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54 初めてのチュートリアルその3


 厳しいとはいうものの、そんなに大したことない気がする。

 ちゃんと飯はでるし、適度な運動をして武器の取り扱い方を学んだりして、あとはぐっすり眠れば訓練とやらは終わる。

 肩透かしを食らったのか、もしくは今の俺には楽勝すぎるのか……とても愚かなことにその日の朝はまだそう考えていた。なぜなら。


『さて、今日から土地勘もつけてもらうよ。今日から毎日ニルソン近辺の偵察にいってきな。もちろん二人(・・)でね』


 などと言われたのだ、地図と、最低限の荷物を渡されて。

 こうして俺たちは小さな山々に囲まれた荒野を歩き回るはめになった。それも毎日だ。


 その時はまだこう思ってた。散歩だと思って周りの様子を見てくればいいのだと。

 しかし実際はそんな生易しいものじゃなかった。


「ぜえっ…………き、きつい……っ!」

『……いちサン、少し休もう? 倒れちゃいそうだよ……?』


 地図に書かれた通りのルートを歩かされてるわけだが、その道のりは険しすぎた。

 まずは緩やかな山を登って、そこからネルソンの周辺を監視し、また別のポイントまで移動し……ただそれだけなのに、きつい。

 舗道されてない荒地を登り続けただけで心臓がバクバク悲鳴を上げている。


「もう息が切れたのか? まだ最初の偵察エリアにたどり着いてすらいないというのに」


 一方で、さすがに初回ということで同行してくれたアレクは涼し気だ。

 空気はカラカラ、焼けるような日光に照らされてるのにどうしてこんな元気なのか。

 

「おれ……結構、力には自信があったのに……」

「山というものは単純な筋肉の力だけでは登れないぞ。道を探し、息を合わせ、その土地の姿も知っておかなければならない。ヴァージニア様はそれを培えと言っているんだ」


 足が凝って動かない、息も止まる――乾いた山肌に膝をついた。

 もう無理だ、アレクがなんか言ってるが入ってこない、地上に帰りたい。


「……アドバイス、どうも。なんせ、山とか登るのも初めて……」

「はぁ……。先が思いやられるな、お前は。良くも今まで生き残ってきたものだ」


 山に謝るようにしがみついてると、褐色肌の腕が視界を遮る。

 大きな手が何か握ってる。布製のカバーに覆われた水筒、飲めとばかりの姿だ。

 はしたないし失礼だがそれどころじゃない、奪って飲んだ。ぬるい。


「神様か死神か知らんけど、うまく死なせてくれないからな」


 そのままがぶがぶ飲むところだったが意識がはっきりして、やめた。

 やっちまった。人様のものをひったくった挙句、勝手にかなり飲んでしまった。

 あの厳つい褐色男子がどんな顔をしてるのか、可能な限り表情に申し訳なさを出して振り向くが。


「だがお前は生きている。初めて見た時よりも、ずっと生きている顔をしているがな」


 「構わない」とすすめられた。もう少しだけ飲んだ。

 言われてみればそうかもしれない。死体のように戦ってた時よりも、ずっといい。


「……そうか。だったら、この命、もっと大事にしないとな……!」


 水のおかげか気分がすっきりした、さあもうちょっと頑張ろうか。

 水筒を返してまた歩く、いや登る。褐色肌の男と再び歩き出す。


「その意気だ。呼吸は短く繰り返して地面を踏みつけるように歩け、あともう少しだ」

『いちサン、頑張って……!』


 今登っているここは大したものじゃない。あくまで通過点の1つだ。

 こんなところに苦戦してる俺はその程度なんだろう。でもそれでいい。

 変わると決めたから。今まで会った力強い人たちのように、俺も強い人間になってやる。こんな山も楽勝に上り下りできるぐらい、強く。


「……よっっ……しゃあああああッ!! 登れた……ッ!!」


 力も知識も技術もなく、残った想いだけで歩いて、とうとう荒野を見下ろせた。

 それほどのものでもない山の上にたどり着くと、終末を過ぎた後とは思えないまぶしい青空が世紀末世界(ウェイストランド)を照らしていた。 


「どうだ? いい物だろう? ここはネルソンを一番良く見渡せる場所だぞ」


 さすがに力尽きてしゃがみこんでいると、アレクは口元に笑みを作る。

 言う通り、その背中には俺たちの居場所となった町が見えた――相変わらずぼろぼろだが、力強さを蓄えたネルソンの姿だ。

 その後ろでは荒野と山々が生み出すアリゾナの地が延々と遠く広がっている。


『……すごく綺麗だね。こんな世界なのに……』


 与えられた仕事もことも忘れて見てると、腰の短剣もそう言っていた。

 世界がまだ平和だったころから、ずっとこの姿を保ち続けてたんだろうか?


