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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
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47 良いニュース&悪いニュース


「見事に痕跡だらけですねえ……これ、全部南側から来てますよ」


 目の前で潰れた茂みに、狩人姿の冴えない日本人男性が難しい顔をしてた。

 なんやかんやで付き合いが深まってるミナミさんだが、確かに踏みなされた地面が続いてた。


「あんなに押しかけてくれれば、そりゃ記念もいっぱい残してくれるよな。拠点から向かってくる足跡は戦利品の回収にきたやつか?」

「ええ、こっちは戦利品拾いにきた方ですので間違えないように。いやそれにしたって、こうも大きな足跡を堂々と残されるともう芸術的なぐらいですよ……」

「そうだな、今からこいつらの後を追いかけるのが嫌になってきた」

「良かった、私もです。これ辿らない方がいいんじゃないとか思ってます」


 つられてしゃがんで調べれば、二足歩行の群れが通りかかった証拠が長く広く刻まれてる。

 まさに白き民ご一行が我が物顔で通りかかったと言わんばかりだ。


「イチ、やっぱりこの足跡、前にサイトウと見たものと同じだぞ。あいつらが拠点周りをうろついていたことが確実になったな」


 そこにクラウディアの鋭い眼差しも足されてずいぶん嫌な情報が揃ってしまった。

 三人で嫌な気持ちになるのもしょうがない、大軍の道のりが森の向こうから続いてるのだ。


「そして前々から目をつけてたことも明らかになりましたよ、と。あいつらからいい物件を横取りしたみたいだな俺たち」

「早い者勝ちしちゃったんですかねえ。これじゃ私たちが侵略者みたいになってそうですね、向こうにとっての」

「そうだとしてもアサイラムを押さえられたら向こうが侵略しにくるんだぞ。おっと、進む前にスクリーンショットを取っておくぞ。他に気になる場所がないか調べないとな」


 この目に感じるのはどう見ても嫌なサインだ。

 装備を整えてすぐ発ったわけだが、南の森へ差し掛かっただけでこうも不吉だった。

 森の奥から足取りは続き、ところどころの木々は機関銃の弾で欠けたままだ。

 いかにお互いが力を出し切ったかよくわかるが、一番知りたいのは――


「ん、ご主人。あの木折れてる」


 おっと、わん娘も一緒だ。犬耳パーカーな格好がまっすぐ遠くを差してた。


「……こんな場所で森の環境破壊できる奴って限られてるよな、まさにあれだ」

「倒れてる方向からして、あの巨人が南から来たのは間違いないでしょうねえ……見事なまでになぎ倒されまくりですよ」

「見ろ、でっかい足跡も一緒だぞ。まだはっきりと残ってるうちにあいつらの出所を掴まないとな」


 あわせて四人の『偵察チーム』の目の前には、ぶち壊された森の景観があった。

 まるで重機でも突っ込んで切り拓いたような光景だ。

 太かろう細かろう問わず、木々がこっちに向かって倒れてる。

 単純に質量をぶちかましてへし折ったもの。馬鹿でかい得物でも使ったのか大きく雑な切断面を見せるもの。

 白き巨人が目的をもって突き進んできた裏付けだ。


「見通し最高だな。報告内容にあいつらが自然を大切にしないやつらだって付け足しとくか?」


 おかげで自然豊かな有様もさんざんだ、倒れ潰され踏みならされた道がある。

 半ばから叩き伏せられた一本に近づくと、近くにあるのは当然大きな足跡だ。

 生きた人間を丸ごと踏みつぶしたっておかしくない足のサイズが、白き民たちに足並みを揃えてた。


「うちのギルドマスターが見たら怒っちゃいそうですね。ひどいものですよ、こうも整った自然をぞんざいに踏みにじるなんて……」

「そうだな、狩人ギルドの連中があいつらを快く思わない理由が分かった」

「白き民は環境のことなんて考えてくれませんからねえ……私たちの自然愛護の精神と真逆をいってるのもそうなんですが、あれを討伐してマナを散らして土地を回復させないといけませんから、今後一生仲良くはできないかなーと」

