59 異世界から来た飢渇の魔女リーリム様 【芋の挿絵追加】
「ヴァージニア様、あいつが魔女だ! さっきホウキで空を飛んで……」
アレクが興奮気味に指をさしている。
するとその魔女とやらは、ムスっとした様子でシャベルを地面に刺した。
「これはホウキじゃありません! 歯車仕掛けの街で作られた最新モデルの杖! お値段十四万メルタ、横向き搭乗対応、十年保障のくっそいいやつですわ!」
そういうと彼女は背負っていた杖を掴んで、
「ほらっ! ごらんなさい! 箒に乗るなんて時代遅れもいいところ、これからは杖で飛ぶのが当たり前になりますから絶対!」
放り投げた。すると……どういうことなのか、手放された杖が横向きに浮く。
地面からけっこう離れた状態でふわふわ浮いている。
それならまあ、ただ棒が浮いてるだけで済むだろうが。女の子はそれに腰をかけると、ふわっと浮いてこっちに飛んできた。
「……ははっ、棒切れで飛んでるぜ……。おいおい、どうなってるんだ?」
さすがのツーショットも信じられなさそうな様子だ。
「ふっ……そういう反応たまりませんわ。この世界マジ大好き」
こっちに来た自称魔女は小さな顔いっぱいに得意げさを作ると、背中で悪魔のような尻尾をゆらっと揺らした。
こいつは角やら羽やら生えてるとこさえ除けばただの子供だ。
しかしなんだろうこの、違和感は。
元気そうな高い声といい、身なりといい、この世界の住人らしくないというか。
「さて荒廃世界の皆様。私はじゃがいもで忙しいのでお気になさらず……」
そういって彼女は地べたに戻ると、またジャガイモを地面に叩きつけようとした。
ところがこっちを見て……特にそのど真ん中にいる俺を目にした直後、
「――アバタールちゃん?」
小さな魔女が急にずっしり伝わるような柔らかい声を上げた。
手にしていた芋をこぼして、うろたえた様子でこっちに近づいてくる。
宙に浮いた杖がひとりでに持ち主を追ってくるのも見えた。
「アバタールちゃん、あなたなの!? そんな、まさか――」
一体どうしたんだろうか、こいつは。
まん丸の目を見開いて、ひどくショックを受けたような顔つきだ。
「お、おい……なんだよお前」
見上げてくる顔と目が合う。
この自称魔女はとても物悲しそうだと『感覚』が感じ取った。
もっといえば『ずっと会っていなかった親しい人』でも見るような表情だ。
けれどもしばらく見つめ合って、彼女は残念そうにきゅっと口を閉じ、
「……ごめんなさい。そんなわけ、ありませんものね。では……」
また得意げな顔を無理やり作って、彼女は畑の方へと戻ってしまった。
「孕めッ! オラァッ!」
……そして何事もなかったかのようにジャガイモを植え始めた。
自立して浮かぶ杖はいつでも飛べますとばかりに、そばで直立している。
とりあえず「どうしよう」と振り返るとボスもリアクションに困ってた。
「おい、なんだいコスプレした変なのは」
「こっちが聞きたいぐらいです、なんですかあれ」
「なっ……何なのだ、一体どうなっている!? なぜ杖が浮いて……」
「……なあ皆さん。とりあえず無許可でジャガイモを植えてる点について指摘すればいいんじゃないか?」
「……尻尾が、かわいい」
はっきりしてるのは全員困惑してるってことだ。
しかしミセリコルデだけは違う、何か言いたそうに『あわわわ』とか口にしてた。
その反応からしてきっと……いや、確実にMGOの世界の住人なんだろう。
「ミセリコルデ、あいつってもしかしてあっちの世界の――」
『えっ……えっ!? あ、あの人……なんでここにいるの!?』
ところがようやく口を開けば、出てきたのは308口径の銃声より強烈な声だった。
それは向こうでジャガイモを不法種付けしてたあの魔女にも聞こえたんだろう。
「……今の声、まさかっ! もしかしてもしかしてもしかしてもしかしてっ」
じゃがいもテロリストがものすごい勢いで戻ってくる。
黒い尻尾や大きな肩掛けカバンをぶらぶらさせつつ、それはもう目を輝かせて。
「ミコちゃん!? ミコちゃんなの!? やっと見つけましたわ!」
『りむサマ!? なんでりむサマがここにいるんですか!?』
「それはこっちのセリフですわ! 生きとったんかワレ!」
