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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
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74 ユルズの森(2)


 ユルズの森。誰かもわからぬ名づけの親によれば豊かな森林地帯だ。

 そいつの書き記しをクソ律儀に信じるなら、都市の周辺では中々お目にかかれない植物に恵まれた土地らしい。

 が、そうおいしい場所にほいほいついてきたやつに害をなす魔獣もいるという話だ――クソ律儀に信じるなら。


「綺麗で力のある森。これほどのものが手つかずというのは些か信じられない、私の想像以上だった」


 そんな件の森の広大さに、オリスの落ち着いた声がよく通ってた。

 足取り様々な八人でずかずか押し掛けるところだが、俺たちを待っていたのは明るい光景だ。


「ここまで想像と違うとなんか調子狂う……」

「貴方がどんなイメージを及ばせていたのは分からないけど、ここはよい森。そう断言できるぐらいに自然の恵みが満ちてる」

「もっとどんよりしてると思った。それがこうも明るくてカラフルなんだぞ、毒々しいキノコと白骨死体はどこいった?」


 以前、日本人の顔ぶれで白き民退治に向かった森とはえらい違いだった。

 あの時は木々が複雑でうっすら暗かったが、こっちは間隔がもっと広い。

 明るさと温かさがすっきりと行き渡ってるのもそのせいだろう。

 見たことのない草木の赤青黄な色合いが横切って、目まぐるしいほど鮮やかだ。


「……いろいろな匂いがしてくらくらする。でも見てて楽しい、これがユルズの森なんだ」


 ニクが眠そうな目を見開いて尻尾をぱたぱたしてるほどだ。

 言いたいことは人間的な嗅覚に頼ったってよく分かる、ここは情報量が多い。

 木々の根元でキノコが生え、見たことのない草花が大げさに育ち、食欲をそそるような実がぶら下がってる――そんな具合だ。


「見た目も香りもクラングルの市場にある青果コーナーより充実してるな。こんな調子がどこまで続いてるんだか」

「ご主人、あそこに大きなキノコが生えてる。あれってなんだろう」

「おーマジだ、でっっか……でもなんか妙にご立派だな、毒キノコってやつか? こういうの初めて見るかも俺」

「たぶん毒だと思う。ここからでも分かるぐらい痺れる匂いがするし」

「なるほど、クリューサに見せたら興味示すタイプだな。スクショ撮って送っとこう」


 ここは幽霊云々を忘れるほど見ても嗅いでも楽しい場所だ。

 野郎二人で茶色く大きなキノコに夢中になってると。


『この森すごいねー、見渡す限り木の実に薬草だよ? クラングル周辺じゃお目にかかれないのがいっぱいだー……』

『ホオズキ、瞑想花が当たり前のように生えてるゾ! いっぱい持ち帰ろウ!』

『まだここの様子も見極めていないのにそんな無遠慮に採取しないでください! まずは周囲の状態を調べてからです、我慢できないんですかあなたって人は!?』

『レフレク、ちょっとお空から森をみてきますっ! 撮影はまかせろ~!」』

『こんな場所があったんですね、すごいです……で、でも、MGOにいた頃に見たものがいっぱいで、目がぐるぐるします……?』


 山へと穏やかに昇っていくような地形に、ロリ集団の顔ぶれがわらわら散ってた。

 メーアなんて目的も忘れてそこらの草木をがさがさ物色してるぐらいだ、価値あるものがいっぱいらしい。


「メーアがお土産作り始めてるぞ、どうすんだちっこいリーダー」

「ちっこいリーダーではない、タイニーエルフ。当初の予定通り先に周辺を記録してから次に移る」


 ロリどものリーダー(オリスともいう)といえば、すべきこと淡々をこなしてた。

 撮影作業に忙しそうだ、俺もキノコの立派な造形までしっかり撮っておこう。


「正直言っていいかオリス、魔獣が出るって感じの雰囲気じゃないぞ」

「その気持ちは同意できる。そのせいあって我々の気持ちが緩んでる、私もひどく拍子抜け」

「お前も幽霊が心配だった感じか? 良かった俺だけじゃなかったのか……」

「貴方は幽霊の存在を気にしすぎ。でも敵となりえる存在がいるとは思えぬほど栄えているのは間違いない」

「あっ、わたしもさっきからちゃんと撮影してるからねー? ここってすごいね、野草の宝庫って感じで!」

「メーアが好き勝手に採取していますけど、私はもう知りませんからね。まずは脅威になりえる存在の有無を調べるのが先です」


 トゥールとホオズキもここの張り合いのなさに少し気が抜けてそうだ。

 無理もない、ここは敵の気配ってやつを感じないのだ。

 何も知らずに迷い込めば、きっとただのきれいな森で済むだろう。


「森というのは目に見えるものだけを信じることは危険な行為。かくいう私もこの大自然にエルフとしての本能が刺激されてるけれど、ひとまずの安全を確保するまで気を抜くのは厳禁」

