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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
563/580

68 向こうがそれなら、こっちはこうだ


 ごるるるるるるる。

 金属とコンクリートづくしの倉庫の中で、モーター音が鈍く渦巻いていた。

 それもそのはず、差し込む日の光と照明で強調された機械が稼働中だ。


『よっしゃまず混合タンク動いたぞ! 元は乳製品用のでけえやつじゃからちっと心配じゃったが、しっかり攪拌もされとるな!』

『外のタンクからも油が問題なく送られとるじゃないの、注入量も満杯になりゃぴったり停まってるぞい。一発でうまくいくとは流石わしらじゃなあ?』

『馬鹿野郎感心してる場合じゃねえだろ! パイプの動作問題ないか見張っとけ! つーか触媒ちゃんと入ってるよな!?』

『投入口から規定量入れといたから心配はいらん。混合装置の燃料入れマナ溶液入っとる? 最後に見た奴誰じゃ?』

『混ざったやつも変換タンクに順次うつっとるのう、よかったよかった……ちょっとオリーブオイルくせーんじゃけどまあ大丈夫かー!』

『後は摂氏60度で二時間じっくりと、じゃな……っておい温度計見んか!? 72度になってんじゃけど!? 上げ過ぎじゃ馬鹿もん!』

『廃棄物用の容器でかすぎん? 誰じゃこれ買ってきたの』

『クリューサのアドバイスじゃよ、念のため一回り大きいの使えとさ。要望通り排出口はとにかく気密性を高めて頑丈にしてあるが、ひでえ無茶ぶりじゃったな』


 作業着姿のドワーフたちがそこで暑苦しく騒いでた。

 あわせて十ほどのちっちゃい人手が向かうのは、建物奥に並ぶ銀色の容器だ。

 階段と足場がついた土台にタンクが並んで、そこにパイプがふとましく一体感を持たせてた。

 その大きさは見上げるほど。ノルベルトが収容できそうなのが何個もある。


「温度が高すぎるぞ、早く下げろ。試運転にしては順調だが、最後の添加タンクに行きつくまでは付きっきりだと思え。何か少しでも異変に気づいたら即中断するように心がけろ」


 当然『スーパーバイオディーゼル』だとか言い出したクリューサも一緒だ。

 俺には理解が届かない機械をじっと見つめて、特に一番左端の置物に夢中だった。

 乳製品に使うタンクと魔力で動く撹拌機を無理矢理合体した何かが、さっそく仕事をしてるようだ。


『クリューサよ、最後の工程のとこにはあらかじめ万能火薬ぶち込んでええんかのう?』

「別に構わんが入れたことを忘れるなよ。二重に入れてしまったらせっかくの燃料が台無しだ、何があっても万能火薬は規定量を放り込め」

『聞いたかおめーら、さっそく投入口から入れちまうぞ! 作業工程の記録も忘れんなよ!』

「…………あのさ、イチ君。これは一体何事なんだい? スチームパンクさながらの光景が繰り広げられてるんだけど」


 段々と暑苦しさが俺たちにまで回ってくると、隣でヌイスが問いかけてきた。

 ドワーフにまとわりつかれる設備をどう説明すればいいんだろう。


「実は昨日、クリューサの案で燃料作ることになったんだよ。そしたらたった一日で材料揃えててご覧の有様だ」


 まぜこぜにされる液体の音をBGMにありのままを説明した。

 というか、どこに「燃料作るから準備するわ」とかいって翌日までに準備済ませるやつらがいるんだ。

 現に俺が用意した建物と土台は、少し目を離した隙にえらい騒ぎだ。

 分解された設備が貨物用カートによって次々持ち込まれた。

 そして駆けつけたおかわりドワーフが設計図を基に組み立て、お目にかかって二時間もしないうちにこれである。


「……スーパーバイオディーゼルの件を提案したのは俺だが、だからといってその翌日に全てを揃えて来いとまで誰が言ったものか。俺の目がまだ健康なら、順調に燃料を精製し始めてるように見えるぞ」