ジャガイモの魔女が腰にすがり付いてきた。
俺のことなんか忘れて腰のミセリコルデに釘付けになってる。
しかもやり取りからして思いっきり知り合いか何かみたいだ。
「……お前ら知り合いなのか?」
『……この人、魔女で料理ギルドのマスターさんだよ……』
尋ねてみると、ミセリコルデがげんなりした声で答えてきた。
「……魔女でギルマス? それってどういう」
「そうですわよ。料理上手な子がいるって聞いてミコちゃんのいるクランハウスに週休二日制で押しかけてましたもの!」
『毎晩扉を叩きに来るからエルさんが二度と来るなって怒ってたよ……』
「大丈夫、まだあきらめてませんから! 今度は早朝にお邪魔しますわ!」
……このテンションのせいでいろいろ苦労してるそうだ。
しかし料理ギルドに魔女、いよいよ世紀末らしくない単語だ。
『で、でも……どうしてりむサマがここにいるんですか?』
「セアリちゃんたちから探してほしいと頼まれましたの。そしたらなんか違う世界に移動できたからエンジョイしてたらたまたま見つけちゃった感じですわ!」
『エンジョイ……ってセアリさんが!? みんな無事なんですか!?』
二人はわいわい話してる。
俺は首をみんなに向けて「どうすればいいんだ」と投げかけてみたが、面倒ごとを押し付けるみたいに一任されてしまった。
「ミセリコルディアの皆さまは元気ですのでご心配なく。皆さまあなたのことをとても心配していましたわ」
『……なんだかその名前、すごく懐かしいです。前はなんで私の名前が入ってるのかなって恥ずかしかったのに……』
「ふふふ、あのクランはあなたがいてこそですから。ところでどうしてそんな姿なんですの? いつものぶとももむっちりボディじゃないんですの?」
『ぶともも……むっちり……!?』
しかし考えてみればこの状況でこんなやつに会えるのはツイてるんじゃ?
まじまじと見つめられてる物言う短剣を引っこ抜いた。
「……こいつが言うには変身したら戻れなくなったらしいんだ。何か分からないか?」
それから小さな魔女に手渡した。
土で汚れた手に渡ると、好奇心いっぱいの目が刀身に向かった。
「ええ、確かミコちゃんは太ももの精霊で……」
『短剣の精霊です……』
「失礼、太ももが超もちもちでえっちな精霊でしたわね。うーん……変身して戻れないということは……」
『りむサマ、そんな覚え方ひどいよ……』
「ちゃんと覚えてやれよ……」
指でなぞったり掲げてみたりして、どうやら彼女は答えを見つけたらしい。
その答えとは。
「この世界がまだ魔力に染まってないからですわね、これは」
ということらしい、よく分からない。
『えっと……それってどういう……』
「ミコちゃんなら分かると思いますが、この世界は私たちのいた世界の一部と入れ替わって魔力が生み出されてますの。えーと、つまり、酸素不足ですわ」
「酸素不足?」『酸素不足?』
「お二人とも相性がよさそうですわね! ほら、ニンゲンは酸素がなければ活動できませんわよね? 魔力とはすなわち酸素みたいなもので、それが十分にないから戻れないということなのです」
……元に戻れない理由が酸素不足と言われてもいまいちわからない。
しかしこいつが言うには単純な魔力不足によるものらしい。
「……でもマナポーションってのがあるだろ? これなら回復するんじゃ」
それならばと、さっき飲ませていたマナポーションの空き瓶を見せた。
「それはあくまで補助的なものですわ。大事なのは自然に生み出される方で……ということでめんどいのでいろいろ省きますが、もう少しすれば魔力がいきわたって戻れるようになるはず、以上!」
どうやらこれじゃだめらしい。
でも大事なことが分かった、つまり戻れる可能性が十分あるってことだろ。
『もう少しって、どれくらいなんですか……?』
ミセリコルデが期待感が混じった声でそう聞いたものの、
「一年ほどですわね。大丈夫、気長に待ちましょう?」
魔女は極めて楽観的な顔でにこっと答えた。良い知らせではないと思う。
『……一年……?』
「……おい、まさかこのままで来年まで過ごしてろってか?」
戻れるっちゃ戻れる、でも一年だって?