「実は己れのお気に入りの場所なんだ、ここは。気に入ったか?」


 二人でしばらく見続けていると、褐色の整った顔が覗いてきた。


「俺も気に入ったよ。いい思い出が増えた」

『素敵だと思うよ、わたしも。いやなこといっぱいあったけど、元気になっちゃった』


 俺たちは立ち上がる。仕事に戻らないと。

 「そうか」と少し嬉しそうにアレクが歩き出したのでついていった。


「地図を見れば分かると思うが、町の周囲を回るように高所から周辺を監視するんだ。何か妙なものを見つけたら報告しろ」

「つまり異常があったらすぐ戻って報告しにこいってことか?」

「いや、その必要はない。姉者たちが見ているからな」

「見てるって……」


 地図に記されたポイントまで登って、しばらく調べて移動して、を繰り返す。

 それは分かった、俺でもできることだ。問題はどうやってそれを伝えるんだ?

 でもその疑問はすぐに解けた。アレクは街の方へと腕を向けていて、


「町には監視所が設けられていてな、姉者たちがそこから見張ってる。今もお前のことを「ちゃんと見ている」そうだ」


 街に一番近い丘の上がちかちかと輝いた。反射光だ。

 遠目じゃよくわからないが、目を凝らすと絶妙に隠された小さな陣地がある。


「なるほどな、良く見てくれてるわけか。ちなみにあれは誰だ?」

「サンディの姉者だ。お前が登り始めた頃からずっと見ているぞ」

「情けないところ見られたってことか。だったら先に言ってほしかった」

「ここでうまくやっていきたいのなら見栄など張らない方がいいぞ。素直になれ」


 俺は出発前に渡された双眼鏡を取り出してみた。もちろん監視所を見るために。

 スコープの反射した場所に向けてみると――褐色肌の眠そうな女の子が見える。 

 というか目が合う。レンズ越しにはっきりとお互いを認識してしまった。


「覚えとこう。見栄は張らない、素直になれ」


 サンディがふらふらと手を振るのを見てから、俺は荒野に振り返る。


「さて、偵察任務をするにあたって気を付けてもらう点が一つあるのだが」

「居眠りするなサボるな遅れるなのどれかか?」

「どれも違うな。出発前に渡されたそれ(・・)を忘れたか?」


 仕事にとりかかろうとしたが……言われて思い出した。

 今、背中には弓と矢ずつがある。20m先の的に当てられるようになったばかりだ。

 矢の持ち方と放し方がおかしい、姿勢が悪いだのさんざん治されたが、まあ動いてない的にならそこそこ命中する。


「これか? 護身用に持たせたんだろ?」

「その通りだ。何故ならここでは――」


 そんな新しい武器を使えるようになった俺にアレクはどこかを指さした。

 山を越えた先から見える荒野があるわけだが、枯れた植物や岩が幾つもある。

 見渡していると、土の色に交じってずんぐりとした黒色が見えた気が……


「グルルルルルルルルルルルルルルゥ……!」


 ……聞き覚えしかない、とても嫌な声が聞こえる。

 いや見覚えもあった。岩陰で丸まっていた黒くてふさふさした人間大の塊が起き上がって、あの声と共にこちらを見ている。


「あのように北からやってきた『はぐれドッグマン』がたまに出てくる、死ぬなよ」

「…………」

『は、はぐれドッグマン……!?』

「今日は己れが案内したが明日からはお前たちだけだ。まあよほどのことがなければ向こうは襲ってこない、安心しろ」


 ごめん、やっぱり帰りたい。



「これはスティミュラント……『スティム』と呼ばれる回復薬さ。もともとは戦前の薬品だったんだが、いまの我々は新しい製法で寸分たがわぬ効果のものを作れるわけで……」


 別の日のこと、地上のコンテナハウスの中で授業を受けていた。

 ドクと呼ばれる知的な顔立ちと穏やかな物腰の黒人男性が俺たちに医療技術について教えてくれている。


「なあドク、そもそもスティムってどういう薬なんだ?」

「専門的な知識を除いて言えば、肉体を刺激して急激に細胞の再生を促す薬といえば分かるかな? 君のその……物言う短剣の魔法とやらほどではないが、正しく使えば銃創ぐらいはすぐに塞がってしまうよ」