 二人で見上げてると、とうとう言い出した本人すらも想定外を感じてる。

 立ち会う先にあるそれはクリューサの作った構図をなぞったものなんだろう。100%律儀に。


「え? 昨日思い立ったのこれ? そんな単純かついとも容易く作り上げていい規模じゃないよね? なんかもうバイオ燃料づくり始まってないかい?」

「条件が揃ってて自分たちでも手が届くって分かった瞬間にこれだぞ、ヌイス。クラングルいってドワーフ総出でお買い物したらしい」

「少々オリーブオイル臭いが、今のところスムーズなのも恐ろしいところだ――言っておくがお前ら、俺はてっきり準備に一週間はかかると想定してたからな。それがこうだ」

「良かったな一日だぞ」

「早すぎだ馬鹿野郎といいたい気分だ」


 左で【触媒混合タンク】とあるけっこうな大きさが、左右にパイプを伸ばすところから始まっている。

 壁をぶち抜く管が外付けのタンクから油を吸い上げ、最初の材料を混ぜるらしい。

 斜め上に厳重な投入口があって、そこから「水酸化なんとか」やら「メタノール」やらぶち込む仕組みだ。

 そして頂点にくっつけられた攪拌用の機能が、燃料代わりのマナを受け取って稼働中だった。


「こうも仕事が早すぎると逆に不安だぞ。何を代償にこんな立派なもん作ったんだ? それか悪魔と契約した?」

「仕事は早ければ早いほど喜ばれるけど、大事なのは中身だからねえ。これで爆発事故でも起こすような欠陥構造だったら残るのは火災現場と焼死体のセットだよ?」


 液体用パイプが織りなす複雑さを追った。不安を込めて。

 突貫工事でどこか抜けてるんじゃないかという心配とは裏腹に、誰が言ったかスチームパンク的な光景はちゃんと働いてる。

 混ざった油が隣の【変換タンク】とやらに流れる音もするし、そこからゆるやかな混合音も続いてる。

 それが終わればまた隣へ送られ、不純物は下の管から横置きの収集容器へ、精製された燃料は右の貯蔵タンクにゴールだ。


「正直にいって言い出した身分からすれば複雑な気分だ。頑丈なこいつらに後をゆだねて引っ込みたい気持ちもあるが、こうも準備のいい設備が無事に機能するか見届けたくもある。何せバイオ燃料などこの世界には過ぎた代物だからな」

「なあ……もしかしてだけど爺さんたち、時代の先取りになるからって張り切ってんのか?」

「そうかもしれないね、成功すれば里にとっても大きすぎる成果だ。でもいくら職人気質なドワーフでも燃料を扱うならもうちょっとこう、慎重になったほうがいいと思うよ……」

「機械を動かす燃料を作れるとなれば一刻も早く試したいという焦りもあるんだろう。最終工程が拠点すべてを巻き込む火事にならんよう祈ることだな」

「不穏なこと言うの禁止、お前らがあれこれいうせいでここが爆心地かなんかに思えてきたぞ。そうだせっかくだし火気厳禁の看板でも作るか――爆発する前に退避しないか?」


 ……こうして呼ばれて、燃料加工場の完成から初稼働まで見守ってた。


 白き民の新種が続々とご挨拶しにきた以上、受け身にならざるをえなかった。

 今後の偵察はヌイスにも担ってもらうとして、実際に足を運んだ先であんなのと遭遇する可能性が出てきたわけだ。


 でもまあ俺たちの総意は依然変わらず「やってやる」だ。

 そいつらを倒した実績や補給も滞りなく続くここの安全さもそうだが、何より大きいのは戦利品だ。

 強くなった白き民はソルジャーやらよりもドロップがいい。

 アーツアーカイブとかも中々のものをくれるとなると、やりがいもあるはずだ。

 妙な連帯感がこんな状況でも全員を繋いでる。


「わはは! お前さんらめ、どうしてこんなに素晴らしい仕事を馬鹿みてえに早くこなせたのかって顔じゃなあ?」


 そろそろ離れて拠点の整備でもしようか、と思ったらスパタ爺さんがきた。

 加工音をバックになぜか饒舌だ、というか150年もののラムをうまそうにちびちびやってる。


「顔だけじゃなく口にも出てたぞ。仕事が早すぎるってところまで達してた」

「やれやれ、燃料製造所の中で飲酒とは豪快だね。しかしその自信たっぷりな言い方から察するに、ただの杜撰な作業をしたってわけじゃなさそうだけど」

「俺は建設に携わったお前らがアサイラムの定める建築基準法を順守してるかどうかが心配なだけだ。死者を生み出すなという単純なルールだが」


 えらく張り切ってるお仕事風景を遠目に見てると、向こうは「ふん」と得意げだ。


「そりゃなあ、クラングルで活動してからこの頃すんごい儲かっとるしー? じゃからコネをフル活用して稼いだメルタで派手に物言わせたのさ。まあいうなら明るい未来への投資ってやつ? わしらのポケットマネーから300万メルタぽんと出してやったわ」


