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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
549/580

55 スーパーバイオディーゼル


 拾えるもんは拾って、分解できるもんは分解して、意気揚々と帰った後。

 風車の町を抜けて橋を渡ればいつものアサイラムが待ってた。

 戦う相手に困らないこの環境に馴染んだ冒険者たちが、なんとも余裕そうにする雰囲気がそれだ。

 俺たちの日頃の行いがここらを安全にしている証拠なんだろう。だから――


「ノルベルトちゃんったら、いつの間にいらしてたのですね!? 会いたかったですわ~!」

「リム殿ではないか! その様子だと息災だったようだな? ご覧の通りこちらでも徳を積んでいたぞ!」

「ふふ、相変わらずでしたのね。大体の事情は耳に届いていますわ、またストレンジャーズが揃うなんて……なんだかとっても感慨深いですね?」

「フハハ、まだまだストレンジャーズの縁は続きそうだな? そうだ、あの時に渡された弁当は実に美味だったぞ、フランメリアの風景と共に一口一口を大切に噛みしめたものだ」

「良かったですわ~♡ おいしく召し上がってくれたなんて私嬉しいですの、あれからお芋は足りてますか? じゃがいも食べる?」

「相も変わらず芋をすすめるとは俺様安心だ。そうだ聞いてくれ、ここに来てからこんなことがあってな……?」


 この前別れたばかりのリム様が平然と広場にいるのだって不思議じゃない。

 もっといえばとんがり帽子の銀髪ロリが、オーガらしい笑顔に冷えたぼそぼその芋を押してようとする現場でもあるが。


「んもー、再開して間もなく茹でたじゃがいも持ち出してる……」

「やっぱりじゃがいもだったね……りむサマらしいっていうか……」


 俺とミコがよく知る芋テロ現場の傍らにはお付きのメイドもいる。

 綺麗に作られた黒髪の流れに、角と蹄ときつめのダウナーさが効いた顔――羊系ヒロインのメリノだ。

 ここの様子に「なんなん」と言いたげだが、そのままこっちを向いた。


「イチ様じゃん、元気してた? いや元気以外の何物でもない様子だけどさ、なんなんここ? いつのまに開拓モノでも始めた系?」

「久しぶりだなメリノ、たぶんお前の思ってること全部セットになってる。そこのでっかいのと今日も元気してた」

「ほんとどーなってんのさ……っていうかキャラ多すぎ情報量多すぎイチ様今日も濃すぎで混沌渦巻いてるんだけども、ミセリコルディアもいるとか豪華すぎん?」

「あ、は、はじめまして……? わたしはミセリコルディアのマスター、ミセリコルデです。黒毛のシープ族なんて珍しいですね……?」

「む? その姿はリーゼル様に仕えるメイドか? 初めましてだな、俺様はオーガのノルベルトだ。この二人とは共に戦った仲よ、そう身構えなくとも案ずることはないぞ羊の娘よ」

「うーわほんとにあのミコサンいるし……しかもオーガってなんなん? 鬼か? なんか角生えてるしイチ様どっかからなんか呼んじゃった?」

「どっかから勝手に来ただけだ。鬼みたいに強いって表現もあてはまるぞ」

「フハハ、まさしくいずこからはせ参じたオーガだ、よろしく頼むぞ?」

「いやもう言動が強者のそれじゃん……しかも首にぶら下げてんのってシート? しかもストーン? なにこれ等級詐欺? あ、こっちメリノね。ミコサンの言う通りシープ族の黒毛種」

「ふふふ、今日はメリノちゃんにご一緒してもらってますの。私の生み出した『ポテトフィリド』がお役に立つと聞いて大慌てで来ちゃいましたわ、お仕事は全部他の方に丸投げしてきましたからご心配なく!」

