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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
The Witch's Hound (魔女の猟犬)
577/580

1 堂々たる憩いの姿を、それがフランメリア(1)

「――じゃあ俺たちもそろそろ行ってきますね。夕方前には戻りますから」

「いったんあっちに戻るって志願しておいてなんですけど、私たち本当に行ってもいいんでしょうか……?」


 ステーションのつるつるした床に地味な顔が並んでた。

 ホンダとハナコの黒髪二人組はすっかりと剣士と魔法使いの装束が馴染んでる。

 その後ろで新米たちを詰めたカートがレールを走り出したので手を振ると――


「スパタ爺さんが言うには万が一()()したやつが出ようものなら、向こうの善良な市民の皆様が喜んで通報してくれるありがてえ仕組みだとさ。お前らならその親切さに世話にならねえと信じてる、こっちのことは忘れてしっかり羽を伸ばしてこい」

「だ、脱柵……?」

「ホンダ、脱柵っていうのは不正外出のことだよ。ちゃんと門限までには帰ってきますし、こんなおいしい仕事ぶん投げる予定は当分ないので安心してください」

「お前も言うようになったじゃねえかハナコ。何かあったらすぐこっちに連絡しろよ、ついでにギルドの様子でも見てきてくれ」


 タケナカ先輩もそんな様子を視線で送り届けていた。

 坊主頭と鋭い目つきの貫禄はいつにもなく気が緩んでる。

 きっと"休日"なんて付加価値をつけられたせいだ、立ち会う姿は緊張感のない私服姿である。


「僕たちが向こうに行ってる間、攻め込まれたりしないよね……?」

「その時はお出かけ中止だね。そんなことないといいんだけども」

「もー、そういうこと言ってると何か起きちゃうでしょ? 不安になること言わないの!」

「拠点に人がいっぱい集まってますし、大丈夫じゃないですかね。イチ先輩もいるんですから気にしなくていいのでは?」

「変な前触れになるからそれ以上はだめ、依頼のことは少し忘れてしっかり楽しんでこよう。ワタル、本屋に行くから私に付き合うように」

「駆逐隊の先輩たちも来てるし大丈夫でしょ、いこいこ。ちなみにワタルは先約済みだからね、一緒に新しくオープンしたお店に服買いに行くんだから」


 発着場をカラフルに彩るストーン等級の集まりもこの雰囲気に浮かれてた。

 青混じりの黒髪に身軽なファンタジー風鎧武者といった風貌の少年が率いるパーティだ。

 話によるとこいつは高校生らしく、似通った年ごろほどのヒロインに取り巻かれてる。

 デカい両腕のゴーレム娘だとか、角の生えた兎娘だとか、個性豊かな美少女に囲まれる様を『チーム・ハーレム』と俺は呼んでる。


「その時はお前らが安心して帰ってこれるように片づけとくさ、どうぞごゆっくり」


 俺は脇腹のホルスターをつついてそいつらの休日を後押しした。

 馬鹿でかい拳銃には45-70弾がフルロードだ。高校生冒険者率いるストーン等級揃いが引いてる。


「ここの一番やべーやつがこう言ってるんだぜ? 行きは気負いなく、帰りは土産話でも持ってくりゃいいんだよ。でもトラブルは起こすなよ?」


 すると見送りにきたシナダ先輩からももう一押しが入った。

 熱を感じるブラウンの髪色とフランメリアに磨かれた男気ある顔に、新米ご一行はその気に傾いたらしい。

 全員律儀に帰ってくる面構えだ。端末をいじってカートを準備しておいた。


【EVカート・スタンバイ。こちらへどうぞお客様、本日も良い一日を】

「で、ホンダとハナコ。悪いけどこいつを奥さんに渡しといてくれないか?」


 そのついでにちょっとした荷物を地味顔コンビに押し付けた。

