69 みんなの手にかかれば、良くも悪くも明日は忙しい
近代火器の味をしめてしまったドワーフが金属と万能火薬と工作機械を手に入れたらどうなる?
答えは火を見るよりも明らかだ。そいつらの周りはキルゾーンと化す。
迫撃砲と無反動砲二つずつに対戦車地雷が二十個という武器の増強がそれだ。
それだけに飽き足らず、白き巨人のクロスボウに一手間加えたものを四基追加でよこしてくれた。
今朝がた見かけた魔改造されてたあの得物、その名も【スコルピウス】だ。
銃が使えない冒険者でも痛い奴を食らわせてやれという粋な計らいらしい。
でも手放しで喜べないのも確かだ。
迫撃砲がもし不運にも味方の近くに落ちたら五体満足じゃいられないだろう。
対戦車地雷はよほど体重に自信がないやつが上で踊って自己表現しない限りは爆発しないが、それでもデカい危険物には変わりない。
元自衛官だった先輩もその心配に坊主頭を悩ませてたぐらいだ。
よって俺たちはどう使うか話し合った
こういうのに造詣が深いドワーフやタケナカ先輩も交えて威力や危険性を踏まえた上で、どんな運用をするのか考えた。
例えば迫撃砲二問は基本的には拠点の防御だ。攻め込んできた敵に浴びせて制圧するために使う。
対戦車地雷は巨人を想定して通りそうな場所へ使う、もちろん使用状況は記録して目印も立てておく。
いかに敵に危険を与えていかに俺たちが安全でいられるかを考えた結果、みんなは賛成してくれた。
そうなれば話は早い、総出で拠点のおめかしだ。
魔改造バリスタは見張り塔に運んで、ついでに射線と射角を取れるように改装。
迫撃砲は白き民の拠点がある東と南を狙って北側に置いておく。
地雷も二つの方角を意識して、巨人が通りそうな場所を狙った。
「これでヨシ!」
――そういうわけで、地雷埋設も終わってひと汗かいた。
夕食の香りがうまそうに漂う広場で、たったいま建設したそれを見た。
屋根付きの掲示板だ。張り付けたばかりの一枚が太陽のオレンジ色に強調されて。
【拠点の東と南(敵がいる方向)にある森に対戦車地雷とかいろいろ置きました、赤いマーカーを目印に注意してください。設置ゾーンは看板に書かれた「くたばれ」の先あたりだから気を付けるように。圧力板の反応の恐れがあるため体重100㎏越え、総重量150kg以上の方は立ち入り禁止】
記念すべき最初の書き込みが「対戦車地雷始めました」と訴えてる。
状況はこのでかでかとした注意書き通りだ。
森を更に拓いて、そこから敵の足跡を頼って地雷を埋めた。
以前作った外への通り道には迫撃砲とバリスタの照準が定められてる――いつでもどうぞお客様。
「……我ながら悪辣な仕掛け方をした気分だ。相手が得体の知れないバケモンなら良心がさほど痛まねえのが救いか」
掲示板の仕上がりに満足してると、タケナカ先輩が微妙な心情でやってきた。
この人が立案から埋設までこなしてくれたおかげで、白き巨人は派手なサプライズを受けるはずだ。
「南側の奥にあったほぼむき出しのやつはあのまま野ざらしでいいのか? あいつらのことだから警戒されるんじゃないのか? 一応俺が遠隔起爆できるようにしたけど」
「それがいいんだよ、開けた場所に一個置けばそれだけで抑止力になる。あいつらが用心すりゃ避けて左右に進むか、踏まねえように気を付けるしかなくなるだろ? だから周りに本命を埋めて、万一に地雷を避けて堂々歩いてきたらお前が吹っ飛ばせば完璧ってわけだ」
「なるほど、地雷っていうのは何も埋めておかなくてもいいのか」
「見える地雷もおっかねえってことだ。どの道一発でも爆発すりゃ今後連中は用心して引っかかりづらくなる、だから今のうちに脅威を伝えてうかつに近づけさせねえようにするのさ」
「今後の付き合いもしっかり視野に入れてるな。長い付き合いになりそうだ」