「そそ、今日はこっちが護衛ね。メカ元気にしてるん? それからポテトフィリドってなに?」

「リム様の生んだ悪魔のポテトモンスターが俺たちを救ってくれるらしくてな。メカ、先輩来てるぞ! 草食べれそうな方の!」

「悪魔のポテトモンスター……? あと誰が反芻動物よ確かに肉とか食わんけど言い方あるじゃん? ぶちのめすぞ? そこに直れ?」

「いちクン、流石にそれは失礼だよ……?」

「誠にごめんなさい」


 どうもロアベアの代わりに付き添いをやってるらしい。

 今日も見事な仕事ぶりだ、俺を正座させるほどにはな。

 ジト目強めに反省具合を見張られてると、そこにロアベアやらメカやら、おまけでチアルが寄ってくるのも当たり前で。


「あっ、メリノちゃんっす~! リム様の護衛してるんすね、アサイラムへようこそっすよ」

「ロアベアパイセン楽しそー。ラフォーレパイセン来ると話にならんしこっちがよこされたわけ、イチ様が相変わらずイチ様してて安心したわ。おらっもっと申し訳なさそうな顔しろっ」

「め、メリノ先輩、こんにちは……? ちゃ、ちゃんとあたし、だんなさまのお力になってますから……!」

「おーおーメカ少しおどおどしなくなってんじゃん、えらいえらい。クロナ先輩とか心配してたけど、うまくやっててお姉ちゃん安心したわ。流石期待の新人」

「めりのんだ~! 見て見て、あーし冒険者になってからいっちたちと楽しくやってるよ~♡ 毎日ちょー楽しいよ、転職して良かったかも!」

「ほんとにあんた冒険者始めたんかーい……いや元気そうならいいけどさ、でっかい白き民いるってマ? そんなヤバ目なのいるとかこっち心配なんだけども ていうかあれ? イチ様ひょっとしてチアルとなんか育んじゃった感じ? そういうフレンドリーさがあるんだけど、こっちの友達に手出しちゃった系? 返答次第で今後の対応厳しめになるよいっとくけど」

「誠にごめんなさい」


 ギャル系ヴァルキリーがぐいぐいくっついて思い出した、そういえばチアルはメリノの友人だったか。

 正座から見上げる羊系メイド由来の横長な黒目は俺たちの関係を訝しんでる。

 それならと道路の向こう、戦利品を集める場となった小屋周りを指で示して。


「近頃噂になってるでっかいのを半分こしたぐらいだ、あそこでリサイクル中のでっかい武器が見えないか?」

「にひひっ♡ 白き巨人を一緒にやっつけたの、すごいっしょ? いっちと相性抜群だよ~?」


 溶断トーチでお手頃サイズにカットされてる馬鹿でかい剣を取り上げた。

 そこの溶接マスクかぶりのドワーフが汗をぬぐって一息つく様子が挟まれば、説明も足りて少し驚きだ。


「あっ戦友的な方のお付き合い……いやすごいことしてるじゃん、なんなんあのでっかい武器? あれ振り回すヤバめのいるとかマジなん?」

「あれぶん回すバケモンだ。その分ドロップもいいけどな、アーツアーカイブとかスペルピースとかまとめて落としてくれる」

「けっこういいのくれるよね~♡ 一緒に依頼受けてる子たちも一晩でだいぶアーツ揃ったって言ってるよ? あ、めりのんもよかったらアーツいる? キックとかどう?」

「うーわどーなってんのここ……アサイラムが今熱いとかいうフレーズ耳にしたけど修羅場的な意味だった? それとももう乗り越えてこうなん? どおりでみんな面構えが違うわけだよこっわ」

「なんていうか、大変だったみたいだけどみんな慣れちゃったような……?」

「初日から相も変わらず敵に囲まれてるっすねえ、ここ……でも順当に近辺の安全も確保してますし、皆様五体満足で割と余裕ぶっこいてるので大丈夫っすよ」

「フハハ、ここにはストレンジャーズがいるのだ。白き民どももそろそろアサイラムの恐ろしさを覚え始めたことだろうな?」

「み、みなさまとってもお強いので……あたしたち、けっこう余裕で過ごしてるかもしれません……?」

「だいぶのんびりできるよーになったよね? みなみんも敵に動きが全然なくて暇って言ってたし?」

「えっ、ヤバそうに見えてけっこうホワイトな職場なん? なんか電気通ってるし遊んでる子もいるし、なんかもう突っ立ってるだけで調子狂うんですけど。すごいところに来ちゃったわー」


