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60 知りたくなかった自分のこと


 ボスは落ち着いて話せる場所――シェルター地下四階の酒場へ案内してくれた。

 そこで俺たちは説明することになった。

 あっちの世界の住人であるリム様(・・・)に現在の状況を話せるだけ話した。


 気づいたら見知らぬ場所で目覚めた俺の話。

 気が付けばこの世界に来ていた物言う短剣の話。

 あっちの世界のものがこの世界に来ているという話。

 死んでも蘇ったこと、人食いカルトたちが魔法を使うこと。

 とにかく、いろいろだ。そのいろいろを話せるだけ伝えて。


「……ってことなんだ、リム様」

『あの、りむサマ。これって一体どうなってるんでしょう……』


 必死に話す俺たちをじっと見つめて聞いていた彼女はうなずいた。

 白くつやつやした髪を手でかきわけ、まるですべて理解したように目を見開き。


「……とても面倒ですわね……」


 とてつもなく面倒くさそうな顔をされた。

 この状況に魔女を困らせるぐらいの価値があるのは間違いない。


「……なんかごめん」

「仕方ありませんわ、まずは一つずつ解いていきましょう。ええと、ちょっと失礼……日記を確認しますわ」

「日記?」

「ええ、私の旅行記みたいなものですわ。帰ったらみんなに自慢しますの」


 リム様はカバンの中からごそっと大きな本を引っこ抜いた。

 テーブルの上に置いたそれをぺらぺらとめくり始めるが。

 

「おい、新入り。お楽しみ中悪いがここは酒場だぞ、何か飲まないか?」


 カウンターの方から声をかけられた、退屈そうにしている恰幅のいい男だ。

 頭には『XXX』と『MOONSHINE』と刻まれたテンガロンハットをかぶってる。


「えーと……なにがあるんだ?」

「メチルアルコール以外なんでもあるぞ。おすすめは密造サボテンワインだ。材料はイーストと砂糖とサボテンの実と……変異したリュウゼツランをひとかけら、こいつでハイになれる」

