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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
532/580

38 アサイラム・レイド(1)


 食後、ウェイストランドで培った経験を生かして拠点の防御を充実させた。


 まず外周に掘った穴の手前に鉄条網を巡らせた。

 自分で置いておいてなんだが、こいつが実にいやらしいやつだった。

 杭に繋がった()()のある鉄線がコイル状に巻かれたものが、人間の下半身を巻き込むほどの高さで五メートルも伸びる。

 フェンスと同じぐらいの金属と多少の木材を消費して、敵の足元をすくってくれそうな守りが広がるわけだ。


 スパタ爺さんが言うには「白き民の肌に引っかかる」らしく、そのこともあって急遽四方を囲った。

 有刺鉄線の厄介さはもちろん知ってる。

 こいつは無理に通ろうとすればよく絡むし、事前にあると分かっていたところでそう簡単には壊せない。

 爆風で吹っ飛ばそうにも線の間から抜けてしまうので、どうにか迂回するか近づいて地道に壊すかの二択を強いる厄介者だ。


 更に火力も追加だ、白き民たちが来そうな南と東に指向性地雷を忍ばせた。

 こいつに関しては同行したタケナカ先輩の手伝いがえらく的確だった。

 おかげで木々の狭さを通り抜けてくるところに散弾を浴びせるような、性根の悪いトラップの完成だ。

 念のため敵と一番近い南側に多く置いて、電子信管をPDAとドワーフたちのタブレットで起爆させるようにした。


 あとは見張り塔も増やして四方を押さえ、それぞれを橋で繋げて通りをよくしておく。

 据えた銃座も()()()()の方向に置き直し、ドワーフ製のクロスボウを今夜の見張り当番に持たせれば完成だ。

 おまけでスイッチと同期させたサーチライトも置いてやれば、ここはさながら軍事基地といった具合か。


「…………後はおっかないのが出なきゃ完璧だな」


 こういった防御体制の上でとうとう自分の時間が回ってきた。

 木製の外壁に守られた階段を上り、二階を取り巻くキャットウォークに立ってた。

 そこから南側を見張り始めてはや十分ほどだが、割と後悔してた。


「ん、怖いの?」


 唯一の救いはお供になってくれたわん娘だろう。

 暗闇に溶けそうな黒髪黒犬耳な相棒と然るべき方向を見れば、夜に紛れて色深くなった風景だ。


「ニク、俺はあいにくあんなの見てワクワクするように育てられちゃいないぞ。なんていうかその……出そうだろ?」

「出そうって、白き民が?」

「そうだな、もっといえばこういう時出てきたら一生の思い出になりそうな……くそっ、誰か【セイクリッド・ウェーブ】覚えてるやついないのか?」


 ジトっとくっついてくれるニクが死ぬほど頼もしかった。

 ここに移された五十口径の銃座や、隣の台に乗った照明器よりもずっといい。

 バカでかい懐中電灯みたいなサーチライトで向こうを照らそうが、森の深みに邪魔されて余計に気味が悪くなるのだ。


「いいか? 喜んでやってやるって啖呵切ったのはいいけどさ、まさかここまで気味悪いとは思わなかったんだ。こうして実際に立って分かったけど今まで見張ってたやつらに申し訳……」


 ――がさがさっ。


「くそっ、本当に申し訳ないな!?」


 今までこんな仕事をこなしてくれた同業者に感謝してると、遠くで音がした。

 あそこの薄暗い茂みのあたりだ。

 思わずニクがすっ、と仕込み槍を構えるほどいきなりだ。慌てて音の発生源に光を手繰ると。


『……ヴエエエエエエエエエエエエエ……』


 クソ汚い鳴き声を持つ何かが、威圧的な枝分かれを掲げてこっちを見ていた。

 恐ろしいことにそいつは強い光を受けようがまったく怯んじゃいない。

 森を抜けたばかりの茂みの中で、化け物めいたシカの姿が間違いなくこっちを一瞥してるのだが。


「……あー、あれはワールウィンディアですね。群れて一匹で活動しているということは、よその森から流れてきたはぐれ者でしょうねえ」


 スリングの突撃銃に手が伸びたところで、突然のへこへこした声に遮られる。

 幽霊か何かかと思えばすぐ気づく、連絡橋にいた狩人のミナミさんだった。


「ミナミさん、俺が知りたいのはあいつが撃っていいお化けかどうかってことだ。マジでびびったぞ今」

「……おにく、じゅるり」

「いやいやいや、お二人ともそれぞれの理由があるようですが撃っちゃだめですからね? あれは放浪癖のついた自由気ままな個体なので、我々に害はありませんからほっとくのが正解です」

