表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/580

66 おかしくならなきゃ生きていけない

 終わった、敵は全滅した、勝った。

 俺たちはしばらく周囲を警戒した後、戦利品を回収し始めたが。


「そういや『投げることならけっこう自信あるんだぞ』とかいってたな、うん」


 突然、ガチで引いたツーショットが震えながら声をかけてきた。

 それだけならまだいい、同行した兵士三名は人じゃない何かを見る目つきだ、


「……ヴァージニア様の訓練の成果だというのか、これが……?」


 アレクに至ってはまだ混乱してる。


『……これって、MGOのアーツだろうけど……』

「……ワンッ」


 ミコも若干引いている。ニクは……ちょっと誇らしげに尻尾を振っている。


「お前の自信の強さは良く分かったよ。できることならギネス記録にでも載せてやりたい気分だ、証人もちょうどいるしな」

「……この場合はどういう感じの文面になる?」

「槍を投げて装甲版をぶち抜いた男としてだな。いや……まあ、あれだ、俺が言いたいのは……」


 道路のど真ん中に並ぶ死体、重ねられた武器弾薬装備品、そして。


「どこに槍投げて装甲車ぶち抜くやつがいるんだって話だ。無人兵器かお前は」


 目の前に装甲スリットをぶち抜かれた装甲車が一台。

 運転手は死んでいる。死因は飛び込んで来た槍による頭部貫通だ。

 さらに槍は装甲の隙間ではなく装甲板そのものを丸々ぶち抜いてるわけで。


「できるかなって……」

「できちゃったわけだな。お前、世紀末じゃなくて石器時代か中世に生まれたほうが良かったんじゃないか?」

「……張り切りすぎたみたいだ」

「張り切りすぎだろ。この車は持ち帰るとして、向こうでどう説明すればいいか代わりに考えてくれないか?」

「が、頑張ったって言っとく……」

「……抜けんぞ。これ」


 槍はアレクがどう頑張っても抜けないぐらいに深く突き刺さってる。

 穂先は完全につぶれてしまってるが、貫いた先にいた人間はもっと悲惨な状態だ。


「……こんなに壮絶な死に方をしたやつを見るのは初めてだぞ、己れは」


 褐色の手がシートを倒して、不運にも頭を破壊された人間を引きずり出した。

 こいつらはろくでもない略奪者だが、でも同情するぐらい死に様がエグい。

 正直俺はいまかなり気分がアレだ、予想以上すぎて。オーバーキルだ。


「……ミコ、MGOってこんなの使うやつばっかなのか?」

『……こんなことできるの、いちクンだけだと思うよ』

「とにかく、次にやることは物資の回収、痕跡を消してさっさと帰ることだ。驚くのは後にしようぜ、みんな」


 けっきょく、ツーショットがどうにかまとめて片づけることになった。

 ……のだが。そこへふよふよとリム様が下りてくる。あとガチョウも。


「お疲れ様ですわー! さあ、死体は魔法で片づけてさしあげましょう!」

「HONK!」


 一仕事終えて串刺し装甲車を見てすっかり疲れた俺たちに、そんなテンションの魔女に付き合えるはずもない。


「皆様は気にせず戦利品集めに勤しんじゃってくださいな? いただきますわ!」

「Honk-Honk-Honk!」


 一旦集めた元盗賊たちの山に、彼女はそれはもう嬉しそうに駆け寄っていく。

 本来であればその死体は放置せず、埋めるなりして処分するのだが。


「お、おい――な、なにやってるんだい、魔女様」

「フフ……つーちゃん、気にしちゃだめですわ?」

「おおう、つーちゃん! いい呼び方だ! でもちょっと……そいつは……」


 俺は初めて、ツーショットの余裕のない声を耳にしたと思う。

 視線を落とすと――すでに、とてつもなくヤバイ光景が繰り広げられてる。


 周りに転がった死体が、リム様に近いところからどろっと溶けているのだから。

 溶けてるだけならまだいい、肉や骨ごと青く輝く粘液に変化していくのだ。

 戦意に満ちた強気の顔や、苦痛にゆがんだ顔も、表情ごとみな平等に青く溶かされてアスファルトの上に落ちていく。


「……うげ」


 それは赤毛の住人が口を押えてしまうぐらいにグロテスクすぎる。

 沢山の死体が青色の流動体に変わっていく、なんて正常な光景だと思うか?


