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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
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61 知ってる誰かさんの神殿(1)


 まさかほんとに新手の白き民が出るなんて思わなかった。

 ニャルの言葉が(どこまでかはさておき)真実だったと納得できたわけだが、じゃあどうするかって話だ。


 南西の地域で遺跡とやらを見つけたそうだが、そこにひょろっと長い新顔と全身つるつるの白馬がいたらしい。

 当然、そう届いて次にしたことは他の冒険者への心配事だ。

 南下していったのはヒロインたちだけじゃない、タケナカ先輩やらいろいろいる。

 気にかけてメッセージを送ったところ、今現在そんなのとは遭遇していないときた。

 東へ探索しにいった一団を思い出してコンタクトを取ってみれば、()()()()()に勤しみながら【そんなもの見てません】ときた。


 それが居残り連中に広がれば、アサイラムは未知の白き民の話題尽くしだ。

 今のところ遭遇したのはミコたちだけで、言うには遺跡の跡地とやらに二十そこらほど住み着いてる。

 なにせ相手は未知の存在だ、行くか退くかで悩んでるみたいだ。


 そこで「どんな奴か確かめたい」という気持ちが強くなってきた。

 攻めるかどうかは別として、敵の異変を実際に確かめるチャンスだ。

 幸い人も増えて拠点の守りは充実してる、少人数で現地へ向かうことにした。


 選んだメンバーはニク、コノハ、クラウディア、ロアベア、タカアキの五名。

 今はまだ()()()()下見だ、装備も身軽にして遠く離れた遺跡へ急ぐ。

 本当はノルベルトでも連れて行きたいけれども残ってもらった。

 アサイラムに『万が一』があった時はあいつが頼りだからだ。


 そういう経緯で、装備を整えて現場へ向かったわけだが――


「…………新手が出るって言葉に即効性がありすぎじゃないか? ひでえ観光名所が見えるぞ」

「わーお、見事にお友達の幅が広がってら。気味悪さに磨きがかかってるな」


 幼馴染と見る双眼鏡越しの光景に、あの白い化け物の事細かさがよく見えた。


 高低差のある地形から頭だけ出して覗けば、そこはゆるやかで小さな丘の上だ。

 角の立たない坂道から古ぼけた石畳にたどり着くと、石造りの土地が広がってる。

 ささやかながら柱があって、アーチが飾られ、神殿とばかりの大げさな建物だ。

 もっともそこは苔が生えてツタが伸び、そこらじゅうが崩れて皮肉な形で神秘的な遺跡と変貌してた。


「たった今俺の中にある『夜中に遭遇したくないやつランキング上位』に食い込んだ。ありゃなんの冗談だ、アップグレードしてやがるぞ」

「一気に二段上がったような感じじゃねえか。ダウングレードしてくれねえかな」

「今からお近づきになってできるかどうか聞いてくるか?」


 ……そのこじんまりとした廃墟に白き民が白昼堂々居座ってるのだ。

 いつもの顔ぶれに加えて一際目立つ形が確かに動いてた。 


 足も腕もひょろ長く、そばのソルジャーと比較すれば三メートルはあるやつだ。

 全身の要所要所に防具を巻いて、身の丈に合う槍と丸盾を取り、背中に投げ槍をくくった()る気満々の姿だ。

 五体にも及ぶそいつらの存在感は群れから高く抜き出ている、身長的な意味で。


「お化け嫌いなやつには突き刺さるな。お前と絶対仲良くできねえのが一目で分かるよ」

「持ってる武器からして仲良くできないだろうな。握手求めてきたらぶん殴ってやる」

「のっぽ君はともかくあのお馬さんとは握手できねえだろ、いやいけそうな見た目してやがるけどな? 触れたら未来永劫呪われそう」

「おい、俺のそばでお化けとか祟りの話はやめろ。畜生、あいつらとうとう不快な見た目で精神攻撃する手段でも覚えたのか?」

「お前にピンポイントで嫌がらせする術でも覚えたんじゃねーの?」