 レインロッドでいっぱいの袋だ。甘酸っぱくて爽やかな香りがする。


「これを届ければいいんですね? ってうわ、レインロッドがこんなに」

「イチ先輩、もしかしてこれお店の商品に使うつもりなんですか……?」

「スカーレット先輩がパイにしてみたいってさ、よろしく頼む。ああそれから――」


 おっと忘れるところだった、メルタの紙幣を何枚か握らせた。

 急な頼みごとに二人の顔が「これは?」と疑問形だが構わず続けた。


「市場で適当になんかこう、いい肉買ってきてほしい。地下ステーションにいるやつらに渡してこっちに送ってくれないか?」

「いいですけど……なんで肉?」

「あの、それってそちらでニク先輩がものすごーくワクワクしてるのと関係あります? 何ならよだれも出ちゃってるんですけど」


 さすがハナコ、お使いの理由に気づいたらしい。

 眼鏡に濾された視線の先にはちょうど黒髪ジト目な犬ッ娘がいるはずだ。


「ご主人がおにく焼いてくれるみたい。すごく楽しみ」


 俺の愛犬は期待が口からじゅるりしてるし、尻尾をふりふりさせてまだ見ぬ肉が恋しそうだ。


「ご名答、うちのわん娘にご褒美だ。こっちの1000メルタとお釣りは手間賃ってことで二人で分けてくれ」

「骨つきでおいしいのがいい。いってらっしゃい」

「責任重大だなあ……行ってきます、さっと買ってきてなるはやで送りますね」

「骨付きのおいしいお肉ですね、了解です。それじゃいってきます」


 特別依頼を受けたカッパー等級二人はカートに乗って旅立ってしまった。

 俺はレールを辿ってトンネルへ潜ったところまで見届けてから男女比率1:5の集まりを見た。

 シュガリへの配達はこいつらに任せよう。メルタとブツ入りの袋を渡した。


「それとそこの男女比率おかしいパーティ、ちょっといいか?」

「……えっ、あの、それってもしかして僕たちのことですか……?」

「お前らもレインロッドの配達よろしく。3000チップあげるからみんなで仲良く分けろよ」

「わ、分かりました。どこに届ければいいんでしょう?」

「シュガリって宿だ、俺の名前伝えればすぐわかると思うから暇ができたら届けてやってくれ。頼んだぞチーム・ハーレム」

「あの別にそういう集まりじゃないですよ僕たち!?」

「いやだって女の子いっぱいだし……」

「それいったらイチ先輩だってハーレムじゃないですか……?」


 クラングルまで見送ろうとするとハーレムにハーレム言われてしまった。

 そうかな――そうかも。

 くそっ駄目だ、どうしても美少女の顔ぶればかりが鮮明に浮かんでくる。


「あっ、イチ先輩が宇宙の真理を知った猫みたいな顔になっちゃった」

「ワタル、だめでしょそんなこと言っちゃ……」

「ほんと面白いですねこの先輩」

「ちゃんと届けて来るよ、さて行こうかみんな」

「わーい一人500メルタだぁ。シュガリって宿に持ってけばいいんだね? いってきまーす」


 今日もこの世の男女比率に悩まされていると男一人美少女五人も20kmの旅路へ赴いたようだ。

 賑やかさが旅立ったステーションはずいぶんと静かだ。

 俺たち以外に目がつくものは奥の通路を行き来するドワーフ数名ぐらいか。


「お前もお前ですっかり緩んでやがるな。しかも後輩パシらせて肉買ってこさせるとか何考えてんだか」

「まあいいじゃねえか、ちゃんと報酬も気前よく前払いしてるだろ? こいつもいい先輩になってる証拠だ、後輩こき使えるぐらいにはなってるみてえじゃん」

「パン焼くついでにうちのわん娘に肉ご馳走しようと思ったんだ」

「おにくと聞いて朝ごはん少な目にした。いっぱい食べるつもり」

「昨日までの緊張感はいったいどこに行っちまったんだろうな。早朝に点呼取ったらパジャマ姿で現れるやつが十人はいやがったんだぞ?」