「つまりあのワールウィンディアはお客様って言いたいのか?」

「そうなりますね。あれって見た目がすごいですけど中身はけっきょくシカなんですよ、臆病なくせに好奇心が強いからああやって散歩することもありまして……」

「で、アサイラムが選ばれましたと。なんで今来やがるんだふざけやがってぶち殺すぞ」

「……あのおにくって、そういう生き物だったんだ? ぼくみたいにさんぽするんだね」

「あの、お二人とも……? お揃いで物騒ですよ、おさえておさえて……」


 久々に見るシカの魔物を前に、狩人ギルドのおっさんは呑気な様子である。

 トラックにひかれて転生しそうな疲れた中年の顔だが、リムが握りまで反ったクロスボウを手に目が冴えてた。

 この人は狩人ギルドが参入して以来、毎晩見張りについてくれてるらしい。


「それにしてもこうして立ってみて分かった、暗いわ怖いわでめっちゃ神経使うなこの仕事……」

「私のアドバイスがお役に立つか分かりませんが、こういう時は常に集中しない方がいいですよ。一点ずつじっと見るんじゃなく、ぼんやりと広く見渡して大雑把な情報を拾い上げるんです」

「そこに「見落としてもオーケー」って意味は含まれてなさそうだな」

「いやあ、それくらい気楽だといいんですけどこの状況ですからそうもいかず。一つだけ凝視したら他を見失いますから、広く見て気になった瞬間に集中する、これの繰り返しです」