「そういはいってるけどさオリス、すごくうずうずしてるじゃん。おめめ真ん丸だー」

「……そういう貴女が一番疼いてるじゃないですか。今にも森の中を駆け巡りそうですよ」

「エルフ的に言うなら大興奮。今すぐにでも目につく森の恵みを頂戴したい、裸になってこの場の空気をもっと感じたいぐらいに」

「それはちょっとまずいと思うなー……お兄さんもいるんだよ?」

「何を言ってるんですか!? 急に野生に帰ろうとしないでください!?」


 でもオリスの言ってることがあてはまってる気がする。性癖はともかく。

 良い面の裏には相応のものがあるのが大体の決まりだ。

 そして今回はその『何か』を探りにきたわけで……。


「ここまで拠点から離れて何もいませんでしたってのはあり得ない話だ。背負ってきたこいつが無駄にならないようにしっかり探すぞ」


 俺は背中に連れてきた青い容器をこんこん触れた。

 バックパックの上に重ねたプラ製のジェリカンだ。

 ニクとメカにも持たせて計三つ、こいつを木の化け物の樹液で満たしてお持ち帰りしろっていうおつかいがある。


「レフレク戻りました~……このあたりは怪しいものが見当たりませんでした! お空から見てもとってもきれいな森ですっ!」


 空からレフレクが人の肩に帰還だ、異常はないらしい。

 「幽霊は?」と念をいれると「だいじょーぶですっ!」だそうだ。指先でこしこし撫でてやった。


「上から見ても安全か、こうも手ごたえがないと後が不安だな。よしよし」

「えへへー♡ ぜつみょーな加減ですー……♡」

「それなんだけどねー、ちゃんといると思うよ?」


 肩乗せ妖精がくすぐったそうに頬ずりしてくると、トゥールもすすすっと馴れ馴れしく寄ってきた。

 ただし猫っぽく和らいだ口によれば「出る」そうだ。何がとは言わないが。


「なんでそう言いきれる?」

「ふふーん、よく周りを見てみてごらん?」


 次の言葉は周りをもっと見ろ、か。

 青い花を引っこ抜くメーアから北へ視線をずらすと、少し妙なサインを感じた。

 草の一部が踏みにじられていて、木の実を蓄えた茂みが枝ごと豪快に食いちぎられてるような……。


『フゴオオオオオオオッ』


 気を張らせたそんな時、その向こうで低くて詰まりのある鳴き声がした。

 さすがにこの場の全員も臨戦態勢だ。

 メーアが槍をくるっと抜いたところに、各々の得物が持ち上がるも。


「……おにく」


 ニクがじゅるりしてた――じゃない、奥の深い茂みから大きな獣が出てきた。

 ピックアップトラックと正面衝突したら互角の勝負になりそうな、牙を攻撃的に生やした茶色毛の豚だった。

 お前かガストホグ。珍しそうな眼差しで木の実を枝ごとむしゃむしゃしてる。


「あれってガストホグだよな、なんか久々に見たぞ」

「そうだねー、でもあれがこうしているってことは、やっぱり魔獣も近くにいるかも? ……っていうかニク先輩、よだれでてるよ」

「どういうことだトゥール。それとニク、よだれ拭きなさい」