「寝ぼけてくるのはまだ可愛い方だろ。横からお立ち台とかいって変な階段作ったやつもいたじゃねえか」

「点呼取るなら目立つ方がいいかなって……」

「真面目な空気台無しにしやがってこの野郎。あんな気の抜ける点呼取ったのは人生初だ」

「しかもお前、なぜかエプロンつけてヒロインども侍らせて来やがったよな。何をどうすりゃあんな登場の仕方になんだよお前」

「パジャマパーティー勝手に開催させられて、目が覚めたら点呼あるの思い出して慌てて着替えたらなんかこう……エプロン着てたんだ」

「昨晩お部屋にみんなが遊びに来て、ご主人あんまり眠れなかったみたい。ぼくもだけど」

「ここ最近激戦続きで少しはパン屋のことも忘れたんじゃねえかと思ってたんだが、お前の身体に染みついてるようで何よりだよ。畜生、なんなんだこの冒険者とパン屋のキメラは」

「どおりで二人そろって眠そうなわけだよ。雰囲気ぶっ壊すのにいいトドメになったぜありゃ、キュウコがげらげら笑ってたぞ」


 ここでだらだら話せるってことは確かに休日なんだろう。

 何事もなく朝を迎えて、点呼を取って、物資を運んで、朝飯を食って、その後は何をしてもいいという空気だった。

 こうして見送る間も冒険者たちは地上で思い思いの時間を過ごしてる。


「ところでワタルたちもこき使ってたみてえだが……せっかくの休みだってのにいったいどこにパシらせたんだ?」

「シュガリとか言ってたよな。いや待てなんか聞き覚えあるぞ? 確か――」

「ああ、ラブホだな。店長がレインロッド欲しがってたんだ」

「ラブ……おいちょっと待て!? なんて場所に送り込んでんだ!?」

「とんでもねーことしやがったこいつ。セクハラか?」

「別にそういうつもりじゃないんだ。さっきの顔ぶれに頼みやすそうなのがあいつらしかいなかった、あとハナコ怖い」

「だからってあんな初々しいやつらにラブホまでパシらせるか普通」

「あいつら女五人が男一人囲ってイチャついてる仲良しパーティなんだぜ? へへへ、俺知らね~」

「ワーオ、そりゃ面白いことになりそうだ。後で店長にどうなったか聞いとく?」

「やめろ馬鹿野郎、これで問題発生したらお前の責任だからな」

「俺はラブホの店長と知り合ってるお前の顔の広さがおっかねえよ。で、シュガリってどんな感じなんだ?」

「居心地がすごくよかったな。値段は張るけどサービスはすごくいいし、目玉はやっぱりパフェだ。店長が直々に作っててなんと食べ放題、ほらこれメロンパフェの写真」

「パフェおいしかった、また食べたい」

「先輩にラブホ勧めるんじゃねえ――いやおい待て、お前まさかニクと行ったのか? そいつ確かおと」

「へえ、マジでラブホって感じじゃん…………依頼終わったら行ってみっかな」

「俺も無事にこの件が片付いたら行こうかな」

「お? 誰と行くんだよ? まさかミコさんか? それともいつもそばにいるメイドさんか? おっとそれともまとめてか?」

「いやそういうのじゃなくパフェ目当て。思いっきりだらだらしながらパフェ食べるんだ、贅沢だろ?」

「あのなあお前ら……」


 野郎四人で話してるうちにトンネルから重いタイヤの音をごーっと感じた。

 するとクラングル行きの連中と入れ替わるように車両が三両抜けてくる。

 貨物車に改造されたEVカートだ。待機場所に収まると横開きのボディを俺たちに向けてきた。


「まーた物資来たな……今度はなんだ?」

「朝飯食う前にアホみてえに運んだってのにまたか……【拠点用資材】って書いてるぞ、重そうな名前しやがって」

「なあイチ、思ったんだけどよ? なんかこう地下に通路作って倉庫まで一直線、それでいてエレベーターとかで運べる仕組みとか作れねーのか? 荷物抱えて階段のぼって運ぶのはもうごめんだぜ」

