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63 アーツ習得


 その日の朝はやたらとにぎやかだった。特に食堂が。


「……なんか、いつもよりうまくね?」


 隣の席にいたヒドラショックが首をかしげている。

 長いテーブルの上にはいつもの見慣れたトレイが置かれているのだが。


「……ああ、全然違うよな。見た目とかも」

「なんていやいいんだ? 使ってる食材は変わんないのに二味も違うっつーか」


 ただしその上に置かれているのは、いつもとは違う料理の姿だった。

 豆は肉と良く煮込まれ、カボチャは潰されメスキートの粉と混ぜて揚げられたようだ。焼かれたトウモロコシは塩とハーブが効いて甘い。


『もっと人手が欲しいですわー!』


 ……おそらくこれを作った本人であろう声が、厨房の方から聞こえてきた。


「リム様が作ってるらしい」

「あの悪魔っぽいガキが? 信じられねえ」

『あの人、あれでも料理ギルドでいちばん偉い人なんだよね……』

「……あんなハロウィンみたいなチビがどっかのお偉いさんだって? まあ、こんなうまい飯が食えるのはありがてえけどよ」


 周りのざわめく声を聞く限り、やっぱり誰もが「うまい」とか口にしてる。

 物いう短剣で柔らかいシカ肉のローストを切り分けていると、ヒドラショックは残った料理を一気にかっこんで。


「そうだ。お前ら、飯食ったらすぐに実戦に放り込まれると思うぜ」

「……なんだって?」

「ここから西側に俺たちや行商人が良く使う道があるんだが、最近そのあたりに盗賊どもが居座ってるから掃除してこいだとさ」

「……急だな。もうちょっと訓練してからって言ってたはずだけど」

「作物の種が手に入ったからボスが神経質になってるみたいだ。それに邪魔くさかったし、ちょうどいい機会なわけだ」

「それでちょうどよく実戦経験が必要な奴がここにいるわけだ」

「そういうこった。まあ頑張れよお二人さん、俺たちのうまい飯のためにも」


 そう伝えて彼は席を立ってしまった。

 どうやら俺たち(・・・)は予定より早く実戦投入されてしまうようだ。

 

「聞いたか、ミコ」

『……うん、頑張ろうね。わたし、魔法でみんなをサポートするから』

「マナの補充もしておくか。無理するなよ」


 しかし「お前ら」か、どうやらミコの参加も確定してるらしい。

 本人は覚悟してるようだが、人が死ぬところを極力見せないようにしよう。


「ヘイ、そこのイっちゃん! ちょっといいかしら!」


 さっさと残った料理を片付けようとしてるとリム様(へんたい)がきてしまった。


「なんだ変態!?」

「ふっ、せいぜい寝首をかかれないようにすることですわね! ところで、これ上げちゃいます」


 疲れて勝手に寝てしまったリム様は今日も元気そうだ。

 そんな彼女は近寄ってくるなり、エプロンのポケットから何かを掴んで。


「ここに来るまで集めてきましたの。使ってくださいまし」


 テーブルの上に小さな板みたいなものがじゃらっと数枚並んだ。

 手のひらサイズの薄い板だ。ガラスみたいな材質で、うっすら青い。 

 デザートのサービスというわけじゃなさそうだがこれは一体。


『あっ……アーツアーカイブだ……!?』

「なんだこれ、食後のデザート?」

「いいえ、デザートではなく『アーツアーカイブ』ですわ」

「アーツ……アーカイブ?」

「先人たちが刻んだ技術……あなたたち旅人が『アーツ』と呼んでいるものを覚えられる媒体ですわ。召し上がってください」

「食うのかこれ……何味なんだ……」

『食べられないからね!? 騙されちゃだめだよ!?』


 リム様は尻尾をくねくねさせて厨房へ戻っていってしまった。

 とりあえず押し付けられたものを適当に一枚つまんでみると。


【アローストーム 発動必要スキル:弓90】


 プラスチック板を触るような感触と共に、視界にそう表示された。

 「はいといいえ」で習得するかどうかの選択肢も浮かんできた。

 これはもしかして……あっちの世界のものなんだろうか。


「なんなんだこれ……。触ると習得しますかって出てくるんだけど」

『あっちの世界の(アーツ)を覚えるアイテムだよ! こっちにもあったなんて……!』


 マジか、つまりゲームでいう『技』を覚えるアイテムなのか。


「てことは、こいつがあれば俺もあっちの技を使えるのか?」

『うん、使えばだれでも覚えられるはずだけど……必要スキル値を満たしてないと発動しないよ』


 他にも触れてみた、氷鏡の術、シャドウスティング、ニンジャバニッシュ、などなど多様な技がある。

 それが意味することを理解した瞬間、目の前の板の価値が変わったが。


「……なあ、スキル値を満たしてないと発動しないんだよな?」


 ……手に取ったものと目の前に浮かぶウィンドウを見て、困った。


『うん、そうだけど……どうかした?』

「俺のスキル画面、忍術とか防御とかないんだけど……」

『……ええー』


 ミコの言う通り「ええー」だった、PDAの画面にはこの世界のスキルしかない。

 計十四個。それに対してこのアーカイブとやらには忍術だの剣術だの書かれてるが、【投擲】ぐらいしか共通するものがない。

 ……いや物は試しか、一枚適当なやつを取って、


【ピアシングスロウ 発動必要スキル:投擲20】


 とりあえずスキルが共通している奴の選択画面に触れた。


「いや……でもなんか覚えられるみたいだ」


 食堂の風景に『ピアシングスロウを習得!』と表示が浮かんだ。

 覚えたということなんだろうか。だからといって特に変化はないが。

 判断材料は手元の板が消えてしまったことだ。消費したってことなのか?