「ノンアルコール系は?」

「ドクターソーダとジンジャーエールぐらいしかないぞ……くそっ、誰も俺の作った酒を飲もうとしねえ」


 そんな男の後ろでは確かに酒が並んでる。

 かつてはジャムやピクルスでもぶち込まれていたのであろう空き瓶を再利用してるようだ、おかげで酒場という見てくれじゃない。


「おいムーンシャイン、ここじゃもう取り締まるやつなんていないだろ? 密造なんて名前はつけなくていいんだよ」

「それもそうか。じゃあなんて名前にしますかい、ボス?」

「お前さんが作った自慢の一品だ、好きな名前を付ければいい」

「連邦法違反風サボテンワインとかどうです?」

「ネーミングセンスについては言及しないからね。ビールをよこしな、二本だ」

「こんな時間に酒が飲めるなんて嬉しいね、ボス万歳」


 ボスとツーショットはカウンターの隅でビールを飲んでるようだ。

 一応、この面倒くさい話に付き合ってくれてるらしい。


「おおっと、お二人さんも何かどうだ? 俺のおごりだ、好きなのをどうぞ」

「ありがとう、俺はジンジャーエールを」


 おごってくれるというので好物を頼んだら、リム様が急に顔を持ち上げた。

 こうして近くで見ると――確かに人間じゃない。黒白目(・・・)で、耳が尖ってる。


「私にはサボテンワインとやらをいただけませんか? 興味がありますの」


 そんな悪魔のような女の子はこの店自慢の商品を求めている。

 さすがのやる気のない店主もこれには反応に困ってるようだ。

 誰も頼んでくれなかったものがやっと選ばれたことよりも、見るからに人ならざる姿にうろたえているというか。


「ツーショットさん……このコスプレしたガキはなんです?」

「300歳の魔女だそうだ。その小さな魔女様にワインをごちそうしてやってくれ」

「……ハロウィンなんてするガラじゃないでしょう、ここは」

「ムーンシャイン、ついでやりな」


 魔女とツーショットを交互に見て悩んだ後、ムーンシャインは冷蔵庫を開けた。

 瓶詰めの赤い液体をそれはもう丁重にグラスに注ぐと。


「……お嬢ちゃん、言っとくがこいつは酒だ。ガキに酒を出すのは別にどうだっていいが、飲んで後悔するんじゃないぞ」

「ふふ、いただきますわ」


 カウンターに置かれたそれに対してリム様が手招きをした。

 持ってこい、という合図にも見えるが――誰も運ばずに済みそうだ。

 なぜならグラスはひとりでに浮かんで、ゆっくりとこっちに飛んできて。


「……あっおつまみとかあります?」


 謎の力で浮かんだグラスをキャッチした魔女はおつまみを所望した。


「……ボス、こういうときどういう反応すればいいんですかい?」


 店主の顔が嫌なものを見てしまったみたいに青ざめてしまっている。


「シディの作った干し肉でもくれてやればいいさ」

「ウェイストランドもすっかりおかしくなっちまったなぁ、いや元からか」


 ボスとツーショットは『これから何があっても驚かないぞ』と腹をくくっていた。

 ……とにかく、リム様は日記を読むのをやめてワインを一口含んだ。

 適当に飲むんじゃなくてしっかりと味わってる。まるで慣れ切ったみたいに。


「良い自家製のお酒ですわね。乾いた気候にあうさっぱりとした味で、とてもおいしいですわ。冷やして飲むことを考えて少し味を濃くしてるのかしら? きっとジャガイモ料理にも合うと思います」


 えらく気に入ってしまったようだ。


「……やっと、まともな感想を言ってくれた奴がこんな奴だなんて」


 お褒めの言葉をいただいた店主はものすごく複雑そうだ。


「良かったじゃないかムーンシャイン、褒められてるじゃないか」

「なんだか店をたたみたい気分ですよ、ボス……」


 完全敗北した店主が鹿肉のジャーキーとジンジャーエールを持ってきてくれた。

 リム様はもう一口だけサボテンワインを飲むと、


「……さて、少し質問しますわ。あなたのお名前は?」


 名前を尋ねてきた。答えるものは決まってる。


「イチだ」

「いいえ、そっちではありません。本当のお名前を教えてくださる?」

「……本当の名前? それってどういう――」

「あっちの世界にやってきた皆様がいう旅人(プレイヤー)としての名前ではなく、あなたのことです」


 ……マジでどういうことだ、本当の名前だって?

 悩んだ、けれども小さな魔女が知りたそうな顔で見ているのを感じて、


「……加賀祝夜だ」


 本当の名前を口にした。

 そのまま次の質問に移ると思っていたら――


「……カガ・シューヤ!?」


 リム様が急に立ち上がった。

 ついさっき落ち着いた様子でワインを味わっていたと思えないほどの勢いだ。


「お、おい……どうした?」

「ひょっとしてタカテュって名前、ご存じではありません!?」


 いや待て、今なんつったこいつ!?

 タカテュ!? 聞いたことのあるキャラ名(・・・・)だ、まさか、まさか――


「その名前……タカアキのことか!?」

「ええ、ええ、たかちゃんは私のお友達ですわ! ということはあなたが……」


 なんてこった、あの野郎生きてたのか。

 まさかこんなクセの強い奴と……いやアイツなら似た者同士うまくれやれそうか。


「……ああ、あいつの親友だ。あの馬鹿元気か?」


 思わず笑ってしまった。

 そうか、それもそうか、アイツはMGOの世界でうまくやってたみたいだ。


「元気ですわよ、一緒に冒険することもあったし、私の知らない料理のレシピをいっぱいしってる素晴らしい方ですわ! 良く投獄されてますけれども」

「投獄ってなんだよ」

「それなら話は早いですわ。彼からあなたを探してくれって頼まれてましたの」


 アイツ、俺のこと探しててくれたのか。

 てっきり忘れられてると思ったけどそうでもなかったみたいだ。


「タカアキが、俺に?」

「ええ、もちろんです。たかちゃんがいうには別の世界にいるはずだって言ってましたけれども、マジだったみたいですわね!」


 ……待て、今なんていった?