「そういうことだ、地雷の一番いい使い方は正攻法で踏ませるよりも搦手に使うことだ。それよりお前が端末で操作してるやつは大丈夫なのか? 雨とかで電子部品の使い物にならねえとか冗談じゃねえからな?」
「防水キャップ取り付けてるから多分大丈夫だろ、それに俺の作った信管はどうも確実に作動するチート機能付きみたいだからご心配なく」
「最近思うんだが、お前はもうなんでもありだな……どうか清く正しいスチールに昇格してくれよ」
「あれ? 俺の将来を心配してくれてる? ありがとう」
「テロリストにはなるなよ、って言ってるのが分からねえのかお前は」
人様に爆弾魔の素質でも見出したようなまま顔が、べたっともう一枚張り付けた。
正確な地図の写しに地雷設置状況を足したものだ。
迫撃砲やバリスタの射程も可視化させて、いつでも攻撃できるのが見て分かる。
「タケナカ君、なんというか君の前歴にびっくりだよ。まさか元々は陸上自衛隊のレンジャーだったなんてね」
二人で読み解いてると、そこにヌイスも混じった。
「俺だってまさかだ、訓練で覚えた内容がこの世界でこんな場所、しかも白き民相手に役立つとは思いもしねえだろ。ところで公共の掲示板の最初の書き込みがえらく物騒なんだが」
「人生何があるか分からないものさ、誰であろうとね――いやこれ文字汚すぎやしないかい? 確かに警戒心をかきたてるという点では機能してると思うけどさ、綺麗に書いたほうが見る側の気持ちはいいと思うよ?」
「そう言われてみると本当に汚ねえな……おいイチ、大事な情報なのにふにゃふにゃした文字を使うな。それから大きさも不ぞろいだぞ、心込めてかいたであろう「くたばれ」ぐらいしか響かないんだが」
「頑張って書いたんだぞ、見逃してくれ」
「いや大目に見るとかそういう問題じゃなくてね? こんなルルイエ文字になりそうなもので重大な情報を書いたら士気にかかわるからね?」
「悪いことは言わねえ、ハナコに文字の書き方習え。あいつ冒険者ギルドの中で一番字がきれいだからな、文章センスはともかく字に品性を持たせたほうがいいぞ」
「そんなにひどいのか、俺の文字……」
すると文字の汚さについて指摘された。そんなにひどいんだろうか?
傷ついたけどそれ以外は完璧なはずだ、ふと見える見張り塔とかがそうだろう。
「しかしあの爺さんども、まさか白き巨人の得物を改造してそのまま送り返してやれなんてひでえ意趣返しだな」
「さながら近代化したバリスタといったところかな。まるでスケールアップしたコンパウンド・クロスボウみたいだけど、扱いやすい用に銃架に乗せたりして使う人のことを考えてるね」
「監視塔にもう一つ階層付け足して屋上に設置しといたぞ、射角もチェックしたからたぶん大丈夫だ炉。ところで東側の塔についてるやつ誰? こっちに手振ってないか?」
その場で手近な場所を見上げた。
広場を超えたあたりで、東側ゲートを見張るように監視塔が構えられてる。
今までのように塔を気の壁で覆わず、頑丈な鉄の骨組みが本体を支えて、手すり付きの階段が巻き付くような形だ。
それぞれを繋ぐ連絡橋は廃止して、屋上にスコルピウスを据え置いたのだが。
『あ、どうもー! これかっこいいですね! いざという時はこれでやっつけちゃっても構いませんね!?』
ちょうどそこで年甲斐もなくはしゃぐミナミさんを見つけた。
背後では十字型の四脚で支えられたブツが東の森を睨んで、いつでも巨人の脳天を貫けそうにしてる。
「ありゃミナミさんだな。何事もなく明日になったら地上の一基で射撃訓練するつもりだ! 今夜あたり出ねえように祈っとけ!」
『それが一番ですね! では私、そろそろ見張りの交代ですのでいってきます!』
「ああ、気を付けろよ! 帰りのやつに会ったら罠仕掛けたこと伝えとけ!」
