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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
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44 馬鹿明るいアサイラムはオーガの複雑さも受け入れる。


 食堂が開くまでの間、アサイラムを修繕した。

 ハウジング・システムはすごい。建物が焦げていようが大穴が空いていようが、ひとたび【修理】を実行すれば元通りなのだ。

 もちろん対価は資源だが、一から建てるよりずっとお安く済むのが救いだ。


 にしても、まさかドワーフな奴らと考えた守りがこうも簡単に突破されるとは。

 見張り塔も立てて穴も掘って鉄条網も敷いて機関銃も据えたってのに、向こうは想定外を二重にやってきた。

 あの数といいあのデカブツといいそうだ、今回は頼もしい増援があったから勝てたが実質的には負けた。


 しかも周りの反応から察するに、あの白くてデカいやつは「初めまして」だ。

 ()()()どころか、長生き真っただ中のドワーフすら知らないイレギュラーが出たってことだぞ?

 あの時はたまたま冒険者らしいノリと勢いでぶっ飛ばせたが、もしあんなのがまた来たら?

 勝負に勝って試合に負けたってやつだ。今日からあの大軍を頭の片隅に叩きこまなくちゃならないんだからな。 


 あの襲撃の件、そいつらが落としたドロップ品の処遇、守りの強化に顔合わせとやることは尽きない。

 それでもいいことはあったさ、あんだけ倒せばレベルも上がって17だ。

 こんな状況でも向上心は欠かさないようにしよう。今日もPERKの数々から一つ選んで。


【キックバック・アーティスト!】

【"汝、反動を愛せよ"――効率よく殺すには、反作用の力と仲良くなればいいってね! 火器との付き合いが長くなった今、馬の蹴りみたいに跳ねる散弾銃、電気のこぎりのように唸る機関銃、前時代的な対戦車ライフルまで身体を(もちろん良心も)痛めず鮮やかに受け止めたりといいことづくめなことでしょう!】


 というものに目をつけた。

 思うにこの効果はかなりいいと思う。

 近距離の咄嗟の扱い、離れた相手への銃撃、あらゆる面で反動が関わるからだ。

 最近、段々と人間をやめてる気がするが習得だ、後でテストしよう。


 それから宿舎からひと眠りした連中が目覚めた頃だ。

 ベッドの心地に休まった顔ぶれが広場に集まると、あれだけの騒ぎにも動じずムツミさんたちが朝食を振舞いだす。

 ここの環境に驚く顔ぶれで食堂が満たされれば、拠点もすぐ明るく賑わって。


「――ということでクソ大変なアサイラムへようこそ皆さん、んでこいつがフランメリア産天然オーガのノルベルト。俺の戦友だ」

「おはようだ、冒険者たちよ! 俺様はノルベルトだ、かつてイチやミコたちと旅を共にしていたのだが、いろいろと訳あってこうして再開することになってな。よろしく頼むぞ?」


 冒険者らしい朝飯風景にここの状況を伝えたあと、さっそく角の生えた戦友を紹介していた。

 トレイにパンだの果物だのを上品に(オーガなみに)乗せた強い立ち振る舞いが、知る人以外をまごつかせるのは仕方ないというか。

 そんな流れに、特にこの食卓で存在感のあるミセリコルディア四名分から代表して手が上がって。


「うん。フランメリアの人なんだけど、ウェイストランドでわたしたちをずっと助けてくれたんだ。どうか気楽に接してあげてね? っていうかいちクン、天然物って食材じゃないんだよ!?」

「イチ様と共に大暴れするようなお方ですけれども、気のいいオーガっすよノル様。 まあこちらの面々ならそのあたりのご理解も差し支えなさそうですし、超人が一人おられると思ってくださいっす~」