「いいアドバイスどうも。()()()がスチールになっただけあるな」

「冒険者の皆様に携わって以来、狩人として働く機会が増えましたからね……でも出世したところで、素直に喜べないのが我々の現実なんですよね」

「せっかくの昇級が嬉しくなさそうだな、そんな顔してるぞ」

「狩人って所属者が少ないものでして、スチール入りを果たしたところでやらされる仕事が滅茶苦茶増えるんですよ……」

「うーわ大変そう……」

「それに比べたらこうして三食ご馳走してくれる場所で皆様を手伝いつつ、夜に立って一日を過ごすだけでお金をもらえるんですから楽ですよ……ひじょーに」

「ひじょーにか。明日からもっと快適に見張れるようにしておく」


 その口からして狩人というのも気楽じゃなさそうだ。

 ぶら下げた【スチール】ぐらいの眩さにあんまり喜ばしくないからだ。

 狩人ギルドの首飾りは俺たちと違って丸形だ、この人もすっかり出世したか。

 こうして話してる間にワールウィンディアは消えた。ミナミさんも手すりを辿っていくが――


「あのーイチ先輩……? なんかさっき南の方でワールウィンディアいませんでした……?」

「あれ、どう見てもあの魔物ですよね……大丈夫だったんですか?」


 ホンダトハナコが向こうから代わるように現れた。

 片目隠れ男子と前髪ぱっつん女子なダブル黒髪地味モブ顔、通称『地味コンビ』だ――幼馴染同士の。


「ミナミさんがほっといていいやつだってさ、心配いらないぞ」

「……おにく、逃しちゃった」

「そうでしたか……いやニク先輩めっちゃよだれ出てるんですけど……」

「良かったです……私、てっきり職務もほっぽり出して見逃したのかと」

「俺が職務を果たす前にストップかけてくれた挙句の見逃しだ、あれが白き民だったら今頃騒ぎながら撃ちまくってたぞ」


 けれども冒険者としてだいぶ慣れたに違いない、初めて依頼を共にした頃よりずっと様になってる。

 ホンダはすっかり使いこなした皮鎧が身体にはまってるし、ハナコは槍のごとく尖った飾りがつく杖が手に馴染んでそうだ。

 この二人も今夜の見張りに加わってくれたのだが。


「……っていうかすごいですよね、ドワーフの爺ちゃんたち。こんなカッコいいクロスボウ作れるなんて……」


 南の景色をざっくばらんに見渡してると、地味な男子がうきうきしてた。


「そいつ気に入ったのか?」

「すごく気に入りました。なんか銃みたいだし、それに弦も引きやすいから俺でも扱えそう……」

「でも【弓】スキル0でしょホンダ、ちゃんと当てないと意味ないからね?」

「……まあ、俺、弓とか使ったことないんすけどね」


 理由は手にあるドワーフ謹製、飛行機の残骸から作った現代的クロスボウだ。

 黒塗りで、弦を張る板状部分が真後ろまでぎゅっと反った異質なものである。

 本体の下部には短い矢が込められた弾倉が差さっており、滑車で送られた弦が次々拾って撃つ仕組みだ。


「それなら今のうちに構えだけでも練習しとけよ。向こうの景色にあわせてこの照準器でイメージトレーニングだ」


 ホンダが大切そうにしてる、そんなこの世らしからぬ得物を今一度見た。

 まるで銃みたいなつくりだ、フォア・グリップがあるし、どこかで拾った光学サイトが乗ってる。

 拳銃風の握りの後部にはレバーがあって、まっすぐ引くだけで次の矢が装填される仕組みだ。

 なんていうか、こんなのを当然のように作るドワーフはいい意味でおかしい。


「こ、こうですか……?」


 そんな仕事中の借り物を、地味な顔がそれらしく構えだす。

 ハナコが呆れるほどの締まらなさだ。

 怯えるヒヨコのごとく丸い背で、抱きしめるように得物を向けてる。


「落ち着け、まず左手でフォア・グリップを握って力を抜くんだ。右手はいつでもレバーを引けるように意識してまっすぐ、両手のバランスを上気味にして構えろ」

「えーと……こう、持ち上げるように?」

「違う、腕の動きだけで狙おうとするな。上下の照準は左腕の動きで、他の方向は全身も使って自分の目を頼りに合わせろ。それと片腕だけで保持して次弾撃てるように慣らしとけよ」


 だめそうだ、なので突撃銃で手本を見せることにしよう。

 銃口を上下にあわせたり、上半身の捻りや足さばきも込めてそれらしく伝えた。

 見張りも兼ねて森のどこかを一緒に狙えば、ホンダは少しぎこちないものの。


「なんか……ちょっと慣れてきたかも。こうやって狙えばいいんですよね?」


 南の薄暗さに向けて何往復か繰り返すと、やっと構え方がマシになった。

 少なくとも丸めた身体のまま撃って地面を射貫く心配はなさそうだ。


「矢が切れたら弾倉をそこらに落として交換だ、周りに援護してくれる奴がいなかったら再装填は諦めて大人しく剣使え。もし他のやつと一緒に撃つ状況なら適当に撃つな、狙いがダブってもいいから敵のデカい面積を狙え」

「……すごく実戦的なアドバイスですね、ありがとうございますイチ先輩」

「あと一つ謝っとく、お前みたいなやつのために練習する場所作っておくべきだった。この仕事が無事に終わったら、爺さんたちと相談してそういうの作っておかないとな」

「わ、わざわざすみません……俺、剣しか使ったことなくて……」

「弓って本体も矢もお金かかりますからね、私たちみたいな駆け出しにはちょっと敷居が……」

「どの道このクロスボウはドワーフの皆さまが戯れに作って、俺たちで実験するために貸してるやつだ。これを機に弓のスキル上げたらどうだ? いやそうなると次の課題は練習用の弓矢と的当ての場所か……?」