タケナカ先輩と交わしたした後、眺めの良さから中年狩人がかつかつ降りてきた。
そういえばもうこんな時間か。空はすっかり夕暮れだ。
「すっごい撃ちたさそうにしてたぞあの人」
「そんな顔してやがったな。ったく、今日はいろいろありすぎたな。考える間もなくもう晩飯だ」
「今日も、の間違いじゃないか? 明日はどうするんだ、タケナカ先輩?」
「新種が出たからって引きこもるわけにはいかねえからな。拠点に残るつもりだが、スコルピウスの運用について教えたり、そのあと拠点から出て周辺を見回るつもりだ」
「分かった。他のやつらはどうなんだ?」
「ここから南東側にある俺たちが途中でほっぽり出したところをヤグチが調べに行ってくれるみてえだ。それからシナダが東の廃墟の様子を見てくるついでに腕試ししにいくとか言いやがったんだが……」
「新種が出て騒いだってのに腕試しだって?」
「この頃、東の市街地に向かう新入りどもが増えててな。手ごろに挑める白き民がいるから稼げるし経験を積めるとさ、あいつらもそれを聞いていきたいっていうんだが」
「あの頑なに白き民が張り付いてる場所か。行かせていいのか?」
「少なくともシナダはやべえと思ったらすぐに退くような分別ができるやつだ、まあ東側に新種がいねえか調査してもらうってことで俺は賛成した。どの道実際に足を運んで中を覗かなきゃならねえだろ?」
「分かった、気を付けろよ」
「あれから俺たちもだいぶ悠長にやれるようになったもんだな。他には新入りチームが北側を見に行くそうだ、スパタ爺さんの頼みで「今後街道を作るからその下見」だとさ」
「あの人次は何するつもりだ? ここをクラングルと繋げるつもりか?」
「らしいぞ。燃料が作れると分かってウキウキしてるからじゃねえのか?」
一日の終わりを感じつつ、こうして現状も理解できた。
あんな出来事があったものの拠点の士気は高い。
理由はたぶん、新種を倒せてしまった実績やアサイラムのサービスの良さだ
今のところ後方からの支援はしっかりしてるし、円滑に土地を制圧してる。
「それだったら私が早朝にドローンを飛ばして、行ける範囲まで偵察しておくよ。その方が君たちの行動の負担もだいぶ和らぐだろう?」
そこへヌイスからのいい申し出だ。
あのドローンでまだ見ぬ地域を見てくれるそうだ。
近づいた直後に敵と遭遇&交戦というシチュエーションを限りなく減らせるはずだ、あくまで限りなくだが。
「ヌイスさん、そいつはすげえ助かる話だ。あんたが可能な限りでいいから周辺の状況を調べといてくれねえか? 不意のトラブルを避けられるのは俺たちにとって死ぬほど嬉しいニュースだ」
「これで正体不明の土地に近づいてサプライズ歓迎される可能性が減るわけか。やってくれ」
「とはいえ下手に近づいて警戒されたり、最悪撃墜されるなんてことがあったら目も当てられないからね? ドローンに無茶をさせないように運用するということは了承してくれ。調査で得た情報は君たちが参考にしている地図に上書きして、精度を高めたものをコピーして配布しておくよ」
「現代技術の恩恵を受けれるなんて最高だな、スチールになれた時より嬉しいかもしれねえ」
「事前にいろいろと分かればこっちも動きやすくなるしな。今日みたいに敵がアホみたいに増えてくる状況はもうごめんだ」
今ばかりは電子工作スキル高めの、金髪白衣の気取った姿がすごく頼もしい。
すると、こうも自信たっぷりに言ってくれた本人はどこか向こうを指して。
「その代わりなんだけど少しお願いがあるんだ。ウェイストランドから転移してきたような場所に向かうことがあれば、電子機器やら集めておいてくれないかな? もっといえばまだ使えそうなドローンとかが見付かればなおいいんだけど」
急遽空けられた特大の駐車スペースへと言葉を重ねた。