「そう考えるとあの無粋な白いのと仲良くしようとしたカルトどもはもっと念入りにぶちのめした方が良かったか」

「もう国賊ですからねえ……あの時狩人ギルドが参入した理由、分かります?」

「ああ、実に。俺たちとの共通点はフランメリアのためか」


 この国のため、ミナミさんと証拠の写真を撮りながら出所を探った。

 オーガよりでかい足跡のおかげで辿るのも楽だ、森の深さをたぐれば終わりが明るく近づいてくる。


「見た感じ、白き民があの廃墟と繋がってる可能性はでかいな。やっぱりあそこから進軍してきたか?」

「でしょうねえ、最寄りの拠点と言えばあそこしかありませんし、あれだけの大軍をぞろぞろよこしてきたとしか……」

「となると、向こうの拠点は手薄かもしれないぞ。いや、だがそうなると道中にある砦とやらはどうなんだろうな、やつらに占拠されてる可能性が……」

「……ねえ。白き巨人の足跡、ここで途切れてるよ」


 順調に白き巨人を追いかけてると、そんなじとっとした声でストップだ。


「…………マジでここで終わってないか? 俺たちの見間違いか?」


 思わず目の間を疑ってしまった。

 大きな歩幅がどこから続くかと思えば急に途切れたのだ。

 まるであのデカいのが森の中でいきなり現れたように、である。


「いやいやいやいや……!? 待ってください、あんな存在感もデカいのが何でこんなところで途切れてるんですか? そんな馬鹿なことは……」


 くたびれた狩人姿があたふた探すも、特大サイズのステップはどう見たって俺たちのそばで終わってた。


「いったいどういうことだ……? こんなものを私たちが見失うはずもないだろう、突然そこらから現れたりしない限りはありえないはずなんだが」


 クラウディアもお手上げだ、これで巨人の足掛かりが完全に不可解になった。

 どういうことだ。あのなんか白くてデカいのは。

 廃墟の方から馬鹿でかい足でずんずん歩いてきたんじゃないのか?

