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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
543/580

49 拠点が今熱い!(火薬の燃焼力的意味で)


 ばさっ。

 まとめてクラフトした火薬入りの袋がテーブルの上に落ちてくる。

 白い紙袋を足元の木箱にずっしり放り込むと、そこへごろごろ音が近づき。


「追加の材料持ってきたぞ! 廃糖蜜ってやつなんじゃがいけるか!?」

「おい後ろの連中め何考えてやがるんだ!? 砂糖とか買えって言ったのに飴玉はまだしも、チョコだのジャムだの運んできてるんじゃねえ!?」


 アサイラム滞在組のドワーフたちがやかましく()()を運んできた。

 振り返れば「やりすぎだろそれ」な数々だ。

 荷車いっぱいの荷物に、重たげに転がってきた木樽と見るだけで騒がしい。


「子供が喜びそうだな。俺にはお菓子の詰め合わせが見えるぞ」

「お主のために砂糖買ってこいっつったのに『これもいけるはず』とかほざいて、あやつら安物の菓子馬鹿みてえに買っちゃったのよ……」

「荷車がお菓子だらけになっちまってるじゃねえか……ちゃんと砂糖もあるから心配すんな。どうだ、分解できるか?」


 そんなドワーフ二人分の困り顔を添えたお菓子の山が突き出される。

 業務用の風格漂う砂糖袋の上に、紙包みのチョコやらでっかい瓶入りのジャムやら飴玉やらが甘ったるく寄せ集まってた。

 どろどろと重さを感じる木樽も甘ったるい香りがする、カロリーたっぷり。


「分解は……できるな。よっぽど甘いらしいぞこれ」


 ところが樽に触れれば分解可能。【砂糖】と【木材】が補充された。

 特大サイズのジャムも安っぽいチョコも、ひとたび触れれば資源へ早変わりだ。


「マジかお主……それ菓子から砂糖抽出しとるってことにならん? どーいう仕組みなんじゃ……」

「いや砂糖じゃなくてもいけちまうのかよ。こりゃすげえな、食えなくなった古い菓子もお前にかかりゃ再利用できるんじゃねえのか?」

「甘いものが火薬になるなんてひどい冗談な気がする。ところでなんでこんなに飴買ってきたんだ、飴玉だらけだぞ」

「ちょうど市場で安売りしとったとさ。誤発注で十個注文したはずが百個届いちまって困っとったやつがいてな、在庫根こそぎ買い取ったらしいぞ」

「そいつ泣くほど喜んでたみたいだぜ? クラングルの方からどんどん送られてくるから全部頼むぞ」

「じゃあちょうどよくそいつの救世主になったわけだ――おい、誰か飴食べる?」


 見るだけで舌が甘くなってくる光景だが、それすら分解して資源に変えた。

 【砂糖】が溜まったらまた火薬をクラフト、落ちてきた袋を木箱へぶち込む。

 それでいっぱいになれば、ドワーフたちは荷車を空っぽにして運んでいく――この繰り返しだ。


 でも作って分かった、こいつの変換効率はけっしていいわけじゃない。

 伐採した木と運ばれてくる糖分で増えた資源ゲージもどんどん削れる。 

 口で表せば「余裕があればこそ」だ、火薬の量産には存分な補給が必要だ。


「……俺、真昼間に何してるんだろう」


 甘いものを分解しては火薬を作りつつ、そう思った。

 おかげで周りの目も「何してるんだあいつ」な感じだ。

 ついでに開けたひと瓶からカラフルな飴をぱくっと一口――ただただ甘い。


「……いや、万能火薬ってゲーム中盤を超えたあたりでクラフトできたようなもんだけどさ? 製造工程もろもろすっ飛ばして作っちまうとか、実際目にして冷静に考えてみるとやべーよな……いろいろと」