見るにそこで腰を下ろしたツチグモだ。
暇を持て余したドワーフと付き添うハル……チャラオが興味津々に調べてる。
「別に構わねえが、っつっても何集めりゃいいんだ? どんなもんが欲しいのか例を挙げてくれると助かる」
「ドローンが欲しいって感じだな、だったら俺が作った掲示板に欲しいものリストでも貼っといてくれ」
「色々さ。スマホやタブレットやパソコン、なんだったらゲーム機とかでもいいけど、そういったものから使える部品を回収したくてね。ちょっとした工作をしたいのさ、もちろんそれなりに礼はするつもりだけど」
ヌイスをちらっと伺えば、どうも電子工作的な材料が欲しそうな顔だ。
それもそうか、フランメリアにはない代物だ。今度見かけたら集めてやろう。
「あんたがそういうのに詳しいってのはよく分かった、もし見つけたら持ち帰るようにしとくぞ」
「なんなら倒した無人兵器のパーツでもいいか? 丸ごと持ち帰ってもいいぞ」
「是非頼むよ、無人兵器の電子機器もウィルスを駆除すれば使えるからね。もちろん、また外へ飛び立ちそうなドローンがあればなおさらさ。いい性能のやつが見付かれば君たちの支援の幅が広がると思ってくれたまえ」
「なあヌイス、俺けっこう冗談で言ったつもりだぞ」
「君ならウォーカーの一体ぐらいぺろりといけるだろう? それを見越した上のお願いさ」
「簡単に言うぐらい信用してくれてるんだな、ありがとう。ちなみにこれ皮肉な」
「じゃあよろしくね。パソコンに今必要としてるものをリストアップしてあるから、それをまとめて掲示板に貼っておくよ」
ついでに無人兵器をやっつけてテイクアウトするのもありだそうだ、ひどい注文しやがって。
タケナカ先輩が「わかった」と承諾すると、晩飯待ちを始めた広場の集まりに戻っていった。
残された俺たちはどうしようか、と顔を見合わせた。
「……ていうか、毎食出してくれる食堂があるとか豪華だね。なんだいあの看板、思いっきり【今晩はカレー祭り】とか書いてるけど」
「あっマジだカレーだ!」
次第に夕方の賑わいを見せる冒険者たちと、スパイシーな香り漂う食堂に足がいってしまった。
中からはばちばちと揚げ物の音がする。看板によればカツカレーだ。
「いやなにナチュラルに喜んでるのさ君。というかほんとにカレーの香りがするよ、どうなってるんだいアサイラムの暮らしは」
「クラングルから送られてくる支援の数々で退路を塞がれたやりがいのある職場だ。あれからずっとここに拘束されてるけど、みんなそれなりに楽しくやってるだろ?」
「見事に未開の地の問題を任されてるね。というかね、君たちも君たちでエンジョイしすぎじゃないかな? 見たまえよあそこを、カレーで大喜びしてる少年たちがいるんだけども」
白き民の騒ぎなんて一体どこに逃げたのやら、食堂前に暑苦しい盛り上がりだ。
『おおっ! カレーじゃないか! カツカレーはあるか!?』
『よっしゃあカレーだ! 俺激辛がいい! ラッシーあるかな!?』
看板の表記とカレーの複雑な香りにキリガヤとケイタが食いついてる。
『ずいぶんと嬉しそうではないか、お前たち。しかしカレーとはなんなのだ? この良き香りから察するに、さぞうまいものだろうが……』
それから付きそうノルベルト(十七歳児) も。
【今晩はカレー祭り!】と熱く語る看板がその原因だ。
『ノルベルト師匠、カレーというのはまさによいものだぞッ! 辛くて体力の付く素晴らしい飯だ!』
『スパイスをいっぱい使ったうまい薬膳料理みたいなもんだ! 俺もう晩飯までずっとここで待ってるぜ!』
『ほう、美味な薬膳料理か! それは楽しみではないか!』
『――うまい料理と聞いて駆け付けたぞお前たち! 飯はまだかムツミさん!』
クラウディアも颯爽と駆けつけても本当にやかましいことになってる。