「俺もいい加減ごめんだ、少しでも楽できるように後でいろいろ試してみるよ。とりあえず中身のチェックからだな」

「是非そうしてくれ。というか休日だってのにけっきょく肉体労働じゃねえか」

「うーわいっぱいあんな……暇なやつ呼んでこい、特にノルベルトとキリガヤ。いい筋トレになるぞこりゃ」


 【拠点用資材】とあるコンテナを開くと、目に入ったのは物資の山だ。

 重たげな厚手の紙袋が積まれて、箱詰めの雑多な資材が整然と並んであった。

 最近はここの噂も広がってるのか物資がやたら送られてくるけど、ブツが多い=それだけ運ぶ労力がいるわけだ。

 こういうのをいちいち忙しく運ぶのは骨が折れるし、シナダ先輩の言うとおり楽に運ぶ手段を作った方がいいだろうな。


「……()()()()()があるとマジで改善するべきだと思う。っていうかなんだ重い紙袋、おっも!」

「ん……? セメントって書いてある」

「ファンタジー世界でセメント袋だなんて夢のねえ話だな……くそっ、ドワーフの爺さんどものせいでこの世もどんどん近代化してやがる」

「コンクリ建築でもするつもりかよ。つーかおっっも……建設業者じゃねーんだぞ俺たち」


 特にこのみっちり張った【セメント】と書かれた袋がそうだ。

 抱きかかえられそうな見てくれのくせに身体が持ってかれるほどに重い。

 どおりで三両もよこしたわけだ。さてこいつをどう運ぶかこまねいていると。


「お、クラングルにおるやつらがよーやく完成させおったか。これでわしらの仕事も捗るなぁ」


 そこらでお仕事中の一般ドワーフが食いついてきたようだ。

 俺はセメントをあきらめて溶接マスクをかぶったおじいちゃんに尋ねることにした。


「おかげで運ぶのが大変そうだ。で、なんだこれ」

「そいつはフランメリアにある素材で作ったセメントじゃ。里で試行錯誤の末に作ったもんじゃが、クラングルでも製造できんか試しとったのよ。まだ作れる量は少ないが、こいつがありゃ家からインフラまで幅広く手がかけられるぞ」

「あっちでそんなもん作ってたのかよ。こいつで何するつもりなんだ?」

「そりゃあ開拓に決まっとるじゃろ? さて、ちょいとそれ分解してくれん?」

「いいのか?」

「お前のためにこんなに用意したんじゃよ。わしらの目論見が正しけりゃ――」


 話の流れからしてアサイラムの持ち主への捧げものらしい。

 言われた通りに一袋分解すると【建材】のゲージが増えた。そういうことか。


「建材になったな。けっこう増えた」

「うむ、大当たりじゃな。実はタカアキと相談してな? 建材ってのが建築に必要と聞いて、ならばどうやって増やせるか考えた結果がこれじゃよ。ドワーフ製のセメントが分解できるなら後はちょろいもんじゃ、これでいろいろ作れるじゃろ?」

「つまりこれでもっと拠点づくりを頑張れってか。ご親切にどうも、ちょうどいろいろ作ろうと思ってたところだったんだ」

「む? なんか建築する予定だったんか? 気になっちゃうのう」

「物資運ぶのクソ大変だからエレベーター的なやつで地上に運べないかって話になったんだよ」

「ほう、そりゃ面白い! もし作れるならわしらがアドバイスしてやるぞ?」

「是非頼む。あと女子どもが風呂入りたい言うから浴場作ることにした」

「ふっ、すっかりやる気じゃな。積んどるセメントは半分ぐらいもってけ、それとスパタがお前の力を色々試したいから付き合えとさ」

「オーケー、今日もよろしく頼む。ってことで物資はステーションの邪魔にならないとこに運んどこう」


 これは今日も休まず拠点いじりを頑張ってくださいってメッセージだそうだ。

 重たい袋を次々分解して資源に変えてもなお、物資の数は野郎四人の目に余るほどだ。


「つまりお前は休みだってのに働くわけか、大変そうだな。まったく勤勉なこった」

「ここらの土地好き放題にいじれるなんてチートかよって思ったけどよ、こうして傍らで見てると一筋縄じゃいかねーのがよくわかるよ。にしてもお前、見事にこき使われてんな」