 砂糖の塊みたいなそれをころころしてるとタカアキが絡みにきた。

 そういう矢先に火薬を生み出せば、あいつは袋を嗅ぐなり酸っぱそうだ。


「俺一人で文明レベルぶち壊し始めてるのは確かだ」

「こっちは幼馴染がそこらの木と安物のお菓子で火薬作ってるのを見せられてるんだぜ、なんていうか今のお前を一言で言い表すと……」

「火気厳禁あたりが妥当だろうな。飴食べる?」

「総じて物騒だなって話だ。呑気に飴食いながらおっかねえ作業しやがって」

「万能火薬ってとんでもない代物だな、なんかその辺知ってる情報ある?」

「確かセルロースと糖から最高にうまい調味料を作るはずが、なぜかすげえ燃焼力のある火薬モドキが出来ちまったってバックストーリーだった気がする」

「ゴールは軍事転用か、皮肉の効いた世界観だ」


 あいつも飴をころころしながら手伝ってくれた。

 甘味をテーブルに運んで、できた火薬をぶち込んで作業効率も向上だ。


「はたから見て思うのですが、向こうの世を狂わせたという火薬を甘いものと木材から手軽に生み出してしまうとは……なんとも常識を逸しておりますな? 下手すれば文明をぶち壊しかねないということをどうかお忘れなく」