 そのおまけにによっとしたメイドも加われば、存分に行き渡ったノルベルトはニヤリと自信たっぷりだ。

 化け物を見るような、いや実際そんなもんだが、ここいっぱいの顔は白き民なんざ可愛く思える体躯にびっくりで。


「いきなり現れるなり、俺たちに襲い掛かってきた白き民をぶっ飛ばせばそれで身分証明は事足りてるさ。そいつがこの世界の住人だろうが味方であるなら俺は構わねえよ、今後仲良くやりたいもんだ」


 真っ先に届いたのは、いい加減考えるのも面倒そうなタケナカ先輩の顔だ。

 フランメリアに慣れたおかげだろう、ここは多様性を受け入れる余地たっぷりだ。


「フハハ、そう言ってくれるとはな。俺様は嬉しいぞタケナカよ」


 よってオーガは嬉しそうだ、坊主頭の厳つさが気に入った様子である。


「こちとら半年以上もこっちで暮らしてやっと世の中に慣れてきたような奴らだ、少なくとも俺は見た目で差別はしえねさ」

「よき心がけに感謝するぞ。なあに、オーガと一言に口にしても今どきは人も食わんし、フランメリアの世のために腕を振るうのが美徳よ。お前たちに無粋な真似などはせんさ」

「そのキャラの濃さとおやすみ前のひと悶着で見せてくれた強さもイチのダチっていうなら納得だ、また濃い奴ここにぶっこみやがってお前は。こんな歴戦の戦士みてえなやつが来るとは思わなかったぞ」

「残念だけど『みてえ』じゃなくてガチだぞこいつ。ちなみにこんな見た目だけど十七歳な」

「ああそうかよじゅうな……は!?」

「タケナカさん、ノルベルト君はこう見えてまだ子供なんです……高校生ぐらい、かな?」

「だいたいケイタ以上、キリガヤほどってところだな。ベテランイケメン戦士に見えるけど俺より年下だぞこいつ」


 対して俺の先輩はとうとう呆れに達したようだが、実年齢もちゃんと伝えると「十七!?」と現実を疑った。

 周りも「十七!?」とデカい混乱に叩きこまれた、ご本人といえば将来有望そうなドヤ顔だが。


「その見た目でかよ!? すげえなノルベルトの兄ちゃん!?」

「こっちと同い年だったんだな! なのにそんな逞しい身体つきで羨ましいぞ! どうやって手に入れたんだ!?」


 すると俺が年齢的な例えに上げた二人がさっそくやかましく反応した。


「やあ人の子よ、俺様はまだまだ逞しくなる予定だぞ。強くなりたくば良き振る舞いと良き鍛錬を身につけろというのがオーガの教えだ、実に簡単なことよ!」

「なるほどよくわかんねえけど大事なのは地道なトレーニングか! そういうの得意だぜ! 俺ケイタな!」

「普段の立ち振る舞いにも気を使えということか! そうか人の良さも強さと深い関りがあるんだな!? 俺はキリガヤだ、よろしく頼む!」

「ケイタにキリガヤか、お前たちのことはよく覚えておくぞ。その前向きさでこの世を歩めば必ず強くなれるさ」


 おかげで一部が暑苦しくなったぞ。誰だこの二人と巡り合わせた奴。

 今日も料理が並ぶカウンターを背に、そんな体感数度ほど熱くなりそうなやり取りを見てると。


「…………おいタケナカ。来て早々に悪いけどよ、どうなってんだここ? 見ないうちに急に近代的に進んでるし、白き民はわんさか来るし、朝飯は充実してるし、あのデカくてキモいバケモンを殴り殺したやつを紹介されて理解が追いつかねえ」

「私たちさ、このごろ『今アサイラムが熱い!』とかいうから喜んで志願したんだけど、確かにその通りだと思うな。夜中に駆けつけたら戦争だったもん……でも朝ごはんにお魚が出るからヨシ!」