「だいたいの魔獣ってさ、食べられるものが見付かったら何でも食べちゃうすごい食欲なんだよね。だからあんなまだ穏やかな魔物だとかも普通にぱくっていっちゃうよ?」


 トゥールの説明によれば、あれは魔獣のお食事にもなりえる存在だそうだ。

 今のところ人畜無害な昼飯候補は「フゴッ」と一瞥して去っていった。


「つまりあいつの捕食者もどこかにいるかもしれないって話か?」

「うん、ああいうのってごはんが豊富な場所があったらぜったいに見逃さないだろうね。絶対近く住み着いてるはず」

「ちょうどここみたいにか」

「いろんな植物がこんなに育つほどのマナもあるんだし、もう言い逃れできないぐらい揃ってるよ?」


 正直、あんなデカい豚の怪物を捕食するやつがいるとか悪い冗談だと思う。

 でも考えてみるとエーテルブルーインという獰猛な前例がある、あれならやりかねないだろう。


「魔獣はマナと食べ物が多い場所を絶対に見逃さない。よってここは例のやつらがいると考えるべき、フランメリアの豊かさの裏にはそういうのが必ず潜んでいるのが定石」


 近くでオリスもちんまりと警戒してた。

 これで魔獣と出くわす条件が見事に揃ったわけか。


「あんなの食うやつがいるとか嫌な話だ。もちろんその食欲に俺たちもカウントされてるよな?」

「されちゃってるかもねー? 気をつけないと駄目だよ?」

「得体のしれない植物に爬虫類のバケモンの栄養になるのはごめんだ。代わりにもっとカロリーをご馳走してやるよ」


 そしてもれなく、俺たちも魔獣の昼飯の資格をちょうど満たしてるはずだ。

 いただかれてたまるか、とリグの手榴弾を小突いて表明しておいた。


「そこで攻撃的に返せるのは流石貴方だと思う。それを使う時はできれば周りに最善の配慮をしてほしいけれども」

「た、頼もしいなー……? えっと、わたしたち巻き込まないでね……?」

「魔獣相手に手榴弾カ。ずるいぞイチ先輩、ワタシも使いたイ」

「この人がいると、時々ここがファンタジー世界だということを忘れそうになりますよね……あの、扱う際はくれぐれも気を付けてくださいね」

「ば、爆弾……!? レフレク、すごく怖いですけど……おにーさんと一緒ですっ! 一蓮托生です!」

「ひえっ……で、でもあたし、大丈夫ですからね!? 必ずおっお守りしますから!?」


 チーム・ロリの距離がちょっと遠ざかった。レフレクとメカ以外。

 まるで歩く不発弾扱いだ、そんなにびびらんでもいいのに。


「それでどうする? お前らの好きそうな素材とやらがわさわさ生えてるけど、このまま魔獣やらがいないかしばらく調べるのか?」


 ちびメイドとわん娘に挟まれつつ疑問を森に流すと、オリスは「ううむ」と小難しそうに唸って。


「魔獣は群れから外れたものや、隙を見せたものにはここぞとばかりに襲い掛かるいやらしい生物。必ず二人以上で固まりつつ、お互い目が届く範囲で周辺を探索するように。有用そうな植物は各自の判断で採取してほしい」