「俺って依頼受けてないご身分なのにけっこうメルタ貰ってるんだぞ。だったら働いて返さないとすっきりしないだろ? もうとことん付き合うつもりだ」

「ノルベルトさま呼んだよ、キリガヤさまとか連れて今すぐ来るって」


 アサイラムは日に日に忙しくなってるけどこれも冒険者の仕事だ。

 そしてこの未開の地を巡る出来事も未来の自分が招いたものでもあるんだ、俺が片をつけないといけないのさ。

 まずは貨物車を空っぽにして送り返すところからスタートしようとすると――


「なぁぁぁぁぁん」


 カートから茶色い毛皮と白いお腹のふくよかな生き物がするりと現れた。

 整った顔をしてゆるりと優雅で、声が独特な茶白の猫が親し気に尻尾を立ててる。


「ん……? にゃんこだ。どうしてここにいるんだろう?」

「猫だな。まさかこいつも送られてきた物資とかじゃないよな?」

「なぁぁぁぁん?」


 いい毛並みの獣は俺とニクをゆったり品定めしてるようだ。二人で撫でてやった。


「クラングルの猫か? なんでこんなとこまで来てやがるんだか」

「キュウコがいってたけど、猫が足を運ぶのはフランメリアじゃ吉兆っていうらしいぜ? ってこたーきっとこいつはいい知らせさ、なあ?」

「なぁん」


 そいつは見下ろす先輩二人分にも気さくさを振りまくと、ぴたっとお座りを始めて。


【美しき猫・バターズ】


 と首の名札で名乗ってきた。そうかそうか。

 "バターズ"はさっそく前足でアサイラムの地面(厳密に言えばコンクリ床)を踏むと。


「なぁぁぁぁん?」


 今にも進みそうな格好でくいっと見上げてきた。

 美しい眼差しは『行っていい?』ぐらいのニュアンスを発してる。


「ようこそアサイラムへ。そこの階段を上ってくれ」


 そう教えてやると茶白の獣は「なぁん」と階段を上っていった。



 元々アサイラムにあったなんともいえない空気はやわく解けていた。


 ヘスコ防壁でぐるりと囲われた景観がこの世の調和を乱しつつ賑わってるようだ。

 今じゃ広場を中心に冒険者が集まって「わいわい」と気を緩めている有様だ。

 参加者が増えて男女比2:8ほどの面々が休日にあやかってそこらで落ち着いてる。


「――ほら、俺たちの休日に乾杯だ。ちょっと苦いけど気合で耐えろ」


 そんな混沌とした中で屋外の空いている席をノルベルトと一緒に挟んでいた。

 ひんやりしたボトルから鮮やかなザクロの赤色をグラスに注いで「召し上がれ」だ。


「ふむ、このぴりっとした甘酸っぱい香りはザクロか? どれ――」


 あいつは中身を少し揺らめかせてから興味津々にぐいっといったようだ。

 いや苦かったらしい。せっかくのいい顔がぎゅっとしたしかめっ面になった。


「やっぱ苦いか?」

「むーん……実に苦いな。しかし味の中に深みを感じるぞ、身体に良さそうだ」

「そこは涼しい顔して「うまい」とかじゃないのか」

「オーガの舌にも苦しだ。いやしかし良薬は口に苦しというではないか? いつもこれを飲んでるのか?」

「オーガでも苦かったか。朝にこいつを飲むと気が引き締まるんだ、後味はひどいけど慣れると病みつきになる」

「気を培うには良いものかもしれんな。だが俺様の舌にはドクターソーダが一番だ」

「こっちの方が健康的だし、それにちょっとお洒落だろ? 飲むとカッコつく――にがーい」

「フハハ、本当に苦そうだな。そこは涼しい顔をしなければ格好がつかんだろう?」

「苦いってことは覚悟してるんだけどな、鼻の奥まで来る苦さがやっぱり耐えられないんだ。にっがい……」


 俺もぐいっと飲み干した。甘酸っぱクソ苦い風味に気分がきりっと目覚めた。

 二人で「にがい」な顔を表現してると。


「…………おい貴官ら、いったいここはどういう状況だ? さながら要塞のごとき守備が敷かれているし、しっかりと食事は提供されるし、皆気を緩めて堂々と寛いでいるし、我々の意気込みがさっそく空回りしているんだが」