 そんな光景にひかれたのか、それともお菓子におびき寄せられたのか、眼鏡エルフがやってきた。

 飴を一粒いただくついで、スクリーンショットできっちり記録してるんだからよっぽどなんだろう。


「そうならないようにサインでもしとこうか? どこで手続きすればいい?」

「俺はこいつの保証人あたりが妥当か? まだテロリストにはなってねえぜ」

「はっはっは、なにご安心を。そのようなことはないかと思われますが、度が過ぎれば我々も全力をもって咎めにいきますぞ――いやはや、しかしこの飴は素朴ですなあ?」


 俺は物理的にも立場的にも危険人物ってことらしい。

 穏やかな顔は今後の立ち振る舞いに気を付けろと言わんばかりだ。

 善処すると頷けば、アキは飴を口にご機嫌そうに去っていって。


「……イチ、貴様は何をしてるんだ? なんだかさっきからやたらと砂糖だのお菓子だのが運ばれてるようだが」

「あの、いちクン? さっき火薬がどうこうって聞こえたんだけど……?」


 すれ違う形でエルとミコがきた。訝し気なものと心配そうなものが半々だ。

 なので実に分かりやすい説明をしよう、ハウジング・メニューから看板を設置。

 そこに【火気厳禁】と文字を記入して完成、読んで字のごとくである。


「看板の通りだ。火薬づくりやらされてる」

「いやそれがさあ……こいつクラフト機能で火薬作れることが判明してよ、見事にドワーフのお爺ちゃんたちにこき使われてアキの兄ちゃんから釘差されてたところだぜ」

「待て、火薬だと? 何をしているのかとずっと気になってたんだが、そんな物騒なことをしてたのか……?」

「……火薬!? ねえ待って!? もしかしてその箱に入ってるの全部そうなの!?」


 看板の表す危険性と箱詰めの白袋を主張すると二人にドン引きされた。

 しょうがねーだろ作れるんだから、俺だって望んでこうなったわけじゃない。


「スパタ爺さんが火薬が足りないとか言った矢先に発覚したもんだからこの有様だ。ここで人間火薬工場にされてる」

「甘いもんと木材ありゃ作れるからって、さっきから延々運ばれてんだよなあ……お爺ちゃんたちからすりゃこいつは金の卵を産むガチョウかなんかだぜ、きっと」

「いやだからってそんな雑な作業でしていいのかそれは!? しかもどうして広場で大っぴらにやってるんだ、危ないだろう!?」

「いちクンに何させてるのあの人たち!? っていうか火薬が作れるって、まさかファクトリーで貰ったあのメモリスティック……!?」

「ご名答、アリフからもらったレシピだ。あの野郎とんでもないもん押し付けてくれたな、万能火薬を生む神様みたいになってんぞ俺」


 またばさっと落ちてきた火薬袋を見せると、恐る恐るに退くエルはともかくミコは「まさか」と詰めてきた。

 おっとり顔に嗅がせると、どうもブラックガンズの訓練を思い出した感じだ。


「この匂い……ほんとに万能火薬だね。そういえばコルダイトさんが爆弾の作り方を教えてくれる時に使ってたよね……」

「俺はファイアスターターの方がよく記憶に残ってる。火薬の調整のしかたとか覚えさせられたし、こいつを使った軍用爆薬まで作らされたからな……」

「うん、あの時なんだか大変なことを知っちゃったような顔してたもんね……じゃなくて、こんなの作れちゃうとか大変な気がするよ……?」

「さっきのアキの反応からして俺の危険度が一気に上がってたぞ。ヒドラとコルダイトが知ったらとんでもないことになりそうだ」

「いちクンがこんなことできるって知ったら、ぜったい悪いことすると思う……」


 二人でしみじみ、クリーム色の火薬もさらさらいじって懐かしんでしまった。

 放火魔と爆弾魔が知ったら気の済むまで火薬をせがまれるはずだ。そう一緒に考えがゆくも。


「貴様らが向こうで何を教わったのかはともかくだ、その、万能火薬というのはなんなんだ?」


 エルが俺たち込みで危険物を見る目をしてきた。

 どう説明すればいいんだろうか。タカアキの目も交えて考えた末に。


「ウェイストランドにある特殊な火薬だ。少しの手間でいじってやるだけで性質が変わって、これ一つで何でもできるすっごいやつ」

「まあ要するに、剣と魔法のファンタジー世界にはまだ早い代物だな?」

「この世界にはまだ早い技術だよね……」

「そんなものを軽々しく作って大丈夫なのか……?」

「悪用厳禁の誓いをさっきしたばっかだ、信じてくれ。飴食べる?」

「この流れで飴をすすめるな!? というかなんだその砂糖やら飴やらは!?」

「こんな風に分解して資源に変えて火薬の原材料にしてるんだ、ほら分解」

「ええ……」

「お菓子も分解できたんだね……なんだかもったいない気がするよ」

「んで俺はそんな幼馴染のお手伝いってわけだ。お爺ちゃんたちこいつの火薬づくりのために材料になりそうなもんどんどん運んでるぜ、何しようとしてんだか」

「今後二度と節約して使わなくてもいいって理解したようないい顔だったぞ、スパタ爺さんたち。これからもこき使われそう」


 現状と一緒にお手元のジャム瓶を分解するところまで説明すると。


「へいへーい、なんかさっきからイチ君主体で騒がしくなってるけど、どうしたのさ君たちぃ……って火気厳禁ってなんなのさ、団長お呼びじゃない系?」

「なんかすごく酸っぱい匂いしますけど何事ですかこれは……フランさん火属性だから駄目じゃないですか、炎上する前にあっち行ってください」


 火気厳禁の現場にフランとセアリも興味を示してきた。

 もっとも色にも戦い方にも炎が付きまとうドラゴン系女子の赤さは、今一番来てほしくないのは言うまでもない。


「お前らにまとめて分かりやすく説明すると火薬作ってる。この中に魔法なりSNSなり燃やすのが好きなやつはいる?」

「うわっほんとに火気厳禁じゃんなにやってんのさそんなところで!?」

「ぎゃー!? これ親しみ籠った冗談じゃなくてガチじゃないですかー!? フランさんどころかみんな離れてください爆心地になりかねませんよその人!?」

「そうビビるな。万能火薬は基本密封容器に入れるか、よほど調節しない限りはすっごい勢いで跡形なく燃えるだけだ。少なくともあたり一面吹っ飛ぶようなことは起きないぞ」

「よくそんなことを火薬のそばで平然と言えるな貴様は」

「危ないことは確かだからね……? フランさん、近づかない方がいいかも……」

「どうしてそんな爆発物に対して分かりみが深いのさー……とりあえずそこで危険物取り扱うのやめよっか?」

「ドワーフのお爺ちゃんたちが満面の笑み浮かべてる理由がようやく分かりました。火薬使って何かするつもり満々ですよあれ……」


 現状説明とガチ目の火気厳禁を伝えれば、ミセリコルディア揃いも若干の距離感をとり始めた。


「とりあえず今ある分はこれで全部じゃぞ、こんだけ火薬がありゃ安泰よ。よくやったイチ」

「おかげで後ろの連中も火薬をケチらず済むって大喜びだぜ。また頼むぞ」


 そこへごろごろとまたおかわりもきた、荷車たっぷりの飴である。


「おかえり、火薬の最終的な引き渡し先は白き民にしといてくれ」

「もちろんよ。潤沢に使えるとなりゃヘキサミンが弾薬づくりも捗るとさ、後程弾薬の補充がお主らに送られてくるぞい」

「スティレットも完成次第送ってくれるそうだ、楽しみにしてろよ? あとこれ、スパタからの小遣いだとさ。あいつ気前よくしてるぜ」


 その場の総意が荷物の受け取りを手伝ってくれた。

 木箱の中身はドワーフの腕力がいそいそお持ち帰りだ。

 おまけで10000メルタ札が一枚、クラングルに戻ったらこいつでパンの研究でもするか。


「……とまあこんな感じ、俺の頑張りで火薬を使った武器が補充されるってわけだな。あとなんか小遣い貰っちゃった」

「補足するとだな、資源に【砂糖】ってのがあるんだ。こいつは作中に出てくる甘いモンを分解すれば手に入るんだが、それで火薬を作ってるのさ。見た感じ甘くてカロリーありゃいけるみてえだな?」