 一番近くのシナダ先輩と彼女さんはここの情報量にやられてたようだ。

 そりゃそうだ、いきなり呼ばれて白い群れとの決戦だ。

 かと思えば寝床も完備、起きれば朝飯もばっちりである。

 二人のそばにつくタケナカ先輩も本当に面倒くさそうな面構えで。


「悩ましいとこ悪いがなシナダ、あの珍事については俺たちにとっても何もかも想定外なんだ。ここの混沌さはイチの所業だから仕方ねえとして、この頃思ってもない敵の数といいアホみたいにでかい白いのといい、予測不能な事態が立て続けに起きてやがるのさ」


 そう言ってざわめく食堂内に悩ましい顔色を広めた。

 アサイラム慣れしたやつはともかく、増援の連中が迷い出すのも無理はない。

 特にこの食卓で一際存在感のあるミセリコルディアの華やかさも戸惑いがあって。


「わたしね、いろいろな人がここの依頼を受けてどんな場所かなーって気になってたんだけど……まさかあんな大変なことになってるなんて思わなかったよ。大丈夫なのかな……?」

「周りが敵だらけだったぐらいの話は耳に届いていたが、あそこまでだったのか……? 私もあれほどの物量を見たのは初めてだ、ここで一体何があったんだ?」

「ほんとびっくりだよねー、イチ君相変わらず暴れ回ってたのは想定内だったけど、大軍押し寄せてミコにでっかい友達がいてご飯が美味しいとか情報量多すぎ! どんな生活してたのさ君たちぃ……」

「いやていうかなんなんですか、あの特大サイズの白き民。セアリさんてっきり毎夜あんな感じで防衛してる職場かと思ったんですけど!?」


 揃ってこんな反応だ、さぞ素晴らしい第一印象を植え付けたに違いない。

 それはお隣でおいしそうにご飯を囲うキャロルたちにも繋がっていき。


「いちくんが頑張ってるって聞いて絶対いくぞーって思ってたら、いきなり大変なことになってるって通知がきて飛んできちゃった! 今日からおねえちゃんが守ってあげるからね!」

「集会所の人達が集まってて賑やかだー! ボクたちもね、にーちゃんの力になりたくて依頼を受けることにしたんだ。よろしくねー?」

「みなさまがご無事で安心いたしました。ここのお話はかねてより伝わっておりましたが、我ら九尾院もフランメリアの事情に貢献できればと思い参入させていただきました。よろしくお願いいたします」

「あにさま。コノハはここに来るまでもうちょっと過酷な環境を想定していたのですが、なんですかこの……思った以上に陽気な場所は。すごく調子狂うんですけど」


 金髪ロリサキュバスのドヤ笑顔から始まる()()()()どもは、ここの面倒くささに付き合ってくれそうだ。

 他にも人間人外問わずの人手がここに混じり、二十名ほどにまとまった増援は平等にアサイラムの様子に戸惑いつつで。


「……いやはや、何やら大変なことがあったようですなあ。先ほどスクリーンショットを見せていただきましたが、よもや前代未聞の巨大な白き民というものが現れてしまうとは驚きを隠せませんぞ」


 しれっと席を一つ埋める緑髪眼鏡なエルフもいた――お前かアキ。

 いつのまにか朝からクリームと果物を添えたパンケーキに満足してる。


「朝のご挨拶は「なんでお前もいるんだよ」だ。パンケーキおいしい?」

「報告を聞いてバサルト殿にこちらを伺うようにと頼まれましてなあ、それからこの土地の状況を記録する役割もありますぞ。それからそちらのご婦人が作られたこのパンケーキは絶品です、クリームは豆乳に椰子油を混ぜた植物性のものでさっぱりとしておられますな」

「そりゃご苦労さん、いい食レポだな」

「いやあ、これがまたずいぶんとおいしいものでして。流石は料理ギルドのお目についたお方ですなあ? にしてもいざアサイラムを訪れればこの様相、イチ殿の起こした奇跡といい中々にめんど――込み入った事情となっておられるようですが……」

