27 都市までEVカート数分、四面楚歌みたいなクソ物件
皮肉だ、倫理観を片っ端から諦めた戦前の社会性がまた助けてくれた。
いったい何を閉じ込めていたかはさておき、貨物を分解すると金属を主にいろいろな資源が手に入った。
150年も潰れたままのコンテナが消えて風通しの良くなった機体は、ドワーフ族の大切な資源に早変わりである。
ベレー帽エルフたちには、制圧ボーナスが二つで10000メルタの追加報酬だ。
ここに魔獣の抜け殻の価値も足せばそれだけでも相当な稼ぎだろう。
それからスイカも忘れずに。総じてそれなりの成果になった。
和気あいあいとアサイラムにご帰宅する頃には他の連中もそんな感じだった。
白き民と一戦交えたのか落とし物を戦利品にするやつ。
開拓当時から残る廃墟から何かしら目ぼしいものを見つけたやつ。
そういった具合で全員無事、五体満足の総帰還だ。
「――って感じで廃村と墜落現場を調べてきた、どっちも脱落者なしでクリアだ。タケナカ先輩たちはどうだった?」
そして初日の調査が終わった夕暮れごろ、俺たちは広場に集まってた。
食堂から漂う香ばしさに『いももちにはチーズだよなぁ!?』とタカアキの声が混じった気がする。
それはさておき、誰一人欠けることなくテーブル上の地図を囲んでいて。
「こっちは北東側にある場所を二か所調べてきたぞ。お前にも伝えたが廃農場に白き民が居座ってたし、近くの森には小屋がほったらかしにされてたぐらいだ。この様子だと奥にまだいやがってもおかしくねえ、気を付けろ」
「ナイトとかメイジとか敵がいっぱいでしたよ、タケナカ先輩とヒロインの人達がいなかったら俺たちヤバかったです……。あ、それと風車塔から周囲を見渡したらもっと北西の方に地図にあった屋敷を確認しました。だいたい墜落した飛行機の北あたりかな、絶対白き民いると思うんですけど……」
「他には二階建ての近代的な建物も見えましたね。そんなに遠くない距離感でしたけど、多分地図にあった"書店"じゃないかなって…」
まず、新米率いるタケナカ先輩とホンダ&ハナコの報告はこうだった。
俺たちのずっと東で二つほど調査したそうだけど、分かったことは白き民の気配と厄介な転移物の姿か。
それでも中々の成果だ、連れ添う人外美少女数名も戦利品の武具やらスペルピースやら抱えて上機嫌だ。
「北方面だけでも魔獣に白き民ね。テュマーの可能性を考えたら、そっち側は俺たちが行くべきか」
「まったくどうなってやがるんだ、クラングルから離れりゃこうも人の命を狙うようなのに満ち溢れてるんだぞ? 完全武装した白き民が当たり前のように出て来やがった」
「犠牲なしでやっつけてきてくれたみたいだけどな」
「ああ、ハナコがいてくれて助かった。それからだ、森の方にはガストホグだのワールウィンディアだのがいろいろ生息してたぞ。ドワーフの爺さんどもが言うには「こっちから刺激しなきゃ問題ない」ってことで安全地帯ということにしてもらった」
オーケー、チームタケナカの頑張りで北の状況がまた少し分かった。
さてお次はお隣の日本人顔強めな冒険者たち、ヤグチとアオ率いる六人編成だ。
「ヤグチたちはどうだった? お前らも白き民とひと悶着あったような感じだけど」
「俺たちは川沿いの方を調べてみたよ、だいたいイチ君たちの西側だね。ずっと上っていったら水車小屋と集落があったんだけど、案の定あいつらがいたんだよね……」
「うん、白き民がめっちゃいたよ。ソルジャーぐらいのやつがそこで守りを固めてて、こっちに気づいた瞬間わーって襲い掛かってきて……」
体格差激しい戦士系カップルは「やばかったよね」と揃って嫌そうな顔だ。
頑張り具合は嫌でも分かる、ヤグチは盾も鎧もボロボロ、アオはずたずたの布鎧に欠けた長柄武器と思い出いっぱいだ。
「や、ヤグチさんすごかったッス……! 敵の攻撃ガンガン防いでくれて、その間に俺たちが横から突っ込んでもう乱戦でした!」
「すごかったよね、うん……やっぱ死線を潜り抜けた奴は違うってやつ?」
けれども全体的に顔色は明るい。
チャラそうな金髪の男女が当時の興奮抜けきらず、という様子だ。
「アオ先輩が指示飛ばしてくれたおかげで、数倍以上の敵に勝てちゃいました……戦利品いっぱいで持ち帰るのが大変で大変で……」
「川を利用して敵が濡れたところに電撃魔法で痺れさせたんだ! もう一網打尽でさ!」
トゲつき棍棒がものものしい黒髪ボブな子や、杖を持った中学生ほどの少年もまだ緊張が続いてる。
全体的に多少の怪我はあれど心配はいらなさそうだ。
なにせ後ろで厳選された白き民の武具が積み上がってる――たくましいなオイ。
「お前らが冒険者ライフを楽しんでるようで何よりだよ」
「で、でもごめんね? 俺たち一か所しか調べられなくって……」
「いや、この戦利品の数見たらいろいろ分かるから気にすんな。すげえ数相手にすげえ勝利を収めた感じがひしひし伝わってきてるところだ。よくまあ退かずに賑やかにやったもんで」
「逃げても追いつかれそうだったしね。それに白き民絡みの仕事、何度もこなして慣れてたし」
「経験が生きたね、私たち……どうしてこう、都市の外って危険すぎるんだろう……」
こいつらの奮闘あって貴重な情報が一つ足された、北西もやばいかもしれない。?