 後ろで稼働中の明るい未来にとっても嬉しそうだった。

 この世界で燃料の価値が身に染みてれば、そりゃ喜んでこんなものも作るか。


「金の力ってすごいな、つまりこれって爺さんたちの最近の儲けか。なんていうか良く形になってるよ」

「ドワーフ族ってチャンスがあったらここぞとばかりに突っ込むからね。実情がすごい一点張りとは恐れ入った」

「金があれば冒険者という働き手にも困らないだろうからな。そんなに燃料が作れるのが嬉しかったのか?」

「燃料ができちまえば持ち帰った里の機械どもも大喜びじゃぞ? クリューサ、教えてくれたお前さんはもう里の救世主かなんかじゃ。どうじゃ、共にこの世を先駆けてこのスーパーバイオディーゼルを世に知らしめてやらんか?」


 いやほんとにご機嫌だなオイ。だけどそんなお誘いにお医者様は面倒くさそうで。


「まず無事に完成させてから口にすることをすすめようか。仮にできたとしても既存のディーゼルエンジンが使えるかどうかを確かめる必要があるぞ、手放しで喜べんことも忘れるな」

「心配いらん、そういうのに必要なもんも例のガソリンスタンドで調達してきたぞ。もうわしら一発で成功させるために全力注いどるからな、大船に乗った気で構えとれ。氷山にぶつかって沈没しない方のな」

「つまりここでこのまま問診を続けてろということか。まあいいだろう、将来この燃料で利益が出た時は分け前をもらおうか」

「わはは、当たり前よ。お前さんをいつか里に招待したるからな、イチと一緒に来るとよい」


 親し気な勧誘に無関心のまま、変換タンクの機嫌をじっと見守る素振りだ。

 話し相手を失ったスパタ爺さんは上機嫌のまま俺たちに狙いを定めたらしい。


「こんなにはしゃいだの、プレッパーズの土地にでけえミスリルの鉱床があったと分かった時ぐらいじゃなあ……んでどうよ、お前さんがこしらえてくれた建物を余すことなく活用してやったぞ?」