 付き添いメイドにここの状況が伝わったところで本題に入るか。

 俺は正座を守りながらリム様を見て。


「で、リム様。あの煮ても焼いても食えなさそうなじゃがいもミュータントにようやく使い道が見えてきたぞ。クリューサが言うにはあれが燃料問題を解決するってさ」

「まさか私の生み出したポテトフィリドがそんな形でお役に立つなんて思いませんでしたの! くっそまずい油のサンプルも持ってきましたわ、でもこれをどうするのかしら……?」

「あー、そういうのには詳しくないんだけどな? 科学的に言うとなんか混ぜこぜしてそれらしくするらしい」

「よく分からないけれどもすごいのですね!」

「そう、よく分からないけどすごいことするらしい。そのために継続して確保できる材料ってことであのバケモンが生み出す油が欲しいらしいんだけど」


 よく分からないがあの人をぬるぬるにしてくれた油が重要だと伝えた。

 目の前には鞄からまさしくそれが出てくる様子だ。

 徳用サイズの空き瓶に黄色味強めの油がなみなみ入ってる。

 問題はこれをどうやって燃料にするんだろう、そう謎めいてると。


「……すべきこと自体は単純だ。油に然るべき触媒を混ぜて反応させたのち、いくつかの工程を経て燃料としての質を高めていく。ここで重要なのは適切な触媒の量と精製に費やす時間ぐらいだ、必要な設備などその気になればいくらでもどうとでもなるからな」


 まさしく話題通りにクリューサからの科学的な言葉が混ざってきた。

 クラウディアが移動式のホワイトボードをがらごろ持ってくるあたり、俺たちに納得のゆく説明をしたさそうだ。


「なんかこう、まぜまぜすればできるんだよな? よく分からないけど」

「お前はともかくだ、まずリーリム、油を生み出すふざけた植物がいるというのは確かなんだな?」

「ええ。目を離せばすさまじい勢いで増えるような逞しさなので、今は研究所に厳重に保管してますの。その名もじゃがいもと油を生み出す新たなる生命、ポテトフィリドです!」

「作ったやつの感性が良く分かる名称だな。まあそのふざけた生態系はともかくだ、ちょっとその油を見せてみろ」

「イチ様、この賢そうな色白な先生どちら様なん? リム様の知り合いっぽいけど」

「死にそうな顔色だけどお医者様だ、クリューサってやつ」

「おい、お前は初めて見る顔にクソみたいなことを吹き込むな」

「うわ、なんかすごみのある人だこれ。てか怒られてんじゃん」

「いちクン、失礼だよ」

「誠にごめんなさい」


 その第一歩とばかりに、お医者様の手に瓶が渡った。

 油特有のとろみが油まみれの事件をよーく思い出させてくれるが、今の持ち主はそれを開いて吟味して。


「こいつは……オリーブオイルか? 匂いからして食品としての質はお察しといったところだが、使い古した揚げ油やミュータントの脂よりかは幾分マシだろうな。燃料精製に使うには十分すぎるかもしれん、量があればだが」


 と、匂いはともかく好意的な様子で見つめてた。


「……ん、あの時の匂いがする。ポテトフィリドの油だ」


 ニクの嗅覚もそう訴えるんだ、間違いなくあれだ。

 あの化け物の使い道がやっと世に出た証拠だが、対してリム様は。


「これが燃料になりますの……? クリューサちゃん、その方法はともかくとして、一体どれだけ必要なのかしら?」

「あればあるほどいい。ウェイストランド的表現をもってお前に言うなら、ドラム缶五本分もあれば今のところは充分なんだがな。まあ無理にとは言わんが」

「でしたら問題ありませんわ。実はあれから、ポテトフィリドをどうにか活用できないかと研究していましたから」

「……どうにかなるということだな。そもそもなんなんだ、そのポテトフィリドだとかいうのは」


 幸か不幸か悪魔のいもいもモンスターをまだ捨てきれてなかったみたいだ。

 あんな人の脳天に芋飛ばすバケモンをどう研究したんだ、と周りも席につくと。


「ポテトフィリドというのはお芋と油を生み出すというコンセプトのもと生み出したのですけれども、ジャガイモの持つ防御反応とオリーブの健やかさがかみ合わずに外敵へお芋を発射するようになりましたの。そこで研究員の一人が頭のお花を切り取って放置したところ、その生態系に変化があったのです!」

