイッチが山ほど、リム様が作った特製の朝ごはんだ。


「その案も考えたがリム様が毒なんて入れたら溶かすぞってさ」

「じゃあなんだ、人肉かよ?」

「シカ肉だ、いつも食ってんだろ」

「何考えてんだろうなあのチビ。あ、一つもらっていいよな?」

「ご本人は『どうぞ』っていってたぞ。というか出発前に軽く食っただろ?」

「朝はいっぱい食わねえと気が済まないんだよ。いただきまーすっと」


 赤毛の男は箱から無造作に一つ掴むと、包みを開けてかじりついてしまった。

 車の中ではバーベキューソースの香りが充満している。

 またツーショットが汚く笑った。


「へへへ、あいつら腹ペコらしいからなあ。いい通行証になるぜこいつは」


 最初は変な話だと思った。

 リム様が準備したこの大量の『朝食』を車に積めというのだから。

 まるでアルテリーの連中に朝飯でも届けに行くような――


「まさかこいつを餌にして何かするつもりか?」


 もしやと思って問いかけた。そういえば食い物に困ってると聞いたからだ。

 隣にいたツーショットはニヤっと口元を緩めて。


「そうだぞ。こいつでおびき寄せて集まったところを……」


 後ろに座っている放火魔になる予定の男に親指を向けた。

 この『餌』で集まったところをまとめて燃やし殺すっていうのか。


「燃やしていいのか!?」

「ああ、念入りに焼いとけよ。今回はインパクトが大事だ」

「愛してるぜツーショット」

「その台詞は食堂にいるあの子にいってやれよ」


 マジでそうらしい。馬鹿じゃねぇの。


「要するにこういうことさ。俺たちはどっかのレイダーになってプレッパータウンから物資をかすめ取ったという体でお邪魔しに行く。あいつらが臨戦態勢になる前にかき回してやるのさ」