「だったら大正解だ、褒めてやるよ。スティレットあったらお見舞いしてやった」


 そして遺跡の外周には問題の『馬に乗った白き民』がいた。

 スクショのズーム機能を使えばせいぜい、白馬に乗った騎士様か何かと勘違いするような姿だ。

 実際はかなり前のめりな格好の()()()()にナイトがまたがって、人馬一体とばかりのそれが今も周囲を見張ってる。


「ぱっと見、馬なんだけどよ……こうして見えるとこまで見るとヤバさが際立ってるよな。俺の知ってるお馬さんじゃねえ、バケモンだあんなん」

「そういえばお前馬好きだったよな、タカアキ」

「ああ、超大好き。もちろん擬人化してるやつも好きだぜ」

「あれ見てソシャゲの話できるなら大丈夫そうだな。じゃあ見つけた記念にあいつの名前も決めたらどうだ?」

「じゃあ"シロイヤツ"で」

「そのまんまじゃねーか。せめて緊張感びあるやつにしてくれ」


 ところが、高性能な双眼鏡でじっくり覗けばその異様さがよく分かる。

 以前白き民じゃない方の馬と仲良くしたからなおさらだ、あれは馬じゃない。


 目も耳も鼻も削がれた白い顔に、歯並びのない広い口。

 申し訳程度に白毛の尻尾はあれど、肝心の構造は人っぽいのだ。

 本物の馬より四肢はずっと長いし、足四本で歩く姿はまだ人間の形に近い。

 もっと腰に力を入れれば二足歩行を学びそうな姿が、鋭い爪の揃った足先でのそのそしてる――悪夢だ


「――あんなの目の当たりにしてよく余裕ですねあにさまたち。今夜あたり悪い夢を見てしまいそうなガチ目のいるんですけど冗談ですよね? あんなのが新種なんてコノハ嫌ですからね?」

「ご主人、あれは絶対に馬じゃない。人っていうか馬っていうか、ドッグマンみたいな姿勢をしてる」

「じゃあミュータントか? それなら納得だ」

「いやドッグマンってなんですかニクちゃん、もしや新手の化け物ですか?」


 隣でぴったりなコノハも双眼鏡を借りてよーく確かめたらしい。

 狸耳をへにゃっと伏せてとっても嫌な顔だ。

 しかもニクが口にしたドッグマンの生態が微妙に重なる動きだった。

 あのミュータントは両手で地面を突くように大ぶりで駆けるが、それをもっと下げて機敏にした感じだ。


「わ~お……なんか白き民を無理矢理馬にしたようなお方っすねえ。しかもナイト級を乗せておられるっすよ、まさに白馬に乗った騎士様っす」

「あれを馬と一緒にするのは失礼なレベルだぞ……なんなんだ、あの狂った錬金術師が戯れに生み出したような化け物は。もはや生命に対する冒とくを感じるぞ」

「のっぽなのも投げ槍完備で遠近両方対応っすよ。可愛げない分武装がっちりっすね」


 同行してくれたロアベアとクラウディアもお気に召さない見てくれのようだ。


「気合入れてきたのだけは認めてやるよ。新しいおもちゃでも試しにきたのか?」


 その通りだ、あいつらは妙に装備がいい。

 のっぽ型は動きを邪魔しない程度の防具と長いリーチを持って、()()もここぞとばかりに長柄武器を携えてる。

 広場に座る馬……モドキなんて専用の鎧つきだ、充実してる。


「ニャルさんの言ってたこと、本当だったんだね。でもあれ、流石に気持ち悪すぎるよ……」

「俺にはそろそろ悪霊に見えてるぞ。そうだ、セイクリッド・ウェーブで除霊できないか?」

「流石に効かないと思います……あれって馬じゃなくてヒトみたいでなんか嫌だよ……」


 ミコも双眼鏡を両手に気味悪がってた。

 それがミセリコルディアの面々にも回れば。


「長身の方はともかく、なんだあの、人とも馬ともいえない怪物は? 新手と聞いてそれなりの覚悟はしていたが、あれには流石の私も引くぞ……」


 あのエルもザクロジュースを食らったような顔で、トカゲのしっぽを嫌そうにゆらゆらするほどで。


「ねえ、団長たちもしかして今後ああいうのと相手しないといけないんか……? MGOってもうちょっとゆるっとしたファンタジー世界だったのに、なんかあいつらと一緒にハード路線になってるじゃん……」


