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68 Empty the Wallets


 地上に出た途端、バカでかいトレーラーと黒づくめの護衛たちが目に入る。

 ぎょっとした。いきなり武装した集団と車載された機銃が見えたからだ。


「キャラバンだ。あのクソデカいトレーラーで商品を各地に運んでるのさ」

「……俺には重武装した強盗団にしか見えないぞ」

『と、とっても攻撃的ですね』


 ツーショットがいう先にあるそれは一言でいえば化け物だった。

 車両は凶悪な見てくれだ。モスグリーン色で、かつてそれが確実に軍か何かに使われていたことを示している。


「間違えても盗もうなんて考えるなよ? 護衛だってかなりの手練れだぜ?」

「逆にあんなやつらから盗もうとするなんているのか? あれじゃ――」


 一体あんなの誰が作ったんだろうか。

 もっといえばどうしてあんなの作ろうとしたんだろうか。

 元は軍用の頑丈なトレーラーだったことは分かるが、徹底的に改造を施されているせいか戦車さながらの外見だ。


「――まるで戦車だな! ってか?」

「そう、それ」


 荷台の方だってもっとヤバイ。窓付きの装甲版で覆われ、天井にある二連装の機銃があたりを舐めまわしていた。

 運転席の上には盾付きの機銃が据えられ、現在進行形で50口径の特別席にて誰かが厳しく周囲を見張っている。


「ナガンじいさんいわくあれが商売繫盛の秘訣だそうだ。あのおっかない取り巻きもな。さあ、買い物タイムだ」


 ツーショットは商品を並べ始めた鉄の化け物のほうへ向かってしまった。

 すでにここの住人たちは物騒な連中相手に平然と買い物をしているようだ。


「なるほどな、あれじゃ賊もご遠慮したくなるだろうな」

『ちょっと怖いよ、あの人たち……』


 ミコのいう通りおっかない連中が周りを固めているが、その銃口が俺たちに向かう理由なんてないだろう。

 俺がちゃんとした客と認められたらの話だが。

 犬を連れて地面に並べられた商品に近づくと、


「よう、ナガンじいさん。久しぶりだな」

「デュオ! 久々に来てみたらなんだこのありさまは? 一体どうしてこの辺りに緑が戻り始めてるんだ?」

「その名前はやめてくれよ。まあいろいろあったのさ」

「お前のいう"いろいろ"は広すぎてさっぱりわからんぞ。まったく、近頃のウェイストランドはどうなってるんだか……」


 ツーショットと白髪の老人が話し込んでいた。

 見た感じ結構な付き合いみたいだ。


「ちょっとした天変地異ってところだ。なあ、イチ?」


 商品を見ようとすると、会話に引き出されてしまったみたいだ。

 老人は恐らくこのキャラバンの親玉ってとこなんだろうか。

 この荒廃世界に見合わないスーツと、つばの広い帽子をかぶって自分が商人なのだと無理やり主張してる。


「……この男……捕らえたレイダーか? 悪いが奴隷の売買はやっとらんぞ」

「いやそうじゃない、新入りだ」

「誰か捕虜レイダーだコラ」

「これは失礼。しかしその格好、もしやハーバー・シェルターの人間なのか?」


 盗賊扱いしたことは忘れてやるとして、とても興味深そうな視線が送られてきた。

 特にいま着ている黒いジャンプスーツの襟章あたりに。


「そうだとも、こいつはウェイストランド最後の擲弾兵(グレネーダー)だ。アルテリー相手に暴れてた期待の新人さ」

「なんと……あの訳分からん連中に爆破されたと聞いとったが、まさか生き残りがいたとは」


 珍しそうな視線をしばらくぶつけた後、老人の手が伸びてきた。 


「ナガンだ。おっかないボスのために時々こうして取引しにきてる。今後ともよろしくな、お若いの」

「ああ、こんにちは。俺はイチ、どうやら最後の擲弾兵らしい。よろしく」

「そっちの立派なアタックドッグは? 黒いシェパード犬なんて珍しいが」

「俺の犬だ。名前はニク」

「ワンッ」


 こっちも手を伸ばすと握手された。

 ……不意に感覚が働く。しわだらけだが間違いなく銃に撃ち慣れてる。

 周りの男たちが手にしている得物だってかなり質のいいものだ。

 ありあわせ(・・・・・)の方じゃなく、戦前のものをわざわざ整備して使ってるのか。


「……さて、若き擲弾兵。見たところ給料の使い道を探しに来たみたいだな?」

「その通り、まさに買い物しに来たんだ。何がある?」


 とにかくここで給料を使わせてもらおう。

 ナガンという人は荷台の後ろに広げられた商品へと案内してくれた。


「いろいろさ。ファクトリー製の武具、弾薬、嗜好品、薬、なんでもだ。人肉と奴隷以外だったら何でも揃ってる。食料や水もあるんだが残念ながらここじゃもう需要はなさそうだな」