「フハハ、アキ殿はやはり甘いものが好きなのだな。久しい姿が甘味をうまそうに頂く姿で俺様安心したぞ」

「これはこれはノルベルト殿、お久しぶりでございます。この頃はウェイストランドを共にしたお方が集いつつありますなあ、感慨深いですぞ」


 お上品にもぐもぐしてるこの眼鏡エルフは真面目に働いてるんだろうか。

 それはともかく、向こうからこっちの事情を察してきてくれたのは確かか。

 ある程度触れ回ったところで、俺はデカイ身体と一緒に近くの席について。


「まあとにかくお前が来てくれてよかったよ。こうしてギルマスからよこされたってことは何か伝言でもある感じか?」


 トーストにベーコンエッグを乗っけつつだが、めんどいやつなりに尋ねた。

 たたんでかじって半熟加減をぼたぼたこぼしていると、アキはその通りと頷いた。


「まずあなたに伝えるべくはここアサイラムを保持しろ、とのことですな」

「まあそうだろうなとは思ったよ、こんなに強い奴がぞろぞろ送られてくるんだからな」

「察しが良くて助かりますぞ。えらく激しい戦いがあったご様子ですが、今まで聞いたことのない『白き巨人』などという存在が伝わってギルドは愚か市がびっくりしておられますよ」

「あれはご長寿な方々にとっても初めてか、どんどん胡散臭くなってる」

「今まであれほど大きな白き民など前例にありませんでしたからな。良い知らせはそれがあなた方の手でも対処できるという点ですが」

「なるほど、だったらどうにかなるとでも?」

「残念ながらその通りでございます。ですがそのような()()()のデータを取ってくれるとなれば、国もあなた方に対して支援を惜しまぬ姿勢を作っておられますぞ」

「つまりいいようにこき使われてるんだな、よくわかった」

「まあまあ、確かに得体のしれぬ気持ちはわかりますが、白き民のもたらす豊穣にフランメリアの再開拓と良きものも相応なのですよ。世間の期待が集まっておられると思って頂ければ」

「じゃあ心配事また一つ追加、俺たちが期待に潰されないかどうかだ」

「ご心配なく、圧し潰されぬよう鞭を打――支えるための対価もこれから増していきますからな。現にこちらのご依頼、一日あたりの報酬額が3000メルタほど増額しておりますし?」


 パンケーキに満足した口で言うには、向こうはアサイラムのこれからの発展に期待してるらしい。

 白き民の物量となんか白くてデカいやつが強襲した実績がこの地に残ろうが「どうぞ頑張って」だとさ。

 あいつらに対処できるならこうしてここを守れってことか。


「今のうちにわしからも言っといてやるがの、向こうはアサイラムを放棄するなどさらさらないし、ましてトンネルを爆破して塞ぐなんてもはやできないんじゃよな……ここで頑張る一択しか残っとらんのよ」


 次に混じってきたのは、ひょこっと隣に座りにきたスパタ爺さんだ。

 ドワーフとエルフとオーガが揃った人外強めな席には世知辛さが渦巻いてる。


「むーん、俺様もある程度ここの事情を先ほど教えてもらったばかりだが……? 長らく放置されていたこの未開の地を切り拓こう、という意向が働いているようだな?」


 良かった、ノルベルトの理解力はちゃんと追いついていた。


「つまり人員も報酬も増やすからフランメリアの利益のため頑張れってことだな? 死人がいないうちに向こうが何考えてるのか教えてほしいもんだ」

「そりゃあなあ、ノルベルト坊主が言うように久々の開拓で世間が盛り上がっとるし? その上でいうならば、ここを放棄したら厄介になっちまうのもやつらの生態的に分かっとるじゃろ?」

「よく()()()()()。白き民がここに住み着くからだよな」

「思うにやっぱりあの不審な足跡はここを狙っとった証拠なんじゃろうなあ。予想通りわしらはそれを横取りしたわけじゃし、アサイラムが白き民どもにとって居つきやすい土地なのはもう明らかなもんよ」