「確かに、注射されたときにすぐに傷がふさがってたような……」

『……なんだかすごいお薬なんですね』

「君の『ヒール』とかいうものに比べたら大したものではないよ。私でさえあきらめかけていた重症が治ってしまうんだからね」


 『スティム』と呼ばれる――そう、以前注射されたあの薬品のことだ。

 どうやら傷を治すことのできる薬らしい。

 ドクはまるで劣化版ヒールみたいに言っているが、脇腹をぶち抜かれてすぐに復帰できたのだからすごい薬なのは間違いない。


「材料さえそろえば実に簡単に作れるんだ。なので今回は実際に作ってみよう」


 目の前にあるテーブルの上には、様々なものが所狭しと置かれている。

 硬そうな根菜みたいなものと、固そうな花弁と太い茎を持つ紫色の花だ。


「材料って……まさかとは思うけどこれが?」

「実際に手に取って確かめてみてくれ。おいしそうだからって食べないように?」


 言われた通りに手に取ってみる。

 鮮血を浴びたような赤いカブ、鼻が麻痺するよう悪臭を放つ花、といった感じだ。

 とてもじゃないがどちらも食欲はわいてこない。


『……なんだかこれ、ビーツみたいですね』

「実はその通りなんだ。この赤いのはもともとは農業でよくみられるビーツか何かだったんだが、放射能で突然変異してしまった変異種なんだ。なぜか細胞を急激に再生させる効力がある」

「じゃあこっちの花は?」

「こっちの花も同じで、もともとはポピーか何かだった。変異してからは止血や気分を良くする効果を得たみたいだ」

「そんなの使って大丈夫なのか?」

「食べない限りは。もし食べるなら火を通すことをおすすめするよ。さて、試しにスティムを作ってみようか」


 こうしてスティム作りが始まった。

 手元には製法が書かれた紙があって――目を通すと【レシピ習得】と画面が浮かんだ。

 どうやらPDAのクラフティングシステムが作り方を覚えてしまったみたいだ。


「この二つは組み合わせることによって傷を急速に治癒する効果を得られるんだ。くれぐれも変な混ぜ物を入れたり、煮詰めたりしないようにね」

「……まずどうやって加工するんだ?」

「全部適当にカットして、よく潰して汁を絞る。突然変異した根菜の汁に対してポピーが3:1になるようにすれば……ああ、今思ったんだけど全部ジューサーにぶち込んでもいいかもね。飲んだ時の保証はできないけど」

「……思ったより柔らかいな、このカブっぽいの」

『うわっ……ぐろてすく……』


 切り刻んだ二つをぐちゃぐちゃに潰して布で絞ると赤い液体と白濁した汁がとれた。

 前者はかなり土臭くて、それでいて血と勘違いするほど真っ赤だ。

 後者にいたっては化学的な香りを感じる、毒属性だ。


「で、どうすんだこれ。見た目も匂いも毒々しいんだけど……」

「次はこの二つを容器の中でよく攪拌する。あとは少量の塩と砂糖を加えた精製水で希釈して完成だ。今回の分量だと標準的な注射器三本分は作れるから、詳しい配分は私の書いたノートを参考にしてくれ」