「最初から総攻撃じゃだめなのか?」

「だめだ、そいつじゃ都合が悪いんだ。だからぎりぎりまで近づいて……どかん! だ。楽しいだろ?」

「あいつらにちゃんとした飯なんて送る必要なんてないだろ、勿体ない」

「最後の晩餐ぐらい味合わせてやろうじゃないか。ひひひ」


 あいつらにとってひどい朝食になりそうだ。

 そういうことならいい、あいつらに仕返しができるなら特に。


「そういうわけだ。アーバクル、キャリバーに弾込めとけよ」

「ん、おう。うめーなこのBBQサンド」


 頭上からがしゃっと重機関銃に弾を込める音がした。

 これから俺たちはレイダーとして、あいつらにおいしい食事を届けに行く。


『……りむサマ、このためにわざわざ作ってたんだ……』

「てっきり俺たちの朝飯だと思ったのにな……ほんとに勿体ない」

「ワゥン」


 後ろを見るとニクがじゅるりとよだれを垂らしていた。俺も腹が減った。


「さてレイダー諸君。同志へ貢物だ、準備をしやがれのろまどもってか?」


 しばらくするとツーショットが芝居のかかった口調で車のスピードを緩める。

 時間だ。俺は骸骨の口元を模したマスクで顔を隠した。

 グレネードランチャーを折って40㎜の弾を込めるのも忘れずに。


「準備はいいな、くそったれのレイダーども?」

「ああ、ぶっ殺してやる」

『は、はい……』

「ワンッ」

「おう、真っ黒に燃やしてやるぜ」

「久々の50口径だ、撃ちまくってやんよ」


 装甲車が道路を曲がり、荒野に作られた道の中へと進む。

 どんどん敵へと近づいていくわけだが、不思議と緊張はしなかった。

 しかし腹が減った、誰だ、こんなうまそうな料理を作ったのは。


 進路を変えて十分ほど走ったところでスピードが一段と緩められた。

 スリット越しに前方を見ると車が二台、道を挟み込むように待ち構えている。


「早速お出迎えだ。イチ、停まったら降りるぞ。わかってるな?」

「仲良く半分こだな?」

「アーバクル、お前は後ろのお嬢さんがたに合図だ」


 これから確実に殺す。いつでも左肩の銃剣を抜けるように意識した。


「……おい! なんだ貴様らは!?」


 装甲車が距離を詰めていくと、二人の男が車の裏から飛び出てきた。

 フードつきコートを着た二人だ。錆びのある短機関銃を手にしている。


「おはようお二方。ちょいと略奪にいってきたんだがおすそ分けにきたんだ」


 車が停車、ツーショットが堂々と降りていった。

 俺も行こう、シートベルトを外して荒野へ降り立つ。


「おすそ分けだと? 何を言っているんだお前たちは?」

「そこから一歩も動くな! お前たちは何者だ? 答えなければ――」


 二人は白い息を吐きながらいぶかしげにこっちに迫ってくる。


「おいおい! 兄弟、あんたらは自分たちの同志も分からないのかい?」


 距離が詰まってきたところでレイダーになりきった彼は、


「あんたらの神の御加護が効いたぜ、大戦果を上げちまった」


 どこからともなくあの手紙を取り出した。

 レイダーたちから手に入れた怪文書だ。なるほどそう使うか。

 そんなものを突き出されたアルテリーの二人は顔を見合わせ。


「……同志か」

「そうみたいだな。この手紙を持ってるってことは……」

「思い出してくれたか、嬉しいね! さっきニルソンの連中から物資を奪ってきたんだよ、是非ともお布施(・・・)がしたいもんでね」


 向けられていた短機関銃の銃口が下りた。

 銃剣を抜こうとすると、ツーショットが自分の腰を指でとんとん叩いた。

 どうやら「他に敵なし。もう少しだ」ということらしい。


「あいつらから奪ったというのか?」

「ちょいと逃げられちまったがな。いろいろ持って来たぜ? そうだな……こういうのはどうだ?」


 レイダーに扮した男は装甲車の方に振り返って『二つだ』と合図を送った。

 見れば、赤毛の機銃手がやる気のなさそうな態度で紙包みを投げてきた。


「朝飯だ。こいつはすごいぞ? パンだ!」

「……パンだと?」

「ああ、小麦を使った本物だ。良かったらあんたらも食わないか?」


 ツーショットがそれを受け取ると、迷うことなくそれを差し出した。

 見張りの二人は信じられない様子で手にするが、


「……本当だ。まさかこの世にパンがまだあるなんて」

「マジかよ……あ、あいつらこんなもん食ってるのか……」

「あいつらマジでやべえぞ、どうやって手に入れたのか知らんが作物を育ててやがる。小麦、野菜、果物――自分たちでも食いきれないほどの飯があるんだ!」


 ついに短機関銃を手放してしまった。

 そろそろか。俺は悟られないように相手の斜めに移動する。


「さあ食っちまえよ。腹減ってんだろ?」

「……いいのか?」

「べっ……別にいいだろ? 俺たちゃ毎日こんな場所で立たされてるんだ、食ったって誰も咎めやしねえ」

「……それもそうか、じゃあ……」

「その代わり……その、あれだ、うまくいったら(・・・・・・・)ぜひとも俺たちも恩恵を賜りたいんだが」


 ツーショットが腰から何かを取り出すのが見えた。

 小ぶりのナイフだ、指で柄をこすって「いいぞ」と合図を送っている。


「ああ、ああ、もちろんだ! 貴様らの働きは確かだ、上に取り合ってやろう!」

「……な、なんだこれ……うますぎんだろ……!?」


 二人の意識が完全にサンドイッチに向けられた。

 その瞬間を見計らってツーショットが動いた。


「……し、信じられないぐらいうまいぞ……! なんだこの濃厚さは――」

「ちゃんと約束してくれよ。ところで……」


 片方の男にふらりと接近、そのまま親し気に肩を組んだとみせかけて。


「"天にも昇るような味"だろ?」


 男の口を手でせき止めると、無防備になった首にナイフを差し込んだ。

 早い。相手が気づく前に、小ぶりの刃がぶぢっと横に肉を切り捨てる。


「おほっ――」

「……あ? どうし……」


 俺だって負けちゃいない。

 飛び散る血を理解する前に、もう一人の首を正面から掴む。

 銃剣を抜く。続けざまに胸のど真ん中に鋭い刃先を叩き込んだ。

 

「……ッ!?」


 アルテリーの見張りが声もあげられないまま目を見開く。

 仕上げだ。首を握りしめたまま心臓に最後の一突きをぶっ刺した。


「お見事だイチ、これで片付いたな。さあ魔女様出番だぞ」

「待ってましたわー!」


 二人を始末するとリム様が飛び出てきた。

 なるほど、片づけさせるわけか。


「さあ、うちの熱い男が暴れだす前に飯を届けにいこうか」

「ああ。とびきりうまいやつをな」


 俺は食べかけのサンドイッチを拾って齧った。

 スモーキーで甘辛い肉が挟んである。こいつらにはもったいない味だ。


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