「向こうの世界だったら調達が大変だけど、フランメリアならたくさん手に入るもんね、砂糖とか……ってことは、現状いくらでも作れちゃうよね……?」

「この世界にはない進んだものをそうやすやすと作っていいのか、なんだか不安だがな……イチ、貴様なら大丈夫だと思うが念のためだ、くれぐれも悪用するなよ」

「わ~お、チートしちゃってるよこの子。この世界のバランス崩さないよね? 大丈夫? 団長ちょっと君が心配!」

「そこらの木と甘いもので火薬できちゃうとかどうなってんですか……とりあえずですね、あの、悪用し放題ということをお忘れなく……」

「でも作り放題ってわけじゃなさそうだ。今みたいにお手元が潤沢じゃないとぽんぽん作れないだろうな」


 卓上にずらっと並ぶ瓶を砂糖とガラスに変えたのち、また火薬をクラフト。

 まとめて作ったそれを木箱にぶち込めばお仕事一つ完了である。

 そのついで、何袋か拝借して分解してみた――ワオ、ちゃんと万能火薬の資源ゲージが補充された。


 そう、よく考えれば火薬を作れる=俺にとってもいいことなのだ。

 今までは不要な弾薬を分解して補充してたが、今後は材料さえあればお気軽だ。

 作る時に資源の減りが鼻につく爆発物も、これでだいぶ後ろめたくなくなるわけだ――木材と砂糖を犠牲に。


「今のところ悪いことする予定はなしだ。それにアキには何ができてしまうかぐらいクソ正直に申告するようにしてるし、これでも一応フランメリアのために働かせてもらってる身だからな」