『お……覚えられるの?』

「たぶんな、その証拠に消えたぞ。……どうなってんだよこれ」


 俺の覚えたスキルとやらはどこへ行ったんだろうか――

 PDAを操作してアーツの行方を探るとすぐに見つかった。ステータス画面だ。


「あ、ステータス画面にあったぞ。なんか覚えてるっぽい」

『えっほんと!? 覚えられたの!?』


 見てみろよ、と画面にミコを近づけた。

 そこには確かにこうあった。【アーツ】の項目が増設されていて、そこに確かに【ピアシングスロウ】と名前が記されている。


【投擲用アイテムを一つ消費し、防御力を貫通する強力な投擲を行います。】


 しかもご丁重に説明文つきだ、俺は確かに習得したらしいが……。


『ほんとだ……ちゃんと覚えてるね。っていうことは、いちクンも使えるのかな?』

「謎だ。さすがに今から試すわけにもいかないよな……」


 真偽が分からぬままテーブルの上で相談していると、


「……お前たち、何してるか分からんがずいぶん楽しそうだね」


 長身のご老人のいかつい顔が割り込んできた。

 本当に来てしまった、ということはこれから実戦に叩き込まれるわけか。


「すいません、えーと、ちょっと技を覚えてまして。良かったらボスもいかが?」

「……なんの技だい。まあいい、もう聞いちゃいると思うが地下一階のブリーフィングルームに集合だ。理由は分かってるね?」

「……もちろんです」

「心配しなさんな、簡単なゴミ掃除をしてもらうだけさ。ミコ、あんたもいいね?」

『はっ……はいっ!』


 よし、行くか。

 テーブルの上を片付けて、トレイを戻して、食堂を出た。

 地下一階目指して階段を上ろうとすると、不意にボスが話しかけてきた。


「昨日はいろいろとんでもない話をしていたそうだが」


 そういえばボスは、あの話を耳にしてしまったんだろう。

 次に何を言われるか不安だったが。


「あんまり気にするんじゃないよ。世界を滅茶苦茶にするだとか聞こえたが、わたしにゃお前さんなんてただの運の悪いひよっこぐらいにしか見えてないんだからね」


 俺の抱えてるものなんて「しったことか」という表情が返ってきた。

 でも『感覚』でなんとなくわかる、気遣ってくれてるんだろう。


「……ありがとうございます、ボス」

「礼なんていいさ。それより、あのおチビちゃんが同行するそうだよ」

「リム様が?」

『リム様も来るんだ……どうしたんだろう?』


 階段を上り切ると、いきなりボスが周りを気にし始めて。


「まあ、あのジャガイモフェチが何しようが勝手だがね、ただ――」

「ただ?」


 すると、くいっと指で俺を招いた。

 耳を貸せというような感じだ、どうやら『ミコに聞かせるな』ということらしい。


「聞きな。あいつは……死体が欲しいそうだ」

「……死体? まさかあいつカニバリズムでもやらかすつもりなんですか?」

「さあね。少なくとも人肉食に対しては強い嫌悪感を抱いてるようだが、ともかく死体がいっぱい欲しいらしい。あの種をくれる条件の一つがそれだったんだからね」


 割ととんでもないことを教えられてしまった。

 死体が欲しい、と耳にしてとても嫌なものを思い浮かべたのは言うまでもない。


「気をつけな。あんなふざけたやつだが、私よりヤバイかもしれないよ」


 なるほど、どうやらボスは本当に悪魔との取引をしてしまったみたいだ。


「……ボスよりヤバイやつなんてどうしろっていうんですか」

「あんたのことを気に入ってるのは確かだ、うまくやりな」

「そういうぶん投げ方大好きです」


 魔女というのはやっぱりヤバイやつなのかもしれない。

 でも正直、こんな過酷な世界で生き続けていれば「カニバらなければそれでいいや」ぐらいにしか思えなくなってくる。

 実際、ボスもそうなんだろう。


『……いちクン、今なにか話してたよね……?』

「じゃがいもフェチに対する愚痴だ、気にするな」

『じゃがいもフェチ……』


 地下一階の奥の方にブリーフィングルームと書かれた扉があった。

 ご丁重に近くでニクがおすわりして待っていた。空っぽの犬皿と一緒に。


「ここがブリーフィングルームだ。さあ中に入りな」

「分かりました。ニク、行くぞ」

「ワンッ!」


 俺はシェパード犬と物言う短剣を連れて、扉を開いた。


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