「ついでにトンネルを塞ぐ云々もどうこういってたな、万が一の時のプランが駄目になったのも教えてほしい」

「その点についてじゃけど、よいか? けっしてレールがもったいないとか、手間と費用がかかるとか、そういうのよりもっと大事なことがあるんじゃよ」

「金の問題でも面倒の問題でもないならなんだ? 宗教上の理由か? それとも一身上の都合?」

「その気になりゃ全部魔法でごり押しスタイルで潰せんぞ? じゃがな、そうなっちまうと地上のバランスにえらい負担を与えちまう。ましてクラングル周りなんてもってのほか、今やあのトンネルは絶妙なバランスでこの地に溶け込んどるんじゃ」

「自然のことを考えてます、と。いい思いやりだ、おかげで逃げ場なしか」

「そして仮にじゃぞ? ここを捨ててどこかを緻密に潰したところで、あれはクラングルとのつながりを得たここを見捨てるはずがないじゃろうさ。儂らは『掘り起こしてやってきてもおかしくない』ぐらい考えで過ごさにゃならん、白き民というのはそういう生き物じゃ」


 が、ドワーフの髭面はせっかくのおにぎりもいまいちになるほど悩ましそうだ。

 もはやここを捨てていつも通りのクラングルに戻る、なんてできないわけか。

 そこに未開の地の価値がどうこうじゃなく、白き民の恐ろしさが題材になってるのが良く分かる。


「そうだな、来るかと思ったら本当に来やがった。それも大軍とデカいのをこれでもかと見せつけながらだ」


 俺は卵黄ぼたぼたなトーストをたたんで一気に頬張った。

 脳裏にこびりつく激戦の光景からして、あれは「まさか」と思ったことを平気でするような連中だ。

 通り道をうまく台無しにしても、こっちの想像ごと突破してくる可能性もある。

 その上で転移させたトンネルが放棄をあきらめるぐらいこの世に根付いてるとなれば、やむを得ない気すらする。


「一方でこうも言われてますぞ、おそらく今のあなたにはあまりよろしくない物言いかもしれませんが」

「言ってみろよアキ、注射以外は大体覚悟はしてる」

「アバタールの再来と未開の地が結びついたことが知れ渡っておりますぞ。見えないところにある世間の期待があなたの背中を押してますなあ、ぐいぐいと」

「ぐいぐいか。正しくは逃げ場を塞いでる、じゃなくてか?」

「はっはっは、まあこの場合はあなたどころか冒険者ギルドの皆さまをぐいぐいいっちゃってますな。本件に関して各地の魔女様たちからも支援や投資の申し出があるゆえ、そういった事情からも走り続けなければいけないわけですぞ」


 そしてトドメだ、アバタールの名が過去の繋がりを土産に追いかけにきた。

 現地人からすれば『フランメリアの開拓の象徴、アバタール復活』がリアルタイムでおっ始まってるんだ、そりゃ興味も沸くだろう。

 俺だけをぐいぐいしてくれるならともかく、勤め先から同僚まで巻き込んでの大事になってるとさ。


「俺の名前が冒険者ギルド全員にご迷惑をかけてるのがよーく分かった、ここの安全を絶対に確保しなくちゃならないと」

「ええ、()()です」

「お前がニシズミの言い回しもしてくれるなんてよっぽどらしいな」

「同時に私もこちらの支援に直接当たるという良い示しだと思ってくだされば幸いですぞ。世のためバサルト殿のため【白き巨人】という新種についての情報を探って広めなければなりませんし、現地の情報を私が事細かに記録し然るべきところで伝える必要もあれば――」