「リム様……な、なにしてるんだ?」

『ひっ……な、なに……あれ……!?』


 その光景を見て一番取り乱してるのはミコだ。

 他の連中はまあ気持ち悪がってる。俺? これ以上見たら吐きそうだ。


「御片付けですわ~。ふふん、埋める手間が省けて都合がよいでしょう?」


 説明を求めようとしたが駄目だ。さも当然と言わんばかりに得意げに返された。

 青いドロドロ(にんげん)は磁石の反応みたいにリム様の足元に吸い込まれているようだった。

 やっと人間と魔女とやらの価値観の違いが分かった気がする。こいつが何をしてるにせよ、俺たちにはない価値観がある――世紀末がドン引きするほどの。


 ボス、本当にとんでもない奴と取引したみたいですね。

 きっとこの様子をどこかで見てるであろうあの人に、静かにそう思った。


「……まあ片付ける手間が減るならいいか、はぁ……」

「……ここ最近驚いてばかりで疲れてしまったな」

「私、さっさと帰ってシャワー浴びたい……」

「なんだか感覚がマヒしてきたわ、畜生」

「……もうツッコまないぞ、今更こんなのがなんだ。そうだろうガルフィー?」


 みんなはもうあきらめて受け入れたようで、黙って仕事を始めている。

 さすがプレッパータウンの住人だ、切り替えが早い。


「せっかくだ、この車は記念にそのままにしとこうぜ。運転は俺がするからさ?」

「……ツーショット、本気で言っているのか?」

「なあアレク、みんなびっくりさせてやりたいだろ? いいか、誰も手出すなよ?」

「……好きにするがいい」


 ツーショットは特にリカバリーが早くて、これを記念として持ち帰るようだ。

 もういい、好きにしてくれ。



 帰ってきて最初にやったことは、さっさと片づけて休むことだった。

 ぶち抜かれた装甲車について説明を求められたが適当言ってごまかした。

 そう言えばボスの顔色が悪かった、きっと溶けた人の姿を見てしまったんだろう。


「なんか……疲れたな」

『……うん……』

「ワンッ」


 なんやかんやあってその日の夜、俺たちは外の空気を吸っていた。

 いつもと同じようで――それでいていつもとは違うおいしい食事を堪能した後、なんとなく、空を見たくなったというか。


「なあ、ミコ」

『……ん、どうしたのかな?』

「……あっちの世界って、ああいうのがいっぱいいるのか?」


 ああいうのがどういうのかは言うまでもないだろう。

 俺の質問に対してミコはものすごく苦しみながら答える。


『……否定できません』

「否定できないかー」

『っていうか、りむサマって十三姉妹の魔女の一人だから……』

「……は? 姉妹?」

『うん、リーゼル様っていう人が長女で……ほかにもいっぱい、個性豊かな魔女さんがいるよ……あと十二人も』

「あわせて十三人!? 嘘だろ!? あんな変態(やべーの)がうじゃうじゃいるのか!?」


 思わず聞き返すぐらいにやばかった。

 あんな一癖あるのが他にいっぱいいるとか、向こうの世界は大丈夫なんだろうか。


『魔女さまは……悪いこととかする人じゃないから心配ないよ……? きっと』

「……いまきっとって言わなかったか?」

『だ、大丈夫。何人かあったことはあるけど、悪い人じゃないよ。たぶん」

「……たぶんっていったよな」

『……ふふっ、あの時のおかえしだよ』

「ああ……あの時のか。でも俺はぶん投げなかったぞ、えらいだろ?」

『……いまのいちクンが投げたら、大変なことになっちゃいそうだよね』

「ふっ、何もかも嫌になったら投げ出すさ」

『…………なにを!?』


 ……思えばこいつと一緒にボルターを抜けだしてだいぶ経つな。

 あの時は正直、ただの喋るお荷物だと思ってた。

 でも、今日の戦闘でミコは一人救った。仲間の死を見ずに済んだ。


「ワンッ」

「ほら、今はニクがいる。万が一離れてもこいつがくわえてくれるさ」

『……あの、ほんとに投げないでね……?』


 ニクは物いう短剣に鼻を近づけて、親しげに尻尾を振っている。

 頭に手を近づけると『どうぞ』とジトっとした目を向けてきた。

 撫でてやると目を細めて気持ちよさそうにしてくれた。


「…………よし」


 俺はもう一人じゃない。オーケー、今がチャンスだ。

 ポケットから手紙を取り出した、リム様からもらったアイツの手紙だ。


『……そういえば、お手紙もらってたね。いま読むの?』

「ああ、今しかない」


 意を決して、開けた――が、そこに入っていたのは白紙の紙だった。

 何も書いていないまっさらな紙が一枚だけだ。


『…………あれ?』

「…………は?」


 怪文書でもあるのかと身構えていたが、これは予想外だ。

 だがなんとなく裏返してみると、そこに薄くて小さい何かが張り付いていた。


『えっ……なにも、書いてないような?』

「……いや待てなんだこれ、なんか入ってるぞ」


 指でつまむと――【メモリスティック】と視界にアイテム名が出てきた。


「……まさか」


 最初はなんだと思った、だがすぐにあることに気づいてPDAを出した。

 やっぱりだ、デバイスの側面に同じくらいのものを差し込める穴がある。


 差し込んでみた、視界に『タカアキのログを回収しました』と浮かんだ。

 『DATA』の項目に吸収されたみたいだ。『タカアキより』とタイトルがあって。


【よお、聞こえるか?】


 再生すると……聞き覚えのある声が流れ始めた、少し元気がなさそうだ。

 しかし間違いなく、このおどけた調子の声はタカアキのものだ。


【これ聞いてるってことはまだ生きてんだよな、シューヤ。本当は手紙に書くつもりだったけど、りむ様とかに見られちゃまずいからこうしてメモリスティックに音声ログを記録しておいた。ちなみに転移してきたショッピングモールから回収した機材で記録してる】