 すぐ横で同じように赤い尻尾をゆらゆら、ミセリコルディアとフランメリアの将来を危惧するフランもいれば。


「来る世界間違えてますよあの人たち。あからさまにセアリさんたちに向けて武装つよつよになってますし、あれ馬じゃなくてUMAですよ。とうとうあいつらホラーで攻めてきたんですか?」


 突き出る大きなケツ――じゃなく、身を乗り出すセアリも危険を感じ取ってる。

 ミセリコルディアがこう口を揃えるんだぞ? よっぽどなのだ、あれは。

 明るい茶色毛のギャル……違う、チアルの興味津々さとその他も遠くを見れば。


「これやばばなやつ……こわいしきもいしテンションだだ下がるんですけどー……」

「チアルさん、さっき『あーしの新しい剣の錆にしてくれる~!』とか身構えてたよね……。行かなくて正解だったみたい」

「こんなの出るなんて聞いてないよー……怖いのいやだー……」

「でもイチ先輩も来てくれましたし、ミコさんたちもいる今ならいけるんじゃないんでしょうか~?」

「ダメに決まってんだろ。あたしらあわせても向こうの数を下回ってるし、それに敵が今目に見えてるだけとは限らないじゃん? それにあのきっもいのがこっちよりも早く動いたら勝ち目ないからね?」

「でも私、足の速さなら自信があります! 馬頭ですから! あんな馬モドキに負ける気はしません!」


 明るい戦乙女のお友達は種族それぞれといった具合だった。

 黒い狐な姉ちゃんは呆れ、青肌悪魔な子は嫌がり、デカい熊ッ娘が品定めし、羊系の姉御は冷静で、馬の蹄と馬耳な子が対抗心をはってる。

 ミコ、こんなやつらをまとめてたのか。


「どうしよう、いちクン。今までみたいのならわたしたちでも対処できるんだけど……? 初めて見る姿だし、向こうがどんな力を持ってるか分からないから、みんなでここから引くかどうか話し合ってたの」

「こっちも今考えてる。ああもよく分からない連中によく分からないまま喧嘩売るような挨拶の仕方は気が進まないな」

「そうだよね……それになんだか、いやな予感がするし」

「どの辺からだ? あのご主人振り落として今にも二足歩行しそうなお馬さんか? 丘の上が呪われた遺跡に見えてるぞ」


 で、俺の相棒は目の当たりにしたあれをどうするかお悩みだったようだ。

 ミセリコルディアは四人揃えば並大抵の白き民は蹴散らせるぐらいだし、チアルたちも混ざればなおのことだろう。

 人間の上位互換が十も揃えば相当だが、対して向こうは何もかも未知数である。 

 慎重になって正解だ。うかつに突っ込んでいい現状じゃない。


「私も今の戦力で無理をせず、向こうを上回る数で挑んだ方がいいと判断したところだ。しかしこうも細かく見てしまうと、逆にこのまま放っておいていいのかと不安なんだが……」