 正直、こうしてアキも加わってくれる話の流れにしてくれたのは嬉しい。

 でも、でもだ、なぜかあいつはノルベルトの方をくるっと向いて。


「先ほど、ローゼンベルガー家の方から抜け出してまったご子息の経過観察を任されましてな? それもこなさねばいけない身でして……」


 フォークに刺したパンケーキ片手ににっこりだ、困ったように。

 が、「抜け出した」なんて言葉が混じれば一瞬自分の耳と相手の口を疑った。

 ストレンジャーズの耳の敏さも働いて、ミコやらニクやらロアベアやらも驚くのも無理はなく。


「……待て、今なんつった? ()()()()()って?」


 俺は誰に聞いたんだろう。隣で困り顔のアキか、それとも気まずそうに手を止めるノルベルトか。

 けっきょく見たのはご本人だ。あの強い顔が目をそらすほど狼狽えてた。


「…………実は、その……俺様、また家を抜け出してきたのだ」


 みんなの疑問も目で向かえば、あいつはクソ正直に答えてくれた。

 口から出てきたのは紛れもないオーガの人生二度目の家出だ。

 何があったんだこいつ。そんな俺の疑問にも、当然知るやつらの顔が集い。


「ノルベルト君? もしかして、また家出したの……?」

「ん……どうしたの? 何かあったの?」

「わ~お、どうしたんすかノル様ぁ。そんな顔されるのうち初めてっす、大丈夫なんすか?」

「家出だと!? 一体何事だノルベルト! 私で良ければ相談に乗るぞ!?」

「……あの活躍した体でお前がまた家を抜け出してきたなど、まるで予想もしなかったんだが。どうかしたのか? 何かご家族とトラブルでもあったのか?」


 急遽駆けつけてきたダークエルフとお医者様の心配も向かえば、ノルベルトはとうとう視線を落としてしまった。

 かなり口にしづらさそうだ。でもオーガは情けなさを見せまいと振り切り。


「最近、俺様の旅路のことでまた父上と口論になってしまったのだ。それで、そんなに戦場が恋しければ今すぐにでも行ってしまえと言われてな……」


 ずいぶん不安げな言い方で返ってきた。

 どんな家庭の事情なのかは計り知れないが、あるのは「だから本当に出て行った」あたりか。

 またこいつの口から「家出しました」なんて言葉が出るなんて。


「ええ……アキよ、こいつ本当に家出しおったの?」

「今本人の口から出た通りですなあ。しかしお父上様もなんだか言い過ぎたことに負い目を感じておられましてな、ひとまずはノルベルト殿のご様子を伺ってほしいとのことでして」

「いや、連れ戻すとかそういうのじゃないんか。どーなっとんじゃローゼンベルガー家の家庭環境は」

「私にできることはオーガの文化に従うまでですな。バサルト殿もものすごく頭を抱えておりましたが、こうして彼の息災を伝えられるよう遣わされたわけでございます」


 スパタ爺さんの気がかりもそこで解ければ、なおさらノルベルトは複雑だ。

 アキにお目付けするように頼んだってことは家族から心配されてるには違いない。せいぜいギリ家出ってところか。

 ……ほんとうにどうなってるんだろう、こいつの家。


「あー、その、俺はそういうのは茶化さないし? ここで全部話せとか言わないからな? とりあえずなんていうかあの、アサイラムはそういうのも受け入れる度量があるからな、うん」


 ともあれできるのは、かなーり気まずそうなあいつを支えることだ。

 周りも「家出……?」と疑問口々だが、ストレンジャーズもおのずと寄り添って。


「えっと、うん、何かあったみたいだけど……わたし、まだ無理して考えなくてもいいと思うよ……? ここで心が整うまでノルベルト君らしくしてから、家族の人達と向き合ってもいいんじゃないかな……!」

「ん、気持ちが落ち着く方が大事。大丈夫、ここにはぼくたちがいるから」

「大変なことになってたんすねえ……でもご家族の心配も届いておられるようですし、今はアキ様を通じてご息災で過ごしていることをお伝えするのが一番じゃないんすかねぇ」

「そうだったのか……ローゼンベルガー家は複雑なようだが、考えてみれば御父上から公認でここに来てるようなものじゃないか? うまい飯をいっぱい食って徳を積むんだ、今のお前にはそれが一番だぞ!」