 そこらの美少女率高めの光景から蜘蛛と人間のハーフがカサカサとやってきた。

 黒毛の八足蜘蛛ボディに乗った黒髪ロングで軍帽なロリは調子が狂わされてさぞ不満そうだ。


「シディアン隊長ー、思ったより十倍楽だし朝ごはん美味しかったですねー! ところで強そうなおにーさんが二人もいるんですけど……?」


 それと褐色ちびエルフのお供もぴったりくっついてた。

 元気いっぱいの真ん丸な目はストレンジャーとブルートフォースを見比べてる。


「今日はたまたまこういう空気なだけだ、諦めて慣れてくれ軍曹。まあ人も集まって後方支援もばっちりで余裕が出てるし悪い事じゃないだろ?」

「うむ、脅威と直面することもあったが全て叩きのめしてきたぞ。それゆえか攻めの手がぴたりと止んでいるのだ、ならばそれを利用して堂々と気を充実させるというのも戦い方の一つよ」

「実際みんないい感じに休めてるしな」

「戦う準備は着々と積み上がっているぞ。むしろ攻め込んできてほしいものだな」

「んで戦車も迫撃砲もある。もし今にでも敵がお邪魔しに来たらみんなで歓迎してやるつもりさ、ようこそ死ねってな」


 俺はオーガの手ぶりとあわせて「こういう状況」を紹介した。

 まずは広場から西側を見渡すと、道路の端をディセンバーの戦車が陣取ってた。


『ディセンバーのおじちゃん! 俺も戦車乗りてえ!』

『ケイタ君、あんまりべたべた触っちゃだめですよ。でも私も乗ってみたいですね』

『あー、ひとっ走り付き合わせてやりたいんだがな? 燃料に余裕ができるまでしばらくはここで固定砲台だ。明日にはスーパーバイオディーゼルってのが完成するそうだから、それまで見て触るだけで勘弁してくれないか?』

『じゃあ中覗いていいんだな!? お邪魔します!』

『私も見せてもらいますね。ところでディセンバーさん、いつもこの戦車と一緒ですけど思い入れがあるんですかね?』

『いや、ストレンジャーのおかげでこいつと長旅することになっちまったんだよ。今じゃ我が家みたいなもんでな――おい、中の計器とかはいじらないでくれよ。それと足元にあるシミについては何聞かれてもノーコメントだ』

『うわっなんか赤茶色いシミついてる!? 事故物件だったのか!?』


 そこで一服中の車長が兄妹みたいなケイタとイクエに絡まれて面倒そうにしていて。


『行商人とやらはいつ来るのやら。ああ待ち遠しい』

『何売りに来るんだろうねー? 日用品とかポーション類とかかな? っていうかオリス、欲しいものでもあるの?』

『特にない。何もなければ冷やかしに終わるのみ、目ぼしいものがあれば支給されたメルタを使うだけのこと』

『あはは、冷やかしも買い物の一つっていうしね? あとはそうだね、もしかしたらアーツとかスペルの買い取りともあるかも?』

『あれを買い取るの? 何故?』

『ほら、クラングル近辺で白き民がよく出るようになってるから、そいつらがけっこう落とすでしょ? 他の都市だとあいつらより魔獣ばっかり相手にしないといけないような状況だから、そういうの手に入りづらいみたいなんだ。つまり――」