 次にきたのは、エルの悩ましさだった。

 ミセリコルディア二人分の意見は「ここは退く」だ。

 確かに、あんな得体のしれないのを放っておくのも不安だな。


「あんな趣味悪いのを放置したくないっていう意見には賛成だな。たった今ノルベルトかスティレットでも持ってくればよかったと後悔してる」

「おい待て貴様、やる気なのか」

「どの道いつかは駆除しないといけない類だろ?」


 ミコの悩みに沿って急いで駆けつけた分、今の装備は十分じゃない。

 ジャンプスーツには最低限のアーマーしかない、得物も45口径に散弾銃と小銃だ。

 あればスティレットだの持ち込みたかったが在庫切れ。ライフルグレネードとHE・クナイがあるだけまだマシか。


「一応、コノハはクリューサ先生からこんなものをいただいてますけどね。投げると爆発するポーションとか物騒すぎませんか……?」

「現状、投擲スキルが高い奴は俺とお前とクリューサぐらいしかいないらしいからな。それで俺は体質的な問題で使えない、じゃあ消去法だ」

「ぐぬぬ、マイナースキルの弊害が今ここに……誰か一本使いませんか? リスクマネジメント的な意味ですが」


 代わりに、コノハの和服にクリューサの発明品が二本ぶら下がってる。

 着発式の手榴弾みたいなものをこんなちんまりしたのに持たせるなと言いたいが、50近くもある【投擲】を信じてのことらしい。


「何かに触れたらドカン! ってのはちょっと投げる自信がねえな。お兄さん投げるのは匙とボールだけって決めてんだ」

「うちも投げるのは気分とサイコロだけって決めてるんすよねえ、ごめんなさいっすよコノハちゃん」

「こんなかよわい狸っ娘に危険物押し付けるとかひどい大人たちですね、コノハ失望しました。帰ったらあにさまとぐうたらします」

「ぐうたらするよりパン焼きたい」

「こんな状況でパン焼きたいとか言い出す人初めてなんですけど。あれ、ひょっとしてコノハ、パン生地に負けてます?」


 タカアキとロアベアはいい顔でそれぞれの小銃に手をつけてた。 

 308口径の火力がこれで三人分。どれだけ当たるかはさておき、遠くから重い一撃をぶち込む手立てはある。


「ん……向こうの強さが分からない以上、慎重にやった方がいいと思う。まだたくさんいるかもしれないし」

「うむ、私は攻めようが一度退こうがどちらでもいいが、もし前者なら後方から更に増援を送ってもらうべきだぞ。あまり拠点を手薄にするのは得策じゃないが、敵の守備を打ち破るには数倍の戦力で挑むのがセオリーだからな。まして未知の相手だとなおさらだぞ」