ヌイスも「あれがアサイラムなんだね」と解釈したようだ。その通りだ。
「うん、ウェイストランドよりずっと平和だね。この面白おかしい光景は君たちが剛の者という証として受け取っておこうかな」
「新手が出ようがカレーで喜んでるやつがいっぱいいるんだ、逞しいだろ」
「ストレンジャーズもずいぶんとこの世界に順応してるみたいだね。というかタカアキ君はどうしたのかな? さっきから見ないけど」
「あいつか? 食堂で揚げ物作ってる」
「何してるんだい彼」
「肉を所望するやつが多くてヘルプだ。中でひたすらトンカツとカラアゲ揚げてるらしい」
ついでにタカアキがカレー祭りの人柱になってることも教えた。
落ち着き払った表情は未開の地でカレーを喜ぶ俺たちを心配してるようだけど、やがて「ふっ」とくすぐったく笑って。
「そっか。みんな誰一人欠けることなく、この世界を謳歌してたんだね」
なんだかしんみりとしてた。少し緩んだ顔があいつらしくない。
「久々に会ったタカアキが特にそうだった。あの野郎、再会した直後に一つ目フィギュア渡してきたんだ」
なので幼馴染とようやく会えた時のことを話してやった。
「なんて執念だ。この世界にもアイボルちゃんを呼び出してしまったのかい彼は」
反応は面白そうな笑い方だ。未来のタカアキをよく知ってるような類の、だが。
「フィギュア作ってるやつがいて、そいつに再現させたらしいぞ。だからこっちの世界でも人様の部屋にアイちゃんが住み着いてる」
「ほんとに不定の狂気にかられたようにこだわってるね。そういえば未来でもずーっと君の部屋に置いてたよ」
「きっとそうだろうな。宿舎にある俺のマイルームにも飾ってあるぞ」
「というか、未来のタカアキ君はちょっと情熱がいきすぎてだね? 君に押し付けるに飽き足らず、ニッチで高品質な造形を生み出すフィギュアメーカーの社長として名を轟かせていたんだよ」
ところが笑顔でとんでもない事実を明かされてしまった。
俺の幼馴染は遠い未来でどっかの社長、それも重度のド変態になる運命だったらしい。
「おい、俺は配信者なのにあいつは社長だって? なんだこの差は?」
「芸は身を助くの究極体だったねえ。しかも彼、独身こじらせて最終的に自社製品の単眼美少女フィギュアと勝手に式を挙げてたよ。無機物にウェディングドレスを着せた挙句、初夜を共にするという宣伝と趣味を兼ねた極めて合理的な偉業を成し遂げてたね、うん」
こいつの性癖をぶち壊した配信者に、ベッドで性癖ぶちまけた社長か。
正直死ぬよりショックな話だ。俺たちろくな未来じゃなかったかもしれない。
「あいつってマッドサイエンティストみたいな気質でもあった?」
「サイコ気質だったのは間違いないだろうね、狂気じみてたよ」
「今ブルヘッドでお前らに衝撃の事実聞かされたぐらいショック受けてる」
「こうして話してると、タカアキ君の会社にわざわざデータまで送り付けてリクエストした片メカクレ美男子シューちゃん(白ニーソチアガールモデル)が世が終わるまで完成までこぎつけなかったのが悔やまれるよ。三日三晩熟考した末に導き出した私の最適解だったのに……」
「オーケー、この話はここでおしまいだ、これ以上ろくでもないもの引き出す前に一度口を閉じるぞ」
「なるほどフィギュアを作れるほどの腕前を持つ人がいるのか……重要な情報を耳にできたよありがとう。後で彼にそのマイスターについて聞いてみるよ」
シューちゃん絡みの性癖が暴走しかけたので無理矢理終わらせた。
ところが、ヌイスのクールな振る舞いは溜息をもらして。
「……君とタカアキ君が、このMGOそっくりな世界で仲良くやってるのを見れてすごく嬉しいよ。未来はひどく変わってしまってるけど、君たちが変わらぬ縁を持ち続けてるのが何よりの救いさ」