『なるほど……つまりここで買い叩いて、向こうで高く売り込む仕組み。人はそれを転売というのだけど、これが商売というものか』 

『それ絶対行商人さんたちの前で口にしちゃだめだよオリス。そういうの気にしてる人けっこういるんだから』


 道路の手前でオリスとトゥールが行商人とやらを気長に待っており。


『こらっコノハちゃんっ! ぐーたらしてないで出てきなさい!』

『やです! 休みだというのならぐーたらさせてください! コノハ成長期なんですからいっぱい寝ないと駄目なんです!』

『お外に出てお日さま浴びないと成長しないよっ! ほら出ておいで、さもないとお布団ごと運んじゃうからね!?』

『ぎゃー本気で寝床ごと持ち運ぼうとしてるー!? たっ助けてあにさまー!?』

『くっ、コノハちゃんしぶとい……! じゃあおねえちゃんの最終手段だー!』

『なにするんですかキャロルねえさま入ってこないで――んほー!!』


 宿舎三階の開けっ放しの窓からはコノハの儚い断末魔が木霊して。


『モノホンのアイちゃん来てくれぇぇー! 心のお〇〇〇〇が破裂してしまう!!』

『見ろクリューサ、タカアキが奇妙なまじないをしているぞ!』

『ああ確かにまじないだな。それでどうして俺たちの近くで珍奇な儀式を執り行ってるんだこいつは、その手の病を心に患っていたのか? それともそう言うカルトの者だったのか?』

『病的なまでに一つ目の少女に対する愛を持ち合わせているのは確かだね。昔からああだよ彼は、そっとしておいてくれたまえ』


 タカアキが地面に並べた一つ目フィギュアの陣に祈祷中だ。何やってんだあいつ。

 クラングル以上に濃い風景にこれには軍曹も頭の痛そうな目の瞑り方だ。 


「……一応聞くがいつもこんな無秩序が横行しているわけではないな?」

「みんな楽しそうですねーシディアン隊長! てっきり修羅の道に片足突っ込んでるような場所かと思ってました!」

「毎日こうだったら楽だろうな。残念だけど今日限りだ、たぶん」

「フランメリアはこうでなくてはな。皆が強くやっている証拠というものよ」

「これなら白き民も近寄りがたいだろうな。まあそれはさておき貴官ら、南の森に罠が仕掛けてあるそうだな?」

「ああ、半分ぐらい地雷原になってる。最近太ったやつは出歩かない方がいいぞ」

「じっ地雷原ですか……? こんな様子に反してデンジャラスすぎます!?」


 だけどこんな空気の中でも軍曹はきりっと気を持っていた。

 軍帽を被り直して物騒な南側を動揺することなく見つめてる。


「そうか。ならば周辺の状況確認がてら、私からも少し手を加えさせてもらうぞ」

「手を加えるって何するつもりなんだ?」

「少々私の糸を張り巡らせるだけだ、それと我々が戦いやすいように地形を把握するつもりだ。許可はタケナカやスパタ殿からもうもらってる」

「分かった、一味加えてくれるんだな。何か手伝うことは?」

「罠を仕掛けているようだがどんな配置か知りたくてな。設置個所が記されたマップは手元にあるが、できれば案内もしてもらえると助かる」


 視線と口が言うには戦いに備えておきたいらしい。

 寝ずの番をしてくれたっていうのに顔に疲れが浮かんでないのは流石軍曹だ。


「では俺様が導こう。このあたりの地形はここ数日で歩いて覚えたものだからな、どうだ?」


 そんな勤務態度に応じたのはノルベルトだ。

 立ち上がったデカい図体と強い笑みに軍曹は少し戸惑ったみたいだけども、漂う雰囲気に信用しきった目つきをしてる。


「ならば是非頼む。しかしその、このオーガさながらのストーン級は何者だ? プレイヤーではないのは間違いあるまいが」


 次第に説明も求められて、俺は硬い腹筋をこつっと叩いて答えを出した。


「何者だって? たぶんアサイラムで一番強いであろうガチオーガだ、仲良くしてやってくれ」

「俺様はローゼンベルガー家のノルベルトだ、よろしく頼むぞ。いやしかしアラクネの冒険者など初めて見たな、良き面構えをしているではないか――おっと貴女は先輩だったな?」