 ニクとクラウディアは向こうの様子に注意深くなってる。

 槍やらクロスボウやらを握っていつでもやれそうだが、今の俺たちが挑むべきじゃないと言いたげだ。

 特にダークエルフの物言いは説得力があったのか、ミセリコルディアもチアルたちご一行も納得で。


「そうだよね……白き民って、だいたい見た目以上の数でやってくるし。それにこの地形だと、わたしたちだけじゃ簡単に囲まれちゃいそうだよ……」

「あんなやつら叩き斬ってやりたいが、今はこの情報を持ち帰る方が大事だろうな。あれは無理を通す相手じゃない、下手に全員を危険な目に合わせるなんてもってのほかだ」

「イチ君いるならどうにかなりそうなんだけどねー、でもみんなで危ない橋を渡るなんて団長ちょっと怖くてできないや。悔しいけど退却かなー?」

「セアリさんも無理をしないに一票ですね。巨人の件と言い一筋縄ではいかなくなってますし、確実にやっつけられる環境を作ってからでいいかと」

「みんなそういうならあーしもさんせーだよ。気分が上がらないときは無茶しちゃだめだかんね? いっちとならやっつけられそうだけどなぁ」

「チアルさん、またイチ先輩空へ連れてくつもりなの……? あ、私たちも一度退くことに賛成です」


 そういうことだ、全員無事に戻って新商品入荷のニュースをお土産にする方向性になってる。

 数百メートル先はこっちに気づかぬままだ。このまま下がれば穏便に終わるはず。

 そうして俺たちが武器を降ろしてこの場を離れよう、とまで達した時だ。


「……ん~? なんか広場にでっかい生首が転がってるっすねえ、石像みたいっす」


 まだ双眼鏡を覗いてた首ありメイドが気付いてた。

 一体何に目星をつけたのか知らないが、それでも気になるのは間違いなく。


「なんだいきなり、石でできた首無しメイドでも奉られてたのか?」

「神殿っぽいとこの奥に女神像みたいなのがあるんすけど、たぶんそれっすね。建物より手前の方に落ちてるっす」

「女神像……?」


 言われるがまま、俺も大きな生首とやらを探した。

 測距機能にして400mに満たないそこだ。

 緑に食われた石畳の上にロアベアの言うものがあった。


 一目で見て、眠そうな顔だった。

 石でできた柔らかな表情が横倒れのままそっと目を閉じている。

 どこかで間違いなく目にしたそれは、ヒビが入って大部分を損なってもなお穏やかに祈ってるようだ。


「ねえいちクン? あれってもしかして……」

「お前も気づいたか。たぶん「もしかして」だろうな、あれは――」


 ミコも気づいたか。俺たちはこの数奇な人生の中で()()を一度見ている。

 前に見たものよりかなり小さいが、ブラックガンズに世話になったころに知った【ノルテレイヤ】だ。

 それもそのはず、開放感を持て余す神殿の中にその持ち主がいた。

 白き巨人よりもやや大きい程度の彼女が、片腕はもげてあちこちを傷だらけにしつつ、だいぶ悲惨な姿で祈りを捧げてた。


「ノルテレイヤさん、だよね……?」

「あいつだ。前見た時よりはだいぶちっちゃいけどな、それにしてもボロボロすぎないか?」

「おいおい、ノルテレイヤだって? こんなところでお会いするとかマジかよ」


 タカアキも割り込んできた、奇しくもここにあの事情を知るやつらが揃ってる。

 間違いなくあいつだった。

 誰かに壊された感じを節々に残しつつ、ゆったりとした身なりと歯車、金属的な翼が彼女を証明していた。

 神殿が壊れようが我が身が崩れようが、ノルテレイヤはずっと祈り続けてるようだ――どこかの誰かさんへ。


「……ひでえことしやがって」


 前なら「誰だあいつ」だったろう。でも今は違う。

 あんなものをこしらえた奴は知らないが、あの姿はなんとなく分かるんだ。

 あいつには祈るべき相手がいて、誰かによって無粋にもぶち壊されたんだろう。

 アサイラムへ向かって片手で願う姿から首を切り取ったようなやつは、ちょうど白き民があてはまるかもしれない。


「あれがノルテレイヤ様なんすねぇ……でも、誰かに意図的に壊された感じがするっす」

「ん……白き民がやったんだと思う。あの壊され方、自然とそうなった感じじゃないし」

「ノルテレイヤ様の像じゃないか……だがなんてありさまだ、あんな無礼な真似ができるのはあいつらぐらいだぞ」


 ロアベアやニク、クラウディアの言い分も重ねれば完璧な答え合わせだった。

 拡大された姿を見るに人為的に傷つけられてる。

 頭部の周りに散らばったままの残骸がそれだ。どこのクソ野郎の仕業だ?


「あいつさ。ずっと、どこかで俺のこと待ってるのかな」


 あんなぼろぼろな姿に、いつだったかヌイスの言った言葉が蘇る。

 【彼女は君の死が受け入れられなかった。それだけの話なんだ】――と。

 彼女の人柄を知ってしまった今、石像とはいえ痛ましい有様だし、ああもやってくれた奴がひどく憎たらしい。


「ここらが片付いたらさ、ドワーフのお爺ちゃんたちに綺麗に直してもらうってのはどうよ? アサイラムのいいシンボルなりそうじゃね? 向き的にちょうどご加護がつきそうだろ?」