「そんなんでいいのかよ。ほんとに自分の身体に注入して大丈夫なのか?」

「大丈夫、私を信じてくれ。これを混ぜたら注射器に注いで完成だ。気になるからって味見しちゃだめだよ」


 教えられたとおりに作業をこなすと、少し透明感のある赤い液体ができた。

 最後にメタリックな注射器にそれを充填して完成、手作りのスティムだ。


「うん……できたな。間違いなくスティムだ」

『……ほんとにこれ、打っても大丈夫なのかなあ……?』

「うまくできたみたいだね。使い方は負傷した箇所に打ち込むだけだ、できれば事前に応急処置を済ませておくと効果的だよ」


 完成した注射器を手に取ると『スティム』と名前が表示された。

 この世界に認められた証拠なのかもしれないが、工程を想うと気が引ける。


『あの、ドクさん? このお薬って副作用とかはあるんでしょうか?』

「その点だが、あんまり使いすぎると自然治癒力の低下や中毒症状を起こすから気を付けてくれ。あとは一時間に三本以上は使わないようにすることだね。さもないと倦怠感や幻聴、重度の物になると心臓にかなり負担がかかる」

「オーケー分かった、できればお世話にならないようにする」

「よろしい。では実際に使ってみようか」

「……実際に?」


 さて、こうしてこの世界の回復アイテムの作り方を覚えたわけだが。


「できたみたいだね、さあ射撃場に向かうよ!」


 実にいいタイミングでドアが開いて、褐色肌の集団を連れたボスが姿を現した。

 『感覚』に頼らずともとてつもなく嫌な予感を感じたのは言うまでもない。



 スティム持参で連れてこられた場所はまたしても射撃場だった。

 射撃台の向こうでまるで射的の的みたいに立たされた俺は、


「あの、すみません、ボス。ちょっといいですか?」


 今現在自分の立たされている状況について尋ねた。


「なんだい、言ってみな?」

「なんでこんなところに立たされてるんでしょうか?」


 そしてちょっと思考を巡らせてみた。

 手にはスティム、向こうには矢をつがえ始める小さな褐色の女子。

 この状況から導き出される答えは、あまりロクなものが思い浮かばない。


「イチ、いままでスティムを使ったことはあるかい?」

「脇腹に一回。他人にやってもらいました」

「そうかい。じゃあお前さんは今日初めて自分で使うことになるわけだ」

「……ボス、だいたい予想はつくんですがハッキリ言って欲しいです」

『……あの、まさかと思うんですけど……』


 ミセリコルデも何かに感づいたみたいだ。

 そりゃ無理もないだろう、だって目の前では。


「じゃあ、わたしがうつね」


 一番背の小さなステディとかいう子がなぜか弓を構え始めたのだから。

 ボスの隣で、彼女が少しずつ力を込めて慎重に弦を引くのが見える。


「…………ボス? なんで俺、今にも撃たれそうなんでしょうか」

「良く聞きな。今から実際に負傷してもらうよ。、後は分かるね?」


 なるほどよく分かった。初めて作った記念に自分に使えってことらいし。


「は? じょ……冗談ですよねボス? まさか撃たれろと!?」


 ……じゃねえよどういうことだよこれは!?