「かしこまらなくてもいい、貴官は私より強いのが目に見えているからな。シディアンだ、こちらこそよろしく頼む」

「こちらサポート役のハツユキですー! 現地の方なんですね、頼もしいです!」

「んで俺がキラー・ベーカリーのイチだ、よろしく」

「こら茶化すな。ところでふとした疑問なのだが、貴官らはなぜ苦そうな顔をしている?」

「気付けのザクロジュースだ。飲む?」

「苦いが気が引き締まるぞ。飲むか?」

「いや、いらん。まったくこの頃は驚かされてばかりで気が疲れるな……」

「ジュースですか!? 飲みます飲みますー!」


 ノルベルトのことが分かるとロリ二人はさっそくお出かけに向かう調子だ。

 ところが褐色チビエルフに一杯ご馳走してやると軍曹が急に訝しんできた。


「あともう一つだけ聞きたいことがあるんだが」

「どした」

「なんで貴官はエプロンを身に着けているんだ?」


 俺の格好を気にしてたらしい――【キラー・ベーカリー】だ。


「なんでってパン焼くからだよ。ほら見てくれかまど作れるぞ」


 小さな口から「どういうことだ」が出る前に身を張って説明することにした。

 食堂から少し横にずれたところにちょうどいい空きがある。そこに建築メニューを開いて【薪窯】を選ぶと。


*がらん*


 建材やらを使ってSEと共にお目当てのものが現れた。

 白くてずんぐりした横幅1.5mほどの薪窯だ。丸みのある屋根から新品の黒い煙突が伸びてる。


「…………おい、何もないところからいきなり出てこなかったか?」

「に゛が゛い゛で゛す゛……」

「説明めんどいから省くけどなんか出せちゃうんだ。以上」


 突然の薪窯を見た軍曹はあんまり信じたくなさそうに目の間を抑えてた。


「はぁ……思うんだが、貴官はいちいち周りを驚かさなければ気が済まんのか? 以前の付き合いから多少は分かってはいたが面倒な男め」


 いや最終的に無理矢理納得するようにしたらしい。溜息をつかれた。


「誠にごめんなさい」

「よくわかった、もう結構だ。行くぞハツユキ、他の者も集めて周囲を確認しにいくぞ」

「シディアン隊長ー、みんな寝ちゃってますよー」

「知るか、たたき起こせ。二度寝したくば駆逐隊の務めを果たしてからにしろとでも言っておけ」

「わっかりましたー! おっきいおにーさんも手伝ってください! きっとびっくりして目も覚めちゃいます!」


 シディアン軍曹は「フハハ、良かろう」とオーガの図体にカサカサついていってしまった。

 さて、俺もそろそろパン作りと洒落込もうとするか。

 まずは食堂から器具を拝借するところから始めると、急に少しのざわめきを感じた。


「……ん? なんだ?」


 広場の一部がやいのやいの言い出して、つられてみれば原因はすぐ目についた。

 ステーションの方からいろいろなやつらがずんずん歩いてきてたからだ。

 アホみたいに大きな荷物を背にかけた人間やヒロインが道路脇に落ち着き始めてる。


『おー、よう来たの。お前さんらが商人ギルドのもんか? とりあえずその重たそうな荷物降ろしちまわんか、商売する場所もちゃんと用意しといたぞ』


 スパタ爺さんの大声が混じって理解できた、あれが噂の行商人だ。

 どいつもこいつもやけに大きな鞄をお持ちのようだ。中には自分を追い越すサイズをでかでか背負った猛者が何人もいる。

 まあ割かし現代的なアサイラムにみんな戸惑いが隠せてないご様子だけども。


「俺も後でいってみるかな、ようこそアサイラムへ」


 後でご挨拶も兼ねて買い物でもするか。食堂へ向かった。


『じー……♡♡』


 ――と思ったら建物の角から二本の白い角が生えてた。

 厳密に言うなら額にさっぱりかかった長黒髪と赤い目二つも一緒で、総じてホオズキがじーっとこっちを伺ってる。


「おい、なんか用か? 一緒にパン捏ねる?」


 無視するのも可愛そうなのでとりあえず呼んでみた。

 一声届くと這い寄る鬼ッ娘はしゅっと引っ込んでしまった。何がしたいんだあいつは。



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