 まあ、そこに関わる何人かの心配事も確かか。

 大げさに言えば未来の技術をこうして持ち込んだ挙句に作り放題なのだ。

 本当に極端な話、近代兵器を作りまくって世を物騒にもできるだろう。


 答えはこうだ、ああいやだいやだ。

 そんな勝手なことをしたらせっかくのフランメリアの居心地が台無しだ。

 仮に諸々の問題をくぐって成し遂げたとしても、手元には面倒なものが山ほど圧し掛かるだけである。

 世紀末世界帰りの()()を使って他と仲良くやる、それでせいぜいだ。


 ……それに、この便利な火薬で世を支配できたところで長くはないさ。

 何せ俺は第二のアバタール、異能を壊す力がやがて自分を処分する運命がどこかで決まってるのだから。


「確かに危なっかしいけど……でも、大丈夫だよ。わたし、いちクンがそんなことしないって分かってるから」


 それでもこの人生に救いがあるかと聞かれたら、こうして隣に腰かける相棒がいることか。

 ありがとうミコ。考えてみればあの頃からずっと分かってくれてたな。


「ご覧の通りミセリコルディアのマスターからのお墨付きだ、当面は心配いらないぞ――飴食べる?」

「あ、あめ……? わ、わーい……?」

「だからなんでその飴をすすめるんださっきから!? 気に入ったのか!?」

「この流れでいきなり飴配るあたり大丈夫そうだよね。なにこれあっま……」

「唐突に話ぶった切ってそれですか……いやこの飴おいしくないですね!? なんか砂糖の塊みたいです……」

「俺もさっき食ったんだけどさ、甘いだけでうまくないんだよな……どうすりゃ飴がまずくなるんだよ、マジ謎だわ」


 こんな複雑ストレンジャーも、けっきょく仕事も終われば六人で飴をころころするだけの何かだ。

 南に敵を抱えたアサイラムは今のところはこうも平和だった。

 訓練場からはクロスボウの稼働音や誰かの魔法の詠唱が響いて、それなりの過ごし方をしてるらしい。


「で、絡みに来たってことはミセリコルディアの皆さまは暇してるのか?」

「……そういうことになるかな、一応。わたしたち、スパタおじいちゃんに頼まれてまた敵が来たときのために残ってるんだけど……今のところ、平和だよね?」


 二人で甘ったるい雨をころころした。

 白き巨人の脅威がある以上、あのミセリコルディアはこうして拠点の待機組に編成されてた。

 とはいえ向こうが来なくちゃ有名なクランも力を持て余す、初めてのここの雰囲気もあればいろいろ難儀してるみたいだ。


「いつでも駆けつけられる範囲なら周りを歩いてもいいと思うぞ。ここで留守番してる連中は見張りついでに外に出て土地勘つけてるしな、ミナミさんのアドバイスだ」


 そこで飴をがりっと嚙みながら周りを見た。

 今現在のここには、アサイラムに慣れてきた顔ぶればかりがいる。

 チーム・ヤグチは各々好きなことをしてるし、タケナカ先輩は集会場で読書中、ホンダとハナコは訓練場で自分磨きか。


「今後ここで活動するとなるとこの地の勝手も知りたいが、敵がああもいると耳にすればやはり不安だな。あの襲撃をしたというのに全く減っていないというんだぞ?」

「ここに来てからおじいちゃんたちに「適当にやれ」ってゆるーく言われたんだけどさあ、ずっと南に敵いるって聞いたらやっぱりおっくうになるよね?」


 向かいに座ったエルとフランも、白き民と巨人のお得なセットにどうも気が休まらないらしい。


「ちなみにセアリさんは暇だったので起きてすぐめっちゃ散歩してました。川で泳ぎたいです、水着持って来ればよかったですね」


 けれどもドヤ顔でこんなこと言い出すセアリぐらいがちょうどいいだろう。


「セアリさんはマイペースすぎるよ!? 今朝いないって思ったらそんなことしてたの!?」

「約一名完全に遊びに来てるじゃないか!? 私たちが今朝から気を張らせてるというのに貴様は!?」

「でも団長、その気持ちも分からなくもないかなー? ここってさ、周り敵だらけなのになんか空気がゆるいんだよね、いい意味でさ」

「そりゃここ数日で俺たちもすっかり鍛えられてるからな。クラングル周辺とは違う環境に揉まれたっていうか……」

「あー、アサイラムに来たやつは大体が肝すわってるよな。思うにそいつがここのノリってやつじゃねえのかな? こうしてのんびり呑気にやりつつ、敵が来たら元気にお出迎えだ。暗い空気なんざ合わねえさ」

「あはは……確かにそうかも、あんなことがあったのにみんな楽しくやってるし……」

「二度寝しているヒロインもいるぐらいだからな……大丈夫なのかここは」

「なんならお昼ご飯の準備できちゃってるからね……なんか食堂に看板立ってるよ。今日のおすすめメニューってなんなのさ……」

「ふっ……ムツミさんに晩御飯はお肉がいいっていったので今晩は肉祭りですね、楽しみです」

「よし一人だけ大丈夫みたいだな、もうここの空気に慣れてる」

「あの人もよくまあ律儀に俺たち冒険者のわがまま聞いてくれるよな……」

「ほんとにここで何してるのセアリさん!?」


 間違いなく拠点を狙う敵がいようが、あれだけ被害を被ろうが、アサイラムは平然とした振る舞いだ。

 きっと俺の性格というか、経験が災いしてるんだろうか?

 こっちをつけ狙う敵がいようがどんより陰気に構えるよか、馬鹿みたいに明るく胸を張って出迎える――そんな人生だったしな。


「おうミコの嬢ちゃん、その手の心配は諦めろ。土地の主がこの性格じゃ、ここはもうそーゆーとこなんじゃよ」


 飴入りの瓶を囲んでいると、道路からスパタ爺さんがのしのし歩いてきた。

 相変わらずこの世を楽しんでそうな顔だ、何か言いたげでもある。


「どーゆーとこだ、まあ大体が俺のせいなのは否定しないけど」

「え、えっと……どういうことでしょうか?」

「もはやこの二つの世界の混血児たるアサイラムはそういう場所じゃ。ここ数日の行いで、クソ真面目に悩ましくやるんじゃなく明るく愉快にやってく土地柄で固まっとるのよ。この余裕さには白き民がいくらあるもんつぎ込もうがきっと勝てんさ」