 しばし四人編成の偵察チームの中で、そんな不可解な謎に足が止まるも。


「一つはっきりしたのは胡散臭くなったってことだな。拠点にいる連中にスクショ付きで報告しとくか」

「そうですね。で、どうします? なんだか雲行きが怪しくなりましたけど、このまま森の外へ向かっちゃいますか?」

「むう。正直不穏に感じるが、この謎は後ろの連中に放り投げて先へ進むべきだぞ。手土産が森の様子だけじゃ何のためにもならないぞ」

「ん……ここを抜けた先もちゃんと調べておくべきだと思う。もしもすぐ近くに敵がいたら大変」

「決まりだ、続行するぞ。ってことで記念撮影するから皆さんどうぞ」


 今は消えた足跡探しを楽しむ時間じゃない、何よりも森を抜けた先だ。

 四人揃って折れた木と途絶えた形跡をバックに自撮りした。アクセントは俺の困り顔。

 とりあえずタケナカ先輩に軽い現状説明もろとも送り付けてまた進んだ。


「チアルたちが森を抜けたら砦があるっていってたよな?」

「ええ、なんかあるみたいですねえ。話からしていっぱいいたそうですけど」

「地図によればここからけっこう離れた場所にあったらしいぞ。昔の連中は何を考えてそのような場所に建てたんだろうな、町とやらを守るためか?」

「でも、白き民たちの通り道の途中にあるんだよね。あいつらがまたいたらどうするの?」

「それなんだよな。爺さんたちが言うにはそういうのは制圧次第使えないように爆破するつもりだったけど、それに必要な火薬だのが足りないってさ」

「そのままにしておくと住み着きますからねえ……でも現状、そう気の利くほどの人手と資材がないようですし」

「まだここで過ごして間もないのに私たちは忙しいな。まあ、帰ったらうまいご飯が待ってるなら文句は言えんさ」

「ムツミさまが晩御飯はローストビーフだっていってた、楽しみ」

「おおっ、今日は肉がメインなんだな! あの人のごはんはうまいぞ、リム様はいい人材を見つけるなあ」

「おい誰だ晩飯の話してるの」

「ははは。こんな話ができる間はまだ幸先がいいものですよ、我々で無理せず頑張るとしましょうか」


 白き民の踏んだ道を辿ると、アサイラムを取り巻く森の外が見えてきた。


 が、その日の飯を考える余裕はあれど、心配事は増える一方だ。 

 押し寄せてきた大軍をどうにか倒したのはいい、でもあれは俺たちの全力を使っての結果なのだ。

 拠点の防御線、ヒロインの戦闘力、現代の兵器。この三つがあってこそといってもいい。

 でたらめに強い人外美少女たちはさておき、拠点の設備と兵器は限りある資源だ。


 銃だの爆薬は火薬があってこそ。車両は燃料を食うし、ハウジング・システムだって資源を食いつぶす。

 そこらに銃弾や石油が自生してるなら話は別だが、世紀末世界からくる現代的な力はそういった制約がある。

 そりゃドワーフの技術力が何とかしてくれるかもしれないが、一朝一夕で解決する問題じゃないのは確かだ。


「今夜あたりまたあいつらが来る、とかそういう事態にならなきゃいいんだけどな……」


 今日も悩ましいわけだ。思わず手にした得物の具合を確かめるほどには。


 歩きながらスリングに吊るした【イシャポール】を持ち上げた。

 あれからいろいろと装備が増えたが、今回は偵察ということで身軽だった。

 散弾銃に自動拳銃にこの小銃だ。荷物を増やし過ぎれば、どうしても装備が発する音が邪魔になる。


「みんなを安心させるような情報を手土産にできればいいですねえ。あっ、薬草見っけ」

「そうだな、今見つけたその草も土産にするのか?」

「いやいや、そんな脈絡なく引っこ抜いたりはしませんよ、自然調査も仕事ですからね。でもこれクラングルお住いの魔女の皆さまが買い取ってましたね……」

「何に使うんだよ、すごく真っ赤だぞそれ。呪いか?」

「確か瞑想に使うやつですねえ。処理してキャンドルに混ぜておくと、すごく頭がさえわたる香りがするそうですよ」

「それ合法? 麻薬とかじゃない?」

「堂々と冒険者ギルドを通じて頼んでるんですからドラッグの類ではないかと」


 本当だったらアーマーも着込んで爆発物も抱えてやりたいが、この人数でこそこそやるような仕事だ。

 ミナミさんと森の観察をたしなむ「あそび」はあるものの、今日は大騒ぎ厳禁、お静かにお隣をご拝見ってか。


「見えたぞみんな、そろそろ森が終わる頃だ。ここからは気を引き締めるぞ」


 そんなゆるさもクラウディアの真面目な一声でおしまいだ。

 木々も茂みも抜けた外の世界が見えてきた。