匙をぶん投げた開拓者の気持ちがそろそろ分かってきた。
「なあタケナカ先輩、俺たちひょっとして敵に囲まれてる?」
「次の報告次第だろうな。村やら牧場やら半端なまま諦める理由がいいところまで分かりかけてるぞ、フランメリアってのは大自然までイカれてやがるのか?」
「俺が呼び寄せた転移物抜きにしたって危険しかみえてないぞ、今のところ」
一度話を途切れさせてから、坊主頭と一緒に地図をじいっと強く眺めた。
今までの情報を付け足した周辺の様子があるわけだが、北側だけで不吉なシンボルばかりが並んでる。
様々な場所に白き民、魔獣とあからさまな危険がたくさん、おまけのテュマー入り物件も混じっていて。
「オーケーみんな、今ここではっきり言わせてくれ。これじゃまるで――」
「これじゃまるで戦場っすねえ、あひひひっ♡」
「あー、そう、まるで戦場。どうなってんだ馬鹿じゃねーのこの国」
誰が言ったか、ロアベアか、抱っこした生首が代弁してくれた。
渡る先が敵意だらけなのだ、みんな取れた首に構えないほどどんよりだ。
「私の知りえる情報ではこの国の民はフィジカル強め、戦意ブチ上がりのバーサーカー気質な癖があると教わった。フランメリアはそれだけの力がないとやっていけない世であった可能性、きわめて大」
ずりずり引っ張ってきた椅子の上でようやく対等な目線を得たオリスも、地図を通してこの世の実情が見えてそうだ。
こんなおかしい土地を住めるように整えたのも、きっとフランメリア人の強さあってこそなんだろう。
つまりぽっと出の現代人冒険者が試されるには過酷すぎる環境だ、俺たちの手に負えるかこんなん。
「で、今こうしてこんなイカれた大地に挑んだ先人たちのすごさが伝わってきてると?」
「彼らの強さがあってようやく対等に拓けるようなと世界と思われる。つまり我々には荷が重すぎる、俗っぽい表現で「あたまおかしーくるっとる」という感じ」
「ねえお兄さん、白き民でも大変なのに魔獣もあんなにいるんだからここが呪われた土地かなんかみたいに感じてきたよ……」
「それに魔獣というのは一種見かければ他の種も必ずいるようなものです、近辺にエーテルブルーインと限らず他の獰猛な敵も生息しているかと……」
白髪ベレー帽の左右でトゥールとホオズキの物言いも連なって、地図から安寧が遠ざかった気がする。
「で、最後の報告だけど……」
最期は間を挟んでテーブルの端、新米ヒロインだらけ一組の成果だ。
傍らの可愛らしいロリどもと違って美人のお姉さん揃い、ただし人外のだが。
文学が好きそうな黒髪狐耳な眼鏡ッ娘だとか、紺髪四白眼の悪魔ッ娘だとか個性が強すぎる。
「はいはーい、あーし報告あるよー」
中でも存在感が突き抜けてる――明るい茶髪の姉ちゃんが挙手。
ふわっと陽気に伸ばした髪型の下、何人たりとも優しくしてくれそうな笑顔が【ストーン】を飾ってた。
非実在系のハイ・スクールの制服を着崩して、部分的な鎧をくっつけて、ばさっと白い羽を広げた格好はなんというかまるで……。
「えーと、そこの……カジュアルにヴァルハラ連れてってくれそうな姉ちゃん? あんたらはどこ行ったんだっけか?」
「あーしヴァルキリーのチアルね、みんなで南側行ってきたよ~」
戦乙女だ。MGOから現世に染まった方の。
いい笑顔だけど腰にはしっかり長剣入りの鞘がある。未来の俺、また変なの生まれてるぞ。
「南か……どうだった? 今の話の流れに沿うようなひどさか?」
「うん、まじひどかったし! ねね聞いてよいっち、こっから南に森あるっしょ? フェンスの向こう側にわさわさーって」
「あるな……いっちってなんだ」
「ん! いっち!」
ゆるやかな手ぶり身振りが言うにはここから南になんかあったらしい。
それから俺の呼び名は「いっち」だそうだ、お友達のヒロインは苦笑いだ。
「んもー、まーた呼び名増えてる……で? なんかあったん?」