せっかく見えてきた希望が叩き潰されてしまった気分だ。
「まあとにかく、ミコちゃんがいると分かれば話は早いですわ。あなたたちにはちょっといろいろお話しないと――」
この場をめちゃくちゃにしてくれた魔女は俺の手を引っ張ろうとする。
けれどもその直前、そばにいるニクに気づくと。
「あっ! ワンちゃん! ワンちゃん! マジかわいい!」
俺のことなど、まして後ろにいるボスたちにも目もくれず飛びついてしまった。
黒いジャーマンシェパードは頭をわしわし撫でられて「ワンッ!」と幸せそうだ。
「おい。あんたら、ちょっといいかい?」
珍妙な子供にものすごく付き合いづらそうな様子でボスが絡んでくる。
それはもうこのクソ面倒くさい存在を煙たがるように。
「答えな、この珍妙な生物はなんだ? お前たちの友達かい?」
「俺だったらもうちょっと慎重に人を選ぶと思いますが」
『知り合い……っていえばいいのかな。あの、おばあちゃん、この人は絶対に悪い人じゃないんですけど……』
「勝手に人の土地に芋植えるような馬鹿が悪者じゃないって言いたいのかい」
ついでに言うとちょっとお怒りだ。
しかし肝心の魔女はそんな屈強なご老人に何一つ平気で、むしろむふっと得意げで。
「ふふん。初めまして、荒廃世界のお嬢さま。私は『飢渇の魔女』リーリム、料理ギルドを運営しておりますの。以後お見知り置きを――あっリム様って呼んでね!」
この世界らしからぬ、うやうやしい礼をした。
悪気はないんだろうが、それはある意味からかうようにも見える。
そしてツーショットが「お嬢さま」と言われたことにちょっと笑いをこらえてる。バレたら殺されそうだ。
「誰がお嬢ちゃんだって? ふざけてんのかい?」
さすがのボスもいら立ってる。おかげで俺たちはひやひやしてる。
「ふざけてなんていませんわ! 私300歳超えてるもん! たぶん、きっと」
「……そうかい、じゃあ好きにしな」
いまとんでもないことを言った気がするが、真偽のほどはいかほどなのか。
「魔女は種族的なもので本職は料理ギルドのマスターをしておりますわ。趣味はじゃがいもを植えること、好きな食べ物はじゃがいも、特技はじゃがいも料理です!」
とりあえず言動からして分かるのは芋に頭を支配されてるってことだ。
「おい、まさかひいきにしてる農場にジャガイモを植えたのはあんたかい」
「ええ、その通り。年甲斐もなくはしゃいでしまって植えまくってきましたわ」
「……つまりあんたのせいでこの世にジャガイモが戻ったわけだ、なんてこった」
「まあ! やっぱりじゃがいもが絶えてしまった世界でしたのね! でもご安心なさい、ここにもいろいろな品種を植えておきましたから!」
「そうか、あとあんたが今ジャガイモを植えてる場所は私有地だよ。勝手に使ったら殺すぞって看板を立てておけばよかったね」
「怒られるの覚悟でやってるだけですの、ということでお構いなく。それでは畑に帰らせていただきます」
「ぶち殺すぞコラ」
我らのボスは今まで誰にも見せたことのないような面倒くさそうな顔だ。
俺だって面倒だ、ミセリコルデの知り合いがいたってのは良かったが。
「おいおい……ついに魔女とか出ちまったぞ、この世界。どうなってんだ?」
「本物の魔女がいるとは……なんということなのだ……」
「……ごはんが食べられるの、あの人のおかげ?」
ツーショットもそうだが、アレクは魔女の存在に感動したような様子で、サンディに至っては食欲しか考えてない。
「シェルターの生き残りに喋る短剣、次は魔女だって? 一体どうなってんだい近頃のウェイストランドは……くそったれ」
なんてこった、ボスが人生最大の壁にぶち当たったように苦悩してる。
「さて……そこの目が怖い殿方、あなたに話さないといけないことがいっぱいあります。少々お時間をいただいてもよろしいかしら?」
魔女を名乗る女の子はついに俺そのものに狙いを定めてきた。
そいつの目は不運にもこの世界に来てしまった男に向けられている。
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