 ちゃきっと腰から小ぶりなナイフを抜いて、興味をそそるような茂みに一直線だ。

 離れすぎずの一塊を維持しつつ、このままもう少し周辺を探れとのことだ。


「はーい、それじゃ偵察がてらそこの薬草いただいてくね。みんな距離感に気を付けてね、何か変な音聞こえたらすぐ伝えるから」

「久々の採取ダー! そこの花も全部貰ってくゾ!」

「メーア、あんまり採りすぎちゃ駄目ですよ。環境に影響を与えないように節度を持ってくださいね、さもなくばオリスさんが怒りますよ」

「おやつになる木の実が生えてますっ! おにーさんも食べますかー?」


 そうと決まればロリどもの動きは早い、さっそく目につく草木に飛びついた。

 とはいえ、その流れについていけない三名がここにいたりする。


「え、えっと……どうすればいいんでしょうか、あたし、どれが有用な素材なのかあんまり分からなくって……」

「……素材って、どれがそうなんだろう。見たことない植物がいっぱい」


 お互い身を寄せ合うように取り残された俺とちびメイドとわん娘のことだ。

 そこらにあるものからどう価値を見出せばいいのかさっぱりである。


「実は俺もさっぱりだ。どうしよう、クリューサのお土産にさっきのキノコでも引っこ抜くか?」

「……ど、どうしましょうか……? ご、ごめんなさい、あたし、こういうのにあんまり詳しくなくって」

「ん……匂いでなんとなく安全かどうか分かるけど、どんな価値があるかまでは分からない。ぼくもどうしよう」


 なるほど、スパタ爺さんが言った『学んでこい』の意味がよく刺さった。

 敵をぶちのめしてばっかの人生だと()()とやらの価値にも難儀するみたいだ。


「そこで私の出番。採取のイロハを手取り足取り教えるよう、あのドワーフから頼まれてたから」


 でもそうだった、ここにはちっこい先輩がいた。

 オリスが研ぎが効いたナイフを片手にふんす、と得意げに戻ってきた。


「そうか、ちっちゃい先輩がいたんだったな。オーケー教えてくれ」

「ちっちゃい先輩じゃない、タイニーエルフ。貴方たちに自然の恵みから何をどうやって取るべきかを教えるから、聞きながら実践してほしい」

「あ、ありがとうございます、オリスさん……ぜ、是非よろしくお願いします……!」

「そういうのに興味があったし、すごく助かる。よろしくね?」


 こういう場所での振る舞いをたっぷりと教えてくれるみたいだ。

 白髪踊る後ろ姿が「こっち」と誘ってきた。

 メンバーが思い思いに探る中、オリスは自分の背丈よりずっと高く実った木の実を見上げて。


「原則として、けっして取り過ぎないように。必要以上に手にすることは無作法だし、貴方が思っている以上に自然を傷つける不健全な行い。環境を壊すということは最悪生態を崩して魔獣やらの動きを人里にむけることにもなりえることを忘れないでほしい」


 それを背に『ステップ1』を教えてくれた。

 自分勝手にいただくのははしたないし、計り知れない害があるということだ。

 世のためそんな無粋な真似をしないようしっかり覚えておこう。


「爺さんたちからの頼みごとに『森の環境ぶち壊しにしてこい』なんて項目があったか? 頼まれない限りしないから心配すんな」


 気持ちを表明したところでさあ『ステップ2』だ、何を摘めばいい?

 オリスは満足げに頷いて、手始めとばかりに「あれ」と頭上の果実を指した。

 人間的には少しで手が届きそうで、チビエルフ的には届かないといった具合だ。


「ところでイチ先輩」

「先輩じゃなくていいぞ」


 木の実をいただく前に俺たちの関係性も一新するべきだろう。

 もっと気さくにやってくれ、と促した。

 するとストレンジャーより詳しそうな無表情は「ふむ」と青い瞳で見てきて。


「じゃあ、お兄ちゃん」


 ……距離感がまたおかしくなった。すんなりとした口で「お兄ちゃん」だ。

 ハーピーとたぬきに続いてチビエルフの妹だって? 俺の家族関係はどんどん濃くなってく一方だ。


「んもーまーた家族増えてる」

「お、おにいちゃん……だ、だんなさま、呼び名がまた増えちゃいましたね……?」

「またご主人に妹が増えてる」

「呼び捨てにするのは無礼というもの。かといって気さくすぎるのもよろしくない、よって貴方の身の回りを見て考えるにこれが相応しいと思った」

「妹にチビエルフと姉にチビサキュバスを持った身のことを考えてみてくれ、ひでえ挟み撃ちだ」

「チビエルフじゃない、タイニーエルフ。あそこに食にも薬にもいい木の実があるけれど、背が届かないから難儀してる。速やかに抱っこしてほしい」


 あーうん、次は『足りない背を補ってくれ』だそうだ。

 自称妹が「持ち上げて」と両手を広げてる。抱っこしてやった。

 