「向こうが気をかけてくれているのが幸いか。俺はよその家族関係に触れられるような医者じゃないから偉そうには言えんが、今は周りを頼れ。それが手っ取り早い道だ」


 集まったあれこれを耳に届ければ、なぜかケイタやキリガヤもやってきて。


「……な、なんかすげえ複雑だ! ノルベルトの兄ちゃん、俺たちそういうのも受け入れる集まりだから明るくやろうぜ!」

「そうだったのか! そういうときは無理はするな、時間が解決してくれるぞ!」

「ノルっちどしたん~? だいじょーぶ? なんかあったん?」


 チアルまでとことこ混ざって冒険者の慰めフルコースだ。

 再びの家出を果たして十七歳児は「うむ……」と苦しくうなずいた。

 今はこれ以上聞くのは止そう、話したい時に話してもらうべきだ。


「おい、ローゼンベルガー家ってなんだ。言葉の触りから大層なもんじゃねえか」

「タケナカ殿、彼は名家のご子息なのです。それはもうすっごいところの」

「…………聞かなかったことにしていいか、とんでもないことになってねえか?」

「実はけっこうとんでもないんですなあこれが。なんたって武でフランメリアの世を制したという、世に愛される貴族ですからな?」

「俺には大問題に見えてきてるぞ、ここってやべえところじゃねーか」


 横でタケナカ先輩とアキのそんなやり取りが聞こえてきた気がするが、とにかく俺はノルベルトをくいくいして。


「まあ、今のところこんなやつらばっかだ。人のご家庭にこんなこと言うのもあれだけど、ここで気が済むまでストレンジャーズでもやらないか?」


 気分転換に誘った。そこに食堂の冷蔵庫から戻ってくるタカアキも一緒で。


「へへっ、俺たち三人の共通点は家庭問題を抱えてるってことだ」

「おい、メイドインジャパンのクソ親とこいつの親を比べるのは失礼だろ」

「それもそっか、ほれこれ飲んですっきりしようぜ。朝飯と一緒に飲むドクターソーダだ、好きだろ?」


 しょんぼりするオーガにドクターソーダをすすめた。

 流石に好物とあれば、あいつもキャップをむしって一口で。


「……ふう、すまないなお前たち。俺様としたことが、また父上と口論した際に熱くなってしまってな」


 と、軽々飲み干しながら落ち着いたようだ。

 瓶を【分解】してやった。今幸いなのは、眼鏡エルフを介して心配した親の目が届いてるってところだ。


「お互い思うところがあったんだろ、口出しはしないさ。良かったらここのために一緒にひと働きしてくれ、ここアサイラムは相談する奴ならいっぱいだぞ」

「フハハ、俺様みたいな訳ありも受け入れるとは懐の広い場所ではないか」

「それか無節操なだけだ。みんな、このでっかい訳ありととよろしくやってくれるか?」


 それから、みんなに今のオーガとうまくやっていけるかどうか尋ねた。

 こんなデカくて強い奴にも、俺たちみたいにちゃんと悩みがあるとなればだいぶ親しみも沸いたんだろうか?

 チーム・ヤグチもヒロインもやがて「よろしく」だ、否定的な姿は一切ない。


「ってことでスパタ爺さんと甘党な奴、ノルベルトをアサイラムの仕事に組み込んでいいか?」


 最後にでかい肩と組みながらそう尋ねた。

 ドワーフとエルフは首で承諾して。


「わはは、これで力仕事担当が一気に埋まったわ。またお前さんの馬鹿力を見れるたー嬉しいこった」

「そうくると思っておりました。実を申しますと諸々あってバサルト殿に話は通しておきましてな? もしその気があれば冒険者ギルドへ向かって窓口で登録をしてくるとよいですぞ」