「そうですね……正直、剣一本じゃ不便に感じる時もありますし……あっ、【弓】が12に上がってる……!?」


 最低限の動きを教えて後は頑張れ、そう思ったらホンダがびっくりしてた。

 今のでスキルが上がったらしい、どういうことだ。


「構える練習だけでそんなに上がったの……? イチ先輩、今は何したんですか」

「えっ、なにそれこっわ……お前大丈夫か?」

「なんで俺の心配するんですか!? いやでもほんとに12に上がってるんですよ、なんでだろう……?」

「……そういえば、スキルが高い人に教わると効率よく上がるとか言われてましたよね。もしかしてそういう……?」


 俺たちを見守ってたハナコいわく、その手のスキルに精通したやつから指導してもらうとすぐ上がるそうだ。

 まあ、そんなんで楽々成長できるなら誰も苦労はしないと思うが。

 この世界におけるスキルっていうのは「対応した行動をとればオーケー!」じゃない。

 個人の才能、砕いて言えば人の得意不得意次第で上がりやすさが決まる――例えば料理のセンスがなければ上がりづらいとか。


「それか幽霊の仕業じゃなきゃいいんだけどな。良かったらここに訓練場でも作ってやるから、今度一緒にその辺についても調べてみるか?」

「あ、いいですね。実は最近だいぶ余裕ができたから、他のスキルも何か試してみようって思ってたんですよ……投擲とかどうかなとか」

「私もイチ先輩みたいに投擲でも覚えたら咄嗟の時に便利なのかな、って思ってたんですけどね……あれもけっきょく、練習するにも実戦で使うにもお金がかかりますし……?」

「投げナイフなら俺がいくらでも作ってやるよ。そうだな、投擲の練習コーナーでも広場に作って……」


 まったくひどい仕様だが、おかげで自分の得意を見つけるやつだっている。

 この地味コンビがそうに違いない。あれからだいぶスキルも上がったらしいし。

 しばらくすると二人は仕事を思い出して向かったようだ。頑張れよ。


【東側異常なし、そっちはどうだ? 幽霊いた?】


 土嚢に遮られた南側を大雑把に眺めれば、今度はそんなメッセージだ。

 タカアキが東側で手を振ってる、サングラスは意地でも外さないようだ。


【戦闘中】

【何とだよ、幽霊か?】

【幽霊の話はもうやめろ! そろそろ暇ってやつと戦ってる】

【奇遇だな俺もだ。それにしてもいいのかね、ずっと向こうに白き民がいるってのにこんなガンガン照らして】


 やがてあいつはサーチライトの光の量を気にしていた。

 こんな暗闇の中で目立っていいのか、だそうだ。

 しかし「これでいい」というやつがいた――スパタ爺さんだ。

 むしろこんだけ存在感を出せば向こうもたじたじになるとかそういう話だ、ここの賑やかさを見せつけてやれとさ。


【俺たちがいかにヒャッハー!してるか見せつければいいって言ってたぞ。そうすりゃ向こうがよほどの戦力持ってない限りはやって来ないとか】

【ヒャッハー!ね。じゃあ機関銃でも撃ちまくってもっと賑やかにするか?】

【その時全員からクレームが入ったらサングラス外して詫びてもらうぞ】

【俺の顔剥がすなんてごめんだ、今夜は大人しくしてやるぜ】


 メッセージでそう交わすと、幼馴染はまたつまらなさそうに周囲を見渡した。

 また南に照明を投げてみるが、今のところ照らされて困るような奴はまだだ。

 それと幽霊も、できればこの調子で翌朝を迎えたい。


「あの……だんなさま、ニクさん、お飲み物をお持ちしました……?」


 そうやって薄気味悪い森をいやいや眺めてると、誰かが階段を上ってきた。

 か細い声も一緒となれば、振り向くとやっぱりメカだった。


「……メカ、お前は見張りじゃなかったよな?」」


 残業させた覚えはないのに親切にも働いてくれてるらしい、なんて奴だ。


「え、えっと……あ、あたしもお力になりたくって……あ、こ、これっ、ムツミさんが皆さまのために作ってくれたんですけど……」


