表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/580

57 初めての狩猟と肉


 危機感が薄れたというわけじゃないが、銃声や着弾音に免疫がついた。

 「遠慮して撃ってくれる」意識を叩き潰すために、とうとう銃弾が身体を掠めるようになったがもう慣れた。

 今では弾が肌を擦ろうが、やるべきことをやる男だ。


 しかし慣れてきた矢先に与えられる課題の量も増えたわけで……。

 最初は目測による周囲の風景、感覚を使った距離を測る訓練。

 カモフラージュの方法。様々な体制での射撃。監視のテクニックと記録。照準器の使い方に追跡術射撃術その他いろいろ。


 いちおうは『長距離射撃に必要な最低限の力』を叩きこむそうだ。

 つまるところ狙撃技術のことらしいが、これはあんまりにも過酷すぎる。


 狙撃というと何を想像する?

 とりあえず『スコープで拡大した標的に撃って命中』だと思う。

 かなり照準を合わせて撃つだけだし楽勝だろ、と誰もが考えるだろう。

 ゲームだったら狙点に頭を重ねて撃てば『お見事、ヘッドショット』で済む話だ。


 ところが実際に308口径の単発式小銃にスコープを乗せたものを渡されたとき、待ち構えていたのはとんでもない現実(リアリティ)だった。

 まず、確かにかなり遠くの標的が見えるわけだがめっちゃブレる。

 少し呼吸しただけで拡大された視界が動きまくって定まらない。

 トリガを引くとき変に力がこもると、それだけで弾が上下左右にずれる。

 そして銃弾は放物線を描く発射体なので、その軌道と狙点が重なるように距離を計算したりしてあわせないといけない。


 さらに横風や気温の影響、弾による弾道の変化、照準器の性能その他などが関わってくるわけで……。

 何がいいたいかって? 無理だこれ。

 よってボスは『この世界じゃ長距離での撃ち合いはほぼ起きない』と最低限の知識だけ教えてくれることになった。


 そもそもの話だ、目指すものは一流の狙撃手じゃない。

 ただウェイストランドで死なずに生き抜く生存者、それだけなのだ。


「見えるかい? 前方の枯れ木の間だ」

「……確認しました。距離は……150mか、数匹います」

「よろしい、もう少し接近するよ。周囲を警戒しつつ移動だ」


 二十日目、俺はボスたちと共に荒野に出向いていた。

 険しい山岳エリアを登って、街の西側に生息する動物を仕留めてくるというものだ。

 野外での活動の仕方を学ぶと同時に、訓練の成果の確認と食料の確保ができる実に合理的な内容だそうだ。


『なんだかこの辺りって……他と違って緑豊かですよね。草や木がちゃんと生えてるし……』

「良く気づいたね、ミコ。先月あたりから緑が戻り始めたのさ。動物もドッグマンとコヨーテぐらいしか見なかったのにこのザマだよ、どうなってんだい」


 乾いた土に残された跡を追いかけていく。


 ここは街の西にある山岳寄りの土地で、なぜかこのあたりは緑が戻っている。

 荒地の上で背の低い草木に交じってサボテンやリュウゼツランといった植物が元気に育っていた。


「ヴァージニア様、きっとこの地に精霊が戻ってきたのではないでしょうか? 死に絶えたはずの地が息を吹き返し、枯れたはずの水脈が急に戻るなど偶然とは思えません」

「アレク、私はあんたの神秘的な物言いは嫌いじゃないが……あいにくそういうのはあんまり信じないタチなんだ。まあでもここにガチ精霊がいるんだから、その通りかもしれないね」