 森特有の匂いが終わると、乾いた風が爽やかに感じた。


「……っていっても、とても白き民がやってきたと思えないよなこの光景。綺麗なこった」

「ですねえ……豊かで健やかな大自然が広々してるようにしか見えませんよ」

「ん……! 広くてきれい……!」


 野郎三人の目に映るのは、柔らかな緑の織りなす大地だ。

 北側と比べてだいぶ穏やかな土地の曲線が、健全な草原を柔らかく作ってる。

 日差しに育てられたフランメリアの姿は終わりなく伸びて、ずっと遠くに連なる丘が光景にメリハリを生んでた。

 なんというか皮肉だ。危険な偵察のはずが興味深い風景を目にするなんて。


「そうだな、これぞまさしくフランメリアが誇る地だが――」


 とても白き民が絡んでるとは思えないそれをしばらく進んだ時だった。

 振り返るに森を離れて浅い斜面を上り、濃い緑に隠れたアサイラムをやや上から見下ろすあたりでクラウディアが止まり。


「さっき話に浮かんだ砦とやらがあれだろうな。警戒を怠るなよ」


 俺たちも続いた。すると確かにお目当てのものが目に付く。

 丘のかたちを踏破して間もなく、目測数百メートルほどのところに壁がある。

 双眼鏡で見るに――太い木の杭に囲われた石造りの建物だ、白い影はない。


「……あれが砦か、場所は地図通りか?」

「その通りですねえ……でも、敵の姿はぱっと見る限りゼロですよ」


 ミナミさんにも回したが、この人の目にも敵影なしだそうだ。

 角ばった建物とそれに連なる塔が、だいぶ時間にやられて古びてた。

 ところどころ崩れてるし、大きさだって分隊二つが入るかどうかだ。


「本当に砦だな、あの辺に敵を押し込めばけっこうな数になりそうだが……」

「おかわりがいないことを願おうか。やばかったらどうにかする、戦うか逃げるかはその時次第だ」


 この四人で敵に遭遇するのはごめんだが行くしかない。

 それに情報を持ち帰ればその分だけ拠点は強くなる。クラウディアの言う通り、用心して進めば。


「――いっち! お手伝いにきたよ~!」


 ばっさばっさ。そんな羽音が元気に追いかけてきた。

 陽気な可愛らしい声はそりゃ覚えがあるとも。

 振り返れば浅茶色の髪の美少女が、戦乙女の風貌で降り立つところだ。


「あー、チアル、来てくれてありがとう。第一声はこうだ、俺たちだけでやるつもりだったんだぞ」

「スパタおじーちゃんとタケナカパイセンがね、空飛べるしある程度このへん分かってるし行ってこいだって。てことであーしに任せろ~?」


 呼んでもないのに来やがった、チアルの野郎。

 鳥系ヒロイン特有の人懐っこさがさも当然のように集まりに混じった、何考えてるんだ後ろのやつらめ。


「チアルさん来ちゃいましたねえ、いや、空からの偵察はそれは便利ですけどね? その、すごく目立っちゃうんですよね……」

「おお、来てくれたのか。だがなチアル、やつらは変に目ざといぞ、うかつに空を飛んでいると逆に見つかってしまうから気を付けろ」

「それにうっかり射程に近づいたら迎撃もありえますからねえ、やつらの腕を舐めちゃだめですよ」


 ひとっ飛びすればあたりも一目で済むだろうけど、やっぱりヒロインは目立つ。

 ハーピーのピナだろうが陽気なチアルだろうが、こんなのが青空の下をばさばさ飛んでたら白き民にバレる。


「その通り、手伝ってくれるのは嬉しいけどな? それでもしも敵に見つかるなりして、向こうのいい刺激になったら逆にこっちがやばいんだぞ?」

「分かってるし! だいじょーぶ、道案内とか近くのチェックとか手伝いにきただけだからさ? てことでいっち隊長に従います!」

「……まあ、あそこ制圧したやつらの一人らしいしな。分かった、じゃあ向こうの様子を見てきてくれ。砦にまたあいつらがいないか気になる」

「おけ~♡ あーしに任せて! あ、もしいたらどーすんの?」

「いいか、大雑把でいいから壁の中に敵がいないか索敵してくれ。できれば目立たないようにして、少しでも白いの見かけたらそっと戻れ。んで今日の仕事は諦める」


 とはいえ、都合がいいのは確かか。

 無理するなと念を押して頼むと「まかせろ~」と元気に飛んでった。

 見上げて追えば青空にロングヘアの薄茶色、制服風衣装の白黒と鮮やかで目立つ――それからピンクのひも付きの何かも。


「めっちゃ目立ってますねえ、やっぱり……」

「そこらの鳥がばさばさしてるならともかく、ヒロインサイズとなるとそりゃ目立つだろ。飛んでくれるのはありがたいけど、それで敵に見つかって警戒心持たれたら俺たちのこそこそが台無しだ」