 メカはきょどきょどしながら「差し入れ」を突き出してきた。

 大きなトレイに乗ったおにぎりの山に、保温容器入りの飲み物と紙コップだ。

 海苔の黒さと香りにやられてしまった、おばちゃ――ムツミさんありがとう、いただきます。


「ムツミさんかよ、あの人ほんとすごいな……」

「ん、いいにおい……」

「一人二つまでっていわれてますけど、も、もし足りなかったらいってくださいね? ムツミさんが、まだ作りますよって言ってましたから」

「まだ作るってどういうこと? まさか食堂にいるのか?」

「あ、明日の朝ごはんの仕込みをしてるみたいです……」


 もしやと思って拠点を振り返ると――食堂に灯りがついてる。


「あー、うん、わかった。ありがとうメカ、配り終わったらムツミさんに礼言っといてくれ」


 わざわざ俺たちのために作ってくれるなんて本当にいい人だな、あの人。

 しかもボトルの中は熱々の日本茶だ、香ばしい。

 窓の縁に紙コップを置いて一口かじれば――おや、あまじょっぱい卵焼き。


「はいっ……♪ あの、大変かもしれませんけど、がんばってくださいね?」

「残念、すげえ暇だ。他のやつらもそうだろうから熱いお茶でも飲ませてやってくれ」


 それから少し塩気の効いたおにぎりに「うまかった」と伝えるように頼んだ、お代に頭を撫でてやった。

 一つ目の隠れたさらさらな髪が気持ちいい。くすぐったさそうだ。


「おっ♡ うぇ、うぇへへへへへ……♡ だ、だんなさまっ……♡ 気持ちいいです……♡」

「ん、ぼくは?」

「ニクもだ、ぐっどぼーい」

「んへへへへへ……♡ うっとり……♡」


 けっきょくわん娘も一つ目イドも撫でてやると、また暇ができてしまった。

 退屈さにおにぎりのうまさとお茶の熱さがしみる、これで何事もなければ完璧だ。

 向こうはごまんと伐採されたくせに暗くて不気味だ――またしばらく経つと。


「おい、ムツミさんから差し入れがあったがどうしたんだ? 誰か夜食の注文でもしたやつがいるのか?」

「タケナカ先輩か。あの人のはからいだ、俺たちのために明日の仕込みついでに用意してくれたってさ」

「……寿司は作るわ、おにぎりはこしらえてくれるわ、料理ギルドはどうなってやがるんだか」

「しかも絶妙にうまいんだよな、これ……時間帯にあわせて味付けもツボをついてきてないか?」


 と、湯気立つ紙コップ片手にタケナカ先輩が回ってきた。

 感触したであろうおにぎりに満足な顔だ、お茶をすすればクロスボウを見張り番らしく持ち直し。


「こんな時だからいうが、この依頼に付き添って役得だな。うまい飯は食えるわメルタは稼げるわ、あまつさえスパタ爺さんが俺にこいつをプレゼントだとさ」

「プレゼントって、そのクロスボウか?」

「ああ、酒を飲む奴が俺ぐらいしかいねえから貴重な飲み仲間だとかいって、気前よくタダでくれやがった」

「はは、そういえばあの人と良くつるんでたよな」

「向こうから良く絡みに来てくれるだけだ。まあ、気も合えば話も合ういい爺さんなのは違いねえ」


 やっぱり向こうも暇だったか、手にした得物に少しご機嫌だ。

 この人はスパタ爺さんと良く酒に付き合ってるそうだけど、それが親愛の印をもたらしたらしい。


「"ボルトシューター・マーク2"か、こじゃれたもん作りやがって。サイトウが見たら死ぬほど欲しがるだろうなこりゃ」


 監視先は側面に刻まれた名前だ。どうにも感心してる。

 やがて持ち心地を確認すると、すっ、と自然な身なりで構えだした。

 ホンダと違ってかなりスムーズだ。足の開きといい、被弾面積を小さく見せる背の丸め方といい、明らかに違う。


「さっきホンダの構え方を見てやったばっかなんだけど、あいつと比べてなんだか手慣れてるな?」


 構え方が明らかに他とは違う、まるで慣れてると言えばいいのか。