くたっと人の身体に寄り掛かってきた。
夕焼けをよく馴染ませた金髪がくっついて、肩にぐりぐり頭の固さが伝わる。
あのヌイスがこうも馴れ馴れしく触れに来るなんて、なんだか意外だ。
「もしかして寂しかったか?」
だから肩に重さを預けにきた頭にそう尋ねた。
あいつはしばらく返答に迷ったらしいけど、けっきょくまた溜息をついて。
「当たり前じゃないか。君たちから離れて、一人で見知らぬ土地で頑張ってたんだからね?」
「でも律儀にやったんだよな。偉い」
「やっと労われたよ、長かった。このまま君たちとずっと一緒にいたいものだよ」
「うちには機械に詳しいやつがいないからな、そういうやつは是非そばにいてほしいぞ」
「なら私が適任だね、うん」
「じゃあ決まりだ、約束通り支えてくれ」
「もちろんさ。せっかくの本物の人生を謳歌してるんだなんだ、君の愛したこの世界でどこまでもついてくよ」
しつこく金髪をぐりぐりしたあと、斜め上目遣いにこっちを見てきた。
ウェイストランドでさんざん見た物怖じしない顔じゃない、リラックスしてる。
でも碧眼と見つめ合ってなんとなく分かった。
この世界を楽しんでるんだろう。一つのAIじゃなく、本物の一人として。
「俺の行く先はウェイストランドから変わらず面倒だ、それでもいいな?」
「慣れてるよ。それに、そんな苦難を突き壊して進む今の君が大好きさ」
「変わった性癖をお持ちみたいだな、じゃあもっとぶっ潰してやるよ」
頬を指でぷにっと突いた、くすぐったさそうにされた。
金髪眼鏡の相棒はそれで満足したみたいだ。
「……にしてもカレーか。ドワーフの里でも食べたけれども、あれは中々おいしかったね。ちょっと楽しみなものさ」
落ち着いた息遣いの後、食堂前で賑わう冒険者たちに目がいってた。
カレーに食指が動いたみたいだ。向こうに混ざろうと足が動いてる。
「あっちでも食ったのか?」
「そうだね、日本人とかがいるんだからそういう料理は広まってたよ。旅人が来てから食事に無頓着だった里の栄養事情が改善された、とか言われてるぐらいさ」
「俺たち順当にこの世界を侵略してるんだな。向こうで食べたカレーはどうだった?」
「本物のカレーはおいしかったよ。ただ向こうの人達はみんな辛口が好きなきらいがあってね、私は辛いのが苦手だから少々食べるのに難儀したかな。それと里の性格が災いして具材がごろごろ入りすぎてたね、総じておいしいけど食べづらいってところだよ」
「食レポどうも。ドワーフの里でカレーか、リム様が聞いたらどんな反応するんだか」
「ちなみにあっちじゃカレーよりもラーメンが流行ってるよ」
「今度はドワーフの里でラーメン?」
「熱々で美味しくてお腹にたまるものを早くかっこめるんだから、彼らにとって合理的な食べ物らしいよ。里の人達に誘われて何度も口にしたけど、食べやすいし口に合うからよく食べてたねえ」
「いろいろ食べてたみたいだな。そういえばクラングルにラーメン屋ってあったっけ……今度探してみるか」
こっちの食生活についてあれこれ口にしてると、食堂の明るみから変なものが飛び出てきた。
エプロンを着たマフィア姿だ。別名人間奇行種、タカアキともいう。
『おーいカレー好きにやかましい奴らにその他大勢、飯できたぞ! 入ってすぐ右に肉食えねえ奴用のメニューもあるからな!』
『いまですニクちゃん! お肉確保ですうおおおおおおおおおおお!』
『ん、お肉……! カラアゲはもらう……!』
『こらっ! 駆け込むな馬鹿者!? まったくどうしてセアリは肉の話となると手がつけられなくなるんだ!?』
『うちのわんこどもがごめんねー、こらっセアリ! ステイ!』
『またニクちゃん連れ回してる……!? お行儀悪いよ二人とも、めっ!』
人のわん娘を勝手に連れてくワーウルフ系女子と、それをなだめようとするエルとフランとミコもセットだった。