「まだあいつ諦めてなかったのかよリム様」

「じゃがいもを飛ばす植物ってなんなのかな……?」

「アホみたいな何かなのは理解できた。それがこの問題にどう結びつくんだ?」

「するとツタが引っ込んで、まるで木みたいに硬くなりましたの。それから口に当たる部分から延々と油を滴らせるようになって、出し尽くすとカリカリに枯れてしまう何かになってしまいましたわ。この油はまさしくその変化した個体から出てきたものなのですけれども」

「それは素晴らしいな、一応聞くがお前はミュータントでも生み出したのか」

「ふっ――ウェイストランドから持ち帰った土壌とフランメリアの豊かさをミックスしたらできちゃいました。こんなはずじゃなかったのに!」

「つまりお前は新手の化け物を生んだんだな、どうかしているぞこの世は」


 瓶をちゃぷちゃぷして「じゃがいモンスター」の研究成果を披露してくれた。

 ひどい理由で生み出された挙句にひどい実験のされ方をエンジョイしてるようだが、それが燃料づくりに貢献するらしい。


「その油の量なのですけれども。お水と栄養のある土壌に置いておけば、一体あたり大きなワイン樽一本分は満たせるほどは取れましたの」

「……樽一本分、確か200リットル以上は入るほどか。信じられんな」

「お花を定期的に取り除けば勝手に増えないようですし、ちゃんとお世話をすれば制御できる植物だと近頃の研究で判明しましたわ。どうかしら? 必要でしたら私が土地の確保から何まで取り計らいますわよ?」


 シーちゃんの言う通り、芋はともかく大きな発見になったみたいだ。

 九尾院のロリどもと苦労して良かったと思う。

 その後の事の成り行きはあんまり思い出したくないけど。


「おねえちゃんたちがやっつけたじゃがいモンスター、こんなところで役立つなんて……! やったねいちくん、がんばった甲斐があったね!」

「みんなでぬるぬるになって楽しかったねー♡ ところでなんの話ー?」

「かつての依頼がこうして巡り回ってくるとは、わたくしとても驚いております……お久しぶりでございます、リーリムさま」

「ひょっとしてまだ飼ってたんですか、あの世の終わりみたいなじゃがいもの化身!? 研究所の方々オイル漬けにされたのに凝りてませんね!?」

「あら九尾院の皆さまもいらっしゃったのですね? また会えて嬉しいですわ、じゃがいも食べる?」


 そういえば今なら当事者がここにいたか。いつの間に話に加わって広場が賑やかなことで。

 まあそれはともかく、クリューサは悩ましさと呆れかえりを往復させたあと。


「……今はこの魔女のぶっとんだ行いで油の調達がどうにかなるとしよう。それでリーリム、いや、お前たちに分かりやすく加工の仕方を教えるぞ。難しい話が分からないような輩は席を離れるなり居眠りするなり勝手にしろ」

『ぼそぼそしてる…………』

『ピナねえさま、なんのためらいもなくじゃがいもかじらないでください』


 じゃあその油をどう燃料にするか、という点を説明しはじめる。

 くっそまずいオリーブオイルがどう化けるのか、気になる話題だ。


「いいか? まずバイオディーゼル燃料というのが何なのか教えるが、要は油の中から余計なものを除去するなりしてエンジンを動かせるように調整したものだ。不純物を取る工程は増えるが、フライに使った油やら動物から取った脂肪分まで大体は作れる」


 そういって、お医者様はきゅきゅっと白ボードに何かをかき込んだ。

 実に分かりやすかった。でっかいタンクが横並びにいっぱい、それぞれにパイプが繋げられた設備で。


「俺の故郷じゃ乳製品用の攪拌タンクやら醸造用のタンクやらを流用して、そのバイオディーゼルを製造していた。材料はミュータント――ドッグマンだのなんだの、そこらじゅうの動物から取れる脂肪を精製したものだ。ここに描いたのは先ほど考えた精製プラントの一例だが」