「戦乙女を従わせるなんて流石だなイチ。戦の縁起が良くなる象徴なのには違いないさ、良き知らせを持ってくると信じようじゃないか」

「おい、それさっきの騒ぎ絡みのコメントか?」

「いやあ、イチさんヒロインたらしでしたねえ。あんな万物に優しいギャルと親密になるなんてコミュ力が高いことで……」

「向こうから仲良くなりに来る奴がいっぱいなだけだ。敵も味方もな」

「ん、ご主人のいいところは分け隔てなく仲良くするところ」

「オーケー、今から無節操って単語はNG指定する。いった奴の部屋にモスマンのポスター進呈してやる」


 気持ちよさそうにひとっ飛びしてくれたやつを四人で気にするも、意外にも帰りはすぐだ。

 しばらくしないうちにばさっと戻ってきた。

 「よっ……と」を掛け声にそばに着地を決めると。


「ただいま~、偵察かんりょ~! ぜんぜん異常なしだよ、あーしたちが制圧した時のまんまだったし!」

「おかえり、外側には敵影なしか?」

「うん、最後に見た時とおんなじだったよ? だいじょぶじゃね?」

「だそうだ、砦まで堂々といくぞ。その代わり警戒そのままだ」

「ふふん、来て正解だったっしょ? 褒めていーよ? ほらほらー♡」


 良い知らせだったらしい、チアルを信じていくとしよう。

 目に抱える長さの前髪ごと「どうぞ」と頭を差し出されたが、どうしてこいつも撫でろと要求するんだろう。

 しょうがないので屈む姿を撫でてやった。すっっっっごいさらさらだ。


「にひひっ♡ くすぐったーい♡」

「ん、ぼくのは?」

「んもー、お前ら偵察中なのに……」

「んへへ……♡ 撫でられるの大好き……♡」

「確かに堂々ですねえ、まあシリアスな空気で行進するよりはずっと気分がいいことです、流石イチさんといいますか」

「仲睦まじいのはいいことだぞ。だが気は抜くなよ、アサイラムの今後を任されてるのを忘れるんじゃないぞ」

「ここにクリューサがいたらどんな目してたんだろうな、あいつ」


 わん娘も十分撫でて更に進む、戦乙女の偵察力があれば到着もすぐだ。

 俺たちを待ってたのは、双眼鏡越しよりもずっと大きく感じる砦の構えだ。

 荒みようも中々だ。壁は欠けて中の広まりも草が茂り、門も扉も消えて自由な気風を晒してる。


「ここがね、前にあーしたちが戦った場所だよ。あの時は中も外もあいつらでいっぱいだったんだけどさ、空に友達連れて屋上からわーって奇襲かけたの、すごくね? あーし天才じゃね?」