 機嫌が上向きに振り切れそうなまま、「こっちじゃ」と誘われた。

 追えば倉庫と外を隔てるスライド式の扉だ、開くと新鮮で涼しい空気がうまい。


「爺さんたちの指摘を受けながらけっきょく建材全部フル投入しちゃったからな、こうして喜んでるのを見ると我ながら頑張ったと思う。オリーブオイル臭いけど」

「ねえ君たち、もしかしてバイオ燃料の材料っていうのは廃油とかじゃなくオリーブオイルなのかい? 贅沢な使い方してるようだけどもったいなくて心配になってきたよ」

「ん? そういやイチ、ヌイスの嬢ちゃんにはどっかの魔女が作った芋の怪物のこと言っとらんかったか?」

「リム様がウェイストランドの土壌から新たな生命を生み出した件? ごめんまだだった」

「いやちょっと待っておくれよ、今なんて言ったのかな? なにゆえこの場面で彼女の名前が出てくるんだい?」


 金属壁を辿ると、ヌイスが突然の芋……リム様の名前に嫌な予感を感じてた。

 これだと世にも恐ろしい芋のミュータントを話したら一周回って呆れだろうな。

 説明に悩んで建物左側に着くと、階段つきの丸形タンクがお待ちだ。


『よっしゃ、無事に稼働しとるようじゃしもうええじゃろ。ノルベルト、ハルオ、色々手を貸してもらって悪かったの。後で褒美くれてやるから楽しみにしとれ』

『フハハ! 俺様に礼などいらんぞ? 良き運動になったからな。どれ、さっそく中にあるからくりを見学させてもらおうか?』

『覚悟してたけど、これ原料運ぶのクッソ大変だわ……でもポンプは問題なく作動してるんで大丈夫そッスね。そんじゃ製造が終わった後にもう一度ここら点検しとくんで』


 外付けの原料入れを見慣れた顔が取り巻いてる。

 そこに数え切れないほどの樽が俺たちとの隔てを作っていて、ここまで油が運ばれたのがよく分かった。

 作業着を着せられたハル……チャラオが容器の調子を確かめると、ちょうどノルベルトがこっちにきて。


「おお、ちょうどひと働きしたところだぞ。ちゃんと油が向こうに送られたようだな、首尾よく事は運んでいたか?」


 肉体労働が済んですっきりした様子で尋ねてきた。

 そのままの足で製造現場を確かめに行く姿勢だ。もちろん手ぶり身振りでいい知らせにした。


「クリューサが驚くほどすんなりだったぞ。全工程が終わるまでみんなで鑑賞パーティーしてるってさ」

「いきなり作ったそうだけどトラブル一つも見当たらない状況だね、相変わらずドワーフの技術力には驚かされるよ」

「今じっくり二時間かき混ぜるところまできとるよ、外のタンクからしっかり原料が流れた証拠じゃ。見てて楽しいもんじゃないが、興味があるなら勝手に覗くとよい」

「ならば皆で運んだ甲斐があったというものだ。どれ、少し中の様子を見てこようか」

「重労働お疲れさん、俺は一足先にジンジャーエールいただいてるぞ。中は暑いから気を付けろよ」

「ふっ、ならば冷たいドクターソーダがなおのことうまくなりそうだな?」


 そう伝えるとノルベルトはいつもどおりの強い笑顔で行ってしまった。

 けれども見送った後に疑問が浮かぶ、特に空っぽになった樽の数々である。


「なあスパタ爺さん、まさかこれ全部あのオリーブオイルか? ずいぶん仕事が早いなリム様」


 「芋配ってる場合じゃねえ」とかいって颯爽と去ったリム様はもう油を調達してくれたんだろうか?


「おう、あの時お前さんらが倒したポテトフィリドからいろいろサンプル取るついで、そいつらから出てくる油も全部保管してたみたいでな。それ全部送ってもらったわけじゃよ」

「あんな毒々しい油を? なんでそんな悪趣味なことしてんだよあの研究所」

「リーリムのやつがもったいないしきっと何かに使えるとか主張しとったのよ。結果は倉庫の肥やしになってたそうじゃが」

「ああそういうこと、向こうからしたらゴミを押し付けられるいい機会か」

「ついでに料理ギルドから安物のオリーブオイルもいくらか提供してもらったぞ、んでこの量じゃ」

「なるほどねえ、あの人がいろいろと取り計らってくれてるみたいだ。こうも円滑なのはリーリム様との縁というわけだね」


 答えはイエスだ、あの人の奇行……じゃなく計らいが俺たちを救ってくれた、

 ドワーフの小柄さが道路側へと向かっていく、ついていった。


「……ちなみにヌイス。ポテトフィリドっていうのは、リム様が作った悪魔みたいな植物とお持ち帰りしたウェイストランドの土壌を掛け合わせて作った……まあ一言でいえばバケモンだな」

「あやつが昔作った怪奇な植物が妙なミュータントになったとさ。何恐ろしいモン作っとんじゃあの芋の魔女め」

「なんだいその恐ろしい背景で生まれた怪物。あの人、とうとう芋への知的好奇心が行き過ぎて新たな生命をこの世に作り出してしまったのか……」

「フライドポテトをいつでも食べれるとかいうコンセプトで芋と油を生み出す植物を期待してたそうだけど、現実は人の頭に毒芋をヘッドショットしてきてクソまずい油をどばどばまき散らすミュータントだった」

「しかもあれ、下手すりゃわんさか増えて危なかったかもしれんのよなあ。ようやったぞイチ」

「犠牲は俺だけで済んだぞ。畜生ひどい目に合った」

「まるでその正気度が減りそうな怪異と遭遇したような言い草だね。なるほど現状がつかめてきたよ、その非常識極まりないやつの油を原料に使うという魂胆か――いやそれはそれで大丈夫なのかい?」