 次は左から順にそのタンクの役目を書き足していく。

 【混合】と書かれた容器に【NaOH】+【CH4O】とよく分からないものが添えられており。


「まず最初に油と水酸化ナトリウムにメタノールを掛け合わせた触媒をこのタンクで混合する。混ざり合ったところで隣のタンクに移して摂氏60ほどでかく拌し続ける。しばらく続ければここで反応が起きてグリセリンというものが分離していくが、こいつをいかに取り除くかが重要だ」


 そこで混ざったものが右隣に送られて、じっくり二時間かき回されるそうだ。

 そうして次はまた別のタンク、今度は下にもパイプが伸びた大きなもので。


「次のタンクの中で油は二層に分かれる。触媒によって起きた交換反応でまだ生の燃料と、副産物であるグリセリンがここで分離する。これで不要な沈殿物は下のパイプから別のタンクへ送り込まれて、バイオディーゼルはまた隣へ運ばれるわけだが」


 よく分からないがそこで燃料と廃棄物が区切られるそうだ。

 処理された油はまた隣へ、すると一際大きな入れ物が下と右にパイプを伸ばしていて。


「さて、これでは教科書に書いてあるような製法へまっしぐらだがここで隠し味だ。本来ならこの時点で燃料の質を高めるため、温水で何度か洗浄するのが好ましいのが当たり前だろう。そこでこいつの出番だ」


 そこでクリューサは褐色肌な助手へ白い紙袋を取り出させた。

 甘いものと木材を引き換えに俺が作った万能火薬である。


「ほう? ここで万能火薬使っちゃうんか? どういう効果あるんじゃそれ」


 急に混じってきたスパタ爺さんのおかげで、疑問はまさに届いたようだ。

 あの火薬がどんな役目を果たすのかと気になれば。


「昔、こいつに「火薬をぶち込めば燃焼力が上がる」と馬鹿な期待をしたやつがいてな。その結果で分かったんだが、この段階で粉状の万能火薬を入れて混合したのち放置すると驚くべき効果が表れる。成分が溶け出して燃料としての質を変えるんだ」


 なんてこった、万能火薬の万能性がまた一つ広がったぞ。

 クリューサの言ってた「燃料づくり」の秘訣にまで関わってるなんて、どこまで可能性を秘めた素材なんだろうか。


「……万能火薬ってオーパーツかなんかかよ」

「いや、そのオーパーツ作るお前さんも大概じゃからな?」

「これで万能火薬の恐ろしさがまた一つ分かっただろう? しかもこいつの持つ保存性を向上させる作用がかなり長期的な劣化防止につながるし、この時点で不純物も全て吸い取って濃いクリーム色の沈殿物となる。問題はそうやって生まれた副産物が劇物という点だが、この一連のプロセスで生まれた余計なものの処理については然るべき考えがあるから心配はいらん」


 そして最後は?

 廃棄物は下のタンクへ、調子のよくなった燃料は右のタンクへ。

 ゴールは【スーパーバイオディーゼル】だとさ、よく分からないけど確かにすげえ。


「――つまりだクリューサ、よく分からないけどすごいんだな?」

「すごそうっすね! うちもよく分からないっす!」

「私もよく分からないぞ! でもすごいのは分かった!」

「難しくてちょっとわかんないけど、なんかすご~い! センセってもしかして天才なん?」

「こっちもよく分かった、お前らはもう話に加わるな。今の態度は俺の記憶に一生刻んでやるからなこの馬鹿ども」


 ああつまり、よく分からないけどすごい!