何やってんだあいつらは。振り向いて「あんな感じだ」と手で表現した。
「……イチ君、おねがいがあるんだけどいい?」
すると、あいつの苦笑いがきゅっと口を整えて「おねがい」してきた。
甘えるような、すがるような、女性らしさが強い声だ。
ヌイスの普段からは想像できない声の作り方だった。
それでいて、本当に物欲しそうに俺を見ている。
「なんだ? 返事に軽口入れておいた方がいい類の問いかけか?」
急な態度の変わりように困ったけど、そんな顔されちゃ聞くしかない。
それからヌイスはまっすぐと、喉元から言葉を紡ぎはじめ――
「またシューちゃんになってほしいんだ、衣装もツチグモに積んであるよ……」
何言われるかと思ったらねっとりした言葉で女装しろだ。
良かったただのこの世の終わりみたいな注文だ。
緊張した俺が馬鹿だった。何考えてんだこの変態眼鏡は。
「んもーシューちゃんに台無しにされた……じゃあ俺、飯食ってくるね……」
「ま、まってくれたまえ! 里の職人プレイヤーにパソコンでデザインした図面を忠実に再現してもらった至高のコスだよ!? その名も高速駆逐艦シューちゃんだ! ちゃんとスカートもぎりぎりを妥協してあるから!」
「お前、俺の晩飯まで台無しにするつもりか!? 食堂前で不吉なこと言うな馬鹿野郎!」
「大丈夫ッ! 今の君が着ても大丈夫だからッ! 大好きだからッ! 私を煽るような目で「おっそ~い」って罵って欲しいんだ! もうそれじゃないと私の心のおち〇〇が勃たたないんだッ!」
「おい誰かこの馬鹿止めろ!? カレー祭りがテロで台無しになるぞ!?」
ヌイスの奇行は冒険者たちが困惑するほど広場に良く響いてる。
案内にきたメカクレメイドも『ええ……』と一歩踏み出せないでいる、きっと白き民も距離を置いてくれるはずだ。
「……どうした、病か?」
すがりつく金髪白衣に困ってると、がらごろ音を立てるクリューサが現れた。
医学的技術が必要な状況に駆けつけて来てくれたのかもしれないが、なぜか台車を重たそうにしてる。
「まあ似たようなもんだ。それ処方薬?」
青いプラスチックのドラム缶が鎮座してた。ヌイス向けの薬じゃなさそうだ。
「病なんかじゃない! 私はいたって冷静だ!」
「何やらそいつが珍奇な様相になってるようだが、残念ながら俺の専門外だ。そしてこいつはお前へのプレゼントだ」
狂気に陥ったヌイスはさておき、がらっとプレゼントが押し出された。
どっかで拾った容器は蓋周りがダクトテープでぎちぎちに封じられてる。
物の怪でも封印してるような感じだが、これを進呈してくれるらしい。
「こうして俺のところに持ってきたってことは、もしかしてこういう答えか?」
でもしばらくの付き合いがあれば理解もすぐだ。
青い表面に触れると分解可能のサインが出た。
送り主の「そうだ」系の頷きを信じて処分すると……【接着剤】【化学物質】【プラスチック】と資源ゲージが溜まった。
「ふむ、やっぱりそうか」
「プレゼントどうも、資源になったぞ。ところで今何分解させた? 良かったらやっぱりのあたりを話してくれ」
確かにプレゼントをいただくと、クリューサはなぜか納得した様子だ。
何が「やっぱり」なんだか「さっぱりだ」と首をかしげると。
「まあ聞け、先ほどスーパーバイオディーゼルの処理が無事に完了した。今作った分を貯蔵タンクに注入して、あとは二日か三日寝かせれば完成だ」
燃料製造所に向けた親指がいいニュースだとばかりだ。
「なるほど、爆発してないってことは成功した証拠だな」
「おや、成功したのかい? 急ごしらえの設備だからそうスムーズにいくか心配だったんだけどね、私は。火事ぐらいは覚悟してたんだけど」
うわっ、駄目になってたヌイスも我に返った。急に正気に戻るな!