「理解が早くて助かる。ちなみこれがそのポテトフィリドだ、三本の足でよろよろ歩いて近づいたやつをすごい勢いでビンタしてくる」

「うわっなんだいこの人食い植物みたいな化け物は……なんともえらいものを作ってしまったようだねリム様、歩く悪夢だよこれじゃ」


 ヌイスに撮影した芋の怪異を伝えてると、二階建てのガレージに到着だ。

 軍用の外装を取り付けられたエグゾが相変わらず立ちっぱなしだが、前より内装がごちゃごちゃしてるような気がする。

 どうもそこが「ちょっとこい」の終着点らしい。スパタ爺さんはそんな顔だ。


「さて、今日はお前さんにもいい知らせがいっぱいじゃ。ここらのブツを見てくれんか? こいつをどう思う?」


 一目つられて、すぐに物騒だと気づけた。

 作業用のテーブルにずいぶん攻撃的なものが雑に転がってたからだ。

 小火器にしては太くて長い錆びだらけの銃身に、それと繋がっていたような本体が分解されたまま並んでる。

 そばで黄色い弾頭つきの()()が弾帯でつながったままだ。思うにこれは――


「ああ、すごく大きいな。強そうなのは分かるけどなんでこんな場所にあるんだか」

「……これって機関砲じゃないか。ブッシュマスターの30㎜みたいだけど、どこからこんなものを持ってきたんだい?」


 すぐにヌイスの驚き呆れるリアクションが答えになった。

 こいつは紛れもなく機関砲だ、なんてもの見つけてきたんだこの人たち。


「こんな場所に鎮座させといて俺のいい知らせだって? だったら感想はこうだ、たった今いやな予感感じてる」


 片手に余りまくりほど大きな30㎜砲弾を持ち上げるとずっしりきた。

 そのまま「これが?」と続けるも。


「わはは、決まっとるじゃろ? お前さんのエグゾにこの30㎜機関砲を取りつけるだけのことよ」


 ひでえ爽やかな笑顔で返された。

 太い親指が背後の【バードストライク】を指してるあたりガチだろう。

 豪快な物言いを辿るなら、エグゾのどこかにこいつくっつけそうだ――正気か。


「だったら次の質問は「どうやって?」になるぞ。そもそもどこにこんなご立派なのくっつけるつもりなんだよ」

「ああ、うん、またぶっ飛んだ考えをしてくれたねこの人は……というかこんなエグゾでも余るようなものを一体どうするつもりなのかな? 両手持ちで扱う携帯砲にでもするのかい?」


 出所不明の悪質な火力の処遇に二人で謎めいてると、お返しはこれでもかと言わんばかりの笑顔だ。

 すげえ嫌な予感がしたが、あの人はタブレットを開いて。


「なあに単純じゃ、お前さんが乗っとったっつー百鬼の真似じゃよ。ちょいとあれこれ加工して、こいつの背中に折り畳み式の30㎜砲としてマウントするんじゃ――飛ぶぞ!」


 大雑把に書き込まれた設計図を興奮と一緒に見せてきた。

 例えばそこにエグゾが一機あるとして、背中に小さくまとめた機関部と横型弾倉、そして折り畳み式の砲身が収まった構図だ。

 もしこの通りに事が進めば、百鬼の肩に担いだあれみたいに展開されるはずだ――ブルヘッド思い出した。


「ヌイス、この人は俺にブルヘッドを思い出させたいみたいだぞ。何すげえ楽しそうにとんでもないこと言い出すんだよあんた」

「百鬼を見事になぞってるねえ……いや本気でやるつもりだし、何なら君に撃たせる気概がひしひし伝わってくるよ」

「なあに、ちゃんと作るにあたって資料も万全よ。なにせストレンジャーが活躍した様子はいろんなやつらが撮ってくれたらしいからのう?」


 なんならスパタ爺さんは「資料」とやらを再生しだしてる。

 市街地向け塗装を施されたひたすらに実戦的な巨体が、がこん、と背中の砲を展開する場面だった。

 ずばっと放たれた一撃に四つ足のロボットがブチ抜かれ、巻き添えでバケツ頭の機体に大穴が空いた――誰だ撮影したやつ。


「うーわあの時のやつだ……よく撮れてる」

「この時は市街地全部が戦場だったよね? 撮影した人はとんだ野次馬精神だ。後からこうしてみるとすごい迫力だね」

「残ったやつらがいろいろ土産を持たせてくれてのう。あの時の戦いぶりを撮影したもんはもちろんじゃが、お前さんが出演したっつー【ハードコア・ストーナー】もあんぞ」

「あのおっさんマジで映画の撮影してたのか? まさか上映されてたとか言わない?」

「その若造が土産として持たせてくれたんじゃよ。生きた伝説がそのまま出てるもんじゃから人気作じゃぞ、AIでちょいとセリフがいじられとるがブルヘッドの市民はずっと熱狂しとったわ」