『わたし、短剣の精霊なんですけど……』

「ワンッ」

「それから犬もいる。今日は精霊に犬にひよっこに神秘的な坊やときた、一体どんな組み合わせだいこれは」


 生い茂る草を避けながら進むと、肉眼でも標的の輪郭が見えてきた。


 そいつは農場を荒らしまわる厄介な生き物だそうで、ここ最近になって頻繁に見かけるようになったらしい。

 しかし逆に言えば肉の供給源で、おかげでその日食べる肉には困っちゃいない。

 その名も「シカ」だ、荒野に突如として現れた草食動物らしいが。


「……ボス、なんですかあれ?」


 スコープを覗きながら思った。

 「あれ、ほんとにシカなのか?」と。

 拡大された視界の中には、図体がデカい「シカ」たちが荒野の草を噛んでいる。


「あれが最近この辺りに出てくるシカだ。こうして離れてりゃ普通のシカだが、急に遭遇したりするとぶっ殺しにくる厄介な奴さ」

「……あれってシカじゃないですよね、見た目的にこう強そうっていうか」

「何言ってるんだい、ちゃんと角も生えてるしシカだろう? まあ突然変異したミュータントなのかもしれないがね」


 その問題の生物は、まあ確かにシカだ。

 人とタメをはれるほどのサイズ、分厚い肉に包まれた身体は薄い毛で覆われ、馬より早そうに育った足には鋭い爪が。

 その頭には攻撃的に尖った角に、冷たく先を見据える落ち着いた顔つきがある。


「……ほんとに突然変異したシカなんですかね、あれ」

 

 お前は草より動物の肉を食らったほうが似合うんじゃないかって見た目だ。

 気合を入れれば二足で立ち上がりそうな貫禄すらある。絶対にシカじゃない、奈良公園にいたら鹿の神か何かとして扱われるだろう。


「あんなのつい最近まで見たことないんだがね。少なくともドッグマンに襲い掛かってぶっ殺してるのを何度か見たよ。気を付けるんだね」

「……あの図体じゃたしかにドッグマンもぶっ殺せそうですけどね」

「数十メートル内には絶対に近づくんじゃないよ、あいつらは好戦的だ」


 二人が言うには本当のシカはもっと注意深いらしい。

 どれだけ遠くにいようがすぐに気づいて逃げてしまうそうだが、こいつは違う。


 よってあれはシカのような何かだそうだ。

 そんなこと言われなくたって分かる。ありゃもはやモンスターだ。


『あれ……わたしのいた世界のモンスターだよ……』


 そんな『獲物』に備えて小銃に弾を込めていると、物言う短剣が驚いていた。

 てことはなんだ、あれはやっぱりこの世界のやつじゃなかったのか。


「なんだって? どういうことだい?」

『えっと、あれはワールウィンディアっていうモンスターです。私の世界の生き物なんですけど』

「ワール……モンスター……? そっちにも変異した動物がいるのかい?」

「ミコのいう向こうの世界とやらには面妖な怪物がいるのだな。何かの呪いでああなってしまったのか?」

『……そういうのじゃないんですけど、とにかく凶暴な草食性モンスターなんです。並大抵の冒険者じゃ歯が立たないほど強いっていうか……』


 ……つまり、そのやばいモンスターを狩らないといけないのか?