「そこずうっと進んだら「とりで」あったんだよね。そこいったら白き民めちゃくちゃいてさ、もー大変だったんだ……初めてのガチ白き民……」
「あいつらがいたんだな。聞くまでもなさそうだけどどっちが勝った?」
「もちろんあーしたち! もう圧勝だし! すごいっしょ? 褒める? 褒めちゃう?」
「えらい、よくやった」
「やったぁ~、じゃあさ、あーしとフレンド登録しちゃう? しよっか?」
「どうぞご自由に。それで見つかったのは――おいお前ら、元気なのはいいけど俺が知りたいのはこいつの連絡先じゃないぞ、この人生最大のクソ物件の身の回りについてだ」
あまりの親しみ深さに話がぐいぐい変な方向へ引っ張られてる。
でも実力は本当だろうな、そいつらの後ろじゃ損傷激しい白き民の装備が積み上がってる。
「……イチ先輩。チアルさんが言うように、私たちはお手すきの南側に向かいました。森を抜けた先で砦にいた白き民を倒した後、高台から見渡したら遠くで廃墟を見つけたんです」
どやってる馴れ馴れしさに補足が入った。眼鏡な狐女子からの贈り物だ。
囲んでる地図に向かうとしゃっ、と一味加えてくれたようだ。
ここからそこそこ離れた砦から更に北上して、そこに【町】と書き込まれ。
「どんな廃墟だ? まさか近代的な方じゃないよな?」
「フランメリア由来のものですね。作りかけの町がそのまま残ってました」
「ゴーストタウンって感じじゃなさそうだな、もしかすると――」
「あーしがお空飛んでみてきたら白き民いたんだよね、頑張って倒したのにまだいるとかまじふざけんなし! ってことであきらめたんだよね~、あれすっごいいると思うよ~?」
陽気な戦乙女の証言も混ざりにきて最悪なニュースに変わった。
でも悪い知らせは続くのが定め、「みてみてこれ!」と画像も送られてきた。
ズーム機能で写されたスピリット・タウンより少し上の町並みに、白い輪郭がぽつぽつ浮かぶ心霊写真だ。
「お前と今気持ちが一つになったぞ、マ・ジ・ふ・ざ・け・ん・な」
「お~、いっちドスこもってんじゃん。どうすんのさこれってみんなで悩んじゃったよ」
「ああそうだな、戦車引っ張ってきてもらって砲撃ぶちかますか考えてるぐらいだ――おいどうなってやがんだアサイラムは!? どこみても危険地帯じゃねーか!? ここでスティングの戦いやらせるつもりかクソが!」
「戦車ぶっぱするとこあーし見てみたい!! ところでスティングってなーに?」
「人生最大級の思い出が詰まった場所だ。知らない方がいーよ」
と、周りがひどい事実で塗り固められればもはやいいニュースなんてない。
きらきら明るく詰め寄ってくるチアルならまだしも、あのタケナカ先輩の顔に後悔の念が浮かぶほどだ。
「スパタ爺さんが冒険者ギルドに増援を頼むって言ってたが、こりゃ大正解だろうな……いざフタを開けたらこれだぞ?」
「ああ……この世界に来てこんなにやべーと思ったことないぞ俺。スティング思い出した」
「スティングがなんなのかさっぱりだが、お前の物言いからして非常に悪い例えなのは分かるぞ。なんにしたってこいつは……」
「一歩間違えれば敵陣真っただ中だな。それかもう間違えてるか」
坊主頭と一緒に覗き込めば、何度見たって地図はこうだ。
北も南も白き民と魔獣、西と東も恐らく同じ。更にテュマーを匂わせる転移物が各地に散って危険地帯を描いてる。
俺たちはフランメリアのヤバさのど真ん中に放り込まれてるわけである。
次第に気持ちが「なんでこんな依頼受けたんだろう」に代わる頃だった。
「――やあみなさん。狩人ギルド所属のミナミ、ただいま戻りました。なんか悩ましそうですけど進捗のほどはどうですかね?」
「お前さんら、調べに行かせたやつらが戻ってきおったぞ! 場所の特定も済んだそうじゃ!」
誰かきた、くたびれ中年男性とすっかり慣れ親しんだ近代的ドワーフだ。
前者はミナミさんと呼ぶ。尖った【アイアン】の首飾りは出世した証拠だ。