「お空から仲間放り込むとかよくオーケー出したなそいつ」

「イチさんだってよくチアルさんに背中預けましたよね、びっくりしましたよ空飛んでて」

「スパタ爺さんどもが勝手に許可出したんだよ、怖かったんだぞあれ」

「にひひっ♪ いっち怖がってたもんね~? どんだけ怖いのさ、高いトコ?」

「白き巨人より高いところ怖いとか普通逆じゃないですかねえ……敵の気配ゼロです、問題ないですよ」


 ここで活躍したご本人の得意げさからして、ここいっぱいに巣食う敵は駆逐されたらしい。

 もし敵を押し込めば数十はいたはずだ。ミナミさんが言うには安全らしいが。


「ん、特ににおいもしないし、大丈夫だと思う」

「問題はないだろう、あいつらが巣食っていれば外に見張りなりがいただろうからな。まあ、中がどうかまでは私たち次第だが」

「チアルたちの活躍に感謝しろよ、お次は砦の中にお邪魔しますだ」

「いえーい、おじゃましま~♪」

「お前がそうやって騒いでくれると出るもんも出ない気がするよ」


 ニクの鼻にも、クラウディアの目ざとさにもあてはまらないならたぶん安全だ。

 着剣した小銃をひっ下げて、むき出しの門に一番で飛び込むも。


「……こうなると心配事はお化けぐらいだな」

「いませんねえ、これは……ってお化け?」

「気にしないでくれ。俺の嗜好の問題だ」

「いっちお化け怖いんだって~? かわいーよね、こんなに強いのに怖いものだらけだよ? ギャップすごすごじゃん」

「ホラー映画とか見れませんねえ……夏の醍醐味も味わえないじゃないですか」

「心配いらんぞイチ、幽霊というのは生きとし生けるものの心残りが生むものだ。こんな歴史のない場所には出ないぞ」

「変な雰囲気はしないし、大丈夫だと思う。本当に何もない感じ」

「おい、お前ら俺のこと馬鹿にしてんのか? 幽霊トークはやめろ」


 こうもわいわい押しかけられるほどには何にもない、その程度の話だ。

 心地悪そうな石床には当時の生活感が残ってて、さぞ退屈な仕事でもしてたんだろう。

 面白みもない砦の環境にあの歪んだ呼吸音すら感じないとなれば、本当にもぬけの殻か。


「しかしこの砦、何を守るためだったんでしょうねえ。やはり奥にある放棄された町とやらにあわせたものだったんでしょうか」


 ミナミさんが弓を手に階段を見上げた、こいつで屋上まで一直線なはずだ。


「さあな、はっきりしてるのはこれが必要な何かが近くにお住まいだってことだ。それか税金とかの無駄遣いか――俺が先に行く、後ろで援護してくれ」


 二人でやっとの狭まりを、銃口と背の矢じりを頼りに上った。


「この地域は脅威でいっぱいですからね、白き民はもちろん、魔物や魔獣もいますから……」

「魔物と魔獣ね。その単語について質問があるんだけど、どっちも似たようなもんじゃないのか?」

「ああ、これは狩人ギルドが定めたものでしてね? 分かりやすくお伝えしますと、要は生活にどれほど悪影響があるかの違いですよ」

「そのノリだと厄介極まりない方が魔獣ってこと?」

「ですねえ、我々に厄介ごとをたくさん持ち込むのが魔獣という認識でよろしいかと。逆にまだ利益をもたらす……たとえばクレイバッファローだとかは乳製品も生みますから、ああいうのは魔物です。その程度の話ですね、どちらにせよ共通点は我々にとって危ないということですが」

「……おにく」

「ミナミの言う通りだぞ、国民の利益に繋がるかが大事だ。ちなみにフランメリアの牛肉料理はほとんどクレイバッファローの肉なんだ、うまいぞ」

「危なっかしさの中にどれだけいいところがあるかどうかか、世知辛い理由で格付けされてるな」

「我々狩人ギルドは人々のため、その害獣ならぬ魔獣を狩る組織なんですよねえ。ところでニクさん、よだれ出てますよ」

「へ~、そうだったんだ? あーしたちの知ってたゲームの設定がそんな風になってたんだね? みなみん物知りじゃん?」

「それが、狩人ギルドはまずこの手の知識を頭に叩き込むところから始まるんですよね……普段おもいっきり野外活動させるくせに、等級昇格は頭おかしいレベルに難しい筆記試験でして……」