 *A FEW MOMENTS LATER...*


 それからしばらくオリスからあれこれ教わった。


 ここには戸惑うほどの植物があるものの、すべてがいいものとは限らない。

 中にはほんの少しの不注意で、あの世との距離が一気に縮まるような毒もある。

 優れた味や香りをもつもの、特別な薬効があるもの、そういったものを探る術を教えてもらった。


 そしてこういう()()()()の作法は、手前勝手に好き放題持っていくのはご法度だそうだ。

 取り過ぎれば環境を崩すことになるし、それがひどくなればあやかる動物の生態も同じだ。

 植物が健やかに育ちすぎるフランメリアいえども乱獲は百害あって一利なしってことらしい。そこに魔獣が絡むなら猶更か。


 気づけば魔獣も忘れて、妹になってしまったチビエルフと薬草採りだ。

 というか、この森は魔獣なんて本当にいるのか疑わしいほど平和だ。

 現に俺は森のどこかでしゃがみ込んでいて――


「すっごいねちょねちょしてるけど、なんだこれ……」

「な、なんですかこれ……? ねとねとしてませんか……?」

「ぬるぬるしたやつに覆われてる。でも変なにおいはしない、むしろいい香りがする……?」


 メイドとわん娘をお供に、木々の間で忽然と育つ何かとにらめっこだ。

 ニクの膝ほどに届く植物が、妙にとげそげしい赤い花を葉と茎で太く支えてた。

 というか全体的にぬめり輝いてる。どろどろの濃い粘液がこれでもかと全身を守ってるようだ。


「それは【粘り草】というれっきとした薬草。少し気味が悪いトゲトゲしたものだけど、毒草ではない」


 でもオリスはこれが薬草だと言い張ってる。

 にじみ出るぬるぬる感が触れただけで呪われそうなイメージを持たせてるが、今のところ薬効は見当たらない。


「名前通りで恐れ入った。それでこの……触ったら病気になりそうなやつのどこがすごいんだ?」

「なんという無礼な言い方。貴方にはグロテスクに見えるかもしれないけれども、それ一つで1500メルタはするようなもの。けっして悪しき草に非ず」

「……こんなのがけっこういい値段で買い取られるのか」

「1500メルタもするんですね……これって、どんな効果があるんでしょうか?」

「そんなにするんだ。そうに見えないけど」

「そこまで恐れる必要などない。試しに触ってみてほしい、すごく清潔だし、むしろ殺菌作用すらある。虫などが寄り付いていないのがその証拠」


 正直触りたくないが、オリスは小さな手でねとっとタッチしてる。

 その涼しい顔を信じて俺たちも真似した。

 素手で触れればひんやりぬめっと……きもちわるーい。


「なんかぬめぬめひやひやするー……」

「冷たいです……! て、手に張り付いてちょっとぞわぞわします……」

「べとべとしてるけど、ひんやりしてて気持ちいいかも。不思議な感触」

「あははっ、そんな顔しなくても大丈夫だよー? それってちゃんとした薬草だからね? ポーションの粘度を調整する時に使われたり、化粧品とかも相性がいいから需要が尽きないんだって」


 三人でひんやりしてると、トゥールが尻尾を立ててやってきた。

 信じられないけど、このユニークな感触にちゃんと1500メルタ足りえる理由があったみたいだ。


「その通り、緊急時には傷口の保護に役立つし、身体にとてもいいものとされている。クラングル周辺では中々お目にかかれないものでもある」

「説明どうも。で、どうやって持ち帰るんだこのぬめぬめ」

「こういうのは採取用のボトルがあるから、しっかりねじ込んでぎゅっとするだけだよ。漏れないように気を付けてね?」

「出発前に用意した瓶に入れること。他の素材を入れたものに一緒にするようなことはしないように」


 言われるがまま鞄から透明感のある容器を取り出した。

 素材保管用の瓶だ。ガラスみたいで、触れると弾力のある不思議な手触りがある。

 きゅきゅっと蓋をあけてねっとりする花を抜いた――気持ち悪い!