「おかえり、帰ってきて早々こういうのどうかと思うけどそこら中敵だらけだ。援軍要請して正解だこれ」
「こりゃ守りも固めた方がいいかもしれねえぞ。だが周囲の状況は掴めた、こっちも大きな収穫だ」
情報が足されたテーブルへ案内すれば、向こうも相応の顔色に早変わりだ。
だけど狩人の方は丸めた紙一枚を脇に抱えており。
「大変なことになってますねほんと……私たちは道中目印を置きながらクラングルを探したんですが、やっと足掛かりを掴めましてね。市に伝えたところここがずっと南東にある未開の地、数十年前に放棄された場所で間違いないと判明しました」
「その時の開拓予定図やら引っ張ってもらってその写しを持ってきたわけよ。ほれ、この地図がそうじゃ。どうもここは――」
散々囲んだ地図の隣に、ここの正体が大きく広げられた。
「人々に忘れられたフランメリア最後の開拓地じゃ。はるか北にはクラングル、ずうっと東にいきゃ農業都市に通じる場所ってとこよ。二つの都市にもっと繋がりを持たせようとしたままとん挫した大きな廃墟そのものじゃよ」
大体の検討で描かれたものとは異なる、はっきりとしたこのあたりの地形だ。
地形の起伏と広い土地に良くも悪くも恵まれ、北から下りてくる川が幾つもの枝分かれの末にここにたどり着く。
手つかずの土地には欲張りに予定地が刻まれてるが、クラングルへ続く街道は未開の地をずっと抜けた先である。
東へ愚直にまでまっすぐ行こうものなら【農業都市】ともう一つの都市までたどり着きそうだ。
「フランメリアの人達はこんな刺激的な場所を忘れるのか?」
言えることといえばなんだと思う? 皮肉だけだ。
この返しにはスパタ爺さんも困ったらしく。
「何も開拓しとったのはここだけじゃないんじゃぞ? ここはそのほんの一部、それも失敗したような場所じゃ。アバタールの死後にできた都市を繋ぐ街道のせいもあってこんな半端なもん、当時のごたごたに飲み込まれてご覧の有様よ」
「スパタ爺さんたちも忘れるほどにか」
「ちなみにわしらの里周りはこつこつ作業を続けておってな、このような廃墟はゼロじゃぞ」
「で、ほったらかした結果がこの有様か? 最高だ」
「うむ、こりゃもう戦車引っ張ってきて火力増強してぶちかますのが一番じゃと思うわし。とりあえずなんじゃこの、町そのもの残っとるって、白き民住み放題じゃないの」
「ちょうどそこのみんなに優しいギャル系戦乙女とそんな話してた」
「おじーちゃん! あーし戦車乗ってみたい!」
「お前さんも火力をお望みか? よいぞ、おじいちゃんに任せんか」
深刻さも伝わったようだ、明るい戦乙女に戦車の約束を取り付けてる。
しかし黙って悩む俺たちじゃない、ハナコが「ちょっと失礼します」と前の地図を引っ張って。
「……一体前の人達はどんだけ欲張りだったんですか!? あれこれあちこち立てまくってるせいで十や二十じゃない量の廃墟立ちまくってるんですよ!?」
今分かる範囲だけの情報をがりがり腹立たしそうに書き写した。
ハナコがキレるのもしゃーないと思う。
だって地図には都市にめがけて当時の連中の皮算用が乱立してるのだから。
【花の村】とか【要塞】とか【風車の町】だとか大げさな計画が無秩序に散らばり、それだけの廃墟を生んでそうだ。
「確かにハナコちゃんの言い分通りですね、なんなんですかこの「ぼくのかんがえた最強の土地」みたいなどんぶり勘定でできた開拓は。元の世界なら社会問題不可避ですよ」
「一応その時の者どものフォローするなら、本当じゃったら建てた計画通り律儀にするはずじゃったんだろうなあ……」
「当時の人達馬鹿なんですか!? あのですね、魔法か何か便利なやり方があるか知りませんけど、こんな人里離れすぎた僻地に補給線も考えず町とか要塞とかぽんぽん作ってどうするつもりなんですか!? SIV6だったら資源も時間も浪費して価値も出せぬまま即終了ですよ!?」