 快諾するどころか冒険者の仲間入りを誘うぐらいだ。

 おい、いいのかあんたら? 流石にみんなもこれにはざわめくが。


「フハハ! 実は俺様、幼き頃から冒険者になってみたくてな! であれば絶好の機会が訪れたものよ、さっそく皆のものの仲間入りを果たそうではないか!」


 ノルベルトは嫌なことも忘れてにっこりだ、残った飯をお上品に平らげてトレイを下げるほどには。

 「いやいいのかよ」とシナダ先輩が引いていたが、オーガはずかずかっとムツミさんの立つカウンターへ向かえば。


「ごちそうさまだ、ご婦人。朝から良き食事を感謝するぞ」

「あなたにそう言ってもらえてとても嬉しいです。お口に会いましたか?」

「うむ、実にだ。見るにここは冒険者たちの食事の場だったようだ、そのような場にいきなり我儘に一人押しかけてすまなかった」

「まあ、いいのですよ。ここの人達のために頑張ってくれたましたもの」

「そうはいかん、一飯の恩を返さねばならんように心がけているからな? ということですぐに戻ってくるぞ皆のもの!」


 相変わらずの律儀なオーガをそこで押し通すと、いい笑顔を浮かべて食堂を出て行ってしまった。

 本気で冒険者になるタイプの勢いだ。

 こうなるともう誰にも止められない、ストレンジャーでも無理難題。


「あのままじゃ冒険者ギルドまでひとっ走りするつもりだぞ、いいのかあんたら」

「ノルベルト君が冒険者……って、いいんですか……!?」


 唖然とする面々を差し置いてクラングルまで向かってしまったわけだが、俺とミコは主に眼鏡エルフに物申した。

 するとまあ、帰ってきたのは落ち着いた笑みで。


「いやはや、実はご両親にはそこまで想定されておられましてなあ?」

「どういう想定だよ」

「どういうことですかアキさん!?」

「イチ殿、あなたはもはや冒険者とのつながりそのものですぞ? そうなればまた相まみえた彼が同じ道を進むというのもおかしくはない話でしょう。そしてブロンズほどの先輩がおられるわけですしね?」

「それってつまり俺が面倒見ろってか? ご両親公認で」

「その通りですぞ。きっと御父上も言い過ぎたと反省してるんでしょうなあ、そこにちょうどよいワンクッションがおられるわけです」

「……これって、いちクンがノルベルト君のお父さんに頼られてるってことでいいのかな」

「そう受けとっていただいても構いません。なに、問題なんてせいぜいバサルト殿が頭を痛そうに抱えておられるぐらいですよ」

「ギルマスさんのストレスになっちゃってますよね……!?」

「勝手に向こうに連れ出したことを考えるに、例えそうでも断れないのが辛いところだ。オーケー、リーダーらしく面倒見るよ」


 これも想定済みだってさ、そういうことならいい、どうぞ後輩になってくれ。

 みんなにこういう関係を伝えれば、返される表情も「ああそうか」程度である。


「じゃあ付き添って来るわ! 俺もすぐ戻ってくるぜ!」


 その点タカアキは相変わらずだ、空のトレイを身代わりに追いかけて行った。

 もはやノルベルトの冒険者化を止めるどころか後押しするやつしかいない。

 ……まあいいか、期待の新人二人目ってのも面白いだろ?


「ならついでに奥さんに俺の元気を伝えて来てくれ」

「おっ、それじゃヘキサミンのやつから作った弾と後ろのドワーフどもから武器の部品貰ってきてくれんかの。それから改造しといた"イシャポール"三つも運んどくれ」

「あ、うちはエナドリお願いするっす~♡ いってらっしゃいっすよタカ様」

『パシりに変わってんじゃねえか! いいぜやってやらあ、新入りに荷物運ばせてやっからなぁ!』


 ちょうどいいしパシりも飛んだ、帰ってくる頃にはでっかい【ストーン】と荷物を抱えてくるはずだ。 



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― 新着の感想 ―
[良い点] 白い巨人とか近場にいたら絶対索敵に引っかかるだろうから多分、空間転移的な方法でやってくるんでしょうね〜 アサイラムの敷地内から奇襲されたらヤバヤバかも [一言] ノルくんがストーン級・・・…
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