 なんとなく気になってしまえば、向こうはなぜか一瞬顔に戸惑いを見せた。


「……まあな、ちょいと覚えがあるだけだ」


 しかも続く言葉がこれだ、何か隠してる。

 更に言ってしまえば指向性地雷のセットを手伝ってくれたこともある。この人はなんというか、そういうのに妙に詳しい。

 まさかミリオタだとかいうオチか? いや、にしては()()()すぎるような。


「っていうかさっきも地雷の設置に理解が深かったな、なんで知ってるんだ? ゲームとか?」

「それはだな……なんつーか、いろいろ複雑でな」

「あー、もし言いづらかったら無理しなくていいぞ。実は海外で傭兵やってましたとか、殺し屋だったとかそういう事実でも俺は否定しないからな」

「俺を何だと思ってんだこの馬鹿野郎。もういい話してやる、俺の前職が関わってんだよ」


 次第に「タケナカ先輩傭兵or殺し屋説」が口が出て来れば、本人は怒り半分、複雑さもう半分だ。

 なんにせよこの人の素性はすごく気になる。


「こうなる前のか? どんな仕事してたんだ?」


 いざ聞いてみれば、タケナカ先輩はけっこう戸惑った後に。


「……自衛隊さ。それなりにやってたつもりだが、いろいろあって去年辞めた」


 諦めを込めて話してくれた――自衛隊と。

 どんなものなのかは知ってるし、今の俺ならその本質も良く分かる。日本を守るやつらのことだ。

 でも意外と「ぴったり」を感じた。

 この人にそのまま迷彩服でも着せれば、確かに様になるだろう。


「タケナカ先輩が? なんていうか……そう言われるとあてはまるな、俺あんまり自衛隊のこと知らないんだけど」

「そりゃいい意味で口にしてると受け取ってやるが、まあ自分の身にあった仕事だと思ったのは違いねえさ」

「どれくらいやってたんだ?」

「十五年以上だ」

「十五年も。おいおい、まさか目の前にいるのすごい人だった?」

「そうだな、お前、()()()()()って知ってるか?」


 正直驚いたが、それに気を良くしたのか話が進んできた。

 それから出てくる「レンジャー」という言葉に思うことはいろいろだ。

 うろ覚えだけど自衛隊のすごいやつだったか。あのゴツいアーマーをきた連中も一緒くたに連想したけれども。


「なんかすごいやつだったよな、動画サイトで地獄みたいな訓練してる様子とか見た気がする」

「そのすげえ地獄なやつだ、俺の誇りだった」

「マジかよ……ちなみにレンジャーならウェイストランドの方にもいたぞ」

「ほう? 向こうにもいやがったか、どんな奴らだ?」

「全員ガチムチで敵を見かけたら全員ぶちのめすような人種だ」

「じゃあ大体一緒だろうさ。ケツも青けりゃ思考も安っぽいガキのころ、()()()()()にあこがれてたんだが……そのころちょうど広報官のやつに誘われてな」

「長くお勤めだったらしいな。てことは、あんたは俺の上官みたいなもんか」

「上官? どういう意味だ」

「俺も一応軍人だ、擲弾兵ってやつらの仲間さ。階級は上等兵――冗談じゃないぞ、ガチだ」

「こっちは本物の軍隊か。まったくお前は、どんだけ情報量があるんだか」


 タケナカ先輩はお茶を片手に思い出に浸り始めてた。

 ニクが首をかしげてるのを目にすれば、ふう、と重そうに息を吐いて。


「お前の言う通り訓練は大変だわ、人間関係もそう楽じゃねえわ、しかも政治的な事情が絡んでけっして楽じゃない仕事だったのは違いねえさ。それが自衛隊だ」

「今のうちに円満に辞めれたかどうか聞いたほうがいいか?」

「何もかも嫌になってぶん投げた、円満ともいうだろうな」

「嫌になった? なんかトラブルでもあったのか?」

「考えの問題だ。俺はその時が来るまでどんだけキツくてもやってやるって誓ったまま、それなりに楽しくはやってたんだがな。それが自己表現できる唯一の方法だった、ってのもあるが」