「えーと……SIV6……?」
「おいなんじゃSIV6って」
とうとう口から『SIV6』とか出てミナミ&スパタ爺さんを困惑させてる。
SIV6ってなんだって? 人類の文明を一から作るシミュレーションゲーム、その中毒性から通称『人生泥棒』『寿命泥棒』だ。
「それならまだしもそのまま燃え尽きて廃墟だらけにしてシロアリみたいな化け物住ませて危険地帯にするとか、どう見てもフランメリアを危険たらしめる原因じゃないですか!? 私たち今こうしてすごーく迷惑してるんですけど開拓者の人達馬鹿ですよね? そうですよね!?」
「ちょちょちょっ、落ち着こハナコセンパイ? 地図破れちゃうからもっと優しくしよ? ねっ?」
「破れてしまえこんなクソ地図ッ!」
「おいハナコの、お前さんなんかイチに似てきてるぞ。落ち着かんか」
「そんなの嫌です気持ち悪い」
「良かった今日もハナコが辛辣だ。ホンダ、俺なんかした?」
「ハナコのこと「これだから氷属性は」とかいったのまだ根に持ってるんだと思います」
ハナコ(おっかない)の怒りが静まったのは、チアルとスパタ爺さんになだめられてやっとだ。
ぜーぜーいいながら出来上がったのは、偵察結果が加わって情報が濃くなった地図が一枚。
「……俺たちの気持ちを代弁してくれてどうもハナコ。まあつまりだ、この地図通りにアサイラム周辺が敵だらけってことだ。投げ出したい気分だけどそうもいかないとなると守りを固めた方がいいよな?」
で、この戦場のど真ん中に放り出されたような状況をどうするかって話だ。
拠点にお客様お邪魔しにくるケースは幸いなかったが、じゃあ今後は?
ここの正体を見てしまった以上は外敵に備える必要がある、万物の共通点は「備えねばやられる」だ。
「今のとこ奴らがくる気配はないが、この土地柄を考えりゃいずれは相まみえるじゃろうな。わしも周囲の地形やらここの備えやらをその時に備えて最適化しとくべきじゃと思う」
「並行してあいつらの足場になりそうな場所も潰さないとな」
「その件でわしらもう話し合ったぞ、燃料かき集めてここに戦車引っ張ってくるつもりじゃ。防御強化についていろいろ案は練っといたからの、安心せい」
「こっちも旅客機の貨物で資源がまた溜まったところだ、後でいじれる場所はいじっとくか」
「うむ、白き民どもに目に物見せてやろうぜ。冒険者も追加で募集したから戦力も増強予定じゃ」
スパタ爺さんが言うにはここに戦車が運ばれるらしい、とりあえず強力な火力は一つ確保か。
だが残念だったな白き民め、こちとらストレンジャーだ。
ブラックガンズで学んだ知識で指向性爆薬を添えてやってもいいし、タチの悪い原始的な罠を巡らせてもいい。
毒親育ちはこういう時に知恵が働くもんだ。頭の中にはお客様歓迎用の罠の数々が浮かんでるが。
「とにかく思いのほか外が危険じゃと分かったのはデカいさ。今日のところはここまでじゃ、お前さんらの活躍には感謝しておるぞ」
「横から失礼すんぞ。危険な未開の地をよう歩いたもんじゃなお主ら、回収した白き民の装備はわしらに任せろ。買取から加工まで色つけてやったる」
「色々判明したが今のとこは安全だ、仕事は切り上げて明日に備えとけよ。今日は機嫌がいいからお前らの武具の調子も特別にタダで見てやらあ」
ステーション側やってきたドワーフたちもそこに加わって、本日のお勤めに区切りがついた感じだ。
丸ごと手に入った旅客機にご機嫌らしい。とってもにこやかだった。
「……だそうだ、依頼主がそういってるなら解散だ。色々気になることはあるだろうが休め。だが念のため今後の見張り番も前以上によく考えておくべきだな、後でその点について話し合うぞ」
続いたタケナカ先輩がそう言葉をかけると、あれだけの空気も一瞬で溶けた。
きっと疲れが勝ったんだろう。みんなようやく緊張が抜けたように見える。
「スイカが冷えたゾ、みんな食わないカ! おかわりし放題だゾ!」