『いちクン、この声……』

「……タカアキの声だ。間違いない」


 そうか……あいつ、ちゃんと生きてたんだな。

 アイツがまだ無事だったってことはよく分かった、本当に良かった。


【さて、俺が――いや、俺たちがこの世界に転移して二か月が経った。人工知能は一体どうしてか本物の……まあ人外娘だけど、完全な肉体と自我を得たわけだ。俺たちと何ら変わらない、ただの生き物さ。なんやかんやでみんな仲良くやってるし、案外快適な暮らしをしてる、悪くはない】


 やっぱりアイツはなんやかんやでうまくやる男だったわけだ。


【でもよ……こうなってすぐに気づいたんだ、お前がいないってな。この二か月間ずっとお前を探してたわけだけど、最近になってようやく分かったんだ。お前が今どこにいるのか、そしてこの世界に関わる大きなことが】


 ……この世界に関わること?

 俺の場所を突き止めただけじゃなかったのか? どうしちまったんだ。


【俺たちがスタートしたのはフランメリアっていうところだ。ヒロインたちが言うには「ゲームの舞台」が再現された世界だそうだが、何か妙なんだ。まるで俺たちが来るずっと前から誰かが転移してきたような……まあ、このことは後回しだ、さっさと本題を言っちまうと二つだ】


 なぜかいやな予感がした。俺の『感覚』は空気を読まず働く。


【まず一つ、お前は絶対にG.U.E.S.Tの世界にいるんだろう。最近になって各地にある建物や土地が消えて、あのゲームに出てきた場所と入れ替わってた。そうさ、何せあのゲームを渡したのは俺だ。お前がいないって気づいた時、まさかって思ったよ。俺の勘だ、間違いないだろ?】


 続けて聞いた。アイツはどうやってここまで知ったんだろうか。


【最近知り合ったりむ様っていう魔女と……それからその姉ちゃんのリーゼル様ってやつに取り合ったわけだ。ある条件と引き換えにお前を探してもらうようにな。さて、ここでもう一つの方を話すぞ。いいか? かなりヘヴィだから中断するなら今の内だ。10秒待ってやる】


 話を聞いていると10秒、猶予が与えられた。

 構うもんか、ここまできて引き下がれるか。


【この転移事件は……シューヤ、お前が引き起こしたものだ。このMGOに限りなく似た世界の深いところに、間違いなくお前が関わってる】


 ――そう思っていたが、いざ聞いてみると、どういうことだこれは。


「……俺が? タカアキ、お前は一体――」

『いちクンが……?』

【お前はたぶん「二人目のアバタール」だ。詳しくは話さないが、大事なことだ。今はそれだけしっかり覚えておいてくれ】


 俺が関わってる? 第二のアバタール? 登場人物?

 おいタカアキ、一体なにがあったんだ?


【そしてすまねえ、シューヤ。もしお前だけがあんな世界にいたとしたら、間違いなく俺のせいだ。俺がふざけてあんなゲームを送らなきゃ少しはマシな事態になってたかもしれない。お前は何も悪くないんだ、どうか許してくれ】


 話を聞いていると、とうとう申し訳なさそうで情けない声が聞こえてしまった。

 記憶がまだ正常に残ってるなら、俺の親友は少なくとも、こんな声を出すことなんて一度もなかったはずだ。


【……このPDA用のメモリスティックに、俺の知る限りのG.U.E.S.Tの情報を書き込んでおいた。DATA項目の『メモ』を開けば読めるはずだ。こっちで待ってるからな、死ぬんじゃねえぞ。生きてまた会おう、友よ】


 ……話は終わった。

 アイツがどんな顔をしてるかは分からないし、このメッセージに込められた何かはまだ理解できない。

 かなりヤバイことなのかもしれない。でもこれだけははっきりしてる。


「……お前が謝ることじゃないさ、タカアキ」


 たとえ再会できたとしても、あいつを憎めないだろう。

 そして良かった、アイツはまだ俺を親友だと思ってくれているんだ。

 だからこそいろいろ複雑な気持ちになった。

 あいつはこんなにしんみりとした口調で話すやつじゃないからだ。


【お前どうせ夜とかにしんみり聞いてて「こんなシリアスなのほんとにタカアキか!?」とか思ってた!? もしそうなら三日後ぐらいにこの手紙炙ってみてね! きっと死ぬほど後悔するから! あっ焦がすなよ! 俺、せっかく作った試作品三回ぐらい間違えて全焼――】


 とか思ってたら思いきりふざけたメッセージが不意打ちでやってきた。

 前言撤回する、やっぱり平常運転だこいつ。


「……あのなあ」


 あいつは俺がこんな時間に読むことも予測してたんだろう。

 確かに寝る前に聞くべくじゃないひどい内容だった、でも勇気づけられた。


『……な、なんかユニークな人だね……』

「……どうしてリム様と仲良くなれたかよくわかるだろ、こいつ」


 詳しいことは後で考えよう――今は、ぐっすり寝て気持ちよくなろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