「ジンジャーエールとかあるか?」

「もちろん、荷台の冷蔵庫で冷やしてあるぞ」


 地面の上にフタの開いた長方形の木箱が並べられていた。

 中にいろいろ詰まっていて、『なんでも』っていうのは大袈裟な表現じゃなさそうだ。


 錆び一つない近接武器(コールドウェポン)が整列し、状態の良い火器が専用の弾倉や弾薬と一緒に置かれている。

 双眼鏡や暗視ゴーグル、戦前のフィクサー、俺の大嫌いなMREパックだってある。


『あの、いちクン……もしよかったらだけど。わたしのお金、使ってくれる?』


 品物を見ているとミコがこっそり話しかけてきた。


「いいのか?」

『いいよ、どうせこの姿じゃ使えないし。好きなもの、買ってほしいな』

「……分かった、まあ欲しいのがあったら言えよ」


 自分のチップも使えということらしい、これで3000チップだ。

 しかしなんだか申し訳ない。せめてミコのためにもなるものを探そう。


「ナガンさん、本はないか?」

「本? あるっちゃあるが、どういうのがいいんだ?」

「なんかこう……スキルを上げられるようなやつだ。雑誌とかじゃなく」

「自分磨きでもするのか? 向上心のあるやつめ。それならアーチェリーの教本と、軍隊格闘マニュアルの二つだ」

「二つともくれ。いくらだ?」

「そうだな……戦前に作られた貴重なものだ。二冊で2000チップはどうだ」


 どうやら例のスキルブックがあるらしいが、一冊1000チップか。

 つまり両方買えば給料がほとんど吹っ飛ぶ。悩ましい。

 アーチェリーは弓、格闘マニュアルは近接が上がるんだろうけど、どっちか一冊だけにしようか、それとも……。

 そうして悩んでいると、


「おい、ナガンじいさん。こいつは新兵(ひよっこ)だぜ? 多めに見てやれよ」

「なんだお前さん、まさか値引きしろっていうのか?」

「考えてみろ、いまどき本なんて買うやつなんてそういないだろ。それにこいつはできる男だ、将来ウェイストランドの英雄にでもなったときに『値引きしてくれたいいおじいさん』として覚えてくれるかもしれないだろ?」

「一体どうしたんだお前。妙にこいつに期待してるようだが……」

「まあ、なんだ、未来への投資ってやつだ。俺たちの明るい未来さ」


 ツーショットが勝手に値引きを始めてしまった。

 二人であれこれ話し込んでいると、やがてキャラバンのボスは。


「……気が変わった、半額だ。ツーショットのやつに感謝するんだな」


 満足そうに笑んで安くしてくれた、それなら買いだ。

 だが安くなったところで「ただし」と付け加えられて。


「その代わり他の商品を買ってくれないか? 自慢の商品とかをな」


 まだずらっと並ぶ商品をすすめてきた。

 安くするから買えってことか、でもこっちには2000チップも余裕がある。

 少し考えて、俺は喋らないほうのナイフも必要だと思って尋ねてみた。


「分かった。じゃあナイフはないか?」

「ナイフ? もっといいのがある。ファクトリー製、最新のごつくて強いやつだ」


 すると冷たい武器が押し込まれた木箱の中をすすめられた。

 『ファクトリー』とかいう武器を製造する組織が作った武器らしい。

 その中でも特に鈍く輝く、大ぶりで刀身が分厚いものが手に取られ。


「無人兵器の装甲から生まれたこの銃剣(バヨネット)だ。向こうの連中が「コールドマン」と呼んでる戦闘用のモデルで、ドッグマンの骨だって断ち切れるぞ」


 ギザギザのついたグリップをこっちに差し出された。

 試しに握ってみると……ミセリコルデよりもずっしりと重い。

 しかし頼りがいのある見た目だ。刃はどうあがいても壊れないとばかりに硬く尖っている。


「……結構重いな」

「だからこそいいんだ。そしてこいつはファクトリー規格の銃器に装着可能だ。値段は専用の鞘付きで1500チップでどうだ? 物々交換でもいいぞ?」

「買った。こいつはいい」

「よし、素晴らしい取引が成立したわけだ。他に欲しいものはないか?」

「そうだな……俺が持ってる短剣に使えそうな鞘はあるか? いい奴が欲しい」


 ずっしりとした銃剣と本を受け取って、身に着けていた鞘をとんとんした。

 ミコが欲しがるものがなさそうなので、せめて鞘でも新調しようかと思ったが。


「お前さん……もしかして噂の喋るナイフか?」


 キャラバンの爺さんが興味津々に腰を除いてくる。なんで知ってるんだ?