「川で冷やしたスイカだよ、おいしそう……」
いいタイミングとばかりに、わん娘とお魚ヒロインも何かをいっぱい抱えてぽてぽてやってきた。
川でよく冷えた小玉スイカだ。ちょうど一仕事終えた身に効きそうである。
「スイカ! あーしスイカ大好き! 斬ってあげるから食べよメーア!」
「オマエが斬ったらスイカ割りになるからだめダ。ホオズキ、うまそうに切ってくレ」
「我々、緊張感ありませんね……ちゃんと斬ってあげますので台所まで行きましょうね、お塩はあったでしょうか?」
「ここで斬らないのカ?」
「斬りません! 私が刀使いだからってそうも無節操なわけないでしょう!?」
スイカに目がなさそうなやつらはわいわい食堂へ向かってしまった。
タケナカ先輩も「これなら大丈夫そうだな」と苦く笑うほどだ。
「スイカで喜べるぐらいの余裕があるなら平気だろうな、まあ明るく行こう」
「ああ、それに本物のスイカが食えるんだしな」
「そういえば元の世界じゃ高級品だったか?」
「スイカなんて食うの久々でな。イチ、お前だけに言うが実はちょっと楽しみだった」
「俺もだ、晩飯前に軽く水分補給だな」
ここにいる連中もひとたびオフになればゆるい。
肩の力も抜いて荷物も降ろしてさっそく思い思いにやり始めてるし、今なんてスイカまっしぐらだ。
落ち着いた佇まいの食堂は、今日も表現しがたい美味しい匂いが漂っていて。
【本日の目玉商品! ホッカイドウの郷土料理『芋餅』! みたらし、バター、甘さほどほどゴマだれでどうぞ。塩気が欲しい? ベーコン&チーズだ! お値段-あなたの感謝の気持ち】
と、ふざけたタカアキの怪文書がお出迎えだ。
白き民もまさかいきなりここを陣取った挙句、じゃがいも料理とスイカを食ってるなんて思わないだろう。
「いやまあ、あんなとんでもないのが平然と置いてあるような場所なんですから大丈夫だと思うんですけどね、ここ……何があったんですか一体……」
ほとんどの奴がスイカ目当てに駆け込むところ、後ろからそんな声がした。
見ればミナミさんがどこか向こうを気味悪がってた。
原因はすぐ分かった。広場から宿舎にかけての途中で、妙な青白さがもっさり地面を覆ってたからだ。
「対戦車火器お見舞いしてやった」
「それはずるいですねえ……でも、エルダーの抜け殻とか見るの初めてですよ。あとで触ってもいいですか?」
「……なあ、あれがすごいもんだってのは嫌でも分かるが、気味の悪いモンいつまで置いとくつもりなんだ? 俺たちが寝る前にできれば片づけてほしいんだが」
「ですねえ……っていうかあれ、どうやってここまで運んだんですか……?」
「イチから聞いたんだが居残り組の連中にぶん投げたとさ、つまり謎だ。しかも爺さん曰くあの馬鹿みてえにデカいやつだが20万メルタほどの価値があるそうだ、傷がひどくなけりゃもっとするらしいが」
「そんなにしたのか。やっぱ二発で良かったかもな」
「勿体ないですねそれ。手加減したら大金持ちですよイチさん」
「ほんと勿体ねえなあ。スパタ爺さんが言ってたが、後で革細工職人が来てくれるとさ」
タケナカ先輩とミナミさんの視線には、ぺたんと並んだ【エーテルブルーイン】の抜け殻があるはずだ。
子分のそれに守られるようにいらっしゃるのはその親玉たるエルダー級だ。
骨すらも消えたふにゃふにゃのそれは、人が何人も入れそうな巨体でずっとこっちを見てるようだ――仲間と共に恨めしそうに。
「……再三いうけど化けて出てこないでくれよ、どうか安らかに」
「どうしたんですかイチさん」
「おいなんだいきなり祈り出して」
「お化け怖い」
夜中に立ち上がらないことを願ってから食堂へ向かった。
「だんなさま~」とメカクレメイドがスイカ乗りの一皿を持ってきた。かじると甘くて冷たくて死ぬほどおいしかった。
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