「それが辞めるってなると相応のワケがあるみたいだな。あんまりあれなら話さなくていいぞ」

「いいや、どうせだしお前も道連れだ。その前に俺が辞めた理由が何なのか当てて見ないか?」


 相当な複雑な背景があることを顔と全身の雰囲気で伝えてきた。

 やめた理由はなんだ? と表情が質問してる、そう言われて浮かぶのは……。


「勤め先で嫌なことでもあったか? なんかこう、意欲を削がれるような奴とか」

「そうだな、あながち間違っちゃいねえ。もう少し掘り下げてみろ」

「うーん……働く理由がなくなった? 燃え尽きたとか?」

「まあ、それでいいだろう。その通りだ、あそこでやってく理由がなくなった」


 あたりだ、意欲の問題らしい。

 するとタケナカ先輩はため息をそっとついて。


「イチ、変なことを言うぞ」

「大体は受け入れてる、どうした」

「俺はな、ガキの頃から本気で日本の力になりたかった。でもな、今や向こうは国のためだとかほざこうものならなぜか馬鹿にされる時代なんだぞ? んで、ある時そのことをとうとう自分の身に重ねちまったわけだ」


 言いたいことをやっと吐いた、とばかりに言いきった。

 この人はまっすぐだったらしい。

 でもそんな人柄と元の世界の流れは、絶妙なまでタイミングが悪かったんだろう。

 もちろんその事情は分かる。あっちの文化にAIが浸透する前は、自衛隊が好ましくない連中がぎゃーぎゃー騒いでたのだから。


「あんたはシンプルだったんだな、もちろんいい意味で」

「ああ、単純だ。俺の人生が無意味だって気づいちまった直後、もうやる気が出なくてさ」

「それでやめたのか」

「もったいないとか言うなよ? だがな、あっちじゃAIが生活に関わっていろいろと世の中が変わっただろ?」

「確か自衛隊もAIを導入したとか言ってたな。無人兵器だっけか」

「そうさ、俺たちもまたその流れの中だ。政治も変わっていきなり無人で戦うやつが導入されたもんだから、人間様もそりゃ大混乱だ。いきなり組織の仕組みも変わって、やめるやつが続出してたからな」

「辞め時がいろいろ重なったか、気の毒に」


 そしてタケナカ先輩の気持ちと世の中の変化が重なって、折わるく退職まで繋がったようだ。

 現に強面な顔はやってられるか、とばかりの思い出をまだ引きずってる。


「それからいい年してしばらく無職だ。何せあの世界で再就職のアテもないんだからな、最悪だった」

「ワオ、俺が面接嫌いな理由を良く分かっててくれたんだな」

「お前はちゃんと真面目に向き合って慣れろ。それでだらだら暮らして、SNSの広告につられてMGOにログインしたらこの有様だ」


 最後は苦笑いだけど、なんとも世知辛いルートでここにたどり着いたみたいだ。

 妙に強かったりする理由もこれで判明だ。

 自衛隊のレンジャー、そんな肩書を捨ててここに迷い込んだらしい。


「お次は異世界へようこそ、と。確か商業ギルドのとこで働かせてもらって、その次は冒険者に再就職か」

「この歳で剣と魔法の世界に来るなんて誰が思うかよ。まあ、そういう経験があって「戦いが資本」ってのに抵抗がないのが救いだった」

「俺ってさ、我ながらすごい人生歩んでた気がしたけど……話してもらってよくわかった、まだまだだな」

「お前のせいでもう冒険者から抜け出せなくなったのを忘れるなよ? 今じゃスチールだ、かかる責任もデカいんだぞ」

「でもよかったじゃん、受付の姉ちゃんあんたのことに夢中らしいぞ」

「おい、ここでその話は止せ」

「あの人相変わらずことパシらせてくるけど、雰囲気からしてやっぱタケナカ先輩が一番気に入ってるみたいだ。今度冒険者じゃない方向性でお話してみたら?」

「しかもなんて無茶ぶりしやがるこいつは。お前な、大体こっちの歳ってのを考えてみろよ? 向こうは人間じゃないとはいえまだ二十歳なんだぞ? おまけに忘れちゃいないよな? ありゃギルマスの娘だ」