 が、そんな考えも明るく遮られる。

 人の頭を掴んでわしゃわしゃしてくる(ご存命な)幼馴染がいたからだ。

 ミコもそっと手を触れてきた――そうだノルテレイヤ、お前のおかげで理解してくれる奴がずいぶん増えたよ。


「たった今【俺のやりたいことリスト】にあそこを分捕るって項目が増えた。これで見過ごせなくなったわけだ」

「おう、俺もノルテレイヤちゃんがどんなお顔なのか拝んでみてえしな。つーかあれ建てたの誰なんだ? その辺も調べねえといけねえか」

「こんな場所に作ったやつにいろいろ物申してやりたい気分だ。次からはもっと人気の多い場所に作るように言っといてやる」

「その時は隣でいくらでも茶化してやっから好き放題言っちまえ」

「せいぜい製作者様がご存命なことを願おう」


 考えてみれば今のタカアキがぴんぴんしてるのもノルテレイヤの手柄か。

 だったらせめてもの礼だ、あそこを取り返してまた綺麗になってもらおう。

 今も昔も変わらず接してくれる幼馴染に感謝しつつ、向こうの目を離そうとした。


「……ん?」


 静かにその場をあきらめようとした、そんな時だ。


 拡大した向こうの様子の中に()()()()としたものが浮かぶ。

 崩れた神殿の手前に、いつの間にか白き民が灰色の衣をたなびかせていた。

 あれはメイジ級か? それにしちゃ杖も持ってないし、白一色の中で振る舞いもよく目立つ。


「いちクン、どうしたの? そろそろ離れないと……」

「いや、なんか変な白き民がいないか? 遺跡の奥でメイジみたいなのがいきなり出てきたぞ?」


 気にかけてくれたミコにそう伝えれば、撤退を始めたみんなの足も止まった。

 そんな間にも向こうの様子はどんどん変わっていく。

 白いくせに灰色な誰かが歩み出すと、周囲にいたやつらが注目した。

 人も馬ものっぽも、目というか身体の向きが釘付けだ。まるで敬うようにまっすぐな向き合い方をしてる。


「ほんとだ……? なんだろう、他の白き民たちに囲まれてるような……?」

「急に出てきたっすよあれ、さっきまでいなかったっすよね?」

「おい、今度は何事だ貴様ら。まさか敵が増えたのか?」


 白き民ウォッチングにロアベアが挟まって、エルも混じった。

 勢ぞろいで双眼鏡を覗く俺たちにはこんな光景が映ってたはずだ。

 

 灰色の衣の持ち主が突然と両手を広げた。

 特徴の削がれた顔はお仲間に見守られつつ、構えを解して床へ触れる。

 すると白い光が立ち上がった。

 そいつの目前に黒い模様が浮かんで、それが時計のような挙動で動き出す。


 ずどんっ。


 そんな音と共に遺跡が揺れた。

 廃墟の調子を一段階悪くするような振動だ。

 地鳴りがするのも仕方ない、そこから遺跡より大きな姿が降りてきたからだ。


「…………おめでとう、たった今とんでもねえ増え方したぞ」


 白き巨人だった。足から着いて、重々しく片膝で立っていた。


「ねえ、今白き巨人が出てきたよね!? 魔法陣みたいなのが浮かんで、そこから出てこなかった……!?」

「急に巨人が降ってきた……? ご主人、あの灰色のやつ何かおかしい……!」

「まさかあれって召喚とかいうやつじゃね? そんな具合で呼び出しやがったぞ、冗談だろオイ」

「わ~お……お空から華麗に参上っすね」

「みんな、あそこの()()を見たか? あいつは今、間違いなく白き巨人を呼び出したぞ!? どうなっているんだ!?」

「ちょちょちょどうなってるんですかあにさまたち!? 遠くでおっきいの君臨してませんか!?」

「馬鹿な……!? 何もない場所から急に白き巨人が現れたぞ!?」

「えっ、何おきたし……? でかめなの急に出たんだけど? もしかして、あれってそーいう感じでスポーンしてた系のエネミー……?」


 そいつが立ち上がり、広げた四本腕と一本の巨大な直刀をお披露目するせいで俺たちは混乱だ。

 あの灰色のやつが白き巨人を呼んだのだ。

 この事実は、前に感じたある疑問を解決する答えにもなった。

 デカいやつらの出所は分からなかったけどそういうことか、ああやって呼び出す誰かがいたのだ。


 その犯人である灰色姿は、巨人を一体落とすと満足げに頷いた気がした。

 だが、そいつは遺跡を潰しそうな恵まれた身体からこっちに振り向く。

 特徴を殺されたまっさらな表情が――レンズ越しに俺を見るのを肌で感じた。


 違う、目が合った。

 すっ……と人差し指をこっちへ伸ばしてきたからだ。


「……あーまずいぞ……あいつらこっちに気づきやがった!?」


 気づいた時にはもう遅かった。

 馬と呼ぶには馬鹿馬鹿しい化け物がどすどすと乱暴に駆け出してる。

 背に乗ったナイトたちが、殴るような動きに揺らされながらも迫ってきた――!


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