『え、えっと。こ、こんにちは……』


 おとなしく普通のナイフとして努めていたミコが観念して声を出すと、


「なんということだ、本当にしゃべりおった!」

「な? 言っただろ?」

「この前無線で喋るナイフがどうこうと聞いたが、まさか本当とはな。年寄りをからかったのかと思ったがよもや……」

「まあいろいろ事情はあるようだが、彼女は俺たちの仲間だ。数えきれないほど助けられてる、勲章ものさ」

「ははっ。長生きはしてみるものだな、近頃は驚きすぎて心が若返ってしまうわ」


 「ナイフが喋ったぞ」じゃない反応が返ってきてしまった。

 ツーショットが絡んでるあたり、事前に聞かされてたんだろう。


「もう耳にしたとは思うが私はナガン、よろしくなお嬢ちゃん。ここの人たちの助けになっていることは良く知っているよ」


 爺さんは腰をかがめて、改めて挨拶をした。腰から下げたミコへと。


『わ……わたし、ミセリコルデって言います。よろしくお願いします』

「戦友を助けてくれてありがとうな。よし、お嬢さんにぴったりなウェイストランド・マダムが作った特注品がある。買うなら500チップだぞ」

「じゃあそいつもくれ」

「財布のひもがゆるい新入りだな。気に入った、ジンジャーエールはタダにしておいてやる。おい、 誰かとびきり冷たい奴を持ってこい!」


 本二冊に銃剣にミコの鞘、それからサービスのジンジャーエール。

 ミコもちょっとだけ嬉しそうだ。使い切ってしまったが満足できる買い物だった。

 決めた、今日はじっくり本でも読んでよう。


「――ナガン! 元気かい!」


 品物を受け取っていると聞きなれた声がした、我らがボスだ。

 背が高くて厳つい顔の老人がずんずん歩いてくると、周りにいた住人が「どうぞお通りください」とばかりに道を譲った。


「中佐、久しぶりだな! 人喰いどもがあのザマでどうなるかと思ってたぞ!」

「はっ、あんなぐだぐだな連中にうちらが負けるもんかい」

「この世界が滅茶苦茶になって不安で仕方なかったが、あんたが生きてる限りは大丈夫そうだな」


 親しく話してるけど……中佐? 軍の階級で呼んでないか?

 そう思っていると横からツーショットが『元部下なのさ、あの爺さん』と耳に入れてきた。

 感覚を働かせてみると、確かにこいつらとボスの関係が良く分かる。

 周りの真っ黒な護衛たちも親しく、かつ尊敬するような視線を向けているのだから。


「ナガン。早速だが売ってほしいもんがある」

「もちろんだ。何が欲しいんだ、中佐?」

「グレネードランチャーはあるかい? 戦前に作られたやつだ」

「もちろん、60年代から愛され続けてきたMT9があるぞ。単発で頑丈な中折れ式、持てば誰だって歩く砲台になれる魔法の杖だ」

「よろしい、じゃあくれ。40㎜グレネード弾の訓練用と実戦用を40発ずつだ」

「ここのいいところはみんな羽振りがいいところだ。で、そんなの何に使うんだ?」

「そこの新兵用の武器さ。40㎜は擲弾兵のたしなみだろ?」


 二人のやり取りをぼけっと見ていると、ボスが俺を示してきた。

 巨大な単発式ショットガンみたいなのがケースから取り出されている。

 というか俺に支給されるのか、あれ。あんなの扱えるか不安だ。


「ところで中佐……背後にいる季節感を失ったようなハロウィン姿のお子様は?」


 そして買い物をする人たちの中に異物が一人。

 とんがり帽子をかぶったリム様が自信たっぷりの顔で仁王立ちしている。


「ふっ。私はリーリムですわ、職業は魔女なのです」

「……中佐、あんたまさか子供でも?」

「あんな趣味の悪いクソガキをこの世に産み落とすと思うかい?」

「まあ! クソガキじゃありませんわ! 300歳ぐらいなのに!」

「なんだ、てっきり不幸にもサンフォード少佐とよりを戻したのかと」

「あの馬鹿の話をするな、××××野郎!」


 冗談を言ったトレーダーがボスに容赦なくぶん殴られた。


誤字報告ありがとうございます

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