「あの人俺と同じぐらいかよ。でもさ、ほんとに好きなやつなら生い立ちも年齢も種族も気にしないだろ、試してみるつもりで偉そうに接してみろよ?」

「いやだから……ったく、人の心境も知らず偉そうに言いやがって……」


 しかしそんな人生もなんだか悪くない、と鼻で笑うところまで行きついてる。

 変わった人生を歩んだ坊主頭の先輩は「はぁ」と笑うように溜息をつくと。


「……でもそうだな、スパタ爺さんも俺のこと勝手に友人だとか決めつけて勝手に親しくしてきやがる。年齢だとか種族だとかも全然違うってのに、この世界の連中はそんなもんに色眼鏡つけずに接してくれてるよな」


 良い方向性で諦めがついた、といった感じだ。

 その調子だタケナカ先輩、きっと受付の姉ちゃんもそうして欲しいはず。


「ギルマスの娘さんだってそうだと思うぞ。タケナカ先輩の人柄しか見えてないんだろう」

「……イチ、実はそのセリフを言われたのは二度目だ」

「他に言うやつがいたのか、どちら様?」

「よりにもよってシナダだ。あいつの彼女と一緒に言われた」

「じゃあ正解だな、応援してるぞ」

「こういう時変に茶化さないのがお前のいいところだ。分かった、そうするさ」

「それでよし。じゃあその代わりお父さんは俺が貰うね……」

「前言撤回だ気持ち悪いことねっとりいうなこの馬鹿が」


 腹も決まったか、ギルマスの娘さんと距離を縮める気持ちもついたようだ。

 その代わり胸板逞しいお父さんは俺が貰った、そこで待ってろよギルマス。


「ほんとにお前は変わったやつだな。とにかく前進して強行突破するような人生歩んでると思ったら、しっかり周りのことを良く見てるじゃねえか」


 こんな暇つぶしが終われば、話し相手の顔色は晴れ晴れしてた。

 言いたいことを言えてすっきりしたんだろうか、なぜだかそう見える。


「ボスにそう教わったからな、戦場じゃ良く見て早く動けってな」


 そう言い返してやって、お互い軽く笑みが浮かんできた――そんな時だ。

 照明の向かう木々にまた目がゆくと、木々の間で何かが動いた気がした。


「……ご主人、また何かいる」


 うとうとしてたニクも気づいてた、南の方へ耳をピンと立ててる。

 タケナカ先輩も何か感づいんだろう、その光景にそっとクロスボウを構える。


「二人とも。実は俺も何か見えたっていったらどうする?」

「ここにいるやつらで何か感じたってこたー、大体マジだ。どのへんだ?」

「ん、あのあたり。森の奥の木が開いてるところ」


 考えうる「まさか」がきたのかもしれない。

 わん娘の指が教えるあたりを見ながら、俺は投光照明を森の中に向けて。


「あそこか……? おい、一応武器準備しとけ。もしかしたら最悪のパターンがおいでなさった可能性があるぞ」


 少しずつ、その光景を探った。

 目下の土嚢を超え、その先の穴もまたぎ、巡った鉄条網をよけたその奥。

 光で森の暗闇を切り裂けば、草木を浅く蓄えた様子に明るさが重なり……。


『――!?』


 そこで動く何かが触れた。

 明るさを投げかけるその先で、()()が「眩しい」を腕で表現してる。

 人の形だ。外の影満ちる光景に見合わぬ白さが、光で強く強調されてた。


「おっ……おい、ありゃ……!」


 すぐにためらいもなくタケナカ先輩がクロスボウを構えるのも無理はない。

 だってあれは、あの形は――


「ああ、白き民だッ! マジで来やがったなあいつら!?」


 白き民だった。

 いいや、そこに「ども」とつけるべきだろうな。

 立派な鎧をつけたナイトの群れが、後ろめたいこそこそとした姿勢から堂々と立ち上がっていく……!


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