「うーわめんど……冒険者で良かった」

「うへ~、そーゆーのきらーい……」


 五人でやかましくしても特に問題もなく、屋上へたどり着くのもすぐだ。

 銃剣を覗かせてそっと身を乗り出せば、外の空気と一緒に空の明るさがきて。


「……ワーオ、いい天気。どうかこのまま平和であってほしいぐらいだな」

「おー、見事な光景ですね。ちょっと周囲の様子の撮影がてら記念に何枚かとっておきましょう、後輩たちに自慢しちゃおう」

「ん……きれい。ウェイストランドとは全然違うね、すごく落ち着く」

「これぞフランメリアの自然の賜物だ。私の故郷は荒地だからな、こういう光景が日常のそばにないのが残念だったものだ」

「にひひっ♡ みんなで記念撮影しちゃう? すごく見晴らしいーよね、白き民がいなかったなら映えるのにな~?」


 小高い丘の上から、緑広がる大地をよく見渡せた。

 遠い森でほのかに浮かぶ拠点や、南方面の複雑な広大さも目にかかれるほどだ。


「いっち、あそこあそこ! あのずーっと遠くにある町、あれなんだよね、白き民がいっぱいいたの」


 肉眼いっぱいに周りを見渡してると、チアルにくいくい急かされた。

 あった、ずっと遠くに明らかな人工物がいきなり佇んでる。


「あれが噂の廃墟とやらか。でも、なんていうか……」


 双眼鏡を手に見てみれば――その奇妙さもなおさらだった。

 かなり中途半端な場所で、不完全な街道が北へ北へと伸びてた。

 まるではるか遠いクラングルを目指すような形だが、それを辿ればまさしく町がある。


「クラングルには絶対及びませんけど、見るだけでもけっこう賑やかな場所ですねえ……あんな辺境の地にあれほどに構えてどうするつもりだったんでしょうか?」


 特徴と言えば、双眼鏡を覗いたミナミさんの一言が重なるものだ。

 山の起伏に囲われ、それにあやかった三角屋根の建物が連なってた。

 当時の町の意気込みを木造建築がどこか懐かしく保って、童話に出てきそうな雰囲気をレンズ越しにも感じるほどだ。


「山に囲まれた町って感じだな、ちゃんと人がいればいい場所になってそうだ」


 今大事なのはその中身だ。双眼鏡を操作してできるだけズームした。

 指のなぞりにしたがって倍率が上がっていく。

 距離計にして800mを超えた、ゴーストタウンの事細かさが伝わってきた。


 フランメリアらしい石畳が続く入り口がふと目に付いたその時だ。

 さほど荒んでいない町並みをはっきり感じると、地べたに歩く輪郭があった。

 人気のなさを無理やり上書きするような白い人型が、一人、五人、いや二十人と練り歩いてた。


「――ミナミさん、ちょっとズームしてみろ。この双眼鏡はけっこう遠くまで見えるんだけどな、その……」

「……すごくオチが読めました。どれどれ」

「いっちどうしたん? あれ、これもしかしてさ……?」

「悪い知らせの方だ。ちょっと待て、一体何人いるんだあいつら?」


 ミナミさんにもすすめると「うわっ」なんて驚くのもしょうがない。


「いますねえ――いやちょっと待ってください、いやこれどんだけいるんですか!? 町いっぱいにうじゃうじゃしてません!?」

「うじゃうじゃ二倍だ。あいつらが代わりに余すことなく使ってくれてるみたいだぞ」

「まさか、まだいたの……? いっち、あーしもあーしも!」

「ほんとうにいっぱいいるじゃないか……!? しかも守りを固めているぞ!」


 廃墟のあちこちに白き民がいたからだ。

 それも一小隊分だとかそういうレベルじゃなく、町のサイズ相応だ。

 ここから見る分に、武器を担いだ格好がうろついたり、肌の白さを隠す鎧の色がちらちらしてる。

 もしもだ。それが町の寂しさを埋めるように数え切れぬほどいたら?

 そこに入り口周りにある見張り塔が、馬鹿でかいクロスボウを据えてあたりを見回してる――これじゃもはや基地だ。


「……う~~~~わ……あの時のまんまだよ、あれ。あーしが見に行った時と全然変わってなくね……?」


 しかもチアルが言うには、双眼鏡越しのそれが見た当時そのままらしい。

 あれだけの大軍をそこからひねり出してきたんじゃないのか?


「チアル、お前あそこ見に行ったらしいな? 何か変化は?」

「前とおんなじ……じゃない気がする、見張りするとこなんてなかったもん。てゆーかさ、あの大量の白き民ってあそこからきたんじゃないの?」

「あんだけぶっ倒したのに普通に営んでるように見えるぞ。じゃあ、あの大軍はどっから……」

「まてみんな、奥だ! 奥にデカいやつがいたぞ!?」

「ご主人、奥に巨人がいる……」

「は? えっ? ちょっ……巨人だ! 巨人いるじゃん! なんで!? あんなの前いなかったよ!?」

「いますねえ……!? イチさん、私けっこう目はいい方なんですけど、なんか見えちゃいけないものが見えてる気が」


 おいおい、悪いニュースが立て続けじゃないか?

 慌てる四人にならって更に奥をなめ回すと――


「……オーケー、拠点にいる連中にどう説明するか今のうちに考えるぞ。あれはもう見過ごせないレベルでヤバイ場所だ」

「さっきの森から続く足跡、やっぱり向こうまで続いてたんですよね……間違いなくあれがあいつらの出所かと思われます」

「一つはっきりしてるのは間違いなくこの世に巨人がいやがることだ。つまりあのデカいのとは長い付き合いになるだろうな」


 ここ最近で一番悪いニュースの完成だ、奥にスケールのおかしいものがある。

 寂れた広場を通り抜けた突き当りで、家並みに比べてやけに背の高い人型が鎮座していた。

 腰を下ろす姿は真昼で目立つ青ざめた白、それより小さな白さがわらわら囲っていい対比だった。

 つまり――白き巨人だ。

 それが二体ほど、建物を背に巨大な石造のごとく落ち着いている。


「やばくね……? あれ巨人いるよね、どーみても……?」

「やばいですねえ……ここの砦が押さえられてなくてよかったですけど、関係性は大ありですよ。とりあえず今からタケナカさんに連絡しておきますね」

「あの時の巨人とおんなじ。やっぱりあそこから来てたのかな」

「やばいぞ。もしあれがこの前のやつだとしたら、まだ余力あるということになるな……」

「まさか悪いニュースを持ち帰るはめになるなんてな……みんな、存分に眺めたら帰るぞ。せっかく乗り越えたのにまた忙しくなりそうだ」


 よく分かった。俺たちは全然危機を乗り越えてなかっただけの話だ。

 あの光景をあきらめて、白いやつらがこっちに来ないことを願った。


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