でも突貫作業で揃えた設備で「うまくいった」なんて言われたら逆に不安だ。
「正直に言うと生きた心地がしなかったがな。ろくにテストもしてない機材で、しかも予行練習もなしにいきなり始めたんだぞ? それがこうも滞りなく進み続けて、問題が起きないかずっと気を張って睨んでいたらこの結果だ」
「こういうのってうまくいってる分の反動が来ない? 何を対価に成功したんだ?」
妙に捗り終えたバイオ燃料の件については、お医者様の顔色でも半信半疑といったところで。
「お前のいう「うまくいった分」は見当たらんがまだ気は抜けん。不完全な機材をその場で直して調整しながらやっているようなものだったからな、もちろん比喩ではなく実際にという意味だが」
「まるで自壊を続ける船を直しながら大海原に旅立つようなものだね、どうかしてるよあの人たち」
「そりゃ気も休まらないだろうな、同情する」
「製造所の中でスパタたちが反省会をやってるところだ。付き合ってられんから抜け出してきた」
こうして外の空気を吸ってやっと一息つけた、とばかりに安堵してる。
そういう事情でクリューサはそのまま工場を見つめて。
「俺が教えた製法なんだが、特に最終工程の副産物の処理が厄介でな。投入された多量の万能火薬が処理済みの油から根こそぎ余計なものを吸収して沈殿していくんだが、底にたまる頃には極めて危険な劇物と化すんだ。そいつを油ごと吸いだしては追加で火薬を投入し、それを三回繰り返すと純粋で強力なバイオ燃料が残るというわけだ――まあこの危険な不純物を除去する工程で実際に作れる量の一割は減るんだが」
愛想のない淡々とした様子で、燃料づくりの面倒さをぺらぺら説明しだした。
よく分からないけど大変みたいだ。
ところで俺が気になるのは、どうしてこのタイミングでそんな話をするかだ。
「そういえばお前言ってたな、万能火薬を使うと危険な副産物ができるとかなんとか」
「ああ、どうも製造工程で沈殿したものが反応を起こしてしまうようだ。分かりやすく言えば人が死ぬほどの猛毒ができると思え。その上でこいつの処理は俺たち一族がどう頭をひねっても難しくてな、けっきょく放射能汚染地帯に投げ込んでその場しのぎのやり方しかなかったほどだ」
小難しい言い回しはなぜかこっちへ戻ってきた。
より細かく感じるなら空っぽの台車に対する「こいつ」という言葉だ。
「そういうヤバイ話は作った後にしろよ、なんで今になってするんだお前」
「副産物にさえ気をつければ容易いことだ。それすらクリアしてしまったのだからこうして呆気に取られてるの分からんか?」
「なるほど、そりゃ生きた心地もしないだろうな――ん? じゃあその危険なやつはどうしたんだ?」
そうだ、その製造過程で生まれた危険物ってのはどこいった?
次第に今のクリューサの態度に気づくと、何かとても嫌な予感がした。
「浄化の魔法とやらに頼るにしても不確かな劇毒だ、いくら水に変化されるとしても不安が残る。そこでそのような手を使わず、フランメリアの環境を思って跡形もなく消し去れる画期的な方法をたった今確立したわけだな」
「……わざと俺に難しく言ってるみたいだな。えーと、つまり?」
「たった今お前が消したのがさっき話した一割だ、無償で消えて資源にも変わるなら相性は良さそうだな」
ああなるほど、さっきガラガラ押してきたのは超危険な廃棄物ってことらしい。
おいまさかこの野郎! 俺に消させやがったな!?
「そういうことか、不純物の処理に関する問題もこれでクリアだな――おい待てそんなの持ってきて分解させたのか!?」
「お前を呼んだところで嫌がって中々手が付かないのが目に見えたからな、だからこうしてもってきたわけだ。どうだ? 後腐れなく見事に消えただろう?」
「見事に消えただろうな、こっちは未練たらたらだ馬鹿野郎! お前晩飯前になんてことさせるんだよ、たった今最悪の思い出ができちまったぞ!?」
「なるほど? イチ君の手にかかれば後ろめたさごと綺麗さっぱりだね、確かに合理的じゃないか。それに資源にもなるんだからいいことづくめに思えるよ、考えたねクリューサ君」
「そういうことだ、確実性のあるやつがいて助かったぞ。後でスパタには副産物処理のアテができたと伝えておこう」
とんでもない実験をしてくれたやつは「今日はカレーか」と行ってしまった。
「ちゃんと考えがある」の意味が分かった、信頼してくれてありがとうこの医者。
「あ、あのっ……だんなさま……? どうかなされましたか……?」
その場に取り残されてると、水色髪のメイドがてくてく気にかけてきた。
ずっと声をかけるのを伺ってたみたいだ。首をゆるくかしげてる。
「クリューサに汚された」
「汚され……えっ……!?」
「ほんとにフリー素材みたいな扱い受けてるね君。まあそこのメイド君、彼って今も昔も未来もこうだから気にしなくていいよ」
「とうとう大砲抱えた鳥の次は廃棄物処理場か、そろそろ履歴書の内容に困らなさそうだな。せっかくのカレーの前になんてことさせやがるあいつ」
「廃棄物処理場……? な、なにがあったんでしょうか……?」
「要は手を洗えってことだ。よっしゃカレーだ」
汚れた手のままカレーにありつくことにした。手はしっかり洗っとこう。
まあいいこともあった。カレーがうまくて、何事もなく翌朝を迎えられたことだ。
◇