 どうしよう、と黒い犬に困った顔を向けてみた。

 彼は「ワンッ」と応援するように鳴いた、期待されてるみたいだ。


「よく分からんが急所を撃てば死ぬのは確かさ。銃さえありゃ普通のシカと比べて仕留めるのが実に楽だ、私やサンディなら500m内だったら一撃だよ」

「案ずるな。己れならナイフでいける。前に襲われたときは脊椎で一発だった」

「あんたらほんとに人間か」

「お前さんも仕留めればわかるさ。てことでイチ、やつを狩れ」

「撃ったらこっちに向かって走って来ませんよね」

「その時は己れが迎え撃ってやるから安心しろ」

「ウォンッ」

「こっちにゃアレクとアタックドッグがそばにいるんだ、思う存分腕を振るいな」


 俺は背負っていた荷物をその場に置いた、訓練通りにやるだけだ。

 まず地面にべったり寝そべる、次に小銃のスリングを右腕に巻き付ける。

 バックパックの上に銃身を委託してストックを頬まで引き寄せて、そのすぐ隣に犬がぺたんと座って射撃準備完了。


「イチ、やり方は大丈夫だね?」

「さんざん教わりましたからね、この距離ならいけます」

「よし……距離はもう100mほどだ、まず照準をあわせな」


 照準の中を覗いた、いかついシカが草を食ってる。


「とらえました。標的は三匹、全員お食事中だ。どれを狙えば?」

「あいつは頭がお堅い。一番右の横向きになってるやつに合わせろ」

「了解」

「……ワールウィンディアとやらは変な生物だね、シカのくせに不用心だ」


 狙点を言われた通りの目標にあわせた。『シカ』は地面とにらめっこしている。


「いいかい? まずぶっ放す前に話しておくことがある、そのまま聞きな」

「はい」

「これから先、お前さんは無意味に動物を殺したり、まして無駄に痛めつけるのはなしだ。別に動物愛護をしろというわけじゃないが、自分もまた彼らと同じように自然の一部であることを忘れるな」

「自然の一部……ですか?」

「いずれわかる、とか馬鹿なことは言わないよ。強制するつもりもない。だがこれから一つの命をその銃で奪うんだ。スコープに映っているそれがどのように生きていて、これからどのように死ぬのか最後まで見届けろ、向き合え。あれはお前さんそのものだ」


 呼吸を整える、少し揺れる視界の中で生物が草を噛み始めた。


「私は必要であれば動物を殺すことは当たり前だと思っているよ。だがやると決めた時、やらないといけないと決まった時、その相手に敬意を持ちな。たとえそれがあんな生き物だとしてもね」


 小銃の安全装置に指をかけて、外した。

 単発式だが、今なら確実に頭をぶち抜ける自信がある。それが誰かの頭であろうと。


「まあ……アルテリーみたいな悪党だったら遠慮なくぶっ殺しちまいな。半殺しにしてじっくり痛めつけても構わないし手足もいで放置してもいい。だが動物にはちゃんと敬意を払うんだよ」