「フリー素材極まって今度は映画の登場人物? そりゃ()()()()()だ。」

「君の影響は恐らく計り知れないだろうね、こういう時はおめでとうかな? それとも私もハードコアって言った方がいいかい?」

「わはは、ちゃんと映画も持ち帰ったぞ。よけりゃ集会場で上映してやろうか?」


 画面には巨大なクモをぶち殺しに西へ走るウォーカーの背だ。

 もうけっこうとハードコアな思い出をやめさせた。それからエグゾと機関砲に意識を戻す。


「それに実をいうとだな、ニシズミ社が折りたたみ式の主砲の構造をわしら帰還組にこっそり教えてくれたんじゃよ。だったらお膳立ては揃っとるじゃろ?」


 驚きの事実も解禁だ。俺はよっぽどニシズミ社に気に入られてたらしい。

 まるで【百鬼】を忘れるなといわんばかりだ、()()気前が良すぎると思う。


「オーケー分かった、実に分かった。どうしてそんなの教わったのか知らんけど、そんなに俺に暴れてほしいみたいだな。ならやってやる」

「こっちの世界でも存分に暴れてくれとばかりだねえ……ニシズミ社の縁はまだまだ続きそうだね」

「何十年とラーベ社に邪魔された分が全部手元に戻ってきたとなりゃ、あいつらもさぞ嬉しかろうに。そういうことじゃ、小さな百鬼さながらにしたろうと思うわけじゃが……」


 そしてスパタ爺さんは続けた。

 次に触れたのはテーブルのごちゃごちゃに紛れていた、重そうな延べ棒だ。

 あの【イース鋼】とかいうダークグレーの塊を手に見せてきた。


「そうするにあたってさっそくこいつを使うぞ。ヌイスの嬢ちゃんが持ってきてくれたイース鋼を砲身やらに加工するって寸法じゃな」


 あろうことかこの30㎜の機関砲とかけ合わせるとのことだ。

 すごい金属らしいけどそんな使い方でいいんだろうか、持ってきてくれた金髪眼鏡の美顔が気になる。


「なるほど、流石はスパタさんだ。その使い方は実に理にかなっているよ」

「うむ。ミスリル用の設備がないと加工できんほど熱にも強く、アホみてえな耐久性があるとなりゃ、銃に使えばおもしれーことになると思ってな」

「密度が極めて高いイース鋼の強靭さを生かせるだろうね。それにニシズミ社の提供してくれた技術と掛け合わされるなんて、ちょっと興味深いじゃないか?」

「元々あった砲身やらはひどく錆びて使い物にならんが、コピーする分には十分じゃ。つーことで明日にはここらのドワーフ族総出で火器の開発を始めようと思っとる」


 全然ありだそうだ、むしろスパタ爺さんの腕前を楽しんでるフシもある。


「一応言っとくぞ。なんかすごい合金だとかいってたけどそんな使い方でいいのか?」

「そもそも基になったものにならって火器などに向けた性質を持ってるからね、用途としては申し分ないさ。それに君の力になるなら言うことなしだよ」

「そういうことじゃし楽しみにしとれよ。ヘキサミンのやつにも砲弾のサンプル持ってかんといかんな」


 良かったなバードストライク、お前の背中に翼以上にぶっ飛ぶものが付け足されるらしいぞ。

 ところで、壁に何かが立てかけてあった。

 30㎜級ほどじゃない大掛かりな機関銃が雑に引っかかってる。


「ところでこっちの……でっかい重機関銃はなんだ? 五十口径にしては構造がごついな」


 一見すると五十口径のそれにも見えなくないが、あれより一回りも上だ。

 外された弾帯には12.7㎜以上を追い越す薬莢と弾頭の長さがあるし、なんというか機関銃にしてはデカすぎる。

 しかもトリガがない。うっすら覗く配線から人間向けじゃなさそうだ。


「そいつは15.24mmの機関銃じゃよ。すげえじゃろ?」

「15㎜? おいおい、でかすぎないか?」

「そりゃあ元々の所有者がちょいと特別じゃったからなあ。いやな、こういうツラしとるやつなんじゃが……」


 15㎜、五十口径の一つ二つ上をゆくような質量だった。

 こんな物騒なのを使う顔が見たいが、スパタ爺さんはまたタブレットをいじり。


「聞いて驚くな、あのガソリンスタンドにはぶっ壊されたままの無人兵器が放置されとったんじゃよ。つまりこの機関砲と重機関銃はそいつが搭載しとった得物じゃ、車体は使い物にならんがいい土産が二つもあったわけよ」


 その持ち主とやらをまじまじ見せてくれた。

 先日制圧したガソリンスタンドの様子だ、ドワーフたちが残骸の撤去やらを執り行ってる。

 スクラップの数々が寄せ集められてるようで、そこに履帯と装甲が自慢の「いかにも」な車両が混じってた。

 斜めに傾いた小さな戦車モドキだ。そばでドワーフが宝を見つけたように喜んでる。


「……これは戦前の米軍が使ってた無人兵器の【ウォー・エルク】だね。そんなものまでこの世界に来てたなんて」


 ついでに、小ぶりな戦車について知ってるようなヌイスの口ぶりだ。


「こいつも無人兵器だったのか? ちょっと小さい装甲戦闘車両に見えるぞ」

「戦前の末期あたりに作られたものさ、感染した他の無人兵器に対応するべく30㎜の機関砲と強力な15㎜クラスの機関銃を搭載してるんだ。デザート・ハウンドぐらいなら余裕で倒せるんじゃないかな」