「それもまた俺のせい?」

「うむ、わしに言わせてもらえば、フランメリアの良いところとお前さんがウェイストランドで培ったものを混ぜたようなもんよ、アホみてえに考え抜くより余裕をもって適当にやる、そういうアイデンティティがここにできとる」


 言うには、敵に狙われようがのんびりする顔ぶれがある理由がそれらしい。

 確かに、と思った。

 クソみたいな朝倍のせいで、ここにいる連中の心に余裕がこじ開けられてた。

 あれだけを押し返した自信が目に見えてゆとりをもたらしてる気がする。


「いい意味でスティングみたいになってるっていいたさそうだな。ところでその手に持ってるのはなんだ?」

「火薬補充できたの嬉しくていい酒空けちゃった。魔法で熟成されたまがいもんじゃない150年モノのラム酒じゃよ、めっちゃ甘くて芳醇」

「酒片手に言うなよせめて」

「お、おじいちゃん……? お昼からお酒は身体に悪いと思いますよ……?」

「こんなのじゃ酔えんよ。ところでミナミのが砦周辺を調査して、近辺に他の脅威はないか調べてくるとさ。狩人ギルドが人手よこすからこっちは任せろつっとったわ」


 砦方面の偵察はミナミさんが引き受けてくれるみたいだ。

 狩人ギルドも本腰を入れて関りにきたか。


「まるでギルド直々に貸しを作りにきてるみたいだな、気のせい?」

「シロのやつが未開の地に興味深々らしいぞ、いってみりゃここは狩人どもにとってもよい仕事場じゃろ?」

「あのきゅうりエルフがちょっと得意げな顔してるのがなんとなく浮かんでる。こっちから何か支援は必要か?」

「双眼鏡が欲しいと言っとったぐらいじゃな、連中が揃ったら地下スーパーにあったやつ配っとく。んで、お前さんのおかげでようやく見通しが立ってきたぞ」

「見通しだって?」

「決まっとるじゃろ? 条件が揃ってきとるんじゃ、これから武器と人手揃ったら廃墟にいるあいつら一網打尽にすんぞ」


 でも、でもだ、繋がった言葉は「一網打尽」だ。

 聞き間違えようのない調子で、なんなら髭面がニヤっと白い歯を見せてる。


「どうしてこの流れでそんな攻撃的な言葉が出るんだ、今度は何させるおつもりで?」

「一網打尽ね、火薬のアテができた途端に強気だなお爺ちゃん。なんかあったん?」

「い、いきなりですね……!? あの、何か策でも思いついたんですか……?」

「何を言うかと思えば一網打尽だと……? どういうことだ?」

「え、なに? おじいちゃん急にやる気になってるんだけど、何が始まるの?」

「逆に攻め込む気満々の顔じゃないですがこの人……ドワーフおっかないです」


 そのやる気が一体どこから湧いてくるんだ、と全員で気になれば。


「万能火薬の在庫と補給のアテができたってこたー、わしらが持ち込んだ火器やら惜しまず使っていいってことじゃろ? それにここには――」


 急にスパタ爺さんはツールベルトからチョークを取り出した。

 そのまま道路へ向かえばカリカリお絵かきを始めて。


「奇しくもここにはストレンジャーとエグゾアーマーがあるんじゃ、思うにこいつはやつらにとっての最悪の悪夢じゃろうな?」


 実に簡単な口ぶりで何かを仕上げたみたいだ。

 信頼してくれる物言いに向けて席を立てば、そこには白線で描かれたエグゾアーマーの造形があった。


「……なあスパタ爺さん、これ何? なんていうかその、芸術的だな?」


 軍用らしさが立つ人型に、万全の備えとばかりに武装を張り付けた何かである。

 取り回しのいい機関銃、尖りのついた盾、肩には多連装ロケット弾を思わせる発射機、エグゾらしからぬ魔改造ぶりというか。


「ここ数日鹵獲したあれ見てドワーフ総出で改良案を模索しててのう、題材はどうすりゃお前さんの全力を生かせるようにできるかってやつじゃ。カッコいいじゃろ?」


 でもスパタ爺さんはマジだ、なんならもう使用者を品定めしてる。

 目つきからしてこいつを絵に描いた餅で済ませるつもりはなさそうだ。



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