「うへえ」

「うへえ、とは何事。そんなに嫌な顔をするほどのものじゃない」

「花咲かせてるくせにぬちょぬちょするんだぞ……呪われない……?」

「呪われない。抜いたら速やかに保存すること、さもないと乾いて質が落ちる」

「お兄さん、一体何に怖がってるのさ……」


 我慢して冷たいぬめぬめをぶち込んだ。瓶越しにべちょっとした手触り。

 急いで蓋を締めれば、丸まった粘り草から粘液が溢れてどんどん溜まっていく。

 これに1500メルタとかなんの冗談だ。そこらの木でぬぐった。


「あ、そうそう、これが【瞑想花】っていう薬草だよ。これも一本当たり500メルタはするから、覚えておくといーかもね?」


 まだひんやりする手にコンバットグローブを直してると、トゥールがわさっと何かを見せびらかした。

 さっき見かけた青い花だ。マナを思わせる青い具合が元気に咲いてる。


「マナポーションみたいな色してるな。これの何がすごいんだ?」

「そんなに特別な効果があるわけじゃないんだけど、しいていうなら生えてる場所かなあ。マナの豊富な森でしか育たないし、栽培もできないから冒険者が頼りなんだって」

「フランメリアに住まう魔女からの需要が高いというのが大きな理由。これは身体の毒気を消して、じんわりと身体に行き渡るようなマナが多量に含まれてる。お茶にして飲まれている模様」

「ゲームだとマナの自然回復力を上げるアイテムだったよね。前にオリスがお茶にしてくれたことがあったけど、ほんのり甘くておいしかったよ」

「お茶にするのかよ。まあ、俺には体質上無縁の代物だな」


 このマジカルなお花は魔女が欲しがるようなものらしい。

 嗅げば確かに、なんというかこう、砂糖みたいな甘ったるいような匂いがする。

 目立ったものにいただいてその場を後にすればトゥールもついてきて。


「それにしてもこの鎧、軽くてすごくいいよねー? 動きやすいし着心地もいいし、頼んで正解だったかも。いろいろ捗るから気に入っちゃったなー」


 尻尾をご機嫌にしたまま、防具を肉球でさすりだした。

 軽くてしなやかで丈夫なエルダーの革鎧のことだ、おかげで野外活動が捗ってる。


「激しく動いても全然邪魔にならないからな、俺も貰っといてよかった」

「あたし、今まで使ってた金属の鎧よりも軽すぎてちょっとバランスがまだつかめてませんけど、全然疲れなくってびっくりです。なんだかすごいものをいただいちゃった気がします……」