『ちょちょちょちょっと待ってください! 撃たれるって本物の矢でですか!?』

「ああそうだよ。ステディ、致命傷にならない部位に一発当ててやりな」

「うい」


 そうこうしてるうちにステディが淡々と獲物を引き絞っている。

 その表情には『なんで私がやらないとダメなんだろう』と不満そうなものが見えた。


「まっ待て! 撃つってどこにだよ!?」

「……うで、ふともも、どこがいい?」


 いやだからって遠慮はしてくれなさそうだが。


「大丈夫、とがらせて焼いただけの矢だから大した傷にはならないよ。歯食いしばって受け止めな!」


 こいつらマジか。

 完全に一仕事やるつもりのステディと、当たり前のようにふんぞり返っているボス、それからぼーっとこっちを見ている褐色集団。

 ここに俺のことを案じて止めてくれるやつなんていないことが分かった。


「……せめて、心の準備させてくれませんでしょうか」


 だからってはいどうぞとか言えるわけないだろ。

 情けなく聞こえるのを覚悟で懇願した。


「ヴァージニア様、ステディ姉者。さすがにこれはちょっとやりすぎなのでは?」

「さっきからうるさいね、アレク! あいつは血反吐をはくぐらいの覚悟があるって言ったんだよ! 黙って見届けな!」


 ああ、そうかアレク、お前は本気で俺のことを心配してくれてるんだな。

 あの様子だと制止しようとしたんだけど、軽くあしらわれたたんだろう。

 つまり詰みだ。もうどうあがいたって矢でぶち抜かれる運命だ。


『い、いちサン……どうするの……? これ、本当に撃たれちゃうよ……』

「ああ……くそっ! 分かったよ!」


 そもそもボスのいう通り、俺は厳しい訓練を受けると答えた。

 徹底的にやってやるとも意気込んでた、それにこの人に感謝しているからこそやり遂げると覚悟したはずだ。


「ステディ、だったか」


 覚悟を決めて、小さな褐色肌の女の子に立ち向かった。

 彼女は何一つ表情を崩さないまま、身体のどこかに狙いを定めている。

 ならかかってきやがれ。いまさら矢の一本ぐらいがなんだってんだ。


「――やれよ! 腹だろうが心臓だろうが首だろうが、かかってきや」

「……えい」


 びんっ。

 直後、弦に押し出された矢がこっちに向かって飛んでくる。

 気づけば右の太もも、肉が一番乗っている部分に骨まで響く熱さと痛みが――


「れっ……」


 それはもう見事にぶっ刺さっていた。

 先をとがらせただけの矢がジーンズをぶち抜き、肉に埋まっていて。


「くっ、そぉぉっ! マジで、撃つかよ! ××××、××××!」

『ほっ……ほんとうに撃っちゃった……!?』

「イチ! 落ち着いて矢をどうにかしな! 止血を忘れるな!」


 ふざけんなクソ野郎とか思いつく限り罵詈雑言しか言葉が浮かばない。

 いやだめだ、それより処置だ。

 どうする、抜くか、だめだクソ痛え抜けるかこんなの――


「落ち着け、落ち着け俺、くそ、くそくそくそっ!」


 必死に混乱を噛みつぶしながら動いた。

 太腿から力が抜ける、落ち着けるかこんなの、ガクガク震えながら膝をつく。

 ぶっ刺さった矢に触れてみる……すると『分解』が出てきた!


「うっ………おおぉぉぉ……っ!」


 どんだけ無様に見られようが構うもんか、やってやるぞ。

 『分解』を発動、すると刺さった矢が消滅、痛みと共にぶしっと血が溢れる。


「……ぐっ! ああ……くそ、これで、どうだ」


 傷口をぎゅっと抑えた。かなり痛いが我慢して近くに注射器を突き立てる。

 そして指に力を込めて、さっき自分で作った赤い液体を注入した。


『……大丈夫、なの……?』

「分からないけど、これでいけるはずだ……」


 空の注射器をぶん投げて、呼吸を整えた。

 傷をじっと観察しながらしばらくすると痛みが引いてくるのを感じた。

 肉を焼くような痛みもだんだんと薄まって――血が抜ける感覚も薄まってくる。


「……は、はは」


 足に力を込めた、なんてこった……立てるぞ。

 思わず変な笑いがこみ上げる。なんだかもう、いろいろ感極まってる。


「や……やりました……」


 まだ震える足でぷるぷる立ち上がると、ボスはまあまあ感心した様子だった。

 サンディたちは矢が消えたことに首をかしげていたが。


「変な力を使っちまったみたいだが、まあいいさ。お前さんの納得する方法でやり遂げたんだ、合格だよ。よくやった」

「……ありがとうございます」

「よし、じゃあ二本目いってみようか」


 ……おい、いまなんつったこのババァ。


「あの、今なんかいいました?」

「一発だけじゃ物足りないだろう? もう一本追加だ! やりなステディ!」

「……うい」

「嘘だろおい」

『も、もうやめようよ!? さすがにこんな――』

「うごか、ないでね。へんなところに、あたるから」

「くそっ! ふざけんなよ!? もうこんなところに居られるかッ!」


 やっぱだめだ、もう無理!

 褐色デカ乳チビが容赦なく二本目をぶっ放そうとしてる姿についに折れた。

 射撃場の奥に反転、全力で走り出すものの。


「「「「「「あっ」」」」」」


 ぶすり。

 そんな感触がある場所(・・・・)に伝わって、直後にやってきた激痛に転んでしまう。


「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!」

『いっ……いちサアアアアアアアアアアン!?』


 この世のものとは思えない悲鳴を上げて、二本目のスティムを使う羽目になった。

 とてもおめでたいことに第二の負傷個所は尻だった。

 ここで尻に矢を受けたやつは、俺が初めてだったそうだ。


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