「中身覗いたら電子機器だらけで驚いたが、そんな背景で作られたもんじゃったか……戦前のウェイストランドっつーのは物騒じゃなあ」

「そんな大層なやつが敵に回ったりしないよな。つまり30㎜と15㎜が俺に向くかどうかって話だ」

「米軍が使ってる後期型の無人機はプロテクト済みだよ、意図的にプログラムを書き換えたりしない限りは職務に忠実さ」

「そういえばそうだったな。誰かさんみたいにハンバーガーの宣伝を任せない限りは安全か」


 戦前の遺物だそうだ。一つ理解がついたところでスパタ爺さんが機関銃に寄って。


「で、わし思ったんじゃけどこいつで馬鹿でかいライフル作ろうと思う。その名も15㎜()()()()()じゃ」


 まーたぶっ飛んだこといいやがった、しかも超得意げだ。


「おいヌイス、この人テンション上がりすぎて発想がおかしくなってないか?」

「迷いなくこれを手持ち武器にしようと考える魂胆が恐ろしいよ。しかも『対戦車』だって? えらく時代をさかのぼってないかい?」


 さすがに正気を疑ったが、ご本人は鞄からばさっと何かを取り出した。

 【第二次世界大戦の忘れられし武器たち】という本だ、値札がまだついてる。

 しおりがついたページには『対戦車銃41型』と、ブルパップ式で弾倉が斜め左に生えた妙な銃がある。


「この前白き巨人が真っ向からのスティレットの爆発防いだの見て、ならば防御ごとド頭(どたま)貫けんかと考えとってな。んで本屋で面白いもん拾ったから、無人兵器の15㎜タングステンカーバイド入り徹甲弾をぶっ放すでけえライフルはどうかと思ったのよ」


 それを元手にえらく饒舌に語ってくれた。

 確かに俺は灰色のやつに「もっとでかい銃お見舞いする」とは意気込んだけど、そこまでぶっ飛んだものは求めちゃいない。


「じゃあせめて対巨人小銃に変えたらどうだ?」

「なんて発想なんだ。ていうかそれ、合理性云々を捨てたスパタさんの趣味性癖によるものだと思うんだけどいいのかい」

「いいや、わしは絶対『対戦車』と名付けるぞカッコいいし! それに今後、探索を広げてくうちに戦車みてえな無人兵器と交戦する可能性もあるじゃろ? そういうのをぶち抜くことを想定しとってな……」

「だったらスティレットでいいんじゃないかって思う」

「イチ君ならそんなものがなくても普通にどうにかするだろうし、この重機関銃はもうちょっと良い使い道があるんじゃないかな。それにタングステンを使った徹甲弾なんてこの世界の技術力じゃ補充が効かないだろう? 仮にできたとしても反動や銃声といった射手への負担も忘れないでおくれよ」


 よってヌイスと一緒に「それ意味あんのか」と抗議した。

 それでも向こうは頑なな意思でいっぱいだ、俺には分からないロマンがある。


「いや、じゃからな? イース鋼を使った部品構造に……なんというかこう、フランメリアならではの素材を使って『真の対戦車ライフル』っつーようなすんごいの作りたいの!」

「なんか急にふわっふわだなおい」

「本の内容に思いっきり感化されてるね。別にイース鋼は自由に使ってもいいけど、正直15㎜の小銃なんて緩和機能を山積みしたとしてもまともに扱えるとは思えないよ」

「ええい! 二人してわしのロマンが分からんか!? お前さんらは見たくないのか、でっけえ銃を!?」

「畜生、とうとうロマンいいやがったぞこの爺さん」

「スパタさん、恐らくそれは一時の気の迷いだよ。胸の中にそっとしまって、とりあえずアサイラムの現状に貢献するような行動に身を移した方がいいんじゃないかな」


 冷ややかになりつつある物言いでスパタ爺さんは諦め――たように見える。

 しかし名残惜しそうに重機関銃を見る目には「絶対にやる」と意思が置き去りだ。


「……くっ、今に見ておれ……! そんなに言うなら射手の負担も低減して、50㎜ほどの鋼もぶち抜ける小銃をいつかつくったるからな!」

「だってさ、完成した暁には俺がぶっ放せばいいのか?」

「ノルベルト君クラスじゃないと無理じゃないかな。白き民の新種が現れてもこうも我が道をゆくのはドワーフらしいっていうか、なんていうか……うん」


 やっぱり諦めてなかった。この人が呑気にロマンに走れるなら拠点は安泰だろう。

 まあそれはさておき、スパタ爺さんはガレージの奥まで潜った。


「まあそれはさておきじゃ。火薬も金属も充実した今、後ろにいるやつらが拠点の防御の足しになるもんを作ってくれての。こういうの好きじゃろ?」


 遠目にもずいぶんと重たげなものを楽々と運んでくる。

 前に見た【84㎜擲弾銃】が二本、ごとっと威圧的に置かれた。

 よく見渡すと奥で砲弾入りのケースが何個も並び、更に言えばそれ以上のものものしさもある。


「……スパタ爺さん、向こうに寄せ集まってる迫撃砲とか地雷みたいなのも好きかどうかの質問に入ってるか?」

「まるでイチ君が火薬を生み出せると知って大はしゃぎで作ったようなラインナップだね。あれは白き民に負けじといった感じだよ」


 ゆっくり見て確かめたが、どう見ても火力強めの武器が並んでる。

 81㎜ほどの口径を感じさせる二問の迫撃砲が天井を貫かんとばかりだ。

 取っ手つきの平たい何かも、いかにも信管の接続口を晒してる――対戦車地雷だ。


「こっちも向こうの設備をアップグレードして、ようやく()()()()()をこしらえる環境が揃っとるよ。81㎜迫撃砲に、信管次第でいろいろと応用が利く対戦車地雷じゃ、こいつは飛ぶぞ?」