「ん……よく動けるから好き。ずっと大事にする」

「等級ストーンの新米が貰うには行き過ぎた代物かと思われる。例えるならゲーム序盤に終盤の装備をたまたま貰うようなもの、つまりチート」

「俺の犠牲で防御性能も証明されたことは忘れないでくれよ」

「ねえお兄さん、あれってちゃんと打ち合わせとかした上でやったんじゃないのかな……?」

「あ、あたし、いきなりだんなさまが撃たれてびっくりしちゃったんですけど……合意の上でやったんですよね?」

「もしかしてあれは一種のパフォーマンスだった? さすがに断りもなくあのような真似をすることはないはず」

「本当は今日の日程に『撃たれる』も『森へ行く』もなかったんだぞ。そしてああいうのは人生で二度目だ」

「そういえば前にも撃たれてたよね。スパタさま、あの時の真似してたのかな?」

「だからってライフル弾を食らわせるやつがどこにいるかって話だ。手に45口径、腹に308口径、次はどっかに五十口径か?」

「うわあ……あれって本気で撃たれてたんだ。って待って、二度目ってどういうこと……?」

「ひっひどすぎませんか!? 確かにこの防具はすごいですけど、だからっていきなりだんなさまを撃つなんて……!?」

「えっ本気? そういう演出じゃなく? ただのくれいじー」

「どうかお前らもああいうのとは無縁な人生を歩んでくれ」


 幸い新調した防具を試してくれる親切なやつはまだだ。目につく薬草をもう少し探った。


「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」


 そこへ折よく魔獣の声――じゃなく、ヒロインらしいロリ声が広まった。

 さっき目についた大ぶりで茶色いキノコにレフレクがしがみついてるだけだ。

 無機物的な羽をはたはたさせて引っこ抜こうと努力してる。なにやってんだこいつ。


「苦戦してるみたいだな。人間の手はいるか? 今なら無料だぞ」

「おにーさん! これは! レフレクの戦いですっ! 見ててくださいっ! この【ライトニングシュルーム】を必ずや、抜いて見せますからっ!」

「そうか」

「にょああああああああああああああああああああああああああ!」


 抜いてやろうと思ったが妖精ボディは必至の形相で頑なに譲らんとばかりだ。

 一体何が彼女をそうさせてるんだろう。水を差さないことにした。


「コラ、レフレク。それは傷つけたら価値が下がるキノコなんだゾ、遊んでないでさっさと取ってしまエ」


 しかし無情にもメーアが乱入だ。根元をざくっと斬り落として勝敗が決した。

 打ちひしがれたレフレクがぱたぱた肩に戻ってくる。撫でてやった。


「レフレクのきのこが……!」

「メーア、そのご立派なキノコはなんなんだ? さっきからずっと気になってたんだけど」

「これはライトニングシュルームというものだナ。中にたっぷりと乳液が籠ってテ、抽出したエキスをポーションだとかに使うんダ」


 この興味をそそられるキノコもお薬の材料だそうだ。

 剣の柄みたいな握り心地が目測三十センチを超えていて、ぱんぱんに張った厚い傘がデカいキノコに説得力を持たせてる。

 保管方法は容器に無理矢理詰め込むだけだ――黄金色の液体がとろとろ溢れてる。


「マジでなんか出てるぞ。すごい輝かしい色してるけどそれ毒キノコだった?」

「まあ毒だろうナ、食べると口の中が痺れて呼吸できなくなるゾ、さながら地獄絵図ダ」

「毒じゃねーかそれ」

「裏返せば毒から薬ダ、身体能力を向上させるポーションとか作れル」

「そのフレーズといいこの実り具合といい、クリューサとクラウディア連れて来ればよかったな」

「あの死にそうな顔色の錬金術師とダークエルフのことカ? 確かにあの二人なら詳しそうだナ」

「あとでそれ見せてやってくれ、たぶん喜ぶぞ」


 メーアはライトニングシュルームとかいう珍妙なキノコを大事に鞄に収めた。

 満足げな顔が一儲けした証拠だ。どれくらいの価値があるんだろうか。

 と、まあこんな風に俺たちは大漁である。

 オリスの『小遣い稼ぎ』はうまくいってるだろう、鞄がぱんぱんだ。


「これほど恵まれた森なのに、今のところ魔獣がいる素振りも見えないのは妙じゃないでしょうか? だいぶ森の奥へ直進してるようですが、グラフティングパペットもストライクリザードも痕跡は愚か気配すらも見当たりませんし……」


 ホオズキも戦利品をほどほどに戻ってくる。

 ただし大人し気な顔はあんまり穏やかじゃない。

 あれから魔獣とやらの姿どころか、その前触れすら感じないのだ。


「地図の情報通りじゃなかっただけじゃないって考えは? 何せあれ、けっこう前だろ? やっぱり知らないうちに生態系が変わったんじゃないか?」

「かなあ……? 素材集めは順調だけど、魔獣の行方は全く謎なのが気になるよねえ……時々ワールウィンディアとかそのあたりは見つけたけど、肝心の二種はどこいっちゃったんだろう?」

「怪しい匂いがないかさっきから探ってるけど、いろいろな匂いが混じってるせいで分からない……」

「私とてじっと見張ってるものの、何も目につくものがなくて困惑してる。トゥールの聴覚にもニク先輩の嗅覚にも何も触れなければ、現状いないと判断してもいいほど」


 猫、犬、エルフの三つを頼っても引っかからないとなれば、魔獣はいったいどこにいるんだ?