 すげえ嫌な顔された、ロアベアとクラウディアとチアルも巻き添えだ。

 同席してたタケナカ先輩が今日も「何やってんだお前」な顔だが、そこに金髪黒髪なチャラ男が挙手して。


「えっと……つまりこれ、グリセリン分離後の洗浄の工程がいらなくなるんスか? だったらすげえ気がするんスけど」


 ハル――チャラオだった。こういうのに関する知識があるような質問だ。

 それでクリューサの顔が驚いたというか、興味を浮かべたのは間違いなく。


「ハルオ、お前もこの手の料理に詳しいのか?」

「料理……? いや、学校で習ったんでこーいうの。ていうか俺、バイオ燃料とかも興味あったんで」

「学校で? この手の分野について触れる学校とはな、一体どんな場所だ?」

「その件だけどチャラオは機械に強くなれるようなとこにいたらしいぞ。良かったな、燃料づくりのすごさが分かるやつがいて」

「ならお前の言う「すげえ」はあたりだ。水が貴重な場所では洗浄なんていちいちやってられんからな、重宝したものだ。それからイチ、お前はちゃんと人の名前を呼べるようになれ」

「チャラオじゃダメ……?」

「万能火薬って、ほんとなんなんスか……? あとハルオです!」

「ハルオ、こいつは時々かなりおかしいがもう一種の病と思って末永く付き合え。その方が精神衛生上いい」


 絵に描いた燃料のすごさが広まれば、周りは「よく分からない」か「すごい」で半々だ。

 まだ想像上だが、油が燃料に化けるプランが揃うとリム様も納得したようだ。


「なるほど、つまり油の中からより純粋な力を取り出して、万能火薬によって面倒な工程を省きつつその質を上げるとても合理的なやり方なのですね? さすクリュ!」

「その通りだ。その化け物が生んだという油の性質を調べる必要もあるが、燃えるほどの勢いがあるなら確実に燃料へ加工できるだろう」

「そうと分かればさっそく研究所へ赴いて、ポテトフィリドの栽培と改良について話し合ってきますわ! ところでその燃料とやら、作るのにどれだけの時間が必要なのかしら?」

「どれくらいで設備が揃うかによるがな。必要なものが揃えば製造自体はすぐだが、この燃料には静置時間――俺たちは「寝かせる」と呼んでいたが、しばらく置いて安定化させる必要がある。たとえ準備ができて処理が終わったところで更に三日はかかると思え」


 結果は「すぐにはできない」か、白き民が待ってくれるといいんだけどな。

 とはいえ、ドワーフたちの憂いが一つ消えるニュースなのは何よりでかい。


「……聞いたかお前さんら、要は温度調節とかく拌する機能ついたでっけえタンクがありゃいいわけじゃよな? こうしちゃおれんわ話し合ってる場合じゃねえ!」

「だったらそんなの歯車仕掛けの都市に腐るほどあるわい、調理用に使う業務用のでっけえのあったろ? なんならクラングルでも中古で売っとらんかったか?」

「けっこうあぶねえ作業になるが、だったら製造場所をこっちに作れば問題ねえな。よっしゃ、暇なやつ駆り出して大急ぎで調達させんぞ! スーパーディーゼルプラントここに建てたらぁ!」