「……はい」

「ミコ、あんたも覚えておきな」

『えっ……は、はい、覚えておきます……』


 漠然と殺すな、ということか。

 あんな恐ろしいモンスターと、ただのだらしない現代人に共通する点はないと思うが、あれは確かに生きている。

 ひょっとしたら運悪く迷い込んでしまっただけかもしれない、だが決めた。


「あれはうちらの血肉となる。一発で決めろ、苦しませずに確実にやれ、新兵」

「はい、ボス」

「言われた通りにあわせろ。狙点をやつの側面、前足の付け根の上に」


 小銃をゆっくり動かして、照準がシカの身体に合わさった。

 爪の生えた前足をのぼり、盛り上がった関節部分の上――ここだ。

 すぐに俺の『感覚』がそいつの『弱点』だと感づいた。


「……いけます」


 トリガに指をかけた、ぐっと力をくわえてぎりぎりまで引いた。

 あともう少しだけでも動かせば撃てる、というところで。


「――いまだ、撃て」


 人差し指をそっと絞った。

 308口径の反動と音が頬から伝わって、銃身が跳ねる。

 景色の中で獲物がびくっと動いて、後ろの二本足で飛び上がった気がした。

 ボルトを引いて薬莢を排出、スコープを覗きなおすと――


「オーケー。命中だ、完璧なぐらいにね」


 横に倒れた獲物は足をばたばたさせていたものの、すぐに動かなくなった。

 周りにいた仲間もどこかに逃げ出してしまったようだ。


「標的がダウンした。初めてにしては上出来だ、さあ行くかね」

「やったな。イチ、移動するぞ」


 感傷に浸る間もなく、アレクたちが倒れた獣のほうへ向かっていく。

 変な気分だ、それもそうか、殺ったのはあの憎たらしい奴らじゃないのだから。

 なぜか手が震える、呼吸が乱れる、無理やり歩こうとすると、


「ワゥン」


 犬がすり寄ってきた。長い舌を出して、じとっとした目で見上げてる。

 「大丈夫」といって頭を撫でた。


 周囲に気をつけながら獲物のところにたどり着くと、大きな死体がそこにあった。

 とても自分で仕留めたとは思えない。


「……さあ、一仕事やってもらうよ」


 これから何をするかは分かってたし、覚悟している。

 倒れた獲物の前で――ボスは硬い表情のままナイフを刺し出してくる。


「やり方はさんざん教えたが、もう一度教えながらやってもらうよ。アレク、手は貸さずにイチに全部やらせな。アドバイスは任せたよ」

「分かりました。ナイフを持て、手早くやるぞ」


 アレクと一緒にそいつに近づいた。

 何があったのか分からぬ様子でただ息絶えている。


「……ごめんな」


 この日、初めて狩った獲物を自分で解体した。



 以前だったらナイフを入れる時点で、あきらめてぶん投げていたかもしれない。

 それでも責任をもって最後までやった、ちゃんとした食肉になったはずだ。

 解体したシカを持ち帰ると、ボスから早めの自由時間を与えられたが……。


「肉の大きさはこれくらいでいいのか?」

「それで、いいよ。あとはハーブと塩を使って、干すだけ」

「ほかに何か気を付けることは?」

「おいしそうだからって、つまみ食いしちゃダメ」


 アレクの姉――四人の中で三番目に背が高いシディとかいう子から干し肉の作り方を教わることに。

 退屈そうな顔が特徴的だが、シカ肉があると分かると目を輝かせて迫ってきた。

 そういうことで肉の一部を使って、一緒に干し肉を作ることになったわけだ。


「前にあげたほしにく、どうだった?」

「もらったその日に完食するぐらいうまかった」

「ふふん」


 薄切りにした肉にハーブと塩を混ぜ込んだものを干して完成、それだけ。

 いうにはシカ肉以外でもおいしいけど脂肪の多い肉はやめとけ、だそうだ。


「ミコは、どうしたの?」

「解体現場見ちゃってげんなりしてる」

『……わ、わたしのことは気にしなくていいから……』


 ミセリコルデは間近でシカの解体場面を見たせいでダメージを受けている。

 無理もない、飛び散った血とかを一緒に浴びてしまったわけだし。


「ワンッ!」


 そこへ犬がやってくる。

 こっちを見上げて尻尾をぱたぱたしている。


「ぐっどぼーい」

「……ワウンッ」


 シディがわざと余らせていたシカ肉の塊を投げ込んだ。

 待ちわびていた肉が飛んでくると難なく口でキャッチ、お行儀よく食べ始める。

 こんな感じで褐色肌の姉妹たちは、この黒い犬によく肉を与えている。


「このこ、お肉が大好きなんだね」

「そりゃお前らがいつも食わせてるからじゃないか?」


 そんなわんこの様子を見てるとミセリコルデが不意に、


『ね、いちサン。そういえばだけど、この子の名前どうするの?』


 と疑問を投げかけてきて気づいた、そういえばこいつ名前がなかった。

 特に呼ぶ名前もなく「わんこ」か「犬」で済ませていたものの、いい加減名前を付けてやった方がいいのかもしれない。


「名前か……そういえば考えてなかったな。いい加減犬って呼ぶのもあれだし」


 じとっとしていて愛くるしい目の犬とにらめっこしていると。


「ならばフェンリルはどうだ。北欧の神話に出てくる狼の――」

「変な名前、だめ」

「いたっ! やめろよシディ姉ちゃん!?」


 アレクが早口に割り込んで来たが、シディに蹴られて追い払われてしまった。

 肝心の犬は肉を食べ終えて満足そうにこっちを見上げている。

 控えめに「もっとちょうだい」ともいってるようにも感じる、まだ食いそうだ。


「犬……肉……」


 いや、なんか閃いた。

 犬、肉、ドッグ、ミート……そうだ。


「ニクでどうだ!」


 決めた、ニクだ。

 そう呼び掛けてみると黒い犬はぴくっと耳を動かして。


「ワンッ!」


 嬉しそうにこっちを見てきた。

 決まりだ、今日からお前はニクだ。


「てことでニクでいこう」

「気に入ってる、みたい。よろしくね、ニク」

『…………ええー………』

「ワンッ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