 木とトカゲの怪物なんて勘弁してほしかったが、逆にここまで存在がないとひどく不安だ。

 これからどうすると俺たちの足は止まったが。


「……ここはまだ森の先触れに当たる場所。もう少し奥へ進んで様子を見てみるのは?」


 オリスは難しく考えた末に前進を選んだようだ。

 賛成だ。小銃の薬室を確かめて、念のため銃剣を差し込んでおく。


「行くなら俺たちがいける範囲まで、変に深入りはしない程度にだ。うまくいきすぎてる時は用心した方がいい」


 それにここまで来ていいことづくめなんて逆に不自然だ。

 だからこそだ、この森には間違いなく何かがいる。


「だねー、おいしい話すぎるもん。絶対何か裏があるでしょ、これ」

「こんなに森があるというのに、長らく手も付けられずに忘れられたなど怪しいですからね。皆さん、気をつけていきましょう」

「今までを考えるト、訳ありかもしれんナ……オリス、ワタシと援護できるように布陣して進むゾ」

「だそうだぞリーダー、小遣い稼ぎで喜ぶのはいったん中止だ。退路確保しながら進む、後ろで見張っててくれ」

「おにーさんの肩で魔法の準備万全です! いきましょうっ!」

「分かった。みんな、用心して進んで」


 ロリパーティも気を切り替えたか、得物を手に慎重な足取りでぞろぞろ続いた。


「……今度は妙に静かになったな」


 次の景色が見えたその時、急に違和感が目にかかった。

 奥へ進んで日の当たりが悪くなってるからだろうか。

 さっきとは打って変わってあたりがほのかに暗い。

 涼しい風通しだったけれども、そこにあったのは妙な静寂だ。


「おかしいよね? さっきまで自然の音とか、魔物たちの音がしてたのに……急にばったり消えちゃったよ。これは怪しいなー」

「詳しいな、分かるのか?」

「ふふーん、猫系のヒロインは聴覚がすごいんだよ? 人間の六倍ぐらいだったかな?」

「そうか、じゃあお前の耳の良さ六倍を頼って聞くけど、幽霊の音とか聞こえない? 大丈夫?」

「……お兄さん、また幽霊怖がってない?」

「こういう空気が嫌なんだよ、畜生やっぱり呪われた森かなんかだったか?」


 トゥールの猫の耳が横にぴんと寝てるあたりに特に嫌な予感を感じた。

 木々の間かその裏か、それとも茂みか岩陰か。目に触れる風景を銃でなぞっても違和感は掴めない。

 段々と全員の意識が武器と共にあたりを彷徨った、そんな時だ。


「あ、あのっ……ちょっといいでしょうか……?」


 メカがほっそりと声を上げた。どうしたいきなり。


「どうしたメカ、なんか気づいた系の発言か?」

「……さっきから、なんだか視線を感じるんです」

「オーケー今のは聞かなかったことにしたい。どっからだ」


 くそ、聞かなきゃよかった。メカクレ顔が不安げに前を見渡してる。

 言われた通りにメカの指先が動く。

 最初は地面を、次に木を、そしてその上に向かい。


「あの木、なんだか抉れてませんか? それに上から誰かにじっと見られてるような気がして――」


 そう返されてやっと気づく。華やかな森におかしなものが混じってた。

 木が一本そこにあるとして、よくみれば根元から太いひっかき傷が続いてる。

 目で数えれば枝の中で濃い色の輪郭がぐねりと揺れたような……。


『ヴシュウウウウウウ、ヴシュウウウウウウウウウウウウ……!』


 次第に空気を強く漏らすような不快な音も合わさった。

 すぐにアサイラムで育った俺たちの間で「もしや」が働く。

 弓に矢を番えたオリスにつられて小銃を持ち上げるが。


「この鳴き声、あの形、もしかして……!」

「良かった幽霊じゃないみたいだ……じゃねえ、くそっあの野郎こっちに来るぞッ!」

『ヴシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!』


 くそっ、いやな予感は的中だ。

 木にへばりついていた灰褐色の塊が四足を広げて落ちてきた――!

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