 あとはスパタ爺さんが得意げにする通りだ。

 けっして多くはないものの重火器が積まれてた。

 どうか役立ててくださいとばかりの品ぞろえに関心込みの笑いが出てきた。


「どおりで余裕そうなわけだ。ご親切にどうも」

「私たちってファンタジー世界に近代兵器で殴り込みにきた勢力か何かじゃないよね? とうとうこんなものまで作り出したのかい、ドワーフのみんな」

「わはは! 新手の白き民じゃろうがこいつらの前じゃ試し撃ちの相手よ、ウェイストランドで感じたあの刺激をいつでも味わえるじゃろ~?」


 いい笑顔も白き民にご馳走してやれと物語ってるからそうなんだろう。

 エグゾと戦車に加えて砲に地雷か。向こうも向こうだけどこっちもこっちだな。


「今の俺たちなら地雷あたりが特に役立つだろうな。トリップワイヤで待ち伏せしてもいいし、俺が作った電気信管で制御するってのも面白そうだ」

「火力がマシマシだねえ。とりあえず、使う時はちゃんとタケナカ君とかに断りを入れておくべきだね。さもなくば味方を跡形もなく吹き飛ばすことになるよ」

「地雷のいい使い方考えてきたぞ。どうじゃ、さっそくおじいちゃんとこのおもちゃを設置しにいかんか?」

「こっちもアイデアが浮かびまくってるところだ。さっそく使わせてくれ」

「そんな物騒なの手にして楽しそうだね君たち」


 俺は地雷の取っ手を掴んで運び出すことにした。

 懐かしい手触りだ。けっこう前に手榴弾用の信管をつけてぶん投げたな。


「おおそうじゃったそうじゃった、明日あたりバーンスタインがこっちに来るぞ。エルダーの革の処理が終わって、希望者のやつらに防具を持ってきてくれるとさ」

「そういえば忘れてたな、どんな感じに仕上がってるんだ?」

「お前さんやタカアキなどにはあいつの革を使った現代的なボディアーマーじゃよ。わしらがあれこれ口出して、実戦的なポケットやらも付けたすげえやつ!」

「そりゃ楽しみだ。野外で活動すると擲弾兵のアーマーは重すぎるからな」

「ちなわし、武器に使おうと思って革そのまま貰っちゃった。楽しみじゃなあ」

「ん? エルダー? もしかしてそれって、エーテルブルーインとかいわないよね……?」

「あたりだ、この前スティレットでぶっ飛ばした」

「流石に複数本の多目的榴弾にはかなわなかったようじゃぞ」

「魔獣相手になんたる仕打ちだ。君たちが恐ろしいよ」


 三人で地雷を伴ってぞろぞろと広場へ向かった。

 まずはタケナカ先輩に大量の武器について説明しておくか。


「あ……いちクン。燃料が作られ始めたみたいだけど、どうだったかな?」

「ぬへへへ……♡ ミコねえさまのふともも、これはたまりませんね……♡」


 就寝時まで賑やかだろう雰囲気に踏み入ると、ミコがおっとり腰をかけてた。

 膝の上にはコノハがちょこんと座ってる。太ももの感触にひどいにやけ面だ。


「楽しそうだなお前ら。スーパーな燃料はクリューサ先生の監修のもとうまくいってるぞ」

「急にドワーフのお爺ちゃんたちが来ていろいろ初めてびっくりしちゃったよ……って、その手に持ってるのはどうしたの?」

「これか? 対戦車地雷だ、ほら前に戦車に投げやつ」

「わしらが作りました」

「おくつろぎ中にごめんよ君たち。というかそれ、信管なしとはいえ人前に気軽に見せつけるものじゃないと思うけどね」

「あ、そうなんだ……って、地雷!?」

「ちょっなにコノハがくつろいでるときにとんでもないもの持ってきてるんですか!? そんなワード人生で耳にしたくなかったんですけど!?」

「おっおい待て何持ってきてんだお前は!? んなもん軽々しく持ち出すな馬鹿野郎!?」


 「いる?」と取っ手つきのそれを差し出してみた。

 「何やってんだ」と駆けつけた坊主頭の先輩にやんわり叩かれた。



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