 なんだったら、ホワイトボードの図を見てご本人たちが弾かれたように走り出す始末だ。

 ドワーフたちはばたばたステーションの方へ向かってしまった。

 ここに作るのかよ製造場所、という声は届かなかった。


『ハルオ! お前さんもついてこい! ちょっとクラングルで見繕うぞ!』

「えっ俺もッスか!? いや別にいいんスけど……」

『ヤグチの、ちょいと一人借りるぞ! こうしてられんわさっそく準備に取り掛からんと!』

「あ、ど、どうぞ……? ハルオくん、頑張ってね……?」


 ヤグチ公認でチャラオも連れてかれた、ドワーフとすっかり仲良しだ。


「クリューサ、なんかさっそく皆さん動いてるぞ? いいのか?」

「善は急げを体現してるようだな。となれば、ここにその設備を建てるようだがお前は構わないのか?」

「クラングルに可燃物みたいな場所作るわけにいかないだろ。しょうがないし作ってやるよ、どんなデザインにすればいい?」

「そうか。ならコンクリートと耐火素材で作った頑丈な建物を作ってくれ、脅威が少ない北側だな」


 今度は燃料づくりか。ドワーフへの恩返しだ、立派な設備を作ってやろう。

 立ち上がろうとすると――足がしびれた。

 そういえばずっと正座だったわ。太ももが笑って悶えた。


「あの、ところでどうしてだんなさま、正座してるんですか……?」


 生まれたての怪生物のごとく「おぉぅ」とぷるぷるしてると、心配そうなメカが手を貸してくれた。


「いや、どこに直れいわれて本気ナチュラルめに正座する人いんの? 律儀か」


 メリノもだ。左右に挟まれながらも立ち上がろうとするも、足がすっかり二足歩行を忘れてる。


「お゛おう……メイドこわい……」

「め、メイドがこわい……!?」

「あー気にしなくていいよメカ、これ普通だから。イチ様とメイドどものパワーバランスの縮図と思ってそっとしとき」

「ちゃんと正座するとかえらいっすよイチ様ぁ」

「だって直れいうから……?」

「真摯に正座始めてこっち内心びっくりなんだけど、そういうとこやぞイチ様」

「い、いちクンすっごい足ぷるぷるしてるよ……!? 大丈夫なの!?」

「もう正座しない……」

「なんでそこで律儀に応じちゃうの!? 無理しないでゆっくり立ってね?」


 けっきょく、メイド二人の怪力に加えてミコの支えがあってやっと立つことができた。

 なんとも情けないが人間の尊厳は取り戻せた。二度とやるか正座なんて。

 汗だくで地面をまた踏めば、リム様もドワーフの勢いにやられており。

 

「そんなすごいものができるなんて、私の生んだポテトフィリドもやっと報われそうですわ! 良いでしょう、ただちに手配してきますわ! 芋配ってる場合じゃねえ!」


 スパタ爺さん(とチャラオ)に負けじとステーションに猛ダッシュ、芋の化け物の名誉のために行ってしまった。

 フランメリア人ってなんでこんな元気なんだろう、連れ回されてるメリノはまさにそんな顔で。


「……リム様と付き合ってるとさ、いつもあんなんだから大変なんだよね。ロアベアパイセンすごいわ、あのノリと並走してるもん」

「あれでもまだ控えめだぞ、なあお前ら」

「でもノルベルトさまにあえてすごくうれしそう。よかった」

「うん、まだ大人しい方だよね……? じゃがいも無理に渡してこないし」

「フハハ、やはりあのお方も忙しいのだろうなあ。また会えて話ができてうれしかったぞ、次はリム殿の手料理も是非食べたいものだ」

「前はもっとこう、じゃがいも過激派だったっすよねえ。フランメリアに戻ってからというものの、料理ギルドのマスターとしてやることが尽きないご様子っすよあの人」

「ノルベルト、俺なんて出会って間もなく人の顔色にケチつけた挙句にじゃがいもだぞ。お前の再会の仕方が一番マシだと思え」

「冷えたじゃがいもはレンジで温めてバターと一緒に食べるといいぞ。さっそくいただくぞ!」

「え、なんなんこの人たち……よく訓練された方々なん……?」


 しかしストレンジャーズ的にはとうの昔に知る振る舞いだ、メリノに格の違いというのを教えてやった。

 次第にお付きのメイドも「それじゃいくか」と追いかけたようだ。

 これでアサイラムの未来も明るいはず。


 ぴこん。


 燃料の話題が終わって解散という時だった、そんな着信音が一つ。

 空き地の物色ついでにPDAを開いてみれば【メリノ】とあって。


【……あのさ、あんたのこと久しぶりに見たらちょっとどきどきしちゃったんだけど。忙しいようだし頑張ってるみたいじゃん、でもたまには屋敷に顔だしたら? や、無理にとは言わないけど? こっちのこと忘れられないぐらい気持ちよくしてくれたの、まだ覚えてっからね? ……旦那さま♡】


 画像も一緒だ。どこかの一室で撮った自撮りがある。

 ものすごく切なげなメリノの赤面が、床に落ちたひらひらな下着と恥ずかし気に上げたスカートを――おい。


「……メイドこわい」


 これで分かった、思うに屋敷に踏み込もうものなら数日は拘束されそうだ。

 ついてきたニクが「どうしたの」と首をかしげてる。撫でてごまかした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] かつてのソ連では兵士は畑から取れたらしいけど、これからのアサイラムでは燃料は畑から取れるようで(しかも自走機能付き) クリューサ先生科学知識というか世紀末世界に生きる漢達の逞しさには脱帽。…
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