 別の世界にいる? なんでタカアキのやつがそのことを知ってるんだ?

 

「……リム様、ちょっと待て。アイツが……俺が別の世界にいるって?」

「ええ、あなたがここにいることを知ってましたわ。それに『もしもあっちの世界に行ってしまったときに備えてくれ』っていろいろな植物の種を渡されましたの」


 リム様がまたカバンをごそごそ。今度は小さな袋がいっぱい出てきた。

 汚い文字で一つずつ、野菜や果物の名前が書きこまれてる。


「なんだって? おチビさん、いまなんて言った?」

「作物の種です! 小麦、トマト、キャベツ、レタス、スイカ……ああ、リンゴやレモン、ライムもありますわ。とにかくいっぱい持ってますの」

「おいおいおいそいつは聞き捨てならないな!? なんつったお嬢ちゃん!?」


 さすがのボスも、いやツーショットも食いついてきた。

 無理もない、150年前まで人類が頑張って育ててきた作物が死滅したのだから。


「ああ、それから――」


 するとまた大きなカバンをごそごそ、中から何かがにょきっと出てくる。

 黄色いくちばしとつぶらな瞳がセットになった鳥の頭部だ。


「Honk!」


 真っ白な――カモ目カモ科ガン亜科の鳥がばさっと飛び出てきた。

 この世界じゃおいしそうな肉に見られるぐらい太ってる。


「使い魔のガチョウも連れてきましたわ」


 元気なガチョウは「HONK!」とテーブルの上にふてぶてしく座った。


「……おチビちゃん、あんたのカバンは一体どうなってんだい」

「いろいろ入りますの! お泊りセットも持ってきましたわ!」


 ……驚き疲れた。俺は鳥の視線を感じながら辛いジンジャーエールを飲んだ。

 それよりも間違いない、アイツは今置かれてる状況を理解してる。

 じゃあどうやってそれを知ったんだ? 考えられるのは――


「リム様、なんで俺がここにいることをアイツが知ってるんだ?」

「それなのです。この世界は今、あり得ないものが流れ込んでいますわよね?」

「ああ、そうらしいな」

「……つまり、その逆も然りです」

「……まさか」


 ふと気づいた、もしかして転移してきたんじゃなくて――交換されてる? 

 あっちの世界のものがこっちの世界へ、その逆も然りってことか?


『二つの世界にあるものが、取り換えられてるってことですか?』

「その通りですわ、ミコちゃん。たかちゃんはすぐに気づいてたみたいですが、突然あちらの世界にあるものが消えたり、見知らぬ建物が現れたりすることがありました」

「……それは一回だけじゃなく?」

「何度もですわ。数えきれないほど」


 ああ、『感覚』がとてつもなく嫌な予感を感知した。

 はっきりとしちゃいないが、かなりヤバイものが自分の中にある気がする。


「単刀直入に言います、何か条件が満たされるたびに、二つの世界のものが入れ替わるということに気づいたんですの」


 リム様は真剣な視線を向けてきた。

 まるで今もなお転移が続いていて、その原因が俺にあるかのように。 


「……まさか」


 そこでようやく気付く、思い出す。

 ボルタータウンで戦い続けていた日々。死から蘇るタイミングで増えていた何か。

 確かではないが、塔といい森といい、あれらは俺が死んだ後に現れていた。それ以外に当てはまる条件なんてない。


「何か、思い当たるものがありますの?」


 もしかしたら。違うかもしれない、そんなわけないかもしれない。